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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その3
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リューンとレイス11

宮殿の中。


広間に並べられたテーブルに豪勢な食事が並び、その床も、その壁も、天井も。

レイスにとっては、全てが生まれて初めて見る物だった。

ミリアはそれなりに経験もあるらしく、これはどんな料理でどのような…、などとレイスに教えている。


衝撃的だった。

この中の、どれをどれだけ食べても構わないのだという。

「リューン様にも少し持って帰って…」

そこまで口に出し、そこで彼女の口は止まった。


先程の闘技場。

自分はその姿をみただけで、その焦りを一瞬で収められた。

しかしその人物は、この数日明らかに様子がおかしい。



概ねの原因は、分かっていた。

旅の前のちょっとした口論。

旅の途中の出来事。


しかし彼女はそれ以外の何かを感じていた。

すれ違いや、怒りや、そんな物ではないもっと大きな何か。


本当はそれが何かを直接聞きたかったが、昨日もリューンは宿から出掛けてしまい、

その後は一度の会話さえも、挨拶でさえも、かわせていない。



床の豪勢な絨毯に視線を落とすレイスにミリアが声をかける。

「あの爺さん忘れて寝てるんじゃないのか?」


それを聞き、レイスは微笑んでみせる

「この話をリューン様に説明してからこちらに来るって言っていたから…」

「あぁもしかしたら先生が、そんなのは駄目だ、なんて言ってるのかね?」

ミリアが笑ってみせるが、名前が出た事でやはり視線を落とすレイスを見て、彼女の右手を掴む。


「大丈夫だって。機嫌が悪いだけだろ。私も一緒に…あまり力にはならないかもしれないけど話をしに行こう?」

「うん…ありがとう」

力なく微笑むレイスとその手を引くミリア。



広い会場の端で椅子に座り込み手を握り合う2人。

その2人が昼間の歓声の中心だとしても、声を掛ける者など居なかった。




「レイス、ミリア、すまない遅くなった」

憔悴した顔でグラニスが現れた。


「グラニスさん遅いよ、さっさとご挨拶を済ませて食べよう。レイスと待っていたんだ」

ミリアが立ち上がりながら悪態をつき、その左手がレイスの右手を引いて立ち上がらせる。


しかしグラニスの顔は曇ったままだ。

「なんだよ一体どうしたのさ?」

不機嫌そうに言うミリアに、グラニスは意を決して話し始める。


「レイスよ。リューンが、ここを発つそうだ。…お前に、今までありがとう、と伝えてくれと言っていた」

「ちょ、グラニスさん、それで先生置いてきたの?何してるんだよ!」

ミリアの声がうわずっている。


「今ここで止められる者はいない、そう言っていた。

すまない。私がもし彼よりも優れた剣士であれば止められたかもしれないが…」


思い出したように焦った顔で振り向くミリアの先のレイスは、

大きく目を見開き、しかし、崩れ落ちるような事は無かった。


「レイス、大丈夫か?くそ、今から捜しに行こう!」

レイスは、右手を掴むミリアの手を強く握り返した。


「いいよ、大丈夫」

「ちょ、なんだよそれ、駄目だあいつ…

「本当に、大丈夫だから…」


力なく、感情のこもらない声。


ミリアがその両手をレイスの肩に置く。

「大丈夫じゃないだろ?こんなのって、ないだろう!?」

「リューン様が、そうしろっていうんだから、それでいい。もう、大丈夫だから…」

レイスの右手が、両手に置かれたミリアを振り払う。


「グラニスさん、ありがとうございます。大丈夫ですから…。ただ、少しだけ休ませて下さい…」



再びグラニスと別れ、2人で端の方に置いてある椅子に座り込む。



レイスは、この所のリューンの様子の答えが分かり、変に納得していた。


こちら側には来させないと言っていた。

戦いたいなどと言ってしまったのがいけなかったのだろうか。


仕官への道が開けた。

これで戦いなどとは縁がなくなった。

そこで、自分の役目は終わりだと、そう考えたのだろうか。


納得して、涙など出ないはずだった。






私が彼を養うという冗談半分の約束は、どうなったのだろう。

自分に対して何かしらの答えを出してくれると言っていたのは、どうなったのだろう。


自分は、その約束を反故にされる程度の間柄だったのだろうか。

自分の思いはどうなるのだろうか。

彼は、何を考えていたのだろうか。


納得などできる筈もなかった。

しかし、それを問う相手は、もう見付からないだろう。


突然、涙が溢れ出す。

ぼやける視界の先で高価そうな絨毯に染みが出来るのが見えた。




それを見たミリアがレイスの肩を抱く。

高価な貸衣装のドレスに、レイスの涙が染みを作っていった。






片腕の少女が泣き崩れ、端正な顔の少女がそれを抱いている。

広間の端で展開されている一種異様な光景に、この場にいる誰もが気付いている。

しかしそれをちらちらと見るだけで何かする者など居なかった。


その視線を感じる度、ミリアはその顔を歪ませて睨み返す。

不快な事この上ない視線に晒され、ミリアは怒りに震えていた。


その怒りはその視線にだけ向けられたものではなかったが。




ようやっとレイスは泣き止み、ミリアのドレスには大きな染みが出来てしまっていた。

謝るレイスに、ミリアは笑ってみせる。


「ごめんね、でもこれからご挨拶をしないといけないんだよね?」

力なく微笑むレイスに、ミリアが驚く。


「本気かよ?もうやめて帰ろうぜ?こんなのさ…」

「ドレス、ごめんね。すぐ乾かないかな…」

「いやぁどうだろうな…」







その時だった。



獣の剥き出しの怒りのような。

強烈な悲しみのような。

長い叫びが響く。


会場の殆どの者がなんだこれはと苦笑いし、あたりを見渡す。


それは、確かに聞き覚えのある声だった。

聞き間違える事などある訳が無い。

理由は分からないが、理由などは今は意味を成さなかった。


…レイスは、立ち上がった。

その目に力が戻る。


「ちょっと、どうした?」

ミリアが掴もうとする手を振り払い、レイスは走り出す。



今のは声と言っていい物なのだろうか。

しかし、それは間違いなくリューンの物だった。

レイスには、確信があった。

理由など分からないが、そうである、と感じた。



どこだ。

近くにある多色の硝子を組み合わせた豪華な窓を覗き込む。

色が付いていないその隙間から覗く先に見えるのは

誰も居ない石畳だけだった。


振り向いて走り続けるレイスをミリアが追う。


その先で、窓の近くに人だかりが出来ている。


「どいて下さいっ!」

いつもでは有り得ない大きさの声を張り上げ、

レイスがその中へ飛び込んで行き、ガラスに顔を押し付ける。


その先に見えた物。


それは彼女を、全てを差し置いてそこに向かわせるに十分な光景だった。

人だかりの中で振り向き、窓ガラスから離れ助走の距離を作る。

その行為と迫力に、人だかりが開いた。




「おいっレイス、無理だって、危ないぞ!」

叫ぶミリアの声は耳に入らなかった。


そこから全力で助走したレイスの体が硝子を突き破った。

窓の外を見るミリアの目に映ったのは、落下しながら石畳の上の1点を見詰めるレイスの姿だった。



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