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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その3
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リューンとレイス10

…失敗した。

これからの世界に旅立つ、着飾った彼女の姿を最後に見ておこうと昼間来た闘技場を通り過ぎ、宮殿とやらに来た。

ここまでは間違っていなかった。


しかし宮殿とやらは2階建てで、俺が立つこの場所から見えるのは、

きらびやかに装飾された硝子と、その中で揺れる光だけだった。


このあたりは人もまばらだ。

近くの樹木によじ登る事も考えたが、流石にそれはまずいだろう。


来賓が多数訪れるらしく、このなりの俺が忍び込める雰囲気でもない。

先程から、ただ窓を見上げる俺を不審な目で見詰める衛兵が幾人か通り過ぎている。



仕方ないだろう。

心残りはあるが、このまま立ち去る事に決めて振り向く。




驚いた。


振り向く俺の前にスライが立っていた。


「…何か聞いたか?」

「誰にも会ってねぇよ。どうせこんな事だろうと思って探していた」

「そこまで行くとお前の察しの良さは異常だな。なんだ、俺に気があるのか?」

「そんな話をする雰囲気だと思うか?」

スライの目は全く笑っていない。…また面倒くさい奴に捕まったものだ。

流石に目立つので、少し道の端に寄る。



「それで、どこに行こうってんだ?あの子置いていくのか?」

「もう放っておいてくれよ。俺には俺の考えがあるんだよ」

「放っておけるならここにいねぇよ」

スライの右腕が俺の胸倉を掴む。


「ちゃんと別れの挨拶でもしたんだろうな?何も言わずに逃げる気か?」

「逃げる?何も逃げちゃいないだろう。俺の役目は終わった、それだけだ」

「だからお前はガキだって言ってるんだよ!」

スライは力任せに俺を突き飛ばす。


スライが頭をぐしゃぐしゃとしている。

「おいおい、やめとけって。スライ、お前はいい友人だった。今まで

「そんな言葉が聞きたいんじゃねぇんだよ! なに強がってんだ! お前はもっとこう…あぁくそ」

うまく言葉が纏まらないらしい。


別に急ぐ旅でもない。

それにこの先、生きていたとして彼に次に会うのは当面先だろう。

少しくらい待っても構わない筈だ。

スライがうまく言葉を纏めるのを待つ。


「お前、本当にそれでいいのかよ。ただ意地張ってるだけなんじゃないのか?」

結局、小難しい言葉を使うのはやめたらしい。

「だから、俺の事はもういいんだ。彼女の事を考えれば、これが一番いいだろ?」

「だからそうじゃねぇんだって!」

俺を睨むスライ。







そこへ通りかかる人影があった。


若い男と、その従者であろう老人。

高価そうなその服は、貴族の中でも成りがいい部類である事を容易に想像させた。

こちらに一瞥をくれ、道端の石ころを見るように完全に無視して話し続ける。


「どうして私があのような化け物の相手をする必要がある」

「坊ちゃま、おやめ下さい。その様な言葉、誰かに聞かれでもしたらヴァンゼル家の名に傷も付きましょう」

「傷がなんだ、くそ。さっさと子供を生ませて前線にでも送り出して処分してやる」

「坊ちゃま、いい加減にしなさい」

「何をいい加減にだ。その子供も片目で片腕だったらどうするんだ?!」





…誰の事を言っている。






心の中の殆どが吹き飛び、怒りだけが満たされる。

少しだけ残った理性。それは怒りを抑えるには、明らかに力不足だった。


目の前のスライが俺を掴もうとするその手は、間に合わなかった。



呑気に彼女を罵倒する声の主に肉薄する。

足音に反応し驚いてこちらを見る顔に力任せの右の拳がめり込み、

声の主は吹き飛ぶようにして石畳に転がった。


老人が俺と若者の間に割って入る

「貴様、ヴァンゼル家に対する行為だと分かっておるのか!」

目の前で叫ぶ老人に、明らかに焦りが見える。



しかし、そんな事はもう、俺にはどうでも良かった。




彼女は。

レイスは。

これで、不自由の無い生活を手に入れるのではなかったのか。

先の見えない、常に付き纏う不安から逃れられるのではなかったのか。

そして、戦いなどという物から無縁の生活を送るのではなかったのか。


違ったのか。どこが。

何を間違った?

一体何を間違えた?



簡単な結論だった。

そんな物を求めたのが、間違っていた。

そう考えるより他に答えが見付からない。





目の前で間抜けがこちらを指差し何かを喚いている。


この間抜けをここで殺したとしよう。

彼女の仕官の話し自体がなくなるだろう。


この間抜けを生かしておいたとしよう。

彼女はこの間抜けの吐いた言葉の通りの運命を辿るかもしれない。


この間抜けの元へ彼女を渡さなければいい。

無理だ。俺はここで拘束され、最悪の場合処刑されるだろう。





今までの彼女との、全てが無駄だった。





向ける先の無い怒り。

それは腹の底から口を突き、全身の力を全て吐き捨てるような咆哮となった。


場違いに響き渡る、怒りとも悲しみとも付かない咆哮。



そして、言葉通り全てを吐き出した俺の脚は、もう立つ事も放棄していた。


全てがどうでもよかった。

何か出来るとすれば、彼女に一言、謝りたかった。

それは敵わないだろう。


俺はその場で崩れ落ちるように座り込んだ。

背中の荷物が重い。

体が重い。

意識が、重い。


ぼやける視界の端で、衛兵達がこちらに向かって走ってくるのが見える。



もう可笑しくて堪らなかった。

何が?全てがだ。

座ったままで乾いた笑いを垂れ流す俺は、石畳に引きずり倒され、両腕を拘束される。

しかし俺の笑いは止まらなかった。

止まるとすれば、首を刎ねられる時だろうか。






その時。


…頭上で硝子の砕ける鋭い音が響いた。


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