リューンとレイス09
相変わらず人が溢れる道を歩く。
その後ろをオルビアが着いて来る。
いつものように俺の前を、引き離すように歩いたりはせず、ゆっくりと歩く俺の後ろから離れない。
いつでも撒いてしまう事はできるだろう。
結局、宿で捕まるだろうが。
「オルビア、何か用か?」
振り向いて一応確認する。
「別に私がどこに居ようが私の勝手だろう。お前こそ何か用か?」
不機嫌そうに答える彼女に、それ以上の質問を諦め、必要な物を買い集める。
携帯用の食料。10日分は必要だろう。多少の調整は出来る。
水筒。手持ちのものでは小さすぎる。少し大きめの物を買いなおす。
中型剣。何軒かの店を巡ったが、どうやら俺は品質の良すぎるものに慣れてしまったらしい。
それなりの物で妥協できず、今回は見送る。
…駄目ならその時が俺の終わりの時なのだろう。
買い上げた物を抱え、宿に戻った。
流石にオルビアは部屋にまでは着いてこなかった。
1階の食堂で時間を潰しているのだろう。
荷物を整理する。
1人で持ち歩ける荷物の量などたかが知れている。
不要と思われるものを取り出すと、鞄は殆ど空になった。
当然だ。今鞄に詰まっていた物。その殆どが、レイスの荷物だ。
これも当然だが、その何れもに見覚えがある。
取り出したそれを、極力正視しないよう、丁寧にベッドの上に並べた。
大型のバックパックを持ってきていて正解だった。
今買った物を全て内包し、丁度いい大きさに仕上がったそれを部屋の隅に転がす。
窓の外は暗くなり始めている。
レイスは今頃何をしているだろうか。
その俺の後ろで、ドアがノックされ、返事を待たず扉が開いた。
「リューンよ、いるか?」
「グラニスさん…どうしたんですか」
ノックする意味がないだろう。どこかで同じような事を口走ったような気がする。
「リューン、レイスの事なんだが…」
その顔に興奮の色が見て取れる。
「ヴァンゼル家がレイスを専属の魔術師として抱えたいと申し出ている。ミリアのほうにも別で声が掛かっている。
2人は大宮殿内で今夜開かれるパーティーに連れて行き、とりあえず顔を通しておこうと思っているのだが」
ヴァンゼル家。俺でも知っている。王都においての最大勢力である騎士系貴族だ。
俺の予想通り、これから彼女は生きる糧を手に入れる。そして少しの贅沢をしながら生きるだろう。
「2人の衣装も無いのでな、今貸衣装屋で服を合わせさせている。悪いが夕食はお前たちだけで食べてくれ」
「分かりました。そんな事よりも彼女たちの事をお願いします」
頭を下げる。
「してリューン。念の為、お前にも確認しておこうと思ったのだ。どうすればいい?」
「どうするも何も、ヴァンゼル家に行くべきでしょう。何か考える理由が?」
俺の感情のこもらない声に、グラニスが戸惑いを見せる。
「お前はどうするつもりだ?彼女の付き人として一緒に紹介する事もできる。王都に居を構える事も出来る」
「…俺の役目は終わった。今晩にも発ちます」
「なっ、お前どこに行くつもりだ?」
「まだ決めていません。でも、何処かに行きます。今までありがとうございました。
スライにも、お前はいい友人だったと伝えてください」
「…そんな事、レイスが許すと思うか?」
「今ここで、俺を誰か止められますか。俺は行きます。グラニスさん、レイスにも一つ伝言を頼めませんか?」
「…お前が望むのならな。しかし、あれはひどく悲しむぞ」
「彼女はこれから生きる先の時間のほうが長いでしょう。それが少し落ち込むくらい何だと言うんです。
レイスに伝えてください。今までありがとう、とだけで十分です。」
「…わかった。確かに伝えよう。…パドルアに戻る気はないのか?」
「あそこに戻るのは気が進みませんね。色々と」
「…そうか。」
これ以上、話す必要は無いだろう。
鞄を背負い、何か言いたげなグラニスの横を通り過ぎる。
ここを出てしまえば、この王都の中で俺1人を見つける事など出来ないだろう。
階段を降りた所でオルビアと目が合った。
「じゃあな」
「どこに行くんだ?」
「決めてない。西か南だな。」
「…そうか。たまにはパドルアにも寄れ」
「ああ。借りも返さないといけない」
「そんな物はな、どうでもいいんだよ…」
オルビアが顔を伏せた。
「なぁオルビア、お前はいい友達だった。
生きていればまた会う事もあるだろう。…またな」
オルビアは顔を上げず、右手を軽く上げて見せた。
俺は歩き出した。
夜を迎えたにもかかわらず、王都の人流れは衰える事を知らない。
どこに居たとしても隠れる必要すらないだろう。
…先程グラニスは貸衣装などと言っていた。
折角だ。それを眺めてからここを出よう。
それくらいはしても、バチは当たらない筈だ。




