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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その3
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リューンとレイス07

レイスが馬車に戻った。

その表情を見てミリアが馬車から飛び降りようとするのを、彼女の右手が引き止める。

振り向くミリアにただ首を振って見せ、レイスはそのまま横になった。

溜息をつくミリアがその隣で横になる。


その場には交代で見張りを行う護衛たちの立てる小さな音だけが、朝まで響いた。







恐れていた再度の襲撃を受ける事もなく、荷馬車は順調に進む。

夜には王都周辺の野営者が集中する地点にまで到着し、襲撃を受ける心配も皆無となった。



「明日町に入りその足で、出場する皆で手続きに向かう。その間に宿の手配を頼めるか?」

食事を取る俺に、グラニスが聞く。

…正直、これは当てにされても困りオルビアの方を見ると、

話を聞いていたらしく、任せろ、と小さく答えた。


「場所の繋ぎはどうしますか?」

「競技会は王都中心の大宮殿で行われる。その正門で落ち合おう。人は多いだろうが、そこが一番分かりやすい」


正直、あまり王都の地理には明るくないので、そういった分かりやすい目印は助かる。

オルビアは話を普通に聞き流していた。恐らくわかっているのだろう。

こちらは護衛の人間を含めると7人だ。最悪全員で探せば何とかなる。




翌日の行動方針も決まり、一応の見張りも1人で十分だった。

自分に割り当てられた順番は早朝の為、さっさと横になる。


こちらをじっと見ているミリアが視界の端に見えた。

まぁいい。

俺はそのまま交代で早朝に起こされるまで眠った。



…レイスの夢を見ていた。

ひどく悲壮感の漂う顔をしていたらしい。

起こしたノイスに謝られ、変な物を見せたと逆に謝り、

不要だと理解しつつも自分の仕事をこなす。

今は呆けたようにここに座り続けることがその仕事だ。


空の端が赤く染まり始める。

今日から数日は忙しくなるだろう。

悲壮感というのはあながち間違いではないが、

もう、決めた事だ。


以前、他人の悲壮感に文句をつけた事を思い出す。

遥か彼方の地にいる少年兵はいつか夢を叶えるのだろうか。

手紙は、返せそうにない。






暫くすると皆が起き始めた。


時間にあまり余裕は無い。

場を煽るように自分の準備を始め、

俺達は見える範囲の野営者達の中では一番に移動を始めた。


王都外周の市街地を歩く。

まるで気にもしていなかったが、競技会、というのはそれなりの知名度があるようだ。

過去数度来たことはあるが、今までで一番、人の流れが激しい。

…宿など用意できるのだろうか。


市街地を抜け、王都の中心地に入る付近で立ち止まった。

この辺りで別れるべきだろう。



「それでは、頼むぞ」

グラニスが競技会に出場する皆を連れて歩き始めた。


すれ違い様、レイスと目が合う。

それに微笑んで見せた。

彼女の顔が驚き、そして微笑み返し、視界の端に消えた。


最後尾を行くスライが俺の顔をまじまじと見詰めている。

「…なんだよ?」

返事は無かった。






皆の後ろ姿を見送り、自分の仕事に取り掛かる。

オルビアは慣れた様子で大通りから脇道に入り、更にその脇道に入る。

その先にある何とも特徴の無い宿にオルビアは入っていき、すんなりと宿を押さえた。

どこかの宿と同じで1階が食堂、2階が宿になっており、何をするにもまぁ困らないだろう。

任せろ、とふんぞり返ってみせるオルビアに苦笑する。



護衛たちはそこで一度解散となった。

集合地点は先程の通りの先のようだ。迎えに行くのは俺とオルビアだけで十分だろう。

彼らは帰りの日まで、この宿を拠点に自由に過ごしていい事になっている。




「さてリューンよ、まだ迎えに行くには早い。少し付き合え」

早速食堂で酒を注文し始めるオルビア。

仕方なく、並ぶグラスにボトルを傾け、オルビアの前に差し出した。

水を頼もうとするのを止められ、その片割れのグラスを握らされる。


オルビアは一気にグラスの中身を飲み干した。

それを眺めながらグラスに軽く口を付ける。


「まずお前、いい加減にしろよ。何をぐたぐた言っている。何がこっち側だ」

「…聞いていたのかよ。悪趣味だろ」

「私の趣味なんてどうでもいいんだよ。お前は何がしたいんだよ」

「もういいだろ…」

誤魔化すように笑って見せ、オルビアのグラスにボトルを傾ける。


「俺達は、どうしても周りに同じような立場の連中が集まる。

どうも世の中の普通っていうものから外れていくな」

「どうした、珍しく自分の将来でも考えているのか?」

「そのあたりがこっち側、って話しだ」


椅子に寄りかかり、天井を見上げた。


「私はあっち側だな」

にやりと笑う彼女の両足がある所は、精々俺の一歩手前がいい所だろう。


「お前は十分に染まってるだろ…」

「違うな、そういう話じゃない。あっちもこっちも無いんだよ。馬鹿かお前は」


天井を眺める俺の視線は、目の前のオルビアを映す事無く、グラスに戻る。

彼女の真似をして、思い切りグラスを傾けた。

熱い物が喉を下り、腹の中が燃えるような感触を感じながら、目の前にグラスを置いた。

…グラスの中身は、8割方残っている。


「やっぱりお前は飲ませても面白くないな…」

目の前で再びグラスを開けたオルビアが、俺のグラスを取り上げて残りを片付けた。


「行くぞ。こうしているよりは、突っ立って待つ方がまだマシだ」

それを見て苦笑する俺の前で立ち上がる。





「だから飲めないって言ってるだろ…」

「少しは努力しろよお前は。牛乳でも頼んでやればよかったな」

「水を頼もうとしてただろうが。お前が止めたんだろ?」

「私が酒飲んでてお前は水なんて有り得ないだろ?」

前を歩くオルビアがこちらを振り返り、笑っている。


稀に彼女に付き合って飲みに行く事があった。

俺はいつもひたすら水を飲みながら一方的に文句を言われ、

適当に答えながら彼女が満足するのを待った。

…大概は背負って帰る羽目になっていたような気がする。


「久しぶりだな。なおさら水飲ませてくれよ」

「…またその内に誘ってやる」


有難くない、と返す言葉も聞かず再び振り返ったオルビアは、

俺を置き去りにするような早さで歩いていく。

なんとか追いすがり、目的地に到着した。




…これは間違えようが無い。

大宮殿。


具体性のない名前にどれ程のものかと思っていたが、大したものだった。

巨大な正門から左右に伸びる塀。登れる高さではない。

その正門だけで、俺が何年掛かっても稼げないような金額なのが分かる。


地図を眺める。

正面にある闘技場。

正門は小さく描かれ、正面に見上げる建物は、その数倍の大きさだ。

名前からして、明日から行われる競技会というのは、ここで行われるのだろう。

更にこの先に宮殿とやらがあるらしい。


これらを総括して大宮殿というらしい。


全く無縁の世界に、つい苦笑いしてしまった。

「なんだお前、あれで酔っ払ったのか?」

振り返って俺を見たオルビアは呆れ顔をしている。


「流石に大丈夫だ。…大丈夫でもないか」

情けないが、少し顔が熱い。


「お前、本当に弱いな。少しは強くなると思ったんだが」

「勘弁しろよ。それにお前、別に強くていい事なんてないだろう?」

「ある。私は飲んでいるというだけでも、割と楽しいぞ?」

…つい先日の、吐き出す瞬間の顔を思い出し、その吐いた物を見るような目で彼女を見詰めた。


「まあ、いつもって訳じゃないがね」

オルビアは涼しい顔で俺の視線をかわし、人の波に目をやる。




「なぁリューンよ、本当にうちに来る気はないか?」

「ないな。長期間の仕事は…


唐突な質問に、ついこの所の生活の基本方針が出て口篭ってしまった。

…何かを吐き出したくなる。


不自然な沈黙に、見透かされているような感覚を覚え横を見た。

オルビアは相変わらず人の波を見詰めている。


「まぁ気が向いたら言えよ。自分で身も守れて大口の客にも顔が通っている。重宝されるぞ」

「…あぁ。わかった」


目の前をひたすら飽きもせずに人の波が続く。


お互いに、そのまま口を利くことは無かった。



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