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反射的に伏せた頭の上を矢が通り抜けるのを感じた。
こちらを見て習い、すぐ脇で地に伏せている依頼主、護衛対象に、
「そのまま荷物の陰で伏せてろ」
声をかけながら、腰に差してあった投げナイフを3本引き抜き、
矢が飛んできた方角に狙いもせずにばら撒いた。
「お前もその中で伏せていろ、絶対に顔を出すな」
荷馬車の荷台で眠っている筈の少女に声をかけ、
同時に、すぐ脇の林の中に飛び込みながら状況を確認する。
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結果的に1人の犠牲を出し、少なくともこちらで認識している敵全員を殺害した。
成果と被害を比較すれば、例えば戦争などならすばらしい比率だがこと、この状況では堪らない。
理屈抜きに、3人となった若者たちは堪らないだろう。
年長者として、依頼の期間中だけとはいえ仲間として、
何より自分や依頼者がその犠牲となる事を避けるため、
続く襲撃をまず避けること、残念ながら襲撃を受けた場合には被害を出さない事を考えた。
「多少無理してでも次の夜までに、安全な所まで行きたい」とはオルビアの見解だったが、
全く持って同意だ。
可能ならパドルアにまで、せめてパドルア近郊の街道の合流地点にまでは辿り着きたい。
そんな気持ちが全員の背中を押し、太陽がほぼ真上に来る頃には視界の通らない森を抜けられた。
再度の襲撃を懸念していた事から、俺はその最後尾を歩いている。
仲間を失った3人もさることながら、やはり少女のペースが落ちてきていた。
大丈夫かと聞けば大丈夫だと答えるだろうが、走っている訳でもなく、肩で息をし始めている。
「すまない、少し疲れた。森も抜けたから一度休憩を取りたい。」
俺は馬車の上に、声をかける。
暫くの間の後、
「わかった。少し休もう。簡単な物を腹に入れておこうか。」
先程までとうって変わって見晴らしの良い草原の中の道の端に馬車を寄せ、それぞれ思い思いの場所に座り込む。
「大丈夫か?」
少女に声をかけた。
「大丈夫です。」
予想通りの答えが返ってくる。
彼女の足を見ると踵の辺りが真っ赤になっていた。そもそも靴が長時間歩くような作りではない、取り敢えず履けるもの、という代物に見える。
これでは今日1日歩き続けられないだろう。
食事とは到底言えない、小麦を練り固め乾燥させた塊を水で流し込みながら少し悩んだ後に、
荷物を馬車に縛り付けた。
「別料金だぞ」
オルビアの冷たい一言を聞き流す。
ため息まじりのオルビアが出発を告げると、
3人が無言でのろのろと立ち上がり各々の荷物を背負い始めた。
少女も痛みに少し顔をしかめながら立ち上がり、ぎこちなく足を踏み出す。
歩いているうちはまだ良かった痛みが、休んでいるうちにひどくなったのだろう。
俺は少女の前で背中を向けてしゃがむ。
荷馬車で遺体の上に座らせておく訳にもいかないだろう。
訝しげな表現の彼女に、
「担いでやる。もう暫く頑張れ」
と声をかけ、大丈夫だとまた言い始める彼女を半ば無理矢理背負うのを見ながら、オルビアは再び進み始める。
自分の荷物の代わりとして担いでいるが、実際の所、重量はたいしたことがない。
しかし、なんというか人の柔らかさというのはとても扱いづらい。
荷物に彼女を縛りつけ、その荷物を背負う、などという馬鹿げた事を考えながら歩いていると、
ぽとり、と彼女の靴が脱げ落ちた。
背負われた人間の足はぷらぷらとしてしまい、靴が脱げ落ちたらしい。
拾った靴は作りもさることながら、痛みも相当に激しい。
「そっちの足の靴も脱いでおいた方がいいな」
声をかけ、歩きながら右足の靴を脱がし、纏めて太腿のポケットに捻りこむ。
「向こうに着いたらもう少し全うな靴を買ってやるからな」
よく考えてみれば、靴だけでなく服も何もかも用意しなければならないことに気付き、
貯蓄の額といつまで宿の費用を先払いしていたかを考えこんでいた。
その時。
「高さが変わると、こんなにも世界が違って見えるのですね」
背負った耳元で、レイスが独り言の様に囁いた。
俺は苦笑いしながら
「そうだな」
とだけ答え、歩き続ける。
ひとまずの目的地である街道の合流地点に辿り着いた頃、もう日は落ちようとしていた。
ここは俺たちが通った街道の他に、2本の街道がさらに合流してパドルアに向かう地点であり、
そこかしこで夜営をする姿が見られるような場所である。
念の為警戒を怠らず、俺を入れて4人となった護衛が交代で見張りを行う中、
オルビアは一度も目を覚ますことなく眠っていた。
長年の勘がそうさせるのか、場所柄なのか、もうすっかり安心しているようだ。
ある意味感心しながら見張りを続け、朝、最後に俺が仮眠を取る間、起き出したオルビアが
町に入るときにそれでは流石に不味いだろう、という事で荷物を整理し、
荷台の上の遺体と反対側に人が1人座れるスペースを用意してくれていた。
目を覚ました俺に、必ず借りは返すよう約束させた上でレイスを再び馬車に乗せた俺たちは出発した。
いつになく長く感じた道のりは僅かだ。
もうパドルアは目の前だった。