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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その3
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リューンとレイス06

休憩を取る事も無く馬車は進み、やがて夜になった。


流石に疲れた顔の護衛たちが、仕事の仕上げとばかりに食事の準備を始める。

かく言う俺も、その疲れた顔の1人だ。

他の護衛が火を起こす為の焚き木を拾い集めて来るまでに、芋の皮を剥いておく必要がある。

小さく刻み、少な目の湯で煮込む。

その湯気で昼に食べた携帯用の麦粒を蒸す事になっている。

昼に食べた、ただ水をかけて柔らかくした物よりは余程美味だ。



ひたすら皮を剥く俺の横に、スライがやってくる。

「さっきからなんだよ…。男が好きなのか?」

手に持ったナイフと芋を手渡す。


「なんでだよ…」

文句を言いながらもそれを受け取ったスライは、

俺とは比べ物にならない速さでその皮を剥き落とした。

返される綺麗に剥かれた芋を鍋に放り込み、次の芋をスライに渡す。


「なぁリューンよ、さっきの話し考えてたんだけどな」

「聞くのと見るのとでは、って話か?」

「あぁそうだ。きっとそこが俺達と、それ以外の境界なんだよな多分」

「…境界か。本当にそこかは分からないが、そこは多分近いんだろうな」


スライに渡す芋が無くなり、ナイフを受け取る。


「あ、俺の分1個多くしてくれよな?」

スライは立ち上がり、戻っていく。


境界。

そこに明確な境界があるとすれば、彼女はまだ向こう側に居るのだろう。

垣間見たこちら側に恐怖を覚える。それは普通の感覚だ。


「それで…いい筈だろう」

誰に言うでもない言葉を口走りながら俺も立ち上がり、夕食の準備に戻った。




常時2名の警戒を立てながら休憩を取る。


一番小さな芋を皿に集められたスライが、

俺は絶対にその中には入らないからな、と宣言した為1人辺りが受け持つ時間が少し長い。


今夜はここで夜を明かし、明日早めに出発する。

上手くすれば、夜には到着できるはずだ。




先程若干の仮眠を取った。

交代として皆が眠る輪の外れで、道の先を眺めていた。


後ろに気配を感じて振り向く。


「なぁ先生。ちょっといいか?」

「…どうせ勝手に喋るんだろ。好きにすればいい」

「ああ、わかってるね。そうするよ」


ミリアが、俺の隣に座り込む。


「明日は早い予定だ。早く寝ろよ」

「そんな事より、先生さ、やっぱ強いんだな」

「…この間勝負にならない位に負けたばかりだからな。皮肉に聞こえるぞ」

「そういう話じゃなくてさ、さっきの見てたら、ちょっと驚いたっていうか…」


「脅かしてすまなかったな。明日、目的地に着けるだろう。もうそんな事はない筈だ」

「あぁいや、そうじゃなくて。レイスの事なんだけど…」

「…どうかしたか」

「あの、なんかすごい困ってたっていうか…」

「歯切れが悪いな。…お前らしくも無い、一体なんだよ?」

「…ああもういいや、ちょっと今連れて来るから待ってて」


ミリアは立ち上がり、早足で荷馬車に戻っていく。

俺は、大きな溜息を付き、立ち上がった。

皆眠っている所で長話をするのも気が引ける。


振り向いた先で、荷馬車の中に謝りながらレイスを連れ出すミリアが見える。

そして、こちらを伺うようなレイスの視線。


彼らが歩くのに合わせ、少し皆の輪から離れた。

そこで待つ俺の前に、ミリア、その後ろにレイスが追いついた。


「先生、レイス、なんかごめん、じゃあね」

ミリアが情けない顔をして、走って行く。

幾らなんでも放り投げすぎだろう…。

俺の目の前で、レイスは俯いている。


…こちらから話すべきか。

「レイス、こんな時間まで起きていてどうする。明日は早い。早く寝ろ」


沈黙が流れる。


「…リューン様、あの、久しぶりに、話してくれましたね」

声が震えている。


「そうだな。…もう落ち着いたか?」

「あの、さっきはすみませんでした。ちょっと、驚いてしまって…

私、リューン様が、いつもああやって戦っているのを知っていたのに、

でも初めて見たので…すみません」

深々と頭を下げた。


「俺の方こそすまない。あんな物は見せるべきではなかった。

…最初から、荷馬車の中に居て貰うべきだった」

「いえ、私、知らなかったから、今見られたので、もう大丈夫ですから。

だから、その、大丈夫です」

「…そうか」

「それで、いつもあんなに戦って、大変なのに、私知らなくて。

だから、あの、本当に…ありがとうございます。本当に、感謝しています」


「…ああ。分かった」


目の前で、恥ずかしそうに、嬉しそうに、こちらを見上げる顔。

気持ちが先走り、その右手が伸びる。





彼女の言葉は皮肉にも、

2人が居るべき場所の違いを、リューンに殊更に感じさせていた。


それを見せてしまった事を後悔する気持ちと、

今後、そんな世界に近づけない必要があるという気持ち。


そこに、自分が関係しない方がいいのは明らかだった。

自分が居なければ、そんな世界との架け橋は消えてなくなる。


彼女を送り出す準備は出来たのだろうか。


彼女の、光となると考えた魔力は、

少なくとも自分が知り得る範囲では、敵う物はいないだろう。


…今向かっている先は、彼女の光が指し示す先に成り得るのだろうか。





レイスが見上げるその顔は、見慣れた微笑みではなかった。

焚き火のうつろう炎が映し出すリューンの顔は、無表情にレイスの顔を見詰めていた。


「…っ」

2人の間で、レイスの右手は行き所を失い、今有るべき場所に戻る。



「レイス、今日はもう寝ろ。明日は早い。いいな?」

無感情に掛けられる言葉。

「…はい」

搾り出すような返事。


立ち尽くすレイスをその場に置き去りに、リューンは輪の更に外に歩き始める。



レイスの目に映るその背中が、遠ざかり、そして再び振り向いた。


離れた焚き火の光はその表情を映し出すには余りにも弱々しく、

その表情を伺い知る事はできない。


「レイス。お前をこちら側に来させる訳にはいかない」



8日の間を開けて交わされた会話は、反論も疑問も許容されないまま、そこで幕を閉じた。


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