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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その3
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リューンとレイス03

それは8日目の昼過ぎだった。

隣をスライが歩いている。



スライに張り付いたような笑顔を見せながら、伝える。

「先の茂みが何度か揺れた。このまま通過する。後衛についてやってくれ。危なそうだったら頼む」


スライも笑顔を貼り付け、それを見せるようにオルビアの方へ向かう。

途中、俺の後ろを歩いている護衛にも伝えているだろうか。

気付かれたくないので、ここで振り向いたりは、したくない。


こちらが気付いていると知らせ、追い散らすべきか。

それとも気付いていない振りをして、返り討ちにするか。


悩んだ時間は幾らもなかった。

どの道、気付いていても、勝ち目があると思えば襲ってくるだろう。

こちらはその時に備えるだけだ。




そして、その時は、すぐにやってきた。



先頭を行く俺の両脇から、2人の男が出てきた。

その手に長剣と棍棒を持っている。

その後ろに更に女。獲物はレイピア。

3人とも近接戦闘の装備だ。

悟られないように、身のこなし、装備の質を観察し、その力量を測る。



後衛側はどうだろうか。

俺の後ろのもう1人の護衛、ノイスが俺に並んだ。


そこで振り向く俺の背中に安い声が掛かる。

「馬車と女を置いていけ。命は惜しいだろ?」


後衛側の敵も3人だ。

見る限り、やはり近接戦闘の装備。

隠れて飛び道具を持つ者もいるかもしれない。

再度正面を振り向きながら周りを見渡す。


「おい、何余裕な顔してやがる?」

棍棒を手に歩み寄ってくる。

恐らく、相手ではないだろうが3人相手では厳しいだろうか。


ノイスは俺の出方を待っている。

間抜けな棍棒使いは、1人で歩み寄ってきている。

…大丈夫だろう。



「馬車を守れ。弓使いが居るかもしれない。気をつけろ」

それに頷いて踵を返し、ノイスが馬車へ走る。


「おいこの、

その言葉が最後まで放たれる事はなかった。

振り上げた棍棒の間合いの、更に中に踏み込む。

棍棒を握る、その手を左の拳が打ち上げる。

続き、脇腹に右の拳がめり込み、頭を下げる男のその頭を、右膝が再度打ち上げた。


残る2人が、棍棒の男の後ろと、俺の後ろから迫る。


棍棒の男の首を握り、レイピアの女の方へ蹴り飛ばし、ただの障害物と変える。


背後からこちらに振り下ろされる長剣。

思っていたより棍棒の男が重かった。位置的にかわすのは難しい。


しかしそれは、さんざ俺の目の前で死を量産したオーガの一撃のように、重い物ではない。

その剣は、俺の顔のすぐ左上で、小手が受け止めていた。

有り得ない、とでも言いたそうな男の右手を、腰から逆手で引き抜いた中型剣が切り飛ばす。


腕を切り飛ばした右手の中型剣が再びあるべき場所に戻る途中、

驚きの表情を浮かべる長剣使いの首を、切り飛ばす。



それを見て、明らかな怯えの表情を浮かべ、背を向けるレイピアを持った女。

中型剣を、あるべき位置に戻した右手が、腰のナイフを引き抜く。

…この距離なら外さない。


振りかぶったその右手が振り下ろされ、俺の右手から死が放たれる寸前、後ろからオルビアの声が響いた。

「リューン、もういいっ、やめろっ!」


その意図は測れないが、俺の右手に握られたそれは開放される事なく、

握られたまま振り下ろされ、腰の定位置に戻された。


走り去る女。

うずくまる棍棒の男。


隠れた弓使いが居ない限り、危険はない。

辺りを警戒しながら振り向き、馬車に走る。


大まかに現況を把握する。


前衛を狙う者は片付けた。

スライが近くに居る中型剣使いに苦戦している。

ノイスが1人を切り倒した。スライの援護に入るだろう。

グラニスが何かの呪文を詠唱している。誰かしらのフォローを行うつもりだろう。

残る1人を護衛の1人が足止めしている。それを狙い、矢を番えるもう1人の護衛。もう問題ないだろう。

ミリアとレイスはオルビアの近くに見える。

商品になり得る者を狙う意味はない。

もういいだろう。


そしてこの人数。

待ち伏せ出来る状況で、同人数で仕掛けてくるのは只の馬鹿だ。

走る方向を変え、森の中に駆け込む。




ノイス達の方へ向け矢を放とうとしている女を見つけた。


「おい、こっちだ」

威嚇でナイフを2本適当に投げつける。


女は驚きの表情を浮かべ、こちらに向きを変える。

その軌道と、放つであろう瞬間が分かっている。

俺を狙い、焦ってすぐにその矢は放たれるだろう。


予想通りのその軌道は、誰も居ない空間を通り抜け、その死を告げる乾いた音を響かせた。

語る必要もない。

その顔に恐怖を浮かべる女が矢を番える事は、二度となかった。




辺りを見渡し、ここにもう誰も居ない事を確認する。

振り返り、道を挟んだ反対側を確認するため、再び足が走り出す。


道を横切る最中、足止めをしていた護衛の足に矢が刺さっているのが見えた。

あの程度ならば、僧侶が本当の駆け出しでもない限り何とかなるだろう。

スライとノイスは、中型剣使いを仕留めたようだ。

足止めなどではなく、止めを刺しに向かうだろう。


俺は、反対側の森の中に駆け込む。

そして、護衛の足に矢を打ち込んだもう1人を仕留めた。


木立の陰から見える馬車の周り。

そこに、戦いは見えない。


念の為、少し周りを確認して戻る事にした。





森の中から戻る俺を見つけたオルビアが走ってくる。

丁度いい。こちらも聞きたい事がある。


「オルビア、なんで止めた?」

「リューン、すまない…」

オルビアの顔に、いつにない焦燥感のような物が浮かんでいる。


「…どうした?」

俺の視界の先、オルビアの向こう。






俺が今まで見た事のない表情を浮かべ、俺を見詰める右目が俺の目に映る。


…目が合った。


レイスが、その視線を逸らす。







「リューン、本当にすまない、私は…」

「…オルビア」


「こんな事になるなんて、すまない、私は、多分予想できた、馬車に乗って貰って…

「オルビア!」


「負傷者を馬車に乗せろ。治療はそこでやれ。とにかく出せ。

一人取り逃がしている。他にも仲間が居るかもしれない。死ぬ覚悟で来られても面倒だ。早く出せ。」


「リューン、お前はそれで…

「うるさいぞ。俺がこのまま先頭を歩く。行くぞ」



オルビアを置き去りに、俺は元居た位置に戻る。

うめき声を上げている棍棒使いが痙攣している。

顎が潰れていた筈だ。呼吸がうまく行かなかったのか。それとも腹か。

苦しそうに伸ばされた右手は、手の形をしていない。

…その苦しみを終わらせてやり、まだ痙攣するその死体を、脇の森に投げ込む。


再び振り返る。

オルビアは俺の言った通りに指示を出したらしく、丁度皆歩き出す所だった。

自分でも恐ろしい程、何の感情も浮かんでこなかった。






あの時、レイスの目に宿っていた感情が何であるか。俺にはわかる。

殺し合いの最中、比較的良く目にしている。そう、さっきも。






最初から、少し考えれば分かっていた事だ。

今まで、何人殺したかも分からない俺が。

その血にまみれた手で、返り血まみれの俺が、何を求めている。

そんなのは、たちの悪い冗談だろう。


空虚な感覚が、体中を支配している。

全く疲れも、怒りも、感じない。

必要な事を必要に応じてこなす。

昔も今も変わらない。


そう、ここ最近が、どこかおかしかっただけだ。

物心ついてから今まで。

全ての記憶が灰色のもやの向こうに見える。



もう一度振り返る。


俺の後ろを歩くノイス。


その向こうに見えるオルビア。

…その顔は泣き出しそうだ。馬鹿らしい。


歩いている人数、その状況だけを確認する。

問題ないだろう。


もう一度、同じ襲撃を受けても恐らく大丈夫だ。





俺達は、王都を目指し、再び歩き始めた。


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