リューンとレイス02
列の先頭を、時折振り返りながら歩く。
ペースは少し遅めだ。
旅慣れない者は途中で馬車に乗って休める様にしているとは言え、
あまり体力を消耗させるべきではない。
護衛を仕事として受けている訳でもないのに2番手を歩くスライが俺に並んだ。
「よう、なんかあったのか?」
「さすが察しがいいな。…ほっとけ」
振り向きもせず答える。
「お前さぁ、ガキだよな」
その一言に思わずそちらに顔を向けると、
スライは予想通りの反応、とでも言いたげな顔でこちらを見ていた。
「先は長いんだ。この辺りじゃまず襲撃もないだろ。少し話せよ」
「あぁ、わかったよ。話すまで何か言われ続けられそうだしな」
「よく分かってる。さぁ何だ、聞くぞ?」
やはり黙ってしまいたい衝動に駆られながら、昨晩のやり取りを話す。
「…そりゃ、駄目って言うだろ。しょうがねぇな」
少し考えたスライの回答に、だろ?と声に出しそうになりながら横を見る。
「でも、あの子も何か言いたいだろ。それをお前は真正面から叩き潰した。
やっぱりお前、ガキみたいだな」
「うるさいな。それなら、なんて言えば良かったんだよ」
「知らん。どっちか折れなきゃ無理だろ?」
それを聞き、溜息をつく俺に、スライは更に続ける。
「ああ、もう一個あるな」
俺は再び横を向き、スライが続ける言葉を待つ。
「別れればいい」
こっちを向いてにやりと笑うスライに、顔を向けて損をしたというような表情を浮かべ正面に向き直った。
「とりあえず落ち着けよ。
あの友達の子と楽しそうに話しながら歩いてるから、
向こうはとりあえず暫く心配しなくて大丈夫そうだぞ」
そこまで言ってスライは列の後ろの方に流れていく。
一度振り向く。
俺が先行している。
護衛が1人。
馬車とレイスとミリア、グラニス。
その馬車の左右に1人ずつの護衛。
最後尾に後衛として2人
後ろから襲撃を受けるのは避けたいので、護衛は後ろ寄りだ。
いつかのように休憩中であれば関係ないが。
太陽が、もうすぐ真上に昇る頃、後ろからの休憩だという指示で立ち止まった。
簡単な食事を護衛たちが準備し始めた。当然、俺もそれに加わる。
今回はノイスが食事から外れている。
その代わりとして、周りを見回るのだが、ここではその必要もないだろう。
一応、周りを見渡し警戒してみせる。
馬車の方はというと、オルビアとレイス、ミリアが勝手な話で盛り上がっている。
…休憩も不要だったのではないだろうか。
グラニスはさっさと座り込んでいる。恐らく昼食後は一度馬車の上だろう。
スライが手持ち無沙汰でうろうろしているので、食事を運ぶのを手伝わせる。
「…お前、自分で持っていけばいいじゃねぇか」
そいうスライに馬車の周りの人員分の食事を押し付け、道の端でさっさと食事を始める。
視線が馬車のほうを流れた時、レイスがこちらを見ていた。
今はあまり話したくない。
あの話をしないのであれば、構わないが。
1日目の夜。
見晴らしのいい草原が広がっている。
この場所には、見覚えがある。じきに森に差し掛かるだろう。
見張りの順番を決め、俺は最初の見張りとなった。
馬車を道の端に寄せ、焚き火を囲んで眠る。
ミリアとレイスは荷馬車の幌の中だ。まだ時折、話し込む声が聞こえる。
オルビアはいつも通り、俺の少し横で起きる気配を全く見せずに眠っている。
今回はレイスも同行している。普通は遠慮するだろうが、恐らく彼女なりの心遣いだろう。
正直、こんな見通しのいい所で襲撃など起きようもない。
こちらはこの戦力だ。少し見れば分かる。
余程の人数でなければ返り討ち、下手をすれば皆殺しだ。
何も考えていない者か大人数であれば可能性はあるが、
この場所では先に発見され、逃げられてしまう。
緊張感も緩み、月明かりに光る草原を眺めていた。
あの時、彼女を背負って歩いたのはこの辺りだろう。
ふと気配を感じ振り返ると、ミリアが荷馬車から降りてきていた。
「先生、ちょっといい?」
「駄目だ。後か明日にしろ」
「いいよ、勝手に話すから」
そう言いながら俺の隣に腰掛ける。
「あのさぁ、レイスの事も考えてあげなよ。
何かして返したいってこの間も言ってたよ?」
「…勝手に話すだけなんじゃないのか?」
「先生さぁ…」
「どこまで聞いた?」
「大体の所は」
「そうか。じゃあ分かったろ。レイスには戦わせない。それだけだ」
「やっぱり駄目なのかなぁ。だって先生、女の冒険者だって居るでしょ?」
「レイスは違う。できれば、俺と同じような事はしないで欲しい」
「欲しいって。じゃあ勝手に始めちゃったらどうするの?」
無言で、横に居るミリアの顔を振り返る。
「レイスはそれくらい本気だよ。
ずっと練習してたのも、先生の手伝いがしたいからだって言ってたよ?」
「…そうか」
「だったら一緒に行ったほうがまだいいんじゃないの?」
「ミリア。駄目だ。お前は戦場を知らない。…お前もレイスも、あんな物は知らなくていい」
大きな溜息が横から聞こえた。
「先生、レイスは大事なお人形なの?」
「……言葉の意味を量りかねるな」
「まぁいいや、そうやって大事にされ過ぎてる方も大変だよ?」
ミリアは立ち上がり、馬車に戻っていく。
それを止める事もなく。
やがて交代の時間が来た俺は、土の上で横になり、そのまま朝まで眠った。
仕事であるという自負もあり、俺は徹底して護衛の役目に徹した。
無駄口も叩かず、淡々と先導、食事、交代での見張りを消化する。
レイスとは一度も口を利かなかった。
見かねたミリアが再度、先頭を歩く俺の所まで話しに来たが、
危ないから下がっていろ、という一言で戻らせた。
話にならない、とでも言いたげな顔で彼女は元の位置へ戻っていった。
それでいい。
なんと思われても、彼女を戦いの場に出させる事はしたくない。
その場で傷を負ったりする事が恐ろしくないかと言われれば嘘になるが、そういう話ではない。
一度その手を血に染めれば、戻れない。
それは呪いの様に付き纏う。
その数が少なければ少ないほど、重く圧し掛かるだろう。
そしてその数を増やせば、その呪いも感じなくなった自分に気付く筈だ。
そして、俺達は普通の職業に就く事がない。
当然だろう。
兵士でもない、傭兵でもない。それが金の為に野盗であれ、魔物であれ、殺してまわっているのだ。
護衛だから?そんな事は関係ない。そんな奴らを雇うか?
そうなったら最後。
死ぬまで戦いに関わる事になる。
いつかの戦場の風景が蘇る。
あんなのは、駄目だ。
彼女に、あんな光景の中を歩かせる訳には行かない。
俺の顔はますます浮かない顔になっていた筈だ。
森の中、ひたすら先頭を歩く。
王都までは、あと3日もあれば到着するだろう。
このまま到着しない方が、幾らか気も楽なように思えた。




