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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その3
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リューンとレイス01

彼女が身の回りの物くらいは持ち運べる程度の鞄を探しに大通りをうろつき、

結局、肩から掛ける小型のカバンを買った。


背負う様な形のカバンを、レイスは背負えない。

片腕でも背負えない事は無いだろうが、例えば走るような状況があった時には具合が悪いだろう。


少し悲しそうな顔をする彼女と、肩紐が太く色々な箇所に可愛らしい刺繍が施された、肩掛けの鞄を選び出した。


買う前に各所の縫い合わせを確認した俺は、

迷惑そうな顔をする店員に補強の縫い合わせを依頼し、

その作業の時間潰しにその辺りの店で、旅に在った方が好ましい物、

例えば小さなナイフ、最悪の場合に備えた携帯食などを買い集めた。


路上で簡単な物を食べながら、携帯食の尋常ではない味や、危険な動物、魔物の話、

その折の経験などを話す。

それを興味深そうに聞く彼女に、その何れも今回は恐らく心配ないであろう事を伝える。


自分を含めた護衛がおり、更にスライ、グラニスが護衛される側に含まれている。

グラニスは兎も角、スライは現在も依頼を受け続けており経験豊富だ。

この配置で心配する事は何もないだろう。


途中ミリアの家に寄り、本当に来るのかを確認した所、彼女の母までが出てきて

宜しくお願いします、と頭を下げられてしまった。

準備に不安が残るが、任せておけ、との本人の弁を信じて放っておく事にした。



肩に掛けるべき鞄を、さも大事な物の様に胸に抱いて歩く彼女と、宿に帰る道を歩く。


明日は出発だ。早朝に西門に集まる事になっている。

朝方から、今日は早めに眠るべきだろうと話し合い、早めの夕食をルシアに頼んであった。






「今まで町から出る時は、移動される時でした。いつも怖かったのが今は、すごく楽しみです」

「これからはそんな事もないな。もう少し世の中が落ち着けば、もっと旅も簡単に出来るんだけどな」

「仕方ないですよ。私はこれだけでも十分過ぎる程うれしいです」

「…そうか」

皿の上の肉を、彼女のフォークが控えめに突き刺す。

夕食にはだいぶ早い食堂は、人も疎らだ。


「リューン様は、いつも護衛の仕事を請けていたんですよね?」

「ああ、それが一番多かったな。何もなくても報酬が出る。それに…」

「なんですか?」

…言葉を選ぶ。


「襲ってくる相手だけが敵だ。こちらから襲わなくていい」

「…どういう事ですか?」

「うまく説明できないな。まぁいい。今回は何もないとは思うが気を付けろ。

何かあったら馬車に逃げ込め。スライは盾にしていいぞ」

「ひどいですね…」

「あいつは下手な前衛よりも頑丈にできてるから大丈夫だろ」

事実、彼は魔法など使わずスタッフだけでもその辺りに溢れる剣士には、そう引けを取らないだろう。

頑丈かどうかは別だが。

軽く微笑み、最後の一切れのパンを口に放り込んだ。


「それは冗談としても、この所魔物の被害も多いし、それで野盗の類が減る訳でもない。

何かあったら馬車に隠れろ。必ず守るとは思っているが、手が届かない事もあるかもしれない。

なるべくオルビアの近くにでも居て欲しいな」

「…はい」

レイスは、軽く俯いた。


「どうした?」

何も答えず、そのまま黙っている。

そして、意を決したように顔を上げた。


「…リューン様、私、きっと役に立てると思います。何かあったら、私も

「駄目だ」


静寂が流れる、人のいない食堂。


「でも、私は…

「レイス。駄目だ」


レイスが悲しそうに顔を伏せた。

「私はずっと、ただ何もできずに待つだけなんでしょうか…」


それでもいい。

全てを失った彼女がやっと手に入れたもの。生きる未来を切り開くであろうその力。

勝手な思いだが、返り血にまみれさせたくない。

それが彼女の重荷になるとしても。


「レイス、少なくとも今回はそんな事にはならないだろう。

明日からはひたすら歩く事になる。今日はもう寝よう」

「…はい」


不満げな顔の彼女と、やはり浮かない顔の俺は、日が沈み切らない内に横になった。


流石にすぐには眠れずに、横を向く。

先程荷物を詰め終えた彼女の小さな鞄が目に入った。

その肩紐に、4色の糸を使った刺繍が流れている。


そこから目を逸らし、再び上を向いて目を閉じた。




「リューン様、まだ、起きていますか?」

誰も答える者がいない部屋に、表の通りの喧騒だけが遠く響く。

じきに食堂の喧騒もそれに加わるだろう。



少しの間をおいて、彼女が1人で話し始める。

「私はあなたの為に何ができるのでしょうか。

いつも何かしてもらってばかりです。

私は…



暫くの間、彼女の独り言は続いた。

そしてそれは小さな溜息で締めくくられ、

部屋にはそのまま朝まで沈黙が続いた。









日が出る前に目を覚ました。

ゆっくりと体を起こし、少し体を伸ばす。

眠った時の喧騒が嘘のように、表の通りにも部屋にも、本当の静寂が流れている。


立ち上がり、部屋の中を眺める。

昨日纏めた荷物。

ベッドの上でレイスが規則正しい寝息を立てて眠っている。

その目に、薄く涙の跡が残っていた。


何をするでもなくそれをただ眺める自分に気付き、

それを打ち消すように彼女の肩を揺する。


「レイス、そろそろ起きろ。出掛けるぞ」

「うぅ…、リューン様、どこに行くんですかぁ…」

寝惚けて昨晩の事などお構いなしな言葉を聞いて、流石に苦笑する。


「レイス、起きられるか?」

徐々に鮮明になる意識に目を見開き、ベッドの上で起き上がり、そして俯いた。


「すみません、すぐ準備します」

「ああ。まだ少し早い。ゆっくりで大丈夫だ」


彼女が焦りながら準備するのを時折眺めながら、自分の荷物をゆっくりと確認する。





大きな荷物を担いで歩く。

荷物で後ろが見えないが、俺のすぐ後ろを軽い足音が着いてくる。


無言で西門まで到着すると、既にグラニスとスライ、オルビアも待っていた。

少し離れた所で護衛の5人が座って話し込んでいる。

内1人は僧衣をまとった僧侶、弓使いも1人混ざっている。

無意識に外見から彼らの技量を伺い、まぁそこそこだろう、と勝手な評価をつけた。

スライとグラニスを魔術師として戦力に数えれば、バランスは悪くない。

バランスが悪くないどころか、比較的強力な集団だ。


「オルビア、荷物乗せるぞ」

「お前、その大きさは別料金だろ…」


オルビアはレイスと話し始め、俺は護衛達の方へ合流する。

…見た事がない顔しかいない。

この所、護衛の仕事はまるで受けていなかった。

護衛専門でこなしている連中なのだろう。

簡単に挨拶をすませると、そのうちの1人が声を掛けてきた。


「リューンさん、本当に帰って来られて良かったです」

必死に記憶を呼び起こし、その顔を思い出す。

レイスと一緒に王都から戻る折、仲間をなくした青年だ。

そういえば、先般の前線への物資輸送の折にも会っていた。確か名前は…ノイスと言った。


「この人がさっき話していた人だ、俺はこの人より強い人を知らない」

振り向いて、不要な説明を追加される。

明らかに嫌な顔をしている俺に、残る4人が堪えるような笑いを浮かべ、

違和感に気付いて振り返るノイスに告げる。

「俺は今回は輸送される側の筈だったんだけどな。あまり買い被らないでくれ、宜しくな」

5人と握手を交わし、オルビア達のところへ戻る。




…ミリアが来ていない。

「グラニスさん、ミリアはまだ来ていないんですか?」

「そろそろ来るとは思うんだが」


そんな事を話している俺の視界の先に、

俺と変わらないような大きさの鞄を背負ったミリアが歩いてくるのが見えた。


視界の端で、レイスが手を振っている。

ミリアはそれに答えるように手を振り返しているが、

明らかに荷物が重たいようで、既に疲れの表情が浮かんでいる。


「おはようレイス、重い…」

ミリアがその荷物を荷馬車の真ん中に下ろした。


「おい、そういうのは端に寄せろ。矢避けになる」

オルビアが面倒くさそうに言うのを恨めしそうに見返すミリアは、

素直に指示に従って荷物を寄せる。


それを見るオルビアが、満足そうに周りを見渡し、声をあげた。

「これで揃いだ、出発するぞ」

それを聞き、護衛の5人が立ち上がった。


「おいリューン、頼んだぞ?」

「一応仕事だからな。義務は果たす」

「それが不味いんだろうが…」

オルビアの声を無視して、俺はその先頭を歩き始めた。



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