変わり始めた日常21
競技会。
細かい事は分からないが、魔術と剣術に別れ、その技術を披露する場だという。
魔術は個人競技で的を狙ったり何かを壊してみたり。披露する、という表現は正しいだろう。
剣術は、最早ただの武道大会なのだという。単純に勝った者が勝ち進み、一番強いものを決める。
グラニスが言うには、ここで名前を残す事ができれば、貴族や騎士から声が掛かるかもしれないという。
要は、彼らの手駒の収集所という事なのだろう。
「どうだ、出てみないか?レイスよ、特にお前の成長は著しい。
場合によっては本当に仕官の道が開けるかも知れんぞ?」
左隣から視線を感じ振り向くと、彼女が伺うような顔でこちらを見ていた。
「出たらいいんじゃないか。それで本当に仕官の話なんてあったら素晴らしい事だろ?」
それを聞いて、レイスは微笑みながらグラニスに二つ返事をしている。
「リューンよ、お前はどうする?何れにせよ、一緒には来て貰う事になるが」
「俺はやめておきます。人に見せるような物じゃない。…レイスが活躍するのをゆっくり見させて貰うよ」
「はい。頑張ります!」
ひどく嬉しそうに俺の顔を見上げていた。
「所で、グラニスさんそれはいつなんですか?」
「…15日後だ」
それを聞いて、俺は固まった。
王都まで10日は掛かる。
当日に到着する訳にも行かないだろう。
そうすると、4日以内にはここを出ないと間に合わない。
「…時間がありませんね」
「何故かスライの所に手紙が行ってしまっていた。あいつ、持ってくるのが遅いんだ」
しかめっ面をして、グラニスは横を向いている。
「グラニスさん、現地までの護衛などの手配は?」
「実はそれを頼みたいと思ってな…」
先程の酔っ払いの顔が頭に浮かんだ。
隣で同じことを考えたらしいレイスが、此方を見ている。
しかし、その顔は少し笑いを堪えるように歪んでいた。
「グラニスさん、輸送ギルドに知り合いがいるので、そちらに声を掛けてみます」
「そうか、それなら話が早くて助かる」
本当に助かるかは分からないが。
「では、手配が付き次第来ます。…準備もあるので、養成所は休ませると思いますが」
「私も準備をこれから始めるところだからな、それで構わないと思う。
ここには毎日顔を出すのでいなければ伝言を頼む」
「分かりました。それでは明日にでも来られればいいですね。早めに決めるようにします」
「ああ、頼んだぞ」
俺達は、再びオルビアの家に向かう。
先程、わざわざ鍵を掛けてしまった。
叩き起こす事もできない。
ドアをノックする音が響く。
反応はない。
再度ノックするが、やはり反応は無かった。
「仕方ない、出直すか」
振り返った俺達の目の前に、水差しを持ったオルビアが立っていた。
「お前、さっきから何の用だ。」
「だから王都に行きたいんだって言ってるだろ…」
赤い顔をしたオルビアに先程の話をする。
なんと今回は護衛される側になるという、初の経験になると思っていた。
「あぁ、丁度少し運ぶ物もある。歩けるなら格安でいいぞ」
「本当か、すぐにでも頼みたいんだが」
「…護衛が足りないんだ。この間、お前は休むって言っていたしな」
オルビアが薄笑いで俺の顔を見ている。
「分かった、俺も護衛を受けるって事でいいのか?」
「それでいい。お前の分の費用も取らん。ただ、現地で他の護衛の分の宿代を出せるか?」
「どの道往復の護衛を頼むなら同じ事だ、グラニスさんに話してみる」
「よし、それじゃちょっと行ってくるか…」
オルビアがよろよろと立ち上がった。
「行くってどこに?」
「ギルドに報告だ。他の護衛の募集状況も見てくる」
「今からそのまま行くのか?」
隣のレイスも信じられないというような顔をして、こちらを見た。
「急いでるんだろう?日程も早く決めるべきだ」
言いながらオルビアはよろけている。
「オルビア、俺たちも一緒に行く。…明日でも大丈夫だぞ?」
「今がいいんだよ、早く立て。私は眠いんだ。早く済ますぞ」
結局オルビアに付き合った俺たちが帰ったのは、ルシアさんが夕食を用意するのに面倒な顔をされる頃だった。
しかし、歩き続けるのが難しいであろうグラニスとレイスの為の大き目の馬車の用意、5人の護衛、4日後の出発。
オルビアはその全てをその場で決めてくれた。
…借りは貯まるばかりだ。
翌日から俺達は準備に追われていた。
旅慣れている俺は数刻もあれば十分だ。
正確にはレイスの準備で忙しかった、という所だろう。
「リューン様、これは持って行ったほうがいいんでしょうか?」
魔術の分厚い本を指差している。
「いや、それは要らないだろう…」
「これはどうでしょうか?」
手鏡やブラシ、服と下着の枚数に至るまでひたすら確認する彼女に付き合い、既に昼になっていた。
早めの昼を食べながら、グラニスに報告しに行くのを忘れていた事を思い出し、
養成所まで行ったが、先程帰ったとの事だったため、伝言を頼んで帰る事にする。
宿に着いた俺たちを、ミリアが待っていた。
「先生こんにちは。レイス、いま暇?」
「ミリア、すまないちょっと忙しいな。明後日から王都に行くんだ」
「え。そんな所まで何しに行くの?」
レイスの嬉しそうな顔を見てミリアが苦笑いしている。
「まだ準備で忙しいんだ。もし良かったら上がれ。準備しながらでもいいか?」
「ああ、別に暇だから遊びに来ただけなんだ、邪魔じゃなければ上がっていい?」
「明日も準備に時間を取れる。まだ大丈夫だから上がっていくといい」
早朝から目が覚めてしまったレイスが、欠伸をしながら荷物を整理している。
それを眺め、時折荷物の要不要に答えつつ、ミリアに王都に行く用件を話す。
「それ、私も出たいな。出発っていつ?」
「明後日だ。色々あって突然なんだよな」
「明後日ね、んじゃ私も行く」
「おい本気か、その辺にちょっと買い物に行くような距離じゃないぞ?」
「セイムもロランとばっかり遊んでるし、友達もみんな忙しいんだ。暇なんだよ」
「オルビアも来るぞ?」
「別に構わないさ。酒飲みながら歩く訳じゃないんだろ?」
…問題はそこなのだろうか。
ミリアが立ち上がる。
「それじゃ私も準備しに帰る。レイス、また明後日ね」
「え、ああミリアさん、分かりました」
言い終わる前にミリアは出て行ってしまった。
荷物を試しに鞄に詰める。
…そもそも、レイスの鞄というような鞄が無い事に気付き、明日買いに行く事にした。
とはいえ、殆どの荷物が俺の大型のバックパックに納まり、レイスは大した物を持つ必要が無い。
体力を考慮に入れてもその方がいいだろう。
その代償として、俺の鞄はいつに無く巨大化しているが。
色々な事がうまく行き、その上このような出来事は初めてだ。
レイスはひどく機嫌がいい。
俺も、悪い気はしなかった。
思えば、上手く行き過ぎていた。
国家。街。人。人間の感情。そこから生まれる幸せや苦しみ。
あらゆる物が永遠に続かない事と同じように、
こんな全てが上手く行っている状況が続くなんていうのは、おかしかった。
そう、全てが。
あの時、レイスと王都で出会った時からずっと。
これはきっと、おかしかった。




