表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
2人の、新しい日常3
52/262

変わり始めた日常20

魔術師の養成所の階段に座り込み、俺は考えていた。


宣言通り暫く仕事は受けない事に決めた。

しかしその間、何をするのだろうか。


ただ無為に過ごす長い休みは毒以外の何物でもない。

体も勘もそして精神も、ただ老いてしまう。



先日、彼女の故郷の国に行ってみたい、などと考えていた事を思い出す。

考えていた瞬間は、生死がかかっているような時だったが。


しかし、彼女の故郷であるスノアは遠い。

ここから王都まで行き、そこから更に西の国境へと向かう。

王都より西側の地理にはあまり明るくないが、

東側であるここパドルアと同じ距離に拠点となる都市があるとして、そこまで最低20日。

更に国境を越え、その先は全く分からない。

まさか2人で旅をする訳にもいかない。護衛も必要だ。


何か目的もないのにそんな所まで行くのは、今のご時世では普通ではない。


丁度そんな所まで何かの護衛、なんていう仕事でもあれば行くのは容易いが、

それは俺が1人で仕事を受けた場合の話だ。


正直な所、道楽で行くのは不可能だろう。

ただ、この理屈で行くと、この街から出る事は全て難しくなる。

彼女にどこか希望でもあればそれに乗るつもりだが、どうしたものか。


別にどこかに行く必要がある訳ではないが、折角休むと決めたのだ。何かしたい。

彼女も毎日練習するばかりでは飽きもするだろう。




ここで考え込む事で何か生まれてくるとは思えなかった。


休むとはいえ、その傾向くらいは確認すべきだろう。

ギルドに依頼のボードを眺めに行く事にした。



相変わらず、掲示板に所狭しと並ぶ依頼の用紙を眺める。

…魔物の討伐に係る依頼の比率が増えていた。

復帰の1件目は、恐らくその類の仕事になるだろう。

そんな事を考えていると、後ろから声がかかる。


「よう、死人」

長い金髪を雑に結んだ、雑な着方のローブ姿。

スライだった。


「…死人じゃない。死んでもおかしくなかったけどな」

「一体何があったんだ?死んだって話しか聞いてないんだよ」


これで説明を始めたら、何回目だろうか。


「暇か?折角だから教えてくれよ。気になるだろ?」

「気にならない。面倒くさいから今度な」

「お前、最悪だな…」

「暫く休む事にしたんだ。時間はある、本当に今度話すって」

「そういうのって、体のいい言い訳で本当は説明する気ないだろ」


流石だ。


「…わかった。相変わらず察しがいいな」

「察しがいいとか思っているならもう少し丁寧に扱えよ俺を」

「知るかそんな事。でも昼には迎えに行かないといけないから、それまでだな」

「丁度いいな、俺も養成所に用があるんだ。昼一緒に食べようぜ?」

「…嫌だ」

「お前さぁ」


何回目なのか分からない説明を流暢こなしつつ、スライと共に養成所へと歩く。


「へぇ。そんな奴がいるのか。俺は騎士様なんてのは、もっと腐ったようなのしかいないと思っていた」

「俺も正直そう思っていたが、あれは本物だな。出来れば二度と戦いたくない」

「お前がそんな事言うんだったら相当だろ。英雄様だねぇ」

「本当にそれだ、こういう奴が英雄って扱いになるんだな、なんて考えていた」


養成所に付いた俺達は、妹に一方的にやり込められる残念な英雄についての話をしながら、

午前の講義の終了を待った。


その話が、英雄の部隊の少年兵に及ぶ頃、養成所からグラニスとレイスが出てきた。

スライがグラニスに頭を下げ、その横で俺も軽く頭を下げる。


「グラニスさん、この手紙なんですが…」

グラニスと話しこむスライを見ながら、レイスを連れてここから離れる。


暫く行ってから振りかえると、遠くでスライが何か叫んでいるが、放っておく事にした。

「…リューン様、何か約束していたんじゃないんですか?」

「してない。大丈夫だから行こう。早く」


俺は、あたたかい昼食の時間を確保する事に成功した。





昼食を食べながら、先程養成所の前で考えていた事を話す。


故郷に帰りたいか、という点ではまんざらでもないらしいが、

危険を承知で行くような話でもない、と言う彼女と、何をするか考える。


「どこか行きたい、という事であれば王都までならどうでしょうか?」

彼女との出会いの地。

最悪な出会いだったような気もするが。


「あの時は何も考えていなかったので、ここへ来る時の事もよく覚えていないんです。

あ、でも背負って下さった事はよく覚えています。…靴が脱げたんですよね」

懐かしそうに微笑む。


あれからどれだけ経つのだろうか。

それは、ひどく昔の事の様に思えた。



「王都までなら護衛を付けても大した金額にはならないかもな。荷物もない。…オルビアに聞いてみるか」

「オルビアさんも一緒に行けたら楽しいですね」


いや、そうでもない。ただひたすら疲れるだろう。

喉まで出かかった言葉を飲み込み、残る食事を片付ける。


「午後の練習中に一度家まで行ってみる。居れば聞いてみるよ」

「リューン様。今だから言いますけど、酔っ払っていても、あんな格好させるのはやめて下さいね?」

「……何の事だ?」

「……怒りますよ?」

しっかり覚えていた。



養成所に戻ると、白けた顔で階段に座るスライを見つけた。

「スライ、久しぶりだな」

「お前さぁ…」


くすくすと笑う彼女に手を振って午後の練習に送り出す。

「最近暇か?オルビアの所まで行く。護衛の仕事、受けないか?」

「何の話だよ。俺は護衛は受けないって」


立ち上がったスライと、オルビアの家の方角に歩きながら、先程の話を続ける。

「お前はその時にレイピアで突き殺されればよかったんだろうな」

「実戦だったら有り得る話だろ、他の相手しながらあんな速度で突かれたら、かわせない」

「俺はそいつをここに呼び出して、2人掛かりでお前を殺したいよ…」

「…怒ってるのか?」

「もういいけどよぉ」


どうしようもない話を続け、途中スライは自分の家に分かれた。

俺はそのままオルビアの家に向かう。


ドアをノックする。

やはり返事は無い。


ドアノブを握ると、扉は開いた。

不用心すぎるだろう。

家の中を覗き込み、声をかける


「おい、オルビア、いないのか?」

部屋の奥の方で、音が聞こえた。

…まさか先日と同じ状況という事はないだろう。


「おい、入るぞ?」

もしも、もあり得る。

今更遅いが、足音を殺しながら歩き、扉を開けたそこに、オルビアが居た。


凄まじい既視感。

テーブルに突っ伏しているオルビア。

そのテーブルの上には酒瓶が数本転がっている。


「おい、またかよ。お前何やってんだ」

肩をゆすると、面倒くさそうに右手を上げた。


…こいつは何をしている。

一応、当初の目的を告げる。


「オルビア。王都まで行きたいんだが」

「勝手に行けばいいだろぉ」

「輸送と護衛を頼んだら幾らだ?」

「…護衛?」


面倒くさそうに顔を上げ、こちらを見るその目は半開きだ。


「レイスと王都まで行きたい。何かのついででもいいんだが、幾らくらいかかるんだ?」

「あー。そういう話しかー。ちょっと待ってろ今思い出す」


テーブルに肘をつき、オルビアが目を閉じる。

…そして寝息を立て始めた。


「おいっ」

「あぁ、なんだ、王都がどうしたんだっけ?」

「…もういい」

「そんな事言わずに少し付き合えよ。」

「取り敢えず、眠いなら普通に寝ろよ。あと鍵くらいかけろ」

「あぁ、そうだな…」


オルビアは面倒くさそうに立ち上がると、

テーブルの上の茶色い液体が入ったグラスを一息に飲み干し、よたよたと歩き出す。


オルビアがそのままベッドで倒れこむのを確認して、家を出た。

棚の上に無造作に置いてあった鍵で施錠し、郵便物を入れる口からそれを放り込む。


無駄足以外の何物でもなかった。



養成所に戻る道を歩きながら、過去受けた護衛の報酬と、その折の人数を思い出す。

ギルドの取り分は分からないが、概ねの金額を考える。

…行けない金額ではない。

ただし、戻ってからはすぐに何かしらの仕事を請けるべきだろう。





再び階段に座り込む俺は、彼女と出会った後の、王都からの帰り道を思い出していた。


食事が貰えるとは思っていなかった、と言っていた事。

夜中ふと振り向いたとき、ただ空を見上げている姿を見かけた事。

背中に背負って歩いた事。そう、彼女がさっき言っていた。靴が脱げて、その靴がひどく痛んでいた事。


物心ついてからの過去の記憶の中で、あの時から今までの事ばかりがひどく鮮明に思い出される。

新しいからではない。


それ以外が、薄暗い霧の中だったような感覚。

命のやり取りの繰り返し。その瞬間はひどく鮮やかに感じていた筈が、

それまでもが、他の記憶と同じように灰色だ。



肩にそっと触れられる感触が、現実に引き戻す。

確認するまでもない。

ゆっくりと立ち上がる。


「早いじゃないか」

「はい。…今日もうまく行きませんでした」

悔しそうに眉を寄せる。


「そうか、こっちもだ」

「オルビアさん、いなかったんですか?」

「居たんだけどな、酔っ払ってて話にならなかった」

彼女の眉間に皺がより、こちらを見ている。


「大丈夫だ、自分で寝た。…そもそもなんでいつも椅子で寝てるんだあいつ」

「知りませんよ…」

「そうだよなぁ」


「今まで護衛を受けた時の報酬と、人数を合わせると、大体の金額は出る。

そこから考えると、行けない事はない。

ただ、帰ってきたら割とすぐ何か仕事を受けないと不安だ」

「…そうですか。やっぱり、ちょっと難しいかもしれませんね」


「少し戻ってから考えようか」

「ええ、でも私、そんなに遠くになんて行けなくても構わないです。

少し養成所をお休みして、パドルアの中で一緒にあちこちに行きませんか?」

「そうか。ありがとう。そうするか…」





結局、全てが徒労に終わったような気分だった。

体も鈍る。剣士の養成所に遊びに行くだけでも少しは違うだろうか。


たまにゆっくりと過ごす事は悪くない。

度を越えない程度に、休もう。


そんな事を考えていると、養成所の中からグラニスが早足で出てきた。


「おお、良かったまだ居たか」

「グラニスさん、お疲れ様です。どうしたんです?」


「実はな、先程スライが持ってきた手紙だが、王都で開かれる競技会の通知だった」

その聞きなれない単語に、暫くそのまま聞く。


「今年は5年振りで、魔術と剣術の両方が行われる。

私も同行するし、スライも出場する。2人も、特にレイス、出場したらどうだ?

どの道行くのは一緒だ、費用も出してやる。

ここで貴族や騎士の目に留まれば…、聞いてるか?」



俺達はその場で、顔を見合わせていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ