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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
2人の、新しい日常3
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変わり始めた日常19

一度部屋に戻った俺達は、夕食を取りに再び1階に下りる。


俺の事を空気程度にしか扱わないルシアさんには昨日、

レイスも同行している上で、件の謝罪と礼を告げた。


半ばあきれ顔で、ここをでてからの出来事の説明を聞いた彼女は、

まぁ仕方ないといった言葉を俺に掛け、ついでに次に同じ事をしたら、

レイスの耳に入る前に私があんたを殺してやる、というおよそ不可能であろう脅しを受け取った。



結果、脅しは兎も角として、昨晩からは今まで通りに夕食を貰っている。

いつものように彼女の分の皿を押しやり、自分の分の到着を待つ。

ふと、視線を上げるとレイスと目が合い、彼女の右目が微笑みかけた。


多分、俺も今の生活がひどく気に入っているんだろう。

自然と笑い返す自分に、何となくそう思う。


きっとこれは。

いや。どんな事だろうと、永遠に続くことなどは、あり得ない。

だからこそ、このあたたかい時間を大事にしたい。


そんな事を考えていると、永遠どころか、その時間は早速終わりを告げた。




「あぁ、やっぱり生きてる」

テーブルのすぐ脇に登場したのは、先日の嘔吐物だった。


「…思い出すから食べ終わってから来てくれよ」

「レイス、あの時は悪かったな」

俺の正面の席に顔を向け、申し訳なさそうにしている。

こちらはどうでもいいらしい。



「いえ…オルビアさん、大丈夫だったんですか?」

あの時の情景を思い出したらしいレイスが、食事から視線を逸らしながら聞いている。


「なに、あんな物は慣れっこだ、…確かにこの間のは少しひどかったが。

夢だったのかと思って念の為、本当に生きているか確かめに来た」

ひどかったのは、少しじゃないだろう。

文句を言おうと思ったそこにルシアが俺の分の料理を持ってきてくれた。


「あれオルビア、あんたも食べていくのかい?」

「この間は済みませんでした」

オルビアは立ち上がって神妙な面持ちで頭を下げている。


「仕事なんだからしょうがないでしょ。あんたも大変だね。

…だけどこの馬鹿、あんまり危ない所に連れて行かないでくれ。

聞いたら自分で一番危ない所に行ったらしいじゃないか。

レイスちゃんどうするつもりなんだろうね…」

「すみません。今日はその話をしに…」


「あぁそうか悪かった。いま持ってくるからもうちょっと待ってな」

「ありがとうございます」


再び椅子に座るオルビアが、レイスと俺の顔を見て、どうした食べないのか?などと言う。


「…お前のせいで食欲がなくなった」

そう言いながらも、俺は目の前を片付け始める。

それを見たレイスも、時折何とも言えない顔をしながら食事を始めた。


遅れてやってきた食事を優雅に食べ始めたオルビアがそれを片付ける頃、俺はやっと目の前を片付け終えた。

正面のレイスは、既に諦めてフォークを皿に置いている。



…俺達のあたたかな食事の時間を返してくれ。





恐らくそんな事は気にしていないであろうオルビアが話を始める。

「リューン、ひとまず、仕事の話だ」

気が進まない表情で顔をそちらに向けた。


「まず報酬だ。これはギルドで受け取れ。手続きも済んでいる」

「予定よりも随分同行している期間が短かったと思うが?」

半ば自嘲的な笑いを浮かべながら問う。


「お前があの時居なければ、全滅したか、私含めうちのギルドの人間が捕まるか、殺されるかしていた。

それで報酬は出ない。…そんな事はさせないさ」

「そうか、それはありがたいな。暫く休める」

「それと、私の仕事の上での礼だ。リューン、私はお前のお陰でここに居る。礼を言う」

目の前にひどく珍しい光景が展開され、そこから無表情に顔を上げるオルビアが続ける。



「次は個人的な話だ」

「…一体なんだよ?」


「ああいう状況になったら、お前は私なんぞ置いてさっさと逃げるべきだ。

いや、逃げて欲しい。…報酬は出ないだろうが」

「…そんな事すると思うか?」

「レイスの事を考えてやれ。あの時の彼女は見ていられなかった。

私はああいうのは、もうご免だ。本当に…もう勘弁しろ」


食堂の喧噪のなかで、このテーブルだけに沈黙が流れる。


「レイスも、そういう事は言わないのか?」

「ええ…、少し言いましたが…」

「そうだろ?」

ほら、とでも言わんばかりにオルビアが此方に視線をやる。


「でも…

レイスが何か言いかけるのを遮って、告げる。

自分でも驚くほどに張りつめた、不愉快な感情を、自分の中に感じながら。


「レイス。オルビアも、他の護衛も皆、死んだ。

自分が危ないと思って、見捨てて逃げてきた。…だから帰ってこられた。」

全く感情がこもらない言葉が口から流れる。


「レイス、そう言われてお前はどう思う?」

突然向けられた矛先に彼女は、目を見開いて、明らかに動揺している。


「そういう事を聞いて、それでも構わないか?」

「ちょ、ちょっと待って下さい…」

涙目になっていた。別に彼女を責めるつもりは全くない筈だったんだが。


「いや、ごめん。今のはタチの悪い冗談だ。…ごめんな」

微笑みかける俺に、やんわりと抗議の涙目が向けられる。



「オルビア、俺にはそういう事は出来ないと思う。できるとしたらそれは多分、もう俺じゃない」

「この間のは、相手の力量を計り間違えたのが原因だ。あいつは、本当に強かった。

それに、何も考えていない訳じゃない。自分でもこの間のは失策だったと思った」


「私が頼んだ事で非常に言いづらいが、…お前はまた同じ事をしそうだな」

オルビアがテーブルに肘をつき、顔に手を当てている。


「やらないさ。その前にその状況にならないようにすればいいんだ。この間のは全く予想外だった」

「ああ、分かった。お前がそういうなら私はこれ以上は言わん。だが、レイスとはよく話し合っておけ。いいな?」


正面に向き直る俺と彼女の視線が合う。

少し、悲しそうな顔をしている彼女から視線をそらした。

本当は、先程の問いに、暫くの間を要した上で、彼女がなんと答えるか。

俺には分かっている。



「わかった。正直、暫く休むつもりだ。今は金も時間もある。ゆっくり考えるさ」

しばらく休むという俺の宣言に、視界の端の悲しそうな顔が、多少はましになった様に見えた。




「それと、だ」

次の話題を持ち出すオルビア。

「なんだ、まだあるのかよ…」

「そう嫌がるなよ、私は友達が少ないんだ、話し相手になってくれ」

「何だそれ…」


「この間、私は何か余計な事を言わなかったか?」

「尚更なんだそれは」

「何を言われたか、何を言ったか、よく覚えていない。ついでにお前が戻りついた経緯を折角だから教えろ」

「それは構わないが、この話するの何回目だ…」

正面で苦笑いをするレイスも、同じ話を聞かされるのは何回目だろうか。


俺はすっかり小慣れた口調で話し、最初にその話をした時の半分以下の時間で説明し終える。

どうでもいいような事を端折り、大枠を説明していく。自分でその進歩に驚嘆した。

…他に幾らでも進歩したい部分はあるのだが。


「本当、運が良かったな。その手紙ってのは?」

「ああ、結局2枚が着いた。残りの3枚はどこに行ったんだかな」

「…折角だから見せろよ」

「……。」

「なんだよ、愛の言葉でも書かれているのか?」

「違う。…わかった、持って来ようか」


立ち上がろうとするレイスを制止し、立ち上がる。


俺が席を去る後ろで、オルビアがレイスに話しかけている。




「なぁ、それ」

レイスの指輪を見ながらオルビアが少しにやにやしている。

「ええ、先程の話のグレトナっていう人に言われたから、って買って貰ったんです」

「…なんだそれは。私は遂にあいつも色々決めたのかと思ったよ」

「…そういう話ではないです」

「あの馬鹿…」


「でも。多分、今はそれでいいのだと思います。もし、本当に。

リューン様が本当に私を受け入れてくれたとして。

この先もずっと、一人で仕事に出かけるなんていう事、私にはきっと、我慢できないと思います」

オルビアに困ったような笑顔を見せ、再び視線はその右手に落ちた。


「なあ、レイス。本当に悪かったな」

「そんな、オルビアさんが謝る事じゃないですよ。

それにこの間のも、オルビアさんもリューン様の事が大事だから、悲しかったんですよね」


「…は?なんで私があの馬鹿を」

「リューン様が以前言っていました。

俺には友達や仲間と呼べる相手が殆どいない。オルビアさんは、大事な友達だって」

それを聞いたオルビアの顔が少し暗く沈み、少しの間を開け、その口を開いた。


「…仕事柄な、仲間なんていうのは、いついなくなるか分からない。

いつ頃からか分からないが、そういうのに耐えられなくてな、

仲間だ友達だなんて呼べる相手は作らないようにしたんだ。

それが、それ以前からの付き合いのあいつだけは、一向にそうならなかった。

理由抜きに、あいつは大丈夫だ、と勝手に思い込んでいたんだ。

…それでこの間の話だ。なんでもっと早く付き合いを切らなかったのか、ひどく後悔したよ」


オルビアが顔を上げた。

「だから、私は友達が少ない。レイス、たまにでも色々と付き合えよ」

「ええ、私でよければ…」


「お前ら何やってんだ…」

微笑み合う2人の前に戻った俺は、手紙を手渡す。

…少し字が綺麗にかけた方を選んできた。


手紙を読み終え、オルビアがこちらに向き直る。

「お前は、本当に、馬鹿だな」

「なんだよ…。持って来させておいて…」

「こんな物書いてないでとっとと戻って来い」

「小競り合いしている国同士を、一人で渡って来られる訳ないだろ」

「知るか、あれだけ無茶しているんだ、それくらいやれるだろ」


相手をするのが面倒くさくなり黙り込んだ俺に、更に文句を言うオルビア。

それを見ながら、今度はレイスが厨房の方に飲み物を取りに席を立つ。


「おい、リューン、大事な忠告をしておいてやる」

「あぁ、あとは一体何だよ…」

「余所の女を下着姿に剥くのは、不味いと思うぞ?」

「お前がいけないんだろうが…」

疲れた顔で既に前のめりになっている俺の体が、更に前に倒れ込むのを

オルビアはさも楽しそうに眺めている。


「まぁ、これは蒸し返さないでやる。」

「当たり前だろ…ふざけろよ…」




レイスが飲み物を持って戻り、その後も暫くオルビアは居座ってだらだらと話を続ける。

結局、オルビアが帰ったのは、もうすっかり食堂内が片付いた頃だった。

遅くまで居座った事でルシアに一通りの礼を述べ、オルビアは帰って行った。



「…寝るか」

「そうですね…」

「なんだか、すごく疲れた…」

それを見て小さく笑う彼女と、階段を上る。


俺達は、早々に蝋燭を吹き消した。



暗いベッドの上でその右手を伸ばし、見つめるレイス。

「あの、まだ起きていますか?」

「起きてる。腹減ったか?」

「…違います。あの、これ、本当にありがとうございます」

「ああ、なんて言うか、逆にごめんな」

「いえ、それは、大丈夫です。本当に、うれしいんですよ?」

「それならいいんだが…」


「あの、先程の質問なんですが。」

「質問?」

「みんな置いて、逃げてきたって…」

「もしそうしたとして、その時お前が何て言うかは分かってるつもりだ。ありがとうな」

「…そうですか」

少し嬉しそうな声が帰ってくる。


今回みたいな思いは俺も二度とご免だ。

今ここに居るのは、本来奇跡に近い。

…同じ状況になったら、俺は、一人でも生き残ろうと、出来るのだろうか。


その後の言葉は続かなかった。

どちらもそのまま何を言うでもなく、俺達は眠りについた。


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