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1-5

宿は売春宿が立ち並ぶ区画の端にとってあった。

コーネリアの方で押さえてあったそうだ。


大きな宿ではないが、連れ込み宿でもなく、この区画にしては小奇麗なつくりだ。

ベッドと何にも使えない小さな机、荷物が置けるスペースがあるだけとはいえ、各個の部屋が与えられ、久々に地面以外で眠れることに安堵する。


荷物を部屋に一旦置いた後、夕食を取りながら打ち合わせを行うため、1階の食堂に集まった。


「明日の朝、コーネリアの使いが馬車を持ってくる。それを受け取り出発する。いいな?」

機嫌が悪そうにオルビアが言う。

俺は言わずもがな、残りの4人も不満はないようだ。

先程のトラブルも解決していると思っているようで、彼らにとっては夜遊びが出来ない程度の問題のようだ。

革鎧の青年が魔法使いの少女にからかわれて赤面し、それを残りの二人が更にからかっていた。




荷物の整理をしていると扉をノックされる。


「リューン、いいか」

ドアを開けるとまだ機嫌が悪いオルビアが立っている。

入り口で話し込む訳にも行かず部屋の中、と言ってもベッドと荷物を置いたら立ったまま話すしかない程の広さだ。

ベッドに腰掛けたオルビアが眉間に皺を寄せる。


「どうするつもりだ」

睨みつけられる。


「どうもこうもない。養うしかないだろう」

「お前は……」

「断れる状況ではなかったし、納得いかなかったのも事実だ。それに一生面倒見る訳でもないだろ?何かしら手に職でも付けて貰えば自分で生きていける。その手助けが出来ればいい、と思ってるんだが」


オルビアは頭を抱え込み、暫くそのままだったが。暫くの沈黙の後、顔を上げた。

「やるんだな。精々がんばれ。恐らく監視が付くだろう。逃げるなら私に言わずに行けよ?」

「逃げる以外は協力してくれるって事でいいのか?」

「勘弁しろ。私は自分で精一杯だ」

「……冷たいな。分かったよ」

「誰が冷たいものか。冷たければ門を出た所でお前は首だ」

「尤もだな。すまない。迷惑をかける」

しおらしく謝られ毒気を抜かれたのか、溜息をつきながらオルビアは部屋から出て行った。



部屋の端においてある、小さな机の上の蝋燭が細々と部屋を照らす。

窓の外の方が明るく、通りの光が部屋の中に差し込んでいた。

残りの少なくなった蝋燭を吹き消してベッドに横になると、今日の出来事とこれからの事を考え直していた。



家をなくしてから、俺は一人で生きた記憶が殆どだ。

自分以外の人間を養うことなど出来るのだろうか。

飼う、という言い方をしていた事を思い出し、再び軽い怒りを覚えながらも、

下手を打つとむざむざ殺される可能性を思い出す。

殺されるとしたらあの男と対峙する事になるのだろうか。

そしてそもそも、なんであんな事を口走った?

……あの姿で、更に追い討ちがかかっているのを見れば怒りも沸く。

単純で正直な結論に落ち着いた頃。

もう俺は眠っていた。





翌朝。

宿の前に集まった俺達の前に、コーネリアの部下が馬車が引いてきた。

目の前に止められた馬車の影から昨日の少女が出てくる。


深々と一礼すると、その隻眼が何の表情も浮かべずに俺の顔を見つめる。

「おはようございます、ご主人様。レイスと申します。私の事は好きに呼んで頂いて構いません」

「わかった。取り敢えずご主人様はやめてくれ。リューンでいい」

「分かりました、リューン様。今日から私の主人はリューン様だと言われました。どうぞ宜しくお願いいたします」

抑揚のない声。

そして再び頭を下げる姿。


昨日の怒りとは裏腹に、若干の後悔に近い感情を覚えていた。

それと同時に、俺の後ろで4人が面食らった表情をしているのが手に取るように分かる。

先程までの気だるそうな雰囲気はどうした。

背中に突き刺さる奇異の視線の助け船と思いオルビアの方を見るが、最早意にも介さずコーネリアの部下と書類の確認をしている。


俺は思わず大きな溜息を付きながら、レイスと名乗る彼女に荷馬車に乗るような促す。

お世辞にも体力があるようには見えない。

理解できない、といった初めて浮かべる表情に、足手まといだからそうしろと説明しながらオルビアにも同意を求める。


「別料金。戻ったら精算だ」

その言葉に馬車から降りようとする彼女を制止しつつ、大きな溜息をつく。


それを尻目に出発を告げるオルビア。






行きと同じ道をただひたすら歩く。


レイスと名乗る少女は荷馬車の上からぼんやりと風景を眺めている。

時折吹く風に、柔らかそうな髪が揺れる。

片側から見れば、どこにでも居る友達と遊んでいるような年頃の少女にしか見えないが。


これだけの傷だ、普通と言えるような世界にいた訳ではないだろう。

納得いく処遇とはなんだ。貴族の娘のような生活だろうか。

ぼんやりと考えながら歩いていると、時折目が合う。

しかしそこには何の感情もなく無表情なままだった。

当然、何を言うでもない。



結局何を話すでもなく太陽がほぼ真上に上がった頃。

オルビアが休憩を告げた。

道が少し開けた所で端に荷物を下ろし、食事の準備を始める事にした。


今日の昼の当番は同行している4人である。

正確には内2人なのだが……手伝うな、というような事でもない。任せて放っておく。

手持ち無沙汰でオルビアの方を見ると昼寝でも始めそうな勢いで欠伸をしている。

まだ馬車から降りては来ないようだ。


無言に耐え切れず、無表情な少女に話しかけた。

「出身はどこだ?」

「スノアです」

「西か。あまり戦争やってるとは聞いていないが」

「よくわかりません。小さい頃、村に沢山の男たちが来て、捕まりました」


「そうか。……悪かった」

「構いません。どんな事でも、別に構いません」

無表情に淡々と答える彼女に、これ以上色々な事を聞く気にはなれなかった。


「なぁ、あまり悲観しないでくれ。あまり金を持っているという訳でもないけど、普通の生活をさせる努力はするよ」

「普通……ですか」

普通という単語。それに、理解できないといった表情をする。


「だけどな、俺も普通がどんな物かよくわからない。取り敢えず、何か希望があれば言ってくれ」

「……はい」

向こうで楽しそうに炊事をする彼らに、彼女の不幸を少し分けてやりたいと思った。




昼食は、芋を煮崩した物とパンだった。

美味を期待するような物でもないが、携帯食と比べればよっぽど上等だ。

来る時より1枚多い皿に食事が盛られ、それぞれ食事を取る。


振り返るとレイスが地面に置いた皿から、懸命に口にスプーンを運んでいる。

携帯用の食器とスプーン、増して彼女は片手だ。

道の端から自分のバックパックを持ってくると、その上に皿を載せてやる。

少しは口と食器の距離が縮まるだろう。


「ありがとうございます」

俺の事を珍しい物でも見るような顔をしながら礼を言う。

「大変だな」

「もう慣れました。それに……食事が頂けるとは思っていませんでした」

「……そうか」

「暖かい食事なんて久しぶりです」

今までどんな物を食べていたのか聞こうかも考えたが、気落ちする答えが帰ってくることが間違いない上、急ぐ道ではないがあくまで仕事中だ。

それ以上聞くことはせず、彼女がそれを食べ終えるのを待ち、自分の皿と重ねて馬車に積んである水で流して片付けた。





そんな事を繰り返し、7日が過ぎた。

往路と変わらない毎日、歩いて食事、歩いて食事、交代で見張りながら眠る、を繰り返す。


レイスは夜眠れないのか、時折座り込んで空を見上げていた。

……初めて見た時と比べると顔色はいい。

適当な食事でも、以前よりは栄養状態がよいのだろう。


「今晩は一旦この辺りで休もう。予定より早い。明後日には到着できそうだ」

森の中の道が少し開けており、仮に後ろから徹夜の商隊などが来ても互いに面倒がない。

ちょうどいい場所を見つけたオルビアの声で野営場所の設営が始まる。


いつも通り交代で周辺の状況を確認し、残る4人で食事の準備を行う。

やはりいつも通りの流れで食事と見張りの順番を決め、交代で眠ることになる。


「お前の近くなら安心だろ。バカだが」

オルビアは言いたいことを言うと、いつも通り俺の近くで横になった。


残る4人。

彼らの若さがそうさせるのか、夜遅くまで話し込んでいる事が多くやかましいので、別に火を焚いてそちらで休むようにして貰った。


一眠りし交代の時刻だと起こされたが、4人の全員がまだ起きている。

もう日を跨ぐ時間だ。



ふと、動物の鳴き声が全く聞こえないことに気付く。

森の中だ。

ひっきりなしというのもおかしいが、全く何も聞こえないのはおかしい。


話に夢中になる彼らに警告の声を発しようとしたその時、視界の端に動くものが見えたような気がした。


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