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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
2人の、新しい日常3
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変わり始めた日常17

それは安堵感からか。

俺はすっかり寝過ごし、目が覚めたのは昼前だった。


レイスはというと、今回の騒動ですっかり逞しくなったようで、

寝ている俺を放って朝食を取り、本を読みながら俺が起きるのを待っていた。



昨日までの特殊な日常と、目覚めた瞬間のいつもの風景。

そのギャップに、体を起こすも理解が追いつかない俺は、

自分の眠っていたボロ布を見詰めてぼんやりとしていた。


ようやっと理解が追いつき、顔を上げようとする俺の視界に、レイスの脚が入ってくる。

レイスは座ったままの俺の脇にしゃがみこみ、中々立ち上がらない俺の顔を覗き込む。


「リューン様、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫。ちょっと、昨日までと状況が違いすぎて、混乱した。…もう大丈夫だ」

「もう少し眠りますか?私は、大丈夫ですよ?」

「いや、もう起きよう。レイス、朝食は?」

「さっき、食べてきました。ルシアさん、怒ってましたよ?」


悪戯っぽく笑うレイスに、この短い時間での大きな成長を感じる。

今までであればきっと。

俺がいつまで眠っていたとしても、食事も取らず、ここで待っていただろう。

寝起き早々の驚きと、少しの寂しさにも似た何かを飲み込み、俺は立ち上がる。


昨日放り込みそのままになっている荷物、そして机の上を流し見る。

机の上に、別に昔の事でもないにも関わらず、懐かしさを感じる紙切れが置いてあった。


手に取り、それを感慨を込めて眺める俺に、後ろから声が掛かる。


「そのお手紙、届いたのは一昨日でした。昨日、それをオルビアさんにお話しに行こうと思っていたんです」

そこで俺と遭遇したという事か。

…オルビアが戻ったのが一昨日という事は無いだろう。

レイスはその報告を受け、どう思ったのだろうか。


「レイス、オルビアがここに来たのはいつだった?」

「…オルビアさんの事、随分気にするんですね」

俯きながらふてた様な声を出す。

この辺りも随分変わったな、と内心焦りつつ言葉を続ける。


「違う。手紙がどれ程遅れたかという話だ。ごめんな、何日か遅かった筈だ」

あまり思い出したくは無いのだろう。

こちらを見上げ、悲しそうな顔をする彼女に歩み寄る。

差し出す俺の左手が、彼女が差し出す右手を掴み、引き上げる。

…そのまま両腕で包み込んだ。


突然の行為に固まる彼女の体を軽く抱擁する。

幾許かの間もなく、棒のように伸ばされていた彼女の右手は俺の背中に回され、

胸の辺りに顔を押し付けるレイスの髪を撫でる。

自然と、言葉が口を突いた。

「ごめんな…」


暫くそのままでいると、腕の中のレイスが顔を上げ、心配そうな顔をしている。

「リューン様、どうされたんですか?何か、あったのですか?」

「いや…」


自分でも何の気なしの行動で、聞かれても答えなど出ない。

確かにおかしいかもしれない、と思った俺はその両手を離す。

が、レイスの右手がそれを拒み、再び体が重なった。

自分でもどうしていいか分からず、照れ隠しに苦笑いする俺に、レイスが微笑みかける。


彼女の右手が俺の体を離したのは、その後2人とも何を口にするでもないまま、暫く経ってからだった。



「…ミリアさんとの約束、行かなくて、いいかもしれませんよ?」

少し困ったような顔をするレイス。

何かしらを2人で企んでいたのだろう。


「いや、約束したからな、昼を食べたら行ってみよう」

つい、逆手にとり、それに乗る事にした。

「確かにそうなんですけど…」

レイスは更に困った顔をしている。


「まぁ、いいだろ。グラニスさんにも会っていない。そのついでみたいなもんだ」

言いながら、俺は足元の荷物を片付け始めた。

レイスがベッドに腰掛け、それを待つ。




小手、剣。

この二つが魔力を帯びた物に入れ替わり、整備が殆ど不要になった。

小手は今まで通り、自分で多少の整備をすればいい。

剣の方は少なくとも刀身自体は整備する必要が無いだろう。

その刀身は、それなりに過酷な使用をしたにも拘らず、丁度この場所で

その刀身を入れ替えていた時と変わらない、青白い光を放っている。


…後者については返品したい所だが、今回の一連ですっかり体に馴染んでしまった。

有難く使わせてもらう事にすると同時に、そうなるとその魔力について確認したくなる。


後でグラニスに相談してみよう、と決め、鞘と柄を適当な紐で目立つように縛り、

持ち歩いた時の絵面を整える。


続き机の上に並ぶ2本のナイフを確認する。

…手紙と同梱するため、刃を落としたことを思い出した。

恐らく再度の刃付けをするとバランスが崩れて扱いづらくなるだろう。

こちらも後で時間があれば交換品を注文しよう。


ひと通りの片づけを終え振り向くと、ベッドの上で嬉しそうにこちらを眺めるレイスと目が合う。


「もう、大丈夫ですか?」

「ああ、とりあえずこんな物だろ」

手に持ったままの、以前使っていた、亀裂の入った中型剣の刀身を部屋の端に転がす。


「お昼を食べに行きましょう。ルシアさん、怒ってますよ?」

「あぁ、気が重いな…」

くすくすと笑う彼女について食堂に降りる。



「あれ、レイスちゃん、昼ごはん食べるのかい?出掛けるの?」

「あぁ、昼は食べたいんだけど…」

俺の言葉を無視して、ルシアはレイスの方を満面の笑顔で見ている。


「あの、お昼を食べてから出掛けます」

「あぁそうかい、そんじゃちょっと待ってな、今もって来るからね」

まるで俺が存在しないようなやり取りをするルシアが厨房に戻っていく。


「これはきついな…」

テーブルに両肘を突いて顔を覆う俺に、レイスの遠慮がちな笑い声が降りかかる。


いくらも間を空けず、ルシアは食事を持ってきた。

いつものように、俺の前に皿が並ぶ。

見上げるとルシアはこちらに視線も合わせず戻って行った。

溜息をつきながら、それを切り分け、レイスの前に差し出す。


笑いを堪えながらこちらを見ているレイスに、先に食べろ、と促すが、

彼女はフォークを皿に置き、俺の食事が出てくるのを…出てくるのかも分からないが。

それを待つ事にしたようだ。


暫くすると、仏頂面のルシアが俺の前に乱暴に皿を並べ、目もあわせず厨房に戻って行った。

深い溜息を吐く俺にレイスが小さく、いただきます、と声をかけてフォークを手に取る。

それに習い俺も、ここでの久々の食事を始めた。





「後で謝ってこよう…」

疲れた顔をする俺と、それを楽しそうに眺めるレイスが、養成所に向かう道を歩く。

「ルシアさん、私にすごく良くしてくださいました。ミリアさんが泊まる時も…」

突然の宿泊者の面倒も纏めて見てくれていたのだろう。

謝ると言うよりは、礼と言った方が適切なんだろうか。


「あぁ、後で俺からも礼を言うようにするよ」

「私も一緒に行きますから…」

気が進まない声を出す俺に、彼女が慰めるような事を言う。


そんなやり取りをしているうちに、連日通っていた養成所に辿り着く。




魔術師の養成所前で、グラニスとスライが立ち話をしている。

先にこちらに気付いたスライが、こちらに右手を上げ、再び会話に戻る。

その直後、凄まじい形相で再びこちらを見る。

…すっかり置き去りにされていたようだ。


「おま、何で…」

絶句するスライ。


「色々あって戻ってこられた。これからも頼む」

「色々ってなんだよ」

「話すと長い。また今度な」

「なんだよそれ…」


スライは放っておき、グラニスに頭を下げる。

「すみません。色々とお騒がせしました」

「こっちよりもミリアによく礼を言っておけ。あれは中々どうしてな」

「レイスに聞きました。ミリアがずっと着いていてくれたと」

「1人にしておくと何をするか分からないから、ここに泊まると言って聞かなくてな…」


「…わかりました。これから剣士の養成所のほうで会うので、よく礼を言っておきます」

「今からか、なら早く行ってやれ。落ち着いたら細かい話も聞こう」

「実はグラニスさん、これの調査をお願いできませんか?」

きっちりと縛られた剣を差し出す。


「なんだこれは?」

「先日とある経緯で入手して、昨日まで使っていたんです。

勝手はいいんですが、込められた魔力が何か分からないのが気持ち悪いので…。

報酬はしっかり払いますので、お願いできませんか?」

目を輝かせるグラニスが剣を凝視している。


「おお。それでは少し預かるぞ…」

すっかり興味がそちらに移っている。



「はい。ありがとうございます。…それでは今日はこれで」

頭を下げる俺に続き、レイスもグラニスとスライに頭を下げ、

俺たちは当初の目的地に到着した。






「よう、先生」

階段に座り、口の端を上げて笑うミリアが待っていた。


「約束通り、来たぞ」

そういう俺の横をレイスが通り過ぎ、ミリアの耳元で何か話している。

が、ミリアはそのまま立ち上がると顎で俺に中に入れと指し、

そのまま訓練場の土の上まで歩く。


色々と手配済みなのだろう。

しっかりと、訓練場の端に場所が開いている。

その向こうでは、皆が鈍らを手に、必死に訓練に励んでいる。

…視線はこちらに向いているのだが。


「先生さぁ、私結構練習したからちょっと付き合ってよ」

ミリアが気だるそうに構える。

「あぁ、幾らでも相手してやる」

俺も右足を引き、手を持ち上げた。


「ああ、本当に大変だったなー」

棒読みの台詞を述べながら、ミリアが右足を振り出す。

…だよなぁ、などと心で思いながら、そのまま脇腹を蹴飛ばされる。


「まさか、反撃なんかされないよなー」

棒読みの台詞が続き、そのまま体のあちこちを蹴飛ばされる。

「ミリア、結構、痛い…」

情けない感想を述べる俺。


「ああ、本当に痛かったのは誰だろうなー」

後ろ回し蹴りが腹に突き刺さる。

「ミリアさん、もう大丈夫だから…」

レイスが困った声を出している。


目の前でミリアが少し屈み、体を回転させながら飛び上がる。

その回転の中から、全体重が乗った左足の踵が繰り出される。


…幾ら何でもそれは痛いだろう。

流石に軽くステップしてかわす。

「あれ、先生、避けた?」

しらけた顔をするミリア。


「ミリア、レイスから聞いた。

お前が居なかったら大変な事になっていたかもしれない。

本当にありがとう。この礼は、なんでもする。」

頭を下げる。


「なっ…」

顔を赤くしてその場で固まり、小恥ずかしそうに横を向く。

「…なんだよ。くそー」

すっかり毒気を抜かれてしまったようで、自分の髪を乱暴にくしゃくしゃとしている。


「ミリア、真面目に俺は感謝している。…恩は返す」

「あぁ、いいよ、恩とかそういうのは。散々世話になったし」

「ミリア、ありがとうな」

「あー、もう本当にいいって!」

手を振りながらレイスの方に歩いて行ってしまった。



…視線をこちらに向けながら練習している皆と目が合い、

慌てて視線を逸らされた。



振り向くと、レイスはミリアにやりすぎだと文句を言い、

ミリアは、先生は頑丈だからあれ位問題ない、などと適当にあしらっている。

適当すぎるだろう…。


「おい、ミリア」

「あーもうなんだよ先生。私だけ悪者みたいじゃないか」

「ちがう、本当に助かったと思ってる。レイス、本当に大丈夫だからやめとけ」

不満顔のレイスは置いておきミリアに続ける。


「ミリア、これからも宜しくな」

差し出した手を、勢い良く握り返される。

少し顔が赤いが…もうそれはいいだろう。







俺とレイスは少し遠回りする道を歩いている。

大通りに寄って、少しぶらぶらし、俺のナイフを注文して戻る予定だ。





翌日、改めて養成所に通うレイスに同行し、グラニスに会った。

「リューンよ、この剣だがな」

「この剣に込められた魔力…というよりは願いや念に近い」

込められた魔力の内容を聞いて、俺は流石に噴き出してしまった。


「その願いとは"帰還”だ。」


「そんなに強烈な物ではない。実際には護符程度、気休めだ。

剣自体ついては、普通に使っている分には壊れはしないだろう」


…これはアレンに礼を言いに行かないといけない。

そんな事を考えながら養成所前の階段に座り込む。


今日は、レイスが出てくる昼までこのままここで待とう。

引き出した刀身の背に、今まで気にもしなかったが、細かく文字が刻まれている。


そこに刻まれた、愛しい者への言葉を眺め、苦笑いして鞘に戻した。



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