表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その2
47/262

遠い空13

予定通り、俺達は夜にはソルテアに到着した。


以前は感じていた、戦いを終えた後の虚無感は感じない。

それは、この集団に居るからなのか、それとも帰る場所があるからなのか。


予定の事だけを考えれば、俺はここで商隊を待ち、その護衛をしながらパドルアに戻る事になる。

グレトナたちは、キンロスの訓練場に戻るのだろう。


嬉しくもあり、寂しくもある。

ここが居場所だと言われれば、それはきっと気持ちがいい筈だ。

だがやはり俺は、帰りたい。


ここへ向かう道のりで、そんな事を考えていた。




元の住人が1人もいない町。

皮肉な事に、数人が今更ここへ戻ってきた。

このままここに住もう、という事にはならないだろう。

先程、馬車の中で泣き腫らす彼らの姿を見た。

残念ながら、彼らに俺がしてやれる事は何もない。


パドルアの町に居る筈の、アレンを思い出す。

全てが失われたこの場所へ戻ってくる事と、パドルアで彼らの手に渡るのと、どちらが幸せだったのか。

…前者であると信じたい。





到着したグレトナは、現在この町の駐留軍の指揮官である兄に報告をしている。

懸命に何かを話すグレトナとそれをフォローしている風のロシェル。

…それを無表情に聞いている兄。

少なくとも、あの2人はいい組み合わせなのだろう。






到着したグレトナの隊は、少し遅い夕食の準備を始める。

この町の中に、皆が眠れる場所は残念ながら無い。

町の石畳で野営する事になり、まだ外の土の方が寝心地がいい、という文句を聞き流しながら、夕食の準備を手伝う。

配膳の盆を配る俺に、数人が声をかけてくれた。

殆どが、別れを惜しむ物。

その気持ちに、こちらも精一杯の賛辞を返す。


「リューンさん。先程はありがとうございました。

正直、危ないところでした」

食事の輪の端に座り込む俺の隣に、ビュートが腰を下ろす。


「あぁ、レイピアは扱いが繊細だよな。

もう少し時間があれば、もっと色々教えられる事もあったと思うんだがな」

「いや、十分です。…正直、拘っていた部分もあったので考え方が変わっただけでも大きな前進でしょう」

相変わらず生真面目な答えに苦笑してしまう。


「…あれ。変な事言いましたか?」

真面目な顔で聞き返され、答えに困る。


「ビュート、お前はもう少し肩の力を抜いたほうがいい。その内に重圧に潰される。

お前の家の事も知った上で言うが、お前が死んだら意味がないだろ?

俺も、お前が死んだら悲しい」

「…そうですか。それは、少し嬉しいですね」

少し笑い、しかし悲しそうに笑う彼は。

これからもその重圧を背負い、戦って行けるのだろうか。

心配な事ではあるが、今この話をしても仕方がない。話を切った。


「とりあえず今晩はもう出発しないんだろ?体力に余裕あるなら少し続きをやろうか」

「リューンさんは大丈夫なんですか?出発は?」


「わからん。後でグレトナに聞こうとおもっていた所だ」

「そうですか。僕らの出発の予定もわからないのでそこ次第で、まだ少しは教わる事が出来そうです」


「あぁ。出来る範囲で俺も付き合おう。…無理するなよ?」

「はい。後でまた声を掛けます」


食事を終え、盆を片付けに立ち上がる俺を見つけたグレトナが手を上げる。

早速その用を済ませるため、ビュートに手を上げて別れ、そちらに向かう。




「さて、リューンよ。まずは状況を伝えようか」

「ああ。丁度聞きに行かないといけない、とおもっていた所だ」


「まず。お前が護衛を行う商隊だ。あいつらは、明日にはここに来る。明日の午後、出発だ」

「随分早いな?」

「本意じゃないが、煽っておいたんだ。少しでも早く帰りたいだろ?」

「…わかった。ありがとう」


「まあ良いって。ちゃんと現地で報酬受け取れよ?そういう契約になっている。それで…なんだっけあの子」

「レイスか?」

「そうだレイスだ、何か買ってやれ。いくらか機嫌もよくなるだろ。」

「わかった。有難く貰う事にしよう」


「あと、俺達の出発は、明後日になった。少し無理を聞いて貰った」

「おい、大丈夫なのか?別に1人でも待てるぞ?」

「良いじゃねぇか、もう半日くらい遊びに付き合え」

「本気かよ」

つい笑ってしまう。


「まぁそういう事だ。今晩も、ビュートに付き合うんだろ?あと1日だ。良くしてやってくれ」

「…わかった」


手を振りながら食事を取りに歩いていくグレトナの背中を見送ると、

俺は自分の荷物を納めた野営の小型天幕を探す事にした。


程なく見つけた天幕の中で、ビュートがレイピアの先にボロ布を巻いている。

「おいおい、当てる気だな…」

「あ、リューンさん。もう、大丈夫なんですか?」

「ああ大丈夫だが、お前、ここで突き殺すのは止してくれよな…」

「そんな。大丈夫です、当てられるとは思っていません」


レイピアの加工を終えたビュートと、食事の喧騒に近い野営箇所を抜け出し、町外れに歩く。

少し体をほぐし、小手のベルトを締めなおす。

その姿を見詰めるビュートに向かい、構えて見せる。

「よし、良いぞ」

「…はい。よろしくお願いします」


肩口にレイピアを構えたビュートのレイピアは予想以上の速さだった。

しかし、俺の肩口を貫かんとするその先端を、左の小手がその軌道を変えた。

俺の距離にいるビュートの首元に、俺の右拳が触れる。


元の位置に戻り、再度構えるビュートが繰り出すその先端。

その後、十数度その軌道を俺の手がずらし、都度俺の拳はビュートのどこかしら打ち抜ける位置に触れた。

危うくそのまま打ち抜きそうになる。

極度の緊張の中で、それは行われていた。


恐らく20回目。

ビュートが繰り出すその切っ先は、俺の小手の干渉で軌道を逸らされ切らず。

切っ先が俺の脇を掠めた。

先端に巻かれた布と、俺の薄皮を切り取って。

全力で突いたのだろう、その柄が俺の脇の当たりにぶつかる。


「…おいおい、死んじまうよ」

シャツを裂き、薄く出血する傷痕を触る。

傷は浅いが、もう少しその打突が早ければ。

俺は軌道を逸らしきれず、心臓を貫いていたかもしれない。


ビュートは、顔面蒼白になり、レイピアを取り落としている

「なんだ、見ろ、大丈夫だぞ?今のは早かった。ただ、深く突っ込みすぎだな」

普通に意見を述べる俺に、懐から布切れを取り出し、傷口に当てようとするのを、体をひねって避ける。


「だから大丈夫だ、別に刺さっちゃいないから」

「…すみません、まさか当たるとは思っていなくて」

「今くらいのを突っ込みすぎないで続けられれば、そうそう負けないだろ」

「…すみません」

ビュートは俯き、下唇を噛んでいる。

俺は地面に転がるレイピアを拾い、ビュートに差し出してやった。

「ほら、武器を落とすな。大丈夫だ、お前は強くなれる」


黙ってそれを受け取り、腰に戻すビュートが、何ともいえない表情でこちらを見る。

「…はい。強く、なります」


「…悲壮感が漂うな」

「何ですか?」

「お前、本当に死んじまうぞ?」


「いえ、死ねません。騎士にならないと」

「騎士にならないと、お前は死ぬのか?」

「リューンさん。僕は

「俺の家はもう無い。あの頃住んでた村も屋敷も、もう多分何も残っちゃ居ないだろう。

だが、生きている。お前は何のために生きている?」


「……。」

「騎士になる為に生きているのか?その為に死んでも本望か?

俺はお前が死んだら悲しいぞ。お前は自分が死んでも悲しくないのか?」


「僕は…。」

目を伏せ、何も言わないビュートの答えを待つ。


「僕が騎士になれば、母さんも、妹も、皆、以前と同じ暮らしが出来ます。

皆、それを望んでいます。だから僕は、騎士に…」

「俺はその会った事がないお前の家族よりも、お前に幸せになって欲しい。

騎士がなんだ。お前の居場所はここだっていいだろ?」

…ビュートは泣き出しそうな顔になっている。


「そんな、簡単に言わないで下さい。僕は、家族を守りたいんです」

「その家族に、お前は含まれているのか?お前は誰が守る?」

「そんな事…。もう、やめて下さい…」

「…悪いな。言い過ぎた」

ビュートの頬を涙が伝っている。


「ビュート、お前の志は素晴らしい。少し見習って欲しい奴が幾らでも居る。

だがな、俺から見ていると、お前はその志に潰されてしまいそうだ。

繰り返しになるが、俺も、お前の周りの奴らも、お前がそうなるのは望まない。

辛くなったら少し逃げろ。無理するな。どの道、騎士になるなんてのは遠い道だ。

少し遠回りしたって、そんなには変わらん。必死に急いで潰れるより余程いい。そうだろ?」


「……。」

「俺は明日には居なくなる。だがな、辛ければ辛いと言って、誰かに助けを求めろ。

グレトナも、決して見捨てたりはしない。

それが出来そうも無いのが心配だった。悪いな、言い過ぎた」


本当に言い過ぎだ。追い込むつもりではなかった。

ばつが悪く、横を向き、小手のベルトを緩める。


「続けると突き殺されそうだ。続きは明日に…

振り向く俺の目の前で、ビュートが泣き崩れていた。


膝を突き、両手で顔を覆っている。

彼の肩は震え、小さく嗚咽を漏らす。

その姿は、少女のそれだった。



俺はその正面に座り込み、…落ち着くのを待つ。


やがて泣き腫らした顔を覆う手を下ろし、俯くビュートに謝る。

「本当にすまない。言い過ぎだ」

「…いえ。ありがとうございます」


震える口元の、続く言葉を待つ。


「いつも辛かったです。こんな事、いつまで続けるんだろうって、よく思っていました」

「でも、仕方ない、って思って。今日も人を刺して、手が震えて仕方がなかった。

力が入らなくて、なかなか引き抜けなかった。あの時のあの人の顔。あの人の命を、僕が奪った。

それも恐ろしかった。いつか自分もこうなるかもしれない。それも怖くて…」


彼女は。

家族のため、血に濡れた道を選んだ。

それが、簡単な道ではない事を、本人もわかっていた筈だ。

それでも、恐ろしい物は恐ろしい。

それでも、つらい物はつらい。

それを、誰にも言わず、耐えてきたのだろう。

いつか報われるか、そんな事もわからない。

どれだけ不安だったろうか。


「ビュート、お前は頑張りすぎなんだよ。本当に良くやってる。

少し肩の力を抜け。少しは遊べ。周りに話しづらい事なら手紙でも寄越せ。

直接力にはなれないだろうが、聞くくらいは出来る。な?」


俺は右手を伸ばし、その小手の重みと共に、ビュートの頭の上に乗せる。

真っ赤に腫れたその目が、俺を見詰めていた。

微笑みながらそれを見返し、頭を軽く叩いて、立ち上がった。


「行くぞ。こんな所で泣き崩れていたら、誰に見られているか分からんだろ」

「確かにそうですね」


俺に習い、ゆっくりと立ち上がったビュートの頭に 再び手を乗せ、その髪を、くしゃくしゃとしてやる。


「頑張れよ」

「はい。…何ていうか」

「なんだ?」

「お父さんみたいですね」

「…お前、いくつだっけ?」

「年の話じゃないですよ」


少し人目を気に掛け、辺りを見渡す視界の端に

一瞬赤い物が見えたような気がした。


今、俺の目に映るビュートは、ここ数日で見知った彼だった。

目が腫れている事を除いて。


「誰にも。言わないで下さい」

「…言うか、こんな事」

「ありがとうございます。…戻りましょう」

視線を合わせず歩く彼の後を歩く。


「手紙、出しますよ。聞きたい事が沢山あります」

「ああ。そうすればいい。書いて伝わる事なら何でも教えてやる」


天幕に戻り、何を話すでもなく。

俺はこの国、最後の夜を過ごした。








翌朝目覚めた俺は、荷物を纏め始める。

昼過ぎには出発だ。


ビュートも目を覚まし、その手伝いをしてくれた。

…特に手伝う程の荷物は無いのだが、何かしたかったのだろう。

荷物を天幕の外に立てかけ、グレトナを探す。


それ程探すでもなく、通りの先に当人を見つけた俺は彼の元へ歩く。

向こうの気付いたらしく、こちらを見るグレトナは、満面の笑みだ。


「よう。本当に連れて行けよ」

「……。」

あの時見えた赤い物は。ロシェルの赤いローブか。


「悪趣味だからやめるんじゃなかったのか?」

「あぁ、そうだったな。でもお前こそ、ひどい奴だな。うん」

「勘弁してくれよ。真面目な話、ビュートは1人で潰れかねない。良かったら見てやってくれ」

「お前なぁ…」


「まぁ分かったけどよ、たまには会いに来てやれよ」

「それは…どうだろうな」

「本当にひどいな、お前は」

「……。」

どこか既視感のあるやり取りに肩を落とす。


「まぁいい。じきに商隊の連中がつく。着いたら誰か呼びに行かせる。紹介がてら昼でも食おう」

「わかった。それまで休ませて貰う」

「あぁ、そうしろ。もう泣かすなよ?」

「本当、勘弁してくれ…」


一度天幕に戻った俺は、ビュートと取り留めの無い会話をしながら商隊を待つ。

そう長くは無かった。俺を呼びに来た迎えに、立ち上がる。


「リューンさん、本当にありがとうございました」

深々と頭を下げるビュート。

「俺こそ世話になった。元気でな」

「…はい」

一度笑顔をかわし、俺は、振り向かなかった。






商隊は俺がパドルアを出る時のような規模だった。

約20人の護衛がつく。

俺は、その中の1人だ。


グレトナが食事を振る舞いながら、依頼主に俺を紹介する。

古い知り合い、との事だった。


一通りの簡単な挨拶を済ませると。

俺が、ここに居る時間は無くなった。



見送りは、グレトナの部隊が皆顔を出してくれた。


「グレトナ、ありがとう。またどこか、戦場以外でな」

「ああ。お前は無理して突っ込むなよな。」

「お前が言うな」

差し出される右手を、握り返す。


その横で軽く頭を下げるロシェル。

「なぁ、グレトナは、本当に、多分心配ないと思うんだが。

いつか足をすくわれる様な事があるかもしれない。

あんたなら大丈夫だ。ちゃんと、見てやってくれ」

「そんな事は言われなくても分かっています。

それに、これからも、変わりません」

無表情に、いや少し微笑みが混じっている。

…そういえば、初めて口を利いた。




振り返り、商隊と共に歩き出す。

見送りの中にビュートの顔は見えなかった。

今生の別れではない、と思う。

気にもせず歩みを続ける。




ここからパドルアまでは約4日といった所だろうか。


俺は紆余曲折を経て。

いまやっと、その帰途に着いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ