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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その2
44/262

遠い空10

翌日。


昨日と同じように午前中の訓練の終わり間際。

俺はグレトナと対峙する。

双方その両手には何も握られていない。


こちらの隙を伺うグレトナを誘うように両手を下げ、

足の歩みを止めてみせる。

意図が伝わったグレトナは薄く笑いを浮かべながら、

その右足を俺の胴回りを目掛けて蹴り出した。


少し持ち上げた左足がそれを受け止め、一瞬早く地に着いた俺の左足は軸となり、

逆にこちらの右足をグレトナの肩口に叩きつける。

辛うじて腕と肩でそれを受け止めたグレトナの腹に、今度はその右足を軸にした後ろ回し蹴りが突き刺さる。

むせる様な声を立てながら膝をつくグレトナは、しかしすぐに立ち上がる。

顔色が悪い。


距離をとろうとするグレトナに肉薄し、無意識に防御の姿勢をとるその腕の隙間に拳を突き立てる。

しかしその1打目、2打目を払われ、驚きの表情をする俺の顎を狙った拳がかすめた。


辛うじてかわしたその拳が引き戻されるのとほぼ同時に、俺の右手がグレトナの右肩を掴む。

それを振りほどこうとした右手首を俺の左手が掴んだ。

体を入れ替える様にその懐に入り込み、左手がグレトナの右手を引く。

後ろに逃げようとするグレトナの体はそのまま回転するように地面に引き倒された。


「なんだよそれ…」

組討くみうちってやつだ」

悔しそうな、しかし驚きと興味に満ちた表情のグレトナに答える


「しかしおまえ そういうのは隠れて教えておけよ…」

「打撃で決めようと思ったのを払われた。俺こそ驚いたさ」

部下の面前で引き倒され、少し恥ずかしそうに起き上がるグレトナに本音を伝え、

右手を貸して立ち上がらせながら意外そうな顔をしてみせる。


「今のは鎧着てても使えなくはなさそうだな」

「あぁ、元々そういう使い道らしいぞ。詳しい事は分からないが」

「適当だなおい」

「習ったのが大昔だからな」

振り向くと、何人かが同じ事を再現しようと組み合い、見よう見まねで試行錯誤を始めている。

その先で、ロシェルが振り向いて立ち去るのが見えた。


「ようし、昼にするぞ。午後は俺の時間だ」

後ろからグレトナの大きな声が響くと皆、手を休め、昼食の準備に各々が動き始める。


「グレトナ、ちょっと昼、聞きたいことがある。時間取れるか?」

「飯食いながらでいいか?」

「構わない。じゃあ後でな」

「おう後でな」


昼食の準備を手伝い、各人の皿に色気の無い食事を盛り付け終えた所で自分の皿を持ってグレトナの所へ歩く。

向こうもこちらを見つけ、皆が集まって食事をしているその輪から少し離れたところで腰を下ろした。


「ビュートなんだが」

「あぁ…なんだ」

食事から目を逸らさず答えるグレトナに続ける


「あいつはもっと軽い武器扱わせた方がいいと思うぞ」

「…その内に腕力も追いつくだろ。貧弱扱いされるのは嫌がるからな」


「いや、腕力、追いつかないだろ」

「なんだ、何か言われたか?」

「一緒の部屋に居れば気付くだろ」

「うまく隠し通すと思っていた。お前、見る目あるな」

こちらを見ながらにやりと笑う


「笑い事じゃないだろう…。先に言えよ、驚いた」

「いやいや、悪かった。本人は?」

「気付いてないと思う」

「…じゃあ放っておいてやってくれ」


「あいつ、これから大変だろう」

「もう既に大変だろうけどな」

昨日の午後も練習時、剣を合わせた相手に力任せに突き飛ばされているのを見掛けたことを思い出す。


「騎士や貴族の階級に、そう簡単になれるものか?クラストじゃ難しいぞ」

「それはうちでも同じだ。…頼み込まれてなぁ。他所じゃ門前払いだったらしい」

「どこでも一緒か…」

「俺が出来る事はしてやるさ。それ以上はどうしようもないだろ?」


そこで会話が途切れ、そのまま無言で食事を続けた。


皿の上を片付けたグレトナが、立ち上がる。

「とはいえ、お前から何か言えばさっきの武器の話なんぞは聞き入れるかもしれん。任せる」

「何だよそりゃあ」

「立場上、俺が必要以上に面倒見る訳にはいかないだろ?」

「ああ、そうだよな。わかった。今晩言ってみる」

遅れて皿の上を片付けた俺も立ち上がり、皿を返しにグレトナと並んで歩く。


「今日は手加減しねぇからな?」

「今まで手加減されていたとは思っていないが」

「ああ、分かったか?」

笑いながら歩くグレトナに、ふざけろ、とだけ返し、俺は午後の練習の準備を始めた。







痛む左腕を押さえながら、昨晩と同じ木の下でビュートと合流する。


…ビュートは厚手のシャツを着ていた。

昨日まで気にもしていなかったが、彼はいつも厚手の物を見につけている。

気にしていなかったが、分かっていればその違和感にすぐ気付く。

本人は相当な苦労を強いられている筈だ。


「リューンさん、それ、大丈夫ですか?」

「本当に手加減しないなんて、信じられるか?」

「リューンさんも午前中、手加減しているように見えませんでしたよ?

あの投げる、って言うんですか?良かったら教えて下さい」

そう言うビュートに、昨晩の光景を思い出し、とりあえずいつも通り基礎体力作りをはじめる事を提案する。

…別に少女趣味ではない。とは言え、やはりべたべた触る事には抵抗がある。



木の枝にぶら下がりながら。

見られたら以前のようにひどく怒り出すのだろうと、空の向こうの少女の事を考える。


腕の痛みもあり、俺とビュートがそれを切り上げるのは、殆ど同時だった。



「それでは。…大丈夫ですか?」

「いや、今日は趣向を変えよう」

「趣向?」

「剣、取りに行くぞ」


訝しげな顔をするビュートをつれ、鈍らが無造作に突き刺さっている籠を漁りに向かう。

標準的な剣を取り出すビュートを見ながら、自分が扱いやすいものと、

籠の中で一番細身で軽いものを取り出す。


「それは?」

「試しに使ってみろ」

「いえ、僕は普通の物で大丈夫です」

少し意固地になったような顔をするビュートに細身の剣を半ば押し付けるようにして握らせる。


「…そのうちに体力も着きます。その時に変な癖が付くのは嫌なんです」

変わらず拒否の表情を浮かべるビュートを無視して、再度土の上に戻り、剣を構えてみせる。

諦めたビュートが軽く頭を下げ、その細身の剣を構えた。


切りかかる剣の打ち込みは、ひどく軽い。

数度の打ち合いで、やはりこれではといった顔で剣を下ろすビュートに言葉をかける。


「切りつけるんじゃなくて、突け。腕力は追いつかないかもしれない。

が、突きの速度は練習した分だけ早くなる筈だ」


話の内容と語尾に訝しげな顔をするビュートは、こちらに向けてそれなりに鋭い突きを放つ。

それを受け流しながら、その動きを観察する。

…今日は余所見は、しない。


繰り返される動きに、少しずつ速度が乗ってくる。

その後、数十度目かの突きを払い、一歩下がって言葉を続ける。


「お前はこの手の両刃剣じゃなくて、細身の打突剣レイピアとか、そういう方が向いてるんじゃないのか?」

首をかしげながら、しかし少しその意図は伝わったようだ。

その場で数種の突きの基本形を繰り返すビュートを眺め、俺はしゃがみこむ。

彼女、いや彼が、その動作を繰り返す様を眺める俺が段々と飽きてきた頃。

ようやっとその動きを止めたビュートがこちらを見ずに聞く。



「もしかして、ばれてますか?」

「…何がだ?」



沈黙が流れる。



「すみません、なんでもないです」

そう言って再度突きの動作を始めたビュートを眺める。


「もう少し長物の方が良さそうだな」

「はい、僕もそう思っていました」


それなりに体を鍛えている彼は、そこそこの腕力もある。

ただ細く軽いだけの小剣では、やはり釣り合わないだろう。


「この隊は、武器は揃いの物を使わないといけないのか?」

「いえ、そういう事はありません。練習がし辛いだけですね」

多少の金銭は必要だろうとグレトナが用立ててくれていた金額を思い浮かべ、

安物であれば必要十分な金額であった事を頭の中で考える。


「明日、レイピア買いに行くか?安物しか買えないが」

「自分の物を買う程度なら僕も持ち合わせています。お付き合い頂けるなら有難いですが」


足元においていた剣を拾い、立ち上がりながら答える。

「じゃあそうしよう。グレトナに、午前は抜けると伝えてくる」

「ちょ、待って下さい。訓練、抜けるんですか?」

「午後にはその買ったレイピアで練習できるだろ?」

「それはそうなんですが…」


何が不満だ?とでも言うような表情の俺に、悩むような表情のビュートが答える。

「明日は多分、さっきの投げを教われるのかと」


こいつはどこまで生真面目なんだ。

その思いが報われるといいと、心から思う。


「それは時間外で教えてやる。俺の時間はそう長く無い。そろそろ小競り合いの話も聞かなくなってきたからな。

レイピアは明日買いに行く。言ったからにはその首尾も見届けたい。いいか?」

「…分かりました。ありがとうございます」

深々と頭を下げるビュートと別れ、俺はグレトナを探しに歩き出した。



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