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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その2
42/262

遠い空08

手紙にペンを走らせようとインク壷に何度か先端を差し込む。

考えてみれば、要求はしたものの、俺は過去手紙など書いた記憶もなく。

何をどう書けば良いのか悩み、時間が無為に過ぎていた。


自由になったこの身には、無為な時間もそこまでの浪費には感じられない。

…自由の身とは言ったものの、

今まで訪れた事もないような地、

そしてこの街にいるのは他国の兵のみ。

実際の所、自由も何もないのだが。




グレトナの一行は、夕暮れ時には町に帰着し、先程の報告を行っていた。

話に聞いていたグレトナの兄は、グレトナに容姿こそ似ているものの、彼とは放つ雰囲気が真逆だ。

騎士と言うよりは、貴族や政治を行うもの、そういった雰囲気を感じる。


そして今は、予定外の人員をこの街に抱える為、皆、準備に多忙なようである。




俺は改めて昨晩と同じ部屋をあてがわれ、手紙を書く為の用意も既にして貰った。

昨晩は見上げていた窓を見下ろし、この殺風景な部屋の外の様子を眺めると

食事の準備が行われており、火にくべられた大鍋が湯気を上げている。

今晩は簡素な食事を食すのだろう。


敵に奪われた町、村の奪還。

この言葉だけを見れば雰囲気も良いのだろうが、取り返した町の人間が全て居なくなった。

何となく、暗い雰囲気が漂っている。

食事も粛々と行われ、宴なども行われない筈だ。


目の前の簡単なテーブルに置かれた手紙に何を書くべきか。

考え疲れた俺は、部屋を出た。



何の気なしに、昨日、戦闘が行われた町外れをに足が向かう。

辺りには、未だ戦闘を髣髴とさせる血の跡や破損した武具などが転がっている。

そういえば、俺が無理矢理連れてきた彼らはどうなったのだろう。

1人はグレトナに首を跳ね飛ばされた。

残る2人。

俺は途中で意識を失ったが、悪いことをした。

彼らもまた、俺と同じ価値観を持っていたとは限らない。

自らの運命を呪いながら倒れたのだろうか。



「リューンさん、こんな所で何してるんですか?」

訝しげな表情のビュートに声をかけられた。

「お前こそ何してるんだこんな所で」

「部屋に食事を持っていったら居なかったので、一応探していたんですよ。

まさかここから1人で出て行くことは無いと思っていましたが。逃げるんですか?」

「この格好でか?」

俺は、今、何も持っていない。冗談抜きに。

このまま出て行くのは自殺志願者のようなものだ。


「ですよね。食事、部屋に置いて来てしまいました。大丈夫ですか?」

「ああ分かった。もう戻ろうと思っていたんだ。

…所で。俺と一緒に居た護衛の連中はどうなった?」


話し辛そうな顔をするビュートが、口を開く前に言葉を遮った。

「わかった。もういい。別にそれを恨むような話じゃないんだ。ただ、気になっただけで」

「…そうですか。すみません」

「いや、お前が謝ることじゃないだろう。彼らについては俺が悪い。無理矢理つれてきたからな。

…部屋に戻る。食べ終えたら皿はあの辺りに戻せばいいんだな?」

広場の辺りで今も食事が配られている。その辺りを指差す俺にビュートが頷く。


「もし面倒であれば取りに行きますけど?」

「いやいや、大丈夫だ。そこまで手間をかけるのも悪いしな」

「分かりました。じゃあ僕はこれで戻ります。何かあれば、また声をかけて下さい」

軽く頭を下げて、ビュートは広場のほうに戻っていく。


本当に早死にしそうだ。

首を傾げながら部屋に戻り、穀物と適当な野菜が煮込まれたスープを平らげた。

人に食べさせられるのであれば、丁度良い程度に冷めたスープだったが、

昨晩ぶりの食事は、いつか食べた高級な料理店の食事にも勝る気分だった。





やはり。

ペンは進まない。

軽く伸びをして、再び俺は部屋を出た。

広場では、兵達が食事の片付けや暇つぶしの訓練、食後の無駄口など、様々な様子が伺える。


今度は、オルビアたちが出て行ったはずの西側へ行ってみる。

こちら側は、向きとしてはクラスト王国側となり、それなりの警備が付いていた。

松明が焚かれ、数人の兵が詰めている。


この先、延々と歩けば、パドルアの辺りに着くのだろうか。

黒い空を見上げながらぼんやりと考え、そろそろ戻ろうと思っていた俺に、声が掛かる。


「何やってんだ?手紙は書けたのかよ?」

グレトナだった。詰めている兵に声をかけにきたらしい。

先程までの重装備ではなく、簡単なズボンとシャツだ。

仮にパドルアで歩いていても目立たないだろう。体格を除けば。


「何を書けばいいかわからん。今まで手紙なんて書いた事が無いからな」

「なんだそりゃ。今の状況だけ書いておけばいいじゃねぇか」

「俺の事はそれでいい。向ける言葉が浮かばない」

「愛してる、とでも書いておけばいいんじゃないか?」

「…そういうんじゃない」

「あぁそうかい。お前、今暇か?」

「手紙を書くのに忙しい」

「書けないんだろ?ちょっと付き合えよ」

勝手に決めたグレトナが歩いていくのに何となく着いていく。



通りの中腹辺りで足を止めたグレトナが、道の端に座り込む。

まぁ座れよ、とでも言わんばかりに近くの石畳を顎で指し、

特にやる事も無い俺はそれに従い、同じように座り込んだ。



「その子の事、教えろよ」

グレトナは何となく嬉しそうな表情だ。


「なんだいきなり。話すって何をだ?」

「何でもいいじゃねぇか。お前はクラストに戻る。

ここから出たら二度と会わないだろ。

何話したって何の問題もない。そういう相手は貴重じゃねえか?」

こんな調子でも、気にかけられているのか。

それとも自分自身が、何事かを自由に話してしまえる相手が欲しいのか。



「少し長いぞ?」

「別に構わんさ。明日はここから移動しない。遅くても一向に構わん」

「わかった。どこから話すべきか…」


俺は取り留めもなく、つらつらと話す。

護衛の仕事で王都に向かった折のレイスとの出会い。

彼女の才能。彼女の思い。自分が彼女をどう扱うべきなのか考え込んでいること。

そして、未だ俺がここに居る事も知らず、それを知った彼女が何か仕出かさないか心配な事。

そんな事をゆっくりと話した。


「…抱いてやればいいじゃねぇか」

「…茶化してるのか?」

少し不快な表情で振り向いた先の、グラニスの表情は真剣だった。



「また違った訳で、そういう訳にはいかない場合もある。

お前とそのレイスってのは言っちゃ悪いが他人だろ?先がどうであれ、受け入れてやればいいじゃねえか」

「そう簡単に思えればな。それで俺が消えてなくなったら、その方が心配だ。

いや、そんな事ばかり言ってても仕方ないのは分かっているんだが…」


グレトナが少し考え込んで口を開く。

「まぁ、確かにいつ死ぬか分からん、って所は同意だ。痛い程」


何か話そうとしているのだろうか。少し考え込んでいる。

「今度はそっちの番だ。何か話せよ」

「ん。あぁ。そうだな…」



「ロシェルの事だが。あぁ妹の事だ」

グレトナが、再度少しの間考え込み、ゆっくりと話し始める。


「あれは親父の後妻の娘だ。

家に来たのは5,6歳位の頃だった。体も気も弱くてな。

その癖いつも俺と兄貴に着いてまわって。いつも泣いているのを俺が連れて帰っていた。

兄貴は頭はいいんだが、あまりそういうのには関心なくてな。今もそんな調子だな。

その内、俺と兄貴じゃなく、俺の後ばかり着いてまわる様になって。それが何年経っても変わらねえ。

本当に何年経ってもだ。…その先、何となく分かるだろ?


「…ああ」


「この間、兄様と私は血が繋がっていませんから、って言われた。

何か怒ってるのかと思って顔見たら、笑ってやがった」

そこまで言って、溜息をつく。


「それで、お前は?」

「お前と同じようなもんだ。可愛い妹だが、また別の事も考え込んじまう。

お前達には、何ていうかそういった問題がない訳だろ?なら、受け取ってやれ、って所な訳だ」


沈黙が流れる。



「だがなぁ。俺は多分、ずっと騎士だ。この先もずっと、自分で戦う。

後ろで控えて、若い奴らがくたばる様を眺めている、そんな事は。俺には出来ない。

戦っていれば、いつか命を落とす事もあるだろ。お前と一緒で、俺もどうすりゃいいのかわからん」


グレトナの搾り出すような声が静かに響く。

再び無言になった俺達の周りには、少し離れた広場のちょっとした喧騒だけが流れる。



「どうすりゃいいんだろうな?」

「俺が知りたい」

苦笑いしながらこちらを向くグレトナに、やはり苦笑して返す。


「戦争も何も、無くなればいいんだよなぁ」

昨日、戦場だったこの場に、むなしく響くグレトナの言葉。


「あれだ、御伽噺おとぎばなしの魔王。あれが出てきたら人は皆協力するんじゃないのか?」

半笑いで返す。

「あぁ、あれなぁ。本当に、あぁうまく行くのかね」


「グレトナは勇者に選ばれそうじゃないか?」

「勘弁しろよ。みんな安全な所で待っているのに、7人だけで立ち向かうんだろ?」


「5人じゃなかったか?あぁ、最後みんな死ぬんだっけか?」

「確かそうだったよな。ロシェルも居るから勘弁だな…」


「お前はその魔王を切り殺して帰って来そうだぞ」

「大体、魔王って何だよ…。やっぱでかいのか?」


「オーガよりでかいんじゃないのか?」

「でかいだけ、って話ならな…」

「でかいだけなら倒すのかよ」

…つい吹き出してしまった。

真面目に答えていたグレトナも笑っている。



「まぁ兎も角、俺は受け入れてやれ、と思う。決めるのはお前だがな」

「あぁ、考えるさ」


何となく空を見上げる。

もし、レイスが今、空を見上げていたとしよう。

…俺と彼女の目に映るのは、同じ空なのだろうか。

パドルアで見上げた空と、少なくとも記憶の中では幾分も違わない星の配置を見て、

くだらない事を考えていた。




「そうだ。お前、暫く俺の部隊に付いて来るんだ。俺と遊べよ」

「はぁ?」


「格闘が本職だろ?俺に教えてくれ」

「お前はそれ以上強くならなくてもいいと思うぞ?」

その答えに、にやりと笑ってみせるグレトナ。


「俺に追いつかれるのが怖いか?」

「…何年こんな事やってると思ってる。泣かすぞ?」

「成立だな。その代わり、別で剣術も時間を取ろう。

教えて貰ってばかりじゃ悪いからな。

なに、俺達の部隊は明後日、ここから本国に戻る予定だ。

戻れば時間は幾らでもある。どうだ?」



ふと、こんな事をしていていいのだろうか、と我に帰る。

ここからでも、今すぐにでも帰るべきなのではないだろうか。



考え込む俺を見たグレトナが、付け加える。

「戦争だなんて言っているが、俺の見立てでは、

これ以上はちょっとした小競り合いしか起きない筈だ。

勝手に収まる。その後は今までと同じ、交易ルートが再開する。

落ち着いたら、そのルートの護衛でお前を送ってやる。

これでいいだろ?」


「…わかった。グレトナ」

「なんだよ」

「ありがとう。本当に世話になる」

「やめろよそういうの…」

グレトナが、恥ずかしそうに手を振って見せる。


立場上、何も気にせず話せる相手が居ないのだろう。

いつもの豪胆な英雄像も、演じている部分があるのだろうか。



「さて」

立ち上がるグレトナが手を大きく回す。


「…何してるんだ?」

俺もつられて立ち上がる。


「座りっぱなしで体が固まった。折角だ、今から少し教えろ」

「本気かよ…」

「今なら邪魔も入らん」


確かに話し込んでいる間に、広場の人影も見えなくなっている。

いつの間にか、夜半とも言える時間だ。



少し体をほぐすような仕草をしていたグレトナが、見よう見まねで構える。

不適な面構え付きでだ。

「じゃあ。掛かって来い」


思わず呆れた顔をしてしまう。

「いきなり実戦か?」

「駄目なら明日から基礎を教えろ。皆が見ている前で殴り倒されるのは困るからな」

「…分かった」

「右手は大事にしろよ?手紙出せなくなるぞ?」

「その心配は全く不要だな」

右足を引き、構える俺に、グレトナの右の拳が突き出される。


思っていたよりも、ずっと速い。

…が。

俺の左手がその拳の軌道を変え、ほぼ同時に右足がグレトナの胸の辺りを押し蹴る。

少し押し返されたグレトナに向かい、蹴った右足を地に着け、左足を送り。

再度右足で、腹の辺りを蹴り込む。


もろに入ったらしく、腹を押さえたグレトナがしゃがみ込む。

が、薄笑いを浮かべてすぐに立ち上がった。

「本気でかからないと勝てない、って思ったのは久々だ」

「…本気でかかっても勝てないって教えてやる」

つい悪乗りしてしまう。



その後、数刻の間、俺達は。

いや。主に俺が、一方的に、グレトナを殴り、蹴っていた。

だがいい踏み込みだ。時折、捌き損ねるような打撃がある。



その折。

「兄様、何をして…ひっ!」

声が聞こえたのだろう、建物の影から兄を探しに現れたグレトナの妹ロシェルが、

目を見開いてこちらを見ている。


…驚くのも無理はない。

大の男が、松明の薄暗い明かりの中で、薄ら笑いを浮かべながら殴り合っているのだ。

ちょっとした恐怖の場面だろう。



「おお、ロシェル。なんだ?」

「…なんだじゃありません。この夜中に、何をしているのですか?」

明らかに顔が引きつっている。


「練習だ、練習」

「兄様、自虐趣味がありましたか?」

グレトナは。確かに。俺と比べると明らかにやり込められている雰囲気だ。

ロシェルが俺を睨む。勘弁してくれ。


「ロシェル、俺が頼んでんだからいいんだ」

「自虐趣味がありましたか?」

「……。」

「兄様?」

「…わかった。ロシェル。そろそろ寝る」

あっさりと、敗北する様を目撃した。


「そうですか。その方がいいと思いますよ」

微笑を浮かべ、振り向くロシェルは、一度こちらに鋭い視線を向けてから帰って行った。


苦笑いだけを浮かべ、2人で黙り込んでしまう。


「俺が悪者の雰囲気だな」

「あいつは、いつもあんな調子でなぁ…」


軽く溜息をついたグレトナが切り出す。

「明日、やはり基礎から教えてくれ。あと手紙、明日の朝までに書けよ?5枚だぞ?」

「わかった。それじゃあな」


背を向け、手を振って答えながらグレトナはロシェルが歩いていった方へ帰っていく。


…俺も部屋に戻ろう。





部屋に戻った俺は、再び手紙に向き合っていた。


結局その後数刻をかけて。

心配をかけた謝罪と、今の状況、手紙が届くことを祈る旨を記した。

書く事に悩んだのは事実だが、少なくとも嘘は書いていない。


レイス…。

彼女がこの手紙を手にするのはどのような瞬間だろう。

オルビアが到着するよりも、先に届く事があるのだろうか。


不安は拭えないが、この5枚の紙に、思いを託す。





…残念ながら手紙は、オルビアの足よりも速く到着することは無かった。

それを知るのは、もっと後の事になるが。



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