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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その2
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遠い空07

俺の目の前のオーガがこちらを睨み、咆哮をあげた。


…それが、合図になった。


俺は、オーガの獲物が届くすれすれまで距離を詰める。

グレトナは、その距離に、ずかずかと歩み寄っていく。


俺の目の前に迫る横薙ぎを、足を止めたまま、上半身の動きでかわす。

グレトナを目掛けて斜めに振り下ろされる一撃が、上段に構えたグレトナの盾に直撃した。


横薙ぎに帰るオーガの腕の半径にまで一気に踏み込む。俺を吹き飛ばす筈の帰る腕を、その手に持った獲物ごと、切り飛ばした。

オーガの獲物が、その盾を地面に叩きつける。…グレトナは既にオーガの脇で、その長剣を両手で切り上げる所だった。


怒りに振るえ、俺を掴もう突き出される左腕を、横薙ぎに切り飛ばす。

グレトナが切り上げる長剣がオーガの左脇から右肩へ抜け、空に向いた剣は、ずれ落ちるオーガの上半身を更に2分割した。




…両腕を失い、しかしそれでも怒りの咆哮をあげたその顔が、俺に喰らい付こうとする。

俺の頭を目掛けて迫るその大口を開けた顔を、払う様に切り落とした。




「お前、エグいやり方するな…」

こちらを見ながら嫌そうな顔をするグレトナ。


「流れ上ああなっただけだ。後ろに抜けたかったが、そっちでお前がやりあっていたしな。

…ついでに言うと、前に戦った時から、こいつらは痛みを感じるのか気になっていた。

多分、そんな物は全く感じていない。タチが悪いな」

事も無げに答える俺に、更に嫌な顔をする。


グレトナが村の中を見渡す。

「もう大体片付いたな。で、お前はなんでここに居る?」

「来て助かっただろ?」

「そういう問題じゃねえだろう…。誰だよ縄解いた奴」


周りを軽く見渡すと、木屑があちこちに落ちている。

…冗談だろ?

「グレトナお前もしかして、あいつらの獲物、削ってたのか?」

「あぁそうだよ。距離つめられるようにしたかったからな」


冗談ではなかった。

俺の助けは。不要だったかもしれない。

「末恐ろしいな。何になる気だお前」

「そんな事ねぇって。そうでもしないと勝てなそうだったからな。

…本当言うと、どっかで派手に貰うかも知れねぇと思ってた。助かった。礼を言う」

「夕飯くらい出せよな?」

「そんな事でいいのかよ」

「もし頼めるのなら…手紙を出せないか」


手紙と言われ、少し考え込むグレトナ。

「まぁ出せない事は無いと思うが、暫くは難しいな。戦争してるんだぜ?」

「…頼む」


面倒くさそうに頭を掻くグレトナが答える。

「分かったよ。だがな、届く保証はできねぇ。3枚、いや5枚だな。同じ物を書いてくれ。1枚くらいは届くだろ」

「本当か?」

「あぁ、だがさっきも言ったとおり、お前自身が帰るのはもう暫くしてからだな。

戦争相手の国に、のこのこ渡れると思うか?」

「分かった。それまで縛られておこう」

「いや、もうそれはいいだろ」

「…いいのか?」

「もういい。それはそれで、扱いが面倒臭いんだよお前…」


ここまで話すとグレトナは思い出したように、荷馬車のほうへ戻る。

「悪い、細かい話は後だ。どっかで休憩でもしてろ」


辺りを制圧する兵に声をかけながら荷馬車の方へ歩いていく。

グレトナの向こうに、安心した顔で彼を見詰める妹が見えた。




レイスもあんな感じなのだろうか、などとふと考える。

妹みたいな物なのか?


…先のやり取りの答えは、まだ自分の中で出ていない。

俺の答えは、彼女の望む答えとはまた違うかもしれない。

だが、適当な答えなど出さず、真摯に答えるつもりだ。

それが彼女にとって嬉しい答えじゃなくても。





グレトナが指示を出し、村内の各家屋が調べられ、魔物が残っていない事が確認された。

生きた人間が居ないことも。


何の事は無い、傭兵団は逃げ出していた。その死体は数人分しか見つからなかったのだ。

代わりに見つかったのは、この村の村人、先の街から連れて来られた住人であろう、おびただしい量の魔物共の食べ残しだった。

不愉快な考察ではあるが。”餌”を置いて逃げ出したのだろう。



その後、死体とも言えないような物が各家屋に分散され、火が放たれた。

この村は放棄されるらしい。

…当然だろう。

もう住んでいる者が居ない上、いつ魔物が攻め入るか分からない村。これから誰がここに住むというのか。




彼らが一連の後処理をする様を、俺は村の端で座り込んでぼんやりと眺めていた。

そこへグレトナが戻る。

「よう、戻るから今度は自分の足で歩けよな」

「さっき、お前の兄貴がすぐ殺すって言ってなかったか?」

「あぁ、大丈夫だろ。客人て事にしておく。妹にも…さっき言っておいた」

「頼んだ、の間違いだろ?」

その問いに、グレトナが心底疲れたような表情を浮かべる。


「あいつさぁ。厳しいんだよなぁ…」

もはや完全なぼやきと言える返答に、苦笑する。


「すまない。助かるよ。結局殺されるんじゃ仕方ないからな」

「恩に着ろ。…そうだ、お前、さっき馬車の近くでもう一匹倒したんだってな」

「あぁ、それで頼むから縄を切ってくれ、と頼んだんだ。縛られたまま食われるのは流石に御免だ」

「そりゃそうだろうがな。あいつら、お前に礼を言っていたぞ」

「礼を言われるような話でもないさ。その前に命を助けられてるからな。飯は食わせて貰えなかったが」

「食ってたじゃねぇか」

グレトナが苦笑いを浮かべ、俺もそれに釣られて笑ってみせる。


「そういえば、手紙は戻ってからすぐに書け。この状況だ。日数が掛かるのは理解してくれよ」

「本当に恩に着る。多分、心配をかけていると思う。少しでも早く、無事な事だけでも伝えてやりたい」

「…やっぱり女か?」

「難しいな。妹かもしれない。自分でもよく分からないが、家族みたいな物だと思う」

「妹?そうか…」


沈黙が流れる。

彼なりに思う所があるのだろう。


「なるべく早く届ける努力はしてやる。今晩の内に5枚同じ物を書いてくれ。書くものは後でビュートに届けさせる」

「…すまないな」

「まぁいいって。助けてもらったしな。これ位はしておかないとこっちも気分が悪い」

「わかった。素直に受け取らせて貰う」

「そうしてくれ」


振り返り歩き出すグレトナ。

俺も立ち上がり、荷馬車の元へ向かう。

もう出発するのだろう。




ビュートが荷馬車の中から取り合げられていた装備を取り出しておいてくれた。

具合を確かめながら身に付ける。


小手のベルトを締め、軽く左右の拳を突き出し、払ってみる。

腰周りの投擲用ナイフを一度取り出し、手の中で少し弄び、再度ベルトに戻す。

腰の後ろの中型剣を一度引き出す。青白く光る刀身を確認して、ゆっくりと鞘に収める。


…外していた時間自体は大した事がないのだが、ひどく久し振りな気がしてしまう。

やはり、この格好が一番しっくり来る。

具合は悪くない。


歩き出すグレトナ達に続き、俺も歩き出した。




ふと振り返る。


燃え上がっていた家屋は、もう燃え尽きかけている。

かつてそこに居た住人達の全てと共に。


…視線を前に戻し、俺は再び歩き始めた。


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