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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その2
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遠い空06

荷馬車の上で揺られ数刻。

同じ場所が当たっていると痛くなるので、何度か体の向きを変えている。

何度体を返したかその回数を忘れそうな頃、荷馬車は止まった。


若干表が騒がしい。

恐らく、目的地の周辺に辿り着いたのだろう。

以前見たとおり騎兵が突入、その後グレトナが先陣を切り敵兵を切り開く。

台本どおりに事は運びこのまま荷馬車で何処かに運ばれる筈だ。

…今日は食事が出るのだろうか。




荷馬車の上で体を起こして表の様子を伺う。

見える範囲の兵がみな一様に困惑したような表情を浮かべながら、恐らく戦闘の準備をしている。

忙しそうに動き回る彼らの中にビュートを見つけた。

こちらの視線に気付いたのか軽く頭を下げ、再び忙しそうに準備に戻る。


こいつらの中の何人が死ぬのだろうか。

この拠点を押さえているのは傭兵団だと聞いた。

それなりにやり手が混じっている筈だ。

傭兵団の戦い方は、正規兵とのそれとは違う。

彼らは生き残る事がそもそもの命題であり、恐らく連れている人質などを平気で盾にでもするだろう。

グレトナはどうするのだろうか。


聞いていた限り、次の拠点は確かグレトナの演説ではガロウェイと言う名前だったが。

大きな町ではないはずだ。下手をすると村のような大きさかもしれない。

荷馬車の荷物を積み下ろしていた折、次で下ろす予定の荷物は量が比較的少なかった。

今同行している人数は分からないが、どの程度の規模の戦闘になるのか。




暫くするとあわただしさは消え荷馬車が動き出す。

荷馬車が動き出す?

戦場となる現地に荷馬車も一緒に移動するのか?

様子がおかしい。先程から兵の雰囲気もおかしい。

何が起きている。


再び荷馬車が止まり、再び体を起こした俺の視界で数人の兵士が話しこんでいる。

「俺、実物見たことねえよ」

「あぁ俺もだ、グレトナさんもあまりよく知らないって言ってたって話だぜ?」

「おい本当かよ、大丈夫か?」

「あの人は大丈夫だろ。相手が違うだけで、やる事は変わらない、って言ってた」

「まあそうだろうけどさ…」

一体なんだ。


「おい、何が起きている?」

こちらに気付いていなかったのか、驚く表情の若い兵士数人が顔を見合わせている。

「別に何が出来る訳じゃない、教えてくれよ」

「さっき斥候が、町が魔物だらけだったって帰ってきたんですよ」

仲間に止められながら、口の軽い1人が状況を簡単に教えてくれた。


「…どうせゴブリンあたりだろ?グレトナ1人でも片付けるんじゃないか?」

「いや、なんて言ったっけ。大きいのが混ざってるって話で…」

そこで仲間にいい加減にしろ、と止められた。


大きいの。

先日パドルア近郊で戦った食人鬼オーガを思い出す。

グレトナは相性が悪いだろう。

仮に。

あの腕力で振り回される何がしかを受け止めることが出来れば、一撃の下に切り伏せる筈。

だが、それは有り得ないだろう。

同行した騎士の死体を片手で投げつけられた事を思い出す。

尋常な腕力ではない。


それでも、恐らくグレトナは負けないと思う。

何かしら予想外の出来事でも起こらなければ。


別に自分の事でもない筈だが。

戦闘の際の心の中の虚無感と何もない静けさを感じ、慌ててそれを打ち消した。

自分は関係ない、と決め込み横になる。



あの男、こんな所で死ぬような者ではない筈だ。

しかし危ない場面もあるだろう。

出来れば助けてやりたい、そう思わせる何かがグレトナにはある。


とはいえこの状況では何も出来まい。

大きく呼吸をした。

その何かが起きた場合に備え、体を休める事にすべきだろう。




戦闘が始まった。


それ程遠くもない距離で、兵達の雄叫びに混じりゴブリンのうなり声が小さく聞こえる。

暫くすると、出来れば2度と聞きたくなかったオーガの雄叫びが聞こえた。

予想は正しかったらしい。

ここまでは予想の範疇だ。

グレトナは事も苦戦しながらも、奴らを片付けるだろう。


突然、ひどく嫌な予感がし始める。

咆哮に違和感を感じて耳を澄ました。

…間違いない。

その咆哮は2匹分の物だ。


他人事ながらも予想が外れた事に動揺する。

良く考えてみれば奴らはここに居た傭兵団を屠った筈だ。

それなりの数が居るはず。

俺が以前討伐を行った折とは状況が違うのだ。


あんな者を2匹相手になどできるのか。

間違いないであろう方法。

周りに居る兵を犠牲にする前提で片方を押さえ込み、一方を片付けた後でもう一方を片付ける。

その間に数十人かの兵が肉塊に変わるだろが。

グレトナはそれを良しとしないだろう。

2匹を自分で受け持ち、その他の雑魚を片付けさせる。

…そして負けるかもしれない。

下手をすればそのまま皆殺しか。

俺はこの始末だ。

逃げる事も出来ずに喰われるだろう。


荷馬車の中で起き上がり周囲を見渡す。

見える範囲には誰も居ない。


「おい、誰か居ないのか!おいっ」

聞いているのは馬だけか。

「おいっ!頼む!だれか!」


何事かと言った顔で先程の兵の1人が戻ってきた。

「なんだ?」

「なんだじゃないグレトナ殺されちまうぞ、これ外せ」

「何言ってるんだ、そんな事出来る訳無いだろ?」

「いいから早くしろって!」

その兵が呆れたような顔をしたその時だった。

もう1度。聞きたくもない咆哮が響く。

すぐ近くだ。


目の前の兵の顔が明らかに恐怖に歪む。

「だから早くしろと言っている。死にたいのか?逃げないから安心しろ。片付けたらまた戻る。だから早くっ」

混乱した兵が俺の縄に剣を当てたとき、すぐ近くでグレトナの妹の声が聞こえる。

「私が吹き飛ばす、時間を稼いで!」

続いて、俺には理解の出来ない詠唱が始まる。

詠唱を終える為の時間。

その犠牲としてオーガに立ち向かった兵の悲鳴が響く。

あの声の中にビュートの声も混じっているのだろうか。


縄が解かれる。

「あと俺の剣、どこだ?」

「知らねぇよ!」

捨て鉢の返答を返す兵士の腰から剣を引き抜く

「借りるぞ」

「おいっ!」

向きを変え走り出す。

ずっと転がっていたせいか、体のあちこちが痛い。


派手な爆発音が響く。

妹が放った火球だろう。

そして再度の怒りの咆哮。

そう、奴には確か火の関係は効果が薄いはずだ。

赤い体色。その体は燃えるように熱いと聞いている。


明らかな恐怖と動揺が広がる兵の中を駆ける。

途中ビュートを見付けた。

「おいビュート、俺の剣探してくれ!これじゃ荷が重い」

「え、あれなんでっ?」

間抜けな返答を無視して走る。

火球を放った憎い魔術師を睨みつけるオーガと、今まさに死の淵に立つ兵士の前に割って入った。


「邪魔だ、とりあえず離れろ」

突然現れた異物に混乱する俺達に、おそらく街の何かを解体したのであろう俺の足程も太さのある角材が横薙ぎに迫る。

大きく一歩下がりかわす。運が悪い兵士が1人巻き込まれ、跳ね飛ばされた先の樹木に激突した。

それを見た兵たちが数歩下がり、邪魔者は居なくなった。


「もっと下がってろ。結構動くと思う」

その声に兵達が円を書くように広がる。


目の前の違和感に少し動きを止めていたオーガは差し出された次の犠牲者に目標を定めたようだ。

俺を見据え再度咆哮を上げ、角材を横薙ぎに振るう。

やはり半歩下がって交わす。

そこで踏み込む姿勢を見せ、帰る角材を再度半歩下がり交わす。


手に握る剣の重みは弱弱しい。

こんなもので切りつけたとして、どこまで傷を与えられるか。


オーガは怒りに任せ踏み込み、肩口から俺に角材を叩きつける。

以前と同じようにそれをすり抜けながら、がら空きの右膝に剣を叩き込んだ。

…まるで手応えがない。

膝に叩きつけられた剣は、ばきりという地味な音を立て根元で折れていた。

最悪だ。


そのままオーガの背後にすり抜け、振り返る。

この距離で丸腰。何が出来る。

まずい。

オーガが振り向く姿がひどくゆっくりに見える。

その視界の先で。


ビュートが俺の剣を持って荷馬車から飛び降りるのが見えた。


俺は走り出した。

オーガが振り向くのと反対側を全力で走り抜ける。

すぐ背後で、轟音を立てて何かが通り過ぎる音がした。


「ビュート、それよこせっ」

焦った顔で放り投げられるそれを目掛け、全力で足が動く。

背後に咆哮が迫る。


空中のそれを俺の左手が掴み、地面を滑りながら振り向く俺の目前。

今まさにオーガがその角材を、俺をただの肉塊にする為に振り下ろす所だった。

こう何度も同じように…

心の中で思いながら、角材の軌道を交わして踏み込む。

完璧なタイミングだった。そう、全てがぎりぎりだという点において。

右手が降りぬく剣が、オーガの右膝を切断した。

いつかと同じ、振り向きながら剣を両手で握り直す。

足を失い這いつくばるオーガが、それでも怒りの咆哮を上げて角材を振り回す。

それを飛び越え。


着地と同時にその首を切り飛ばした。



「こう何度も同じ手が通用するのは助かるな…」

独り言を呟き、我に帰る。


違う。グレトナを助けに行く必要がある。


全員の視線が俺に集まっていた。


「グレトナを助ける。あれを1人じゃ荷が重い。雑魚は任せた」

言いながら走り出したが、グレトナの妹の前で思い出した様に立ち止まる。

「あいつは火が効きづらい。雑魚をなぎ払え」

「な、なんでお前に…

返事は聞かない。

言われなくても分かっていただろうが念の為だ。


俺の視線の先。

兵達は雑魚共を鎮圧しつつある。

その先には予想通りの光景が広がっていた。


2本の角材を受け流しながらじりじりと後退するグレトナ。

その周りに、恐らくグレトナの兵だったであろう数個の肉塊。



先程の一連で結構息が上がってしまっている。

苦痛に顔を歪ませながら、重い体を全力で走らせた。


グレトナの剣が角材の先端を切り飛ばす。

もう一本の角材が迫る。

盾でかろうじて受け流すが体勢を崩し、しかし踏みとどまり再度2匹と睨み合う。



「はぁっはぁっ…」

「離れろと言っているだろうが!」

「苦戦…してるじゃないか…はぁっ…」

やっとここまで辿り着いたものの息が戻らない。

「な、お前何やってんだ!?」

視線を外さすに2歩下がるグレトナの横に並ぶ。

俺は膝に手を突いた手を放して剣を構えた。



「右、貰うぞ」

「あぁ、ったくあいつら何やってんだ」

見るまでもなく呆れた表情が想像できるグレトナに並ぶ俺は、

英雄の仲間足りえるように見えるのだろうか。



1対1の状況を誘導したい。

やはり同じ事を考えたらしいグレトナと、ゆっくり左右に別れるように動く。


俺の目の前のオーガがこちらを睨み、咆哮をあげた。


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