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1-4

馬車を預け、屋敷の中へ案内される。

裏口だったが、扉の作りが豪勢に作ってあるのが素人でもわかった。

一つ一つの金物がしっかりとしていて、扉の厚さも普通の扉の2倍はある。

立場上では当然、強度も必要なのだろうが……それにしても金がかかっている。

何度か王都の中心地区にも行った事があるが、下手な貴族のそれよりも余程高価に見えた。

扉だけではない。全体的に作りが上質で、かつ強固であることが見て取れる。


廊下を歩き、左手にある階段で2階へ上る。更に正面の廊下を進み右へ曲がり、正面のひときわ高価そうな扉の前に案内された。

もはや軽く迷子で、何かあったら脱出するのにさえ難儀しそうだ。



男がその扉をノックする。


「コーネリア様、連れてきました」

そう告げ、扉を引く。


「……入れ」

促され、オルビアを先頭に部屋に入った。

正面に一目で上質とわかるテーブル。

それを挟み込むようにやはり高価そうなソファーが置いてあり、その1つから男が立ち上がる。


「コーネリアだ。遠い所よく来たな」

先程の男以上に鋭い光を放つ目、がっしりとした体つき、顎の髭と小奇麗な服装。

この辺り一体の元締めに相応しい風格を放っている。

オルビアに握手を求め、視線をこちらに移す。


「こちらは?」

「私の護衛です。いつも自分の取引に立ち合わせている者でして」

「そうか」

こちらに一瞥をくれ、オルビアに座るよう促す。

商売のパートナーとは認識されなかったようだ。

ソファーに腰を下ろすコーネリアの右後ろに幹部の男が立った。


軽く頭を下げ、ソファーに腰を下ろすオルビアの右後ろに立つ。

部屋の中には他にも2人の男が壁際に立っている。こちらもそれなりにやりそうだ。




「私たちも信用を大事にしたい。どんな商売でも信用できなければ話にならない。それが本当に、どんな商売だろうがね。違うかね?」

「いえ、おっしゃる通りです。私どもは荷物の量と納期にあわせ、護衛も付けた上で間違いない仕事をしております。以降も懇意にして頂ければ、決して後悔されるような事はございません」

コーネリアは定型通りの挨拶に退屈そうにしながら、再び口を開く。


「うちの屋敷はこの区域でたぶん一番安全な場所だよ。次からはわざわざ護衛など同行しなくても大丈夫だ。あなたのギルドとは以降も懇意にするつもりだが、定期的な便の費用についての相談もさせてもらえるかね?」

「大変失礼致しました。ただ常に誰かを付けろという指示が先般出たばかりでして。費用につきましてもギルドに持ち帰り相談致します……」

わざわざ護衛を付けて宅内に入って来たことに少なからず不快感を覚えさせてしまったようだ。


「失礼致します」

若干のよくない雰囲気が流れたところにドアをノックする音と、女の声で救われた。

幅の広い肩紐で吊るようなスタイルの質素ながら小奇麗なドレスを着た女が、二人で入ってくる。

背の低いテーブルの上に琥珀色の暖かい飲み物を入れたカップを並べるが、そのうちの1人に嫌でも目が行った。




年の頃は13から15歳程か。幼く見えるが、そんな事よりも。

袖の短いドレスからのぞく右腕がひどく傷だらけだ。そう、右腕だけ。

その筈である。左腕が無い。肩の少し先で切断されていた。

視線を上に動かす。首元辺りで切られた黒髪。そして顔の左頬から左目にかけ大きな傷跡。……左目も潰れている。


カップの類を乗せた盆を一度テーブルの上に乗せ、慣れない手つきでコップを並べ、盆を再度持つ。

その折に長目のスカートの裾から足が除いたが、やはり傷跡が目立つ。

恐らく切り傷と火傷。苦痛を与える目的で、人間に付けられたものだろう。

十字の切傷を付けたり、局所的に火傷させる魔物など居るものか。




思わず眉間に皺がよる。

そのまま暫くオルビアとコーネリアの話は続き、一度持ち帰るという事で話がまとまったようだ。

しかし、二人の話はまるで耳に入ってこなかった。


なんだあれは。

そういった趣味の人間も居るのか、という事を頭ではかろうじて理解出来るが。

それを正視した自分の中、やるせない気持ちと小さな怒りが沸いてくる。

かつて人間は魔物や魔王と戦うため、英雄の下に力を合わせたという。

それが本当かどうかも分からないが、少なくとも現在はこの始末だ。

恐らくもっと前からこんな事は幾らでもあったのだろうが。

握ったこぶしにじっとりと嫌な汗が出ていた。




オルビアとコーネリアが立ち上がった。

再度握手をという所に、先程の二人が飲み物を入れ替えに入ってくる。

コーネリアは間を削がれ、しかし折角なのでもう1杯飲んでいけとばかりに再度座り直した時。

先程の少女が、カップを載せた盆をひっくり返した。

先程までオルビアが口を付けていたカップに残る、冷め切った琥珀色の液体がオルビアの靴にかかる。


「失礼致しました」

さしてあわてるでもなく無表情に言い、カップを再度盆に載せる少女。

その瞬間、壁際に立っていた男が少女の髪を鷲掴みにし、引き摺り倒した。


「失礼致しました」

男が再度オルビアに深々と頭を下げ、床に這いつくばったままの少女の元へ歩き、再び髪を掴む。



「おいっ」

自分でも意識せずに声が出てしまった。

まずい。

発した言葉は取り消せないが、即座に我に返っていた。


凄まじい速さでオルビアがこちらへ振り返り、俺の顔を黙れとばかりに睨む。

「いえいえ、お恥ずかしい所を。うちの者が驚かせてしまいすまない」

コーネリアがオルビアに軽く頭を下げ、こちらにゆっくりと視線をやる。


「大変失礼致しました、私どもは全く……」

ここまで言い掛けたオルビアは、視線が自分の斜め後ろに向いている事に気付くと、懇願するような表情で再度振り返る。


俺は髪を掴んでいる男と目が合ったままだ。

先程さんざ考え込んだ結果、どんな原因であれ戦うような状況はありがたくないと思っていたが。

しかし。


「お客様はお前に御用があるようだぞ」

コーネリアが軽く笑いながら男に促す。

壁際に立っていたもう一人も姿勢を落としながらこちらに歩いてくる。

幹部の男はコーネリアの後ろに立ったまま、さして興味もなさそうに見ている。


「コーネリア様、大変失礼致しました、この者にはよく言い聞かせますのでどうか」

コーネリアと俺の顔を交互に見ながら、必死に弁解するオルビアに心の中で謝りながら言う。


「用だと? あるに決まってる」

静かに答えながら足元に荷物を置く。

これを身につける時間はないだろう。

そのまま右足を少し引き、両手を胸の前まで引き上げる。



幸いな事に、コーネリアの後ろに立つ男は今の所、これに加わる様子が無い。

更に幸いなことに、2人とも素手だ。


髪を掴んでいた男が不愉快そうな顔でこちらに拳を突き出す。

訓練された動きだ。

しかし、男の右腕は俺の顔のすぐ右をすり抜け、逆に俺の右拳が男の腹にめり込む。

この程度で捕らえられるようでは、当に命を落としている。

前かがみになる男を、力任せにもう1人の男の方に蹴り込んだ。


それを避け、こちらに突進するもう1人の男。

比較的体躯の大きい俺よりも更に体格がいい。

今のを見て技術ではかなわないと踏み、組み付けば体格がいい方が有利だと判断したのだろう。

判断としては間違ってはいない。


前に出た右足を軸に胴を回転させ、加速した左踵を男の脇腹に突き刺す。

苦悶の表情を浮かべた男が俺のすぐ脇に倒れこんだ。




目の端に顔が真っ青になったオルビアが見える。

先程の少女が無表情にこちらを見ている。


「アレン、どうだ?」

「素手では難しいでしょう。どうしますか?」

「それ使ったらどうだ?」

「無傷で殺せるでしょう」

コーネリアとアレンと呼ばれてた幹部の男が、ぞっとしないやり取りをしている。


どうする?

あの男はまずい。間違いなく強い。

ついでに言うと、獲物も相性が悪い。

小剣相手で相手の懐に入れば、間違いなく滅多突きにされる。

足元に転がる小手を身に付けている時間を与えてくれるとは全く思えない。


しかしこのままやりあったとしても、チャンスを与えないよう素手の俺に幾度も切り付け、

隙を見せるか、腕が上がらなくなった所で止めを刺すだろう。


オルビアが逃げ出す時間を稼げるとも思えない。

護衛対象を逃がさなくては。

そのオルビアはソファーに両手をついて、下を向いてしまっている。

頭の中が目まぐるしく回る。




「あぁ、もういいぞ。」

唐突に、ソファーに深く腰掛けたままのコーネリアが面倒くさそうに終わりを宣言する。

アレンと呼ばれていた幹部の男も眉一つ動かさずにこちらを一瞥すると、先に倒れこんだ男を立ち上がらせる。

そして。

俺の足元に転がる大男のもとへ歩いてくる。


全身に嫌な汗が噴出し思わず一歩後ずさる。

しかしその俺に一瞥もくれず、男を引き起こした。

わき腹を押さえたままで中々直立できない男に肩を貸し、アレンはコーネリアの後ろに戻った。



「だらしないな。なんだこのザマは」

コーネリアがつまらない顔で打ち倒された2人に視線を泳がせる。

悔しそうに、すみません、と頭を下げる2人。


その時。

オルビアが顔を上げ、俺の顔を思い切り殴りつけた。


これは素直に殴られるべきだ、そう判断すると素直に顔面に拳を受けて仰け反る。

前を向いたときにはオルビアも正面に向き直っていた。


「本当に失礼致しました。この者も私も、コーネリア様の掌で生かされている状況を理解しております。……どうかこのまま御許し頂けないでしょうか。この者にはそれ相応の罰を――」

「あぁ、あなたはいい。取り敢えず、座りな」

オルビアに軽い微笑みを向け、着席を促す。


そして無表情にこちらに視線を動かした。


「おい、お前、今このあと俺らがやる気だったらどうした」

「……刺し違えてでも護衛対象を逃がしますね」

「ほう。大した心意気だが。刺し違えなくて済む方法があったんじゃないのか?」

少し考え込む。違う。立ち回りや方法論ではない。


「黙っていればそれでよかった筈……です」

「護衛を引き受けて、わざわざ依頼者を危険に晒してどうする。確かに腕は立つようだがな、この状況であの間抜けな台詞を吐くのはバカだ」

「……おっしゃる通りです」


一瞬の沈黙が流れる。

「お前のように腕が立つのが欲しいが、我慢の出来ないバカは不要だな。少しは賢くなったらうちへ来い」

「はい。考えておきます」

「考えるんじゃなくてこういう時は礼を言っておけ」

「……はい」


コーネリアはゆっくりと机の上のカップ手を伸ばし、残った琥珀色の飲み物を飲み干す。


「それで、だ。お前はそれの処遇を見て声を上げた。そうだな?」

先ほど床に引きずり倒された少女は床に座り、ぼんやりとこちらのやり取りを眺めている。

もう一人の少女も先程までのやり取りで、テーブル脇にしゃがみこんでいた。

が、思い出したように床に落ちたカップを拾い集めると、座り込んだ少女を起こしてその手を引きながら部屋から出て行った。


扉が閉まる重い音が沈黙の中に響く。

「そう……です」

「俺が、お前の命を自由に出来るのはわかるか?」

「はい」

悔しいが、事実だ。

今この瞬間に、あの男に殺せと命じられたら。

俺はこの部屋から生きて出られないだろう。



「お前の命の交換条件を出そう。……さっきのを、お前が納得いく処遇で飼って見せろ」

薄笑いを浮かべたコーネリアが、俺の目を見つめながら言った。


「……は?」

思わず間抜けな声が出る。

「あれが引きずり倒されていたのが気に食わなかったのだろう。ならばお前が納得いくように飼え。何もせずに人に食って掛かるだけの、本当の間抜けかお前は」



何も答えられない。

「俺を納得させるか、さもなければ俺の手が届かん場所に逃げろ。逃げ切れ。さもなければ死ぬだけだ。俺に生意気な口を利いた青二才が見せしめに殺された、位の話でな。そして残念ながらお前に選択の余地はない。自分の行動が正かったと証明して生き残って見せろ」


コーネリアは薄笑いを浮かべたまま立ち上がるとアレンに2,3言付けする。

そして再びオルビアと握手すると部屋を出て行った。


握手までしたものの、今だ呆然として立ちすくむオルビア。

それと同じように呆然としたまま、のろのろと足元のずた袋を拾い上げる。



「さぁ。コーネリア様は部屋に戻られた。帰るぞ」

殺気を垂れ流す男に連れられ、再び門扉まで案内される。

荷馬車は門扉脇で門番の男が手綱を持って待っていた。

荷台の中には帰りにパドルアの支部宛であろうろくでもない荷物が積み込まれている筈だ。


「明日の朝、あれは馬車と一緒に宿まで連れて行く。まさかそんな事はしないだろうが。逃げるなよ」

相変わらず無表情にアレンに釘を刺され、門が開かれた。


「あと、お前の名前も聞いておくように言われている」

「……リューンだ。リューン・フライベルグ」

「悪くない動きだった。せいぜい励め」

そういうとアレンは踵を返し、屋敷に戻っていった。



再び重い音と共に門扉が閉じる。



4人は流石に待ちくたびれたようで、道の端に座り込んでいた。

この辺りについたのは昼過ぎだったが、もう太陽が沈みかけている。

それに輪をかけ、とてつもない時間を屋敷の中で過ごしたような気分だった。


「何かあったんですか?」

ただならぬ俺たちの雰囲気を察し、女僧侶が尋ねるがオルビアは大きくかぶりを振るだけだった。


「待たせてすまなかった。俺が原因で少しトラブルがあった」

「少しなものかっ!」

振り返るオルビアが再び俺の肩の辺りを殴りつける。


「こいつのせいで殺される所だったんだぞ……」

目に少し涙が浮かんでいる。


「あぁ。オルビアの言うとおりだ。俺のふざけた言動のせいで皆を巻き込んだ。すまない」

やっと自分たちも被害の対象になる事実に気が付いた4人が凍りつく。


「まぁ。取り敢えずは大丈夫だ。明日の朝、再びパドルアに向けて出発する。宿に行こう」

心底疲れた、といった顔でオルビアが告げる。

彼女に連れられるよう、のろのろと俺たちも歩き出す。



空の太陽はもう、地平線にその端を残すだけだった。


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