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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その2
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遠い空05

結局、ミリアが帰る頃には朝になっていた。


夜半過ぎまで付き合っていたルシアも流石に根を上げて途中で退席し、その後部屋に移ったミリアとレイスは、そんな時間まで他愛もない話を続けた。


朝日が差し込む部屋で、流石に眠くなったミリアが欠伸をしながら立ち上がる。

「あーったく、本当に先生には困ったもんだよ」

話の大半が、リューンに対する苦情である事は、遥か遠方にいる本人は知る由もない。

それを見てレイスがくすくすと笑う。


「そんじゃそろそろ帰るね、また来るわ」

「はい。気を付けてね」

「もう朝だよ、気を付ける事なんてないって。途中で寝ちまわないかが心配だぁ。じゃーな」

変な顔をして手を振って見せるミリアにレイスが手を振って答える。

…やはり立ち上がり、階段を下りるミリアを追いかける。

「あれ、どうした?」

「表まで送ろうかと思って…」

「あー、そうかい」

そのまま食堂を通り抜け、その入り口で改めて手を振る。


「あの、ありがとうございました」

深々と頭を下げるレイスに、ミリアが大げさに手を振って見せる。


「いいっていいって、だけど帰ってきたら本当に一回ブン殴ってやる、止めるなよ?」

笑顔で手を振るミリアがとぼとぼと、朝もやの中を帰っていく。

手を振り返し、ミリアが見えなくなると大きくため息をついた。


空を見上げる。

「リューン様、本当、困りますよ…」

もう一度ため息をつき、部屋に戻る。


がらんとした部屋。

仕事の為、ここにリューンがいない事は今までも当然あった訳だが、今回はその日数も長く、まして、一度死んだという話まで出ている。


ベッドに座り、ぼんやりと考える。

本当にリューンが死んでしまったら、自分はどうするのだろう。

過去、そんな事は何度も考えた。

しかし今回の様に、それを実感した事は無かった。

「…リューン様」


結論は出ないまま、彼女はベッドに横になり、そのまま昼過ぎまで眠り続けた。










時間を10日程戻す。



リューンが目を覚ましたのは、意識を失って数刻後だった。

体のあちこちが痛い。床の上に乱暴に転がされたのだろう。後ろ手に縛られ、ご丁寧に足も縛ってある。取り敢えず、鼻が痛むので、少し触ってみたいのだが、残念ながらそれは出来ないようだ。

床の上で上半身を起こし、周りの状況を確認する事にした。

先程、戦っていた町の中の家屋の一つだろう。生活感が余り残っていない、がらんとした部屋。窓から差し込む日から、まだそれほど遅い時間でない事を理解する。


「誰かいないか?」

扉の向こうに声をかける。

暫くすると、まだあどけなさを残す少年が、扉を開けた。


「大丈夫ですか?」

「……この状況で大丈夫もなにもないだろ」

苦笑いして見せる俺に、確かに、という返事が返る。


「いま、グレトナさんを呼んできます。ちょっと待っていて下さい」

言われなくても待つしかない。

取り敢えず立ち上がってみようかなどと考える。しかし再度鼻を打ちつけるのは流石に勘弁であり、取り敢えずは素直に待つことを決めて大きくため息を吐く。


皆、逃げおおせたのだろうか。これで結局追撃を受けていたという話であれば、もう笑い話にもならない。

自分は残念ながら正規兵ではないので、捕虜交換の対象にはならないだろう。処刑されるか、奴隷になるか。前者は兎も角、後者であれば幾らでも逃げ出すチャンスはある。

……奴隷というその単語に、自分がどうしてもパドルアに戻りたい理由の少女を思い出す。


「戻らなかったら泣くだろうな……」

思わず独り言が口から洩れた。






扉の外でずかずかとした足音が聞こえ、扉が開いた。


「よお、御目覚めか」

そこに、この状況を作り出した張本人である、長剣の使い手が立っていた。

黒い髪を短く刈り込み、顎髭がいかつい。押しの強そうな顔付きは戦闘時の姿勢そのものだ。年のころは俺より少し下、といった所か。


「あぁ、いい昼寝だった。所で、帰っていいか?」

「おま、そりゃ無理だろう。生きてるだけでも礼を言えよ」

「確かに。そこは本当にありがたい」

「俺じゃない、こいつに礼を言っておけ、お前、殺さなかったんだってな」

先程の少年がこちらを見て軽く頭を下げるような仕草をする。思い出した。このグレトナという男と戦う前、頭を刀身の腹でひっぱたいた少年だ。


「あぁ、あれはどうも剣の具合がおかしくて、気をそがれた。それだけだ」

「なんであれ、殺さないように倒すなんて事をする人だから出来れば助けてやってほしい、ってこいつが言いだしたもんでな。」

「正直、本当にありがたい。どうしても帰りたいもんでな」


「お前、さっきから帰りたい帰りたいって、この状況で言う事か?女か?」

「そんな所だ。何か出来る事があったら言ってくれ。何でもする。だから出来れば帰らして欲しい。」

「新婚か?」

「はぁ?」

「また面倒くさい奴拾っちまったなぁ……」

グレトナが顔に手のひらを当てる。


「とにかくだ、今ここから帰る事は出来ない。あきらめろ。気が向いたらその機会もくれてやる。面倒くさいから大人しくしてろよ?」

「……わかった。どの道、どうにもできない」

縛られた足を持ち上げて見せ、歪に笑顔を浮かべて見せた。

その様を一瞥したグレトナが、隣の少年の頭をばんばんと叩き始める。それに迷惑そうな顔を浮かべた少年が半歩離れる。


「取り敢えず、ここから移動するまではこいつがお前の面倒を見る。よく礼を言っておくんだな」

「わかった。礼なら幾らでも――」

「あと、お前強いな。本職、剣術じゃなくて格闘だろ。相性悪い組み合わせで残念だったな」

「相性もなにもない。お前の方が強かった、それだけだ。悔しいがな」


「ははは、悔しい、か。また今度遊んでくれよ。俺は面白かったからな」

「遊び道具か……」

「ここで首飛ばされるよりはよっぽどいいだろ?」

「返す言葉も無い」

「なら大人しくしてろ。暴れなければわざわざ殺す気もない。またな」

再び派手な足音を立てながらグレトナは去って行った。




遠慮がちに、少年が話しかけてくる。


「グレトナさんとあんなに打ち合える人、始めて見ました。何かされているんですか?」

「強いて言えば……」

養成所で気楽に遊んでいた事を思い出し、全く参考にならない事に気付く。


「いや、色々やった。何をと言われると難しいな」

「そうですか…」


「所で、俺が護衛するはずだった奴らは逃げおおせたのか?」

「あの後、グレトナさんが放っておけと言っていました。追撃は出ていない筈です」

「本気かよ。命拾いと言い、礼をする位じゃ足らないか…。いや、お前にも礼を言わないといけないんだ」

後ろ手で、更に床に座ったままの為、滑稽な絵面ではあるが、頭を下げる。


「本当にありがたい。恩にきる」

「いえ、別にそんなんじゃないですから気にしないでください」


気恥ずかしそうに笑って見せる少年はビュートと名乗った。

年はレイスよりも更に下に見える。

体の華奢さでは、彼女に勝るとも劣らない。


「若いな。幾つだ?」

「今年13になります」

「そんな年で何でこんな所にいるんだよ。他にも色々あるだろ」

「父が騎士でした。自分もそうなりたいと思い志願して、グレトナさんの隊に入れて頂いたんです」

「過去形?どうした」

「少し前に戦で死にました。あぁ、クラストとの戦じゃありません。北です」

この国も、南北で更に別の国家と接している。

今ここで起こっているような事は、各国で起こっているのだろう。


「そうか。悪かった。実は俺の親父も騎士でな――

暫く、自分の昔話をつらつらと話し始めた。

父が死んだ事。残る祖父と母も戦の折、自分を逃がし、死んでいった事。彼らから習った事。

少年の真剣な真っ直ぐな眼差しが、突き刺さる。

――ま、結局。俺はこんな有様だがね」


「いえ、そんな事はありません。あなたの腕ならば、どんな所でも騎士として登用されるのではないでしょうか」

「騎士?勘弁してくれ。お前の国はどうだか知らないが、クラストの騎士なんてのは見ていると、堪らない気分になる」

グレトナを見る限り、彼らの国に関しては、そんな事はなさそうではあるが。


「そうですか…」

少し考え込んでいる。意外と、どこも似たような物なのかもしれない。


先程から表で、食器であろう金属音が聞こえている。

「まぁいい。そろそろ飯の時間じゃないのか?俺の事は気にせず行くといい」

「そうですね。食事、後で持ってきますから」

信じられない事に、食事が出るらしい。



ビュートが出て行き静かになった部屋で、起こしていた体を再度横たえる。

窓越しに空が見える。結構話し込んでしまった。

空にうっすらと星がでている。その配置はパドルアで見ていた物と変わらない。


今頃、レイスはどうしているだろう。

オルビアがパドルアに帰るのは何日後だろうか。

それまでに、何か連絡だけでもしたい。


グラニスが言っていた事を思い出す。

「彼女はお前の為なら何でもするだろう」


……早まった事を仕出かさないといいんだが。

やはり、最優先は何かしらの連絡だろう。先程のやり取りでは、少なくともここで開放して貰える、などという生ぬるい措置はなさそうだ。





暫くすると、その手に器を持ったビュートが戻ってきた。

「食事、持ってきましたよ」


体を起こす。

よく考えると、朝から何も食べていない。ここで何か食えるのは、本当に有難い。

ビュートが、持ってきた皿を、起き上った俺の脇に置く。


「……食べられないから縄、ほどいてくれないか?」

「あぁ。そうですね……」

俺の後ろに回ろうとする。


「おいおい、冗談だ、それ取られたら俺は逃げるぞ?」

「え。あぁそうですね。でもどうやって食べるんですか?」

「その辺に置いといてくれ」

「……食べさせましょうか?」

「……いや、情けない気分になりそうだからいい」

「でも置いておくって。どうやって食べるんですか?」

「ちょっと見てろよ」


這いつくばり、器に顔を近づけ食べようとした俺は。

バランスを崩し、その器に満たされたスープの中に顔を突っ込んだ。


「ごぼっ」

「ええぇっ!?」


首の後ろを引っ張られ、器から顔をあげられる。

暫く咳き込み、無残な姿で体を起こす。

「何してるんですか……」



結局、雑巾でさんざ顔を拭かれた揚句、口に食事を運んでもらう。恐らく、レイスが見れば激怒するだろう。

……若い女じゃなくて良かった、などと心の中で思いながら、結局皿の中身を全て口に運んでもらった。


「すまない。余計な仕事を増やした」

「無理しない方がいいんじゃないでしょうか……」

「俺もそう思った」


その後、ビュートは、何かあれば呼んで下さい、という親切を通り越して、

最早客人扱いするような言葉を残し、部屋から出て行った。

改めて横になる。


……そう、手紙だ。

何かの折に、グレトナに頼むしかないだろう。

今日あった事を頭の中で整理し、今、何かする事は諦め、眠る事にした。


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