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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その2
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遠い空04

オルビアを乗せた荷馬車がエルムスを目指す。

その顔には一切の表情がない。



先程の突如降って湧いた戦場からは、なんとか逃げ切った。

もう少し敵の侵攻が早ければ、こうはいかなかっただろう。


…リューンの思惑は功を奏していた。

当人がその結果を確かめる事は無かったが。



くどくど訳の分からない事を吐く現場の指揮官との交渉に嫌気がさした頃、爆発音が聞こえた。

「絶対に大丈夫だからここで待て」

と言われ、そのまま暫く待つ。


しかし、明らかに状況がよくない雰囲気を感じ、建物外に飛び出した。

退路を含め、逃げ出す準備が整っている事に安心してそのまま街を飛び出したのだが、

暫く行った所で見まわすと、よく見知った顔が見当たらない。

他にも数人が足りない。

聞けば、悔しそうな顔の青年から帰ってきた言葉はこうだ。

”足止めの為、乱戦に飛び込んで行き、恐らく指揮官であろう者と戦っていた”


何故それを早く言わないのか、その言葉を飲み込んだ。

その状況を知った所で、何ができるというのだ。

全員で救出に向かう?

そんな事をしても、被害が大きくなっただけだろう。


その美しい口元から、口汚く罵る言葉をぶつぶつと言いながら、帰る道を急ぐ。

帰る道。

当然だ。中間の拠点が奪還されている状況で、その先の孤立した拠点に向かってどうする。

向かう予定だった拠点には、恐らく先行している傭兵団が駐留している筈。

金で戦う者達の最後など、あっけないものだ。

…奴も含めて。




「リューン、私はあの子になんて言えばいい」

今から気が重い。最早、気が重いなどという、簡単な物ではない。

死刑宣告をしに行くような物だ。

「くそ」

一際大きい罵声に、先行する僧侶が振り向き、その表情を見て再び前に向き直る。




同日、エルムスに帰着したオルビアは先の事態を報告し、指示を待つ。


残る2箇所の拠点に残る荷物を届けるか。

パドルアまで繋ぎついでに戻るか。


心の中で願う。少しでも遠回りしたい。

情けない話だが、これは切なる願いだった。


その小さな願いは叶い、現地で雑用と追加の輸送の依頼を受けた。

パドルアに帰着したのは。

少女に話をしに行くのは。

リューンの行方が分からなくなってから10日後だった。




今回の護衛についても、一応ギルドを介している。

オルビアは依頼の完了と、犠牲の報告をしにギルドに向かった。

受付で老人と話しこむ、中年の女性(確かキマムといった)に今回の首尾を報告する。

行方不明になった4人。

1人ずつ、その名前を告げ、キマムがその名前をリスト上でチェックする。

4人目。リューン・フライベルグ。

一度、キマムの手が止まる。

だがそれも一瞬。手慣れた様子でリストにチェックを入れる。


チェックが入った者の家族や親近者への告知は通常、ギルドが行う。

オルビアがリストを覗く。

リューンの名の横に、書かれた名前。

それを指さし、そこへの連絡は自分がする旨を伝える。

中年の女性が事務的にそれをリストに書き込み、手続きは終わった。


重い足取りで彼らの定宿に向かう。

まだ昼過ぎだ。

いつもの見知った行動では、彼女は未だ戻っていないだろうが。

宿に顔を出し、ルシアに声をかける。


オルビアの表情と、名指しで呼ばれた少女の名前。

状況を察したルシアが、深く重い、ため息をつく。

「まだ早い。せめて夕飯食べてからにしてやってくれ」

力なく告げられる言葉に頷き、一度出直す事にする。





数刻の後。オルビアは再度宿を訪れた。

食堂のテーブルで、老人とレイスが話しこんでいる。

先程、ギルドのカウンターで話しこんでいた老人だ。彼女の知り合いだったらしい。

レイスの隣に座る金髪の少女。先日、こちらを刺すような眼で睨んでいた彼女だ。

こちらに一瞥をくれ、視線を逸らす。


恐らく、二人は状況をもう知っているのだろう。



「すまない。レイス、ちょっといいか?」

突然現れるオルビアに少し微笑んで見せる。


「こんばんわ。あれ、もう戻られたんですか?」

レイスは、自分で発した言葉の違和感にすぐ気付いたようだ。

オルビアがここにいる。

リューンは?


「…レイス、落ち着いて聞いてくれ」

オルビアの口がぱくぱくと動いている。

何も彼女の耳には入っていなかった。


「あ……れ……」

目の焦点が全く定まらず、力なくテーブルに突っ伏す体を、ミリアが支える。


なおも話を続けようとするオルビアに、ミリアが冷たく言い放つ。

「もう分かったから、早くどっか行ってくれ」


先日の視線よりも、更に鋭い視線を向けられ、柄にもなく引いてしまう。

しかしこれ以上ここにいる意味があるのだろうか。


オルビアは立ち上がり、その場を後にした。


泣き喚きでもしたら。少しは楽になるのだろうか。

そんな事を考える自分に嘲るような笑いを浮かべ、

自宅への道を歩いていく。





時間は少し戻る。



オルビアが立ち去ったギルド。

信じられない物を見るような顔でリストを見つめるグラニスが、

ため息をつきながらギルドを出た。その足でリンダウ家に向かう。


幸い、ミリアは家にいた。


事実だけを簡単に伝える。


「そうかぁ…」

声を出さず、涙を落とすミリア。


暫く黙っていたグラニスは、やはり掛ける言葉もなく、気を落とすな、と気の利かない言葉を述べ立ち上がる。

…ミリアも、その作りのいい椅子から立ち上がった。


「あの子は。あのひらひらした細い子」

目が真っ赤に腫れている。


「レイスには、恐らく依頼主が話すだろう。帰りは宿まで送り、その話を聞くまで同行するつもりだ」

「私を、連れて行ってよ」

「…何ができる」

「しらねぇ。でも、いいだろ?…駄目だって言っても着いていく」

「好きにしなさい」


事情を知らないレイスは、何故か3人で、特に明らかに苦手なミリアが同席して夕食をとる事となり、

やはり事情を知るルシアが表面を取り繕いながら食事を出す。

その後、オルビアが、宿に現れた。







時間を戻す。




糸の切れた人形のようなレイスを、ミリアが部屋に運び、横にする。

ルシアが途中見に来たが、何も言わず、顔を横に振り出て行った。

「グラニスさん、私、暫くここ泊まるから」

「だが…」

「だから、何言っても無駄だって。母さん達に言っておいて。あと、セイムに着替えもって来させて」

「…わかった。無理するなよ」

言い残し、グラニスが部屋を出た。


視線をベッドに戻す。レイスは、眠ったようだ。


「先生さぁ。何やってるんだよ…」

今頃になり、押し上げる感情に、顔を伏せた。

レイスの寝息と、咽び泣く嗚咽が部屋に響く。


数刻の後、ミリアも椅子に座ったまま、眠っていた。





リューンが行方不明になり、11日目。


ミリアがふと目を覚まし、振り返ると、レイスがベッドの上で体を起こして座っている。

まだ表は薄暗い。

「なんだ起きたか。何か食べる?」

努めて明るく声をかけるが…何の反応もない。

恐らく、何も彼女には届いていないのだろう。

ミリアは先日、グラニスからリューンとレイスの関係を聞いていた。

そして、彼女にとって、リューンが恐らくその全てである事も。


彼が残した彼女が、このままでは。

感情を押し殺し、使命感に燃えるミリアは、必死に彼女に話しかける。


しかし、そのいずれもが、空虚に部屋に響くだけだった。

話しかけるのをあきらめ、ミリアは、ただそこで待った。


ルシアが差し入れた食事に手を付ける事もなく、そのまま夜を迎え、

思い出したようにレイスはベッドに横になり、その日を終えた。







リューンが行方不明になり、12日目。


彼女達にはどうでもいい事だが。

皮肉にもリューンが予想した通り、今回の事態を引き起こした戦線はその後拡大せず、

小規模な小競り合いが続くも、拠点の所有はそこから動かず、そのまま自然消滅するような見通しになった。




目を覚ましたレイスに、ミリアが懸命に話しかける。

こんな事があったとか、昔こういう人がいた、とか。

相槌のない話を続けるのは苦しい。

それでも、きっと恐らくリューンを思い出すような事柄を避け、自分の思い出話しなどを、懸命に話す。


夕方に差し掛かった頃。

レイスの口が静かに動く。

「…来ないで」


この状況下で、その言葉は意味が通らないだろう。

言葉は。

しかし、それははっきりとした拒絶を表している事を、ミリアは理解できた。

レイスの目の前で立ち尽くすミリアは、堪え切れなかった。

大粒の涙をこぼしながら嗚咽を吐く。

「あんたがそんなんじゃ、先生どうするんだよ…」


ミリアの白い手が、相変わらず宙を見つめるレイスの肩を強く掴む。

レイスは、目の前でぼろぼろの顔をしながら喚く彼女を見つめ、

しかしやはり何も考えられず、ただ、何をしている、とだけ思った。


何をしている。

泣いている。

何故か?


悲しい。


2日振りの、意味のある思考。


そう、悲しいのだ。


思い出したように、涙が出始める。

それは堰を切ったように、止まらなかった。

気付けば、ミリアの胸にしがみつき、気が狂ったように泣き喚いていた。






ミリアが泣き疲れて眠ったレイスをベッドに横にする。

自分もたまらない気持ちだ。

だが、聞く限り、彼女はもっと辛いのだろう。

…いつまででも付き合おう。

暫くレイスの顔を眺めていた。






何か飲みたい。

立ち上がり、部屋を出ようとしたその時。

丁度ルシアが、ノックも無しに扉を開く所だった。



「ミリアちゃん…」

焦る表情のルシアが、手紙を差し出す。

手紙に小型のナイフが挟まれている。


「見て、いいかな?」

頷くルシアの顔を見て、手紙を開く。





開いた紙にミリアが視線を落とす。

…いつかの様に口の端を持ち上げて笑って見せ、急いで振り返る。


今疲れて眠ったばかりのレイスの肩を必死に揺すって起こす。

ようやっと目を開けた彼女の上半身を半ば無理矢理に起こし、手紙を開いて見せる。

挟んであった小型のナイフも。



世界に光が戻る様な感覚。

気付けば、レイスは笑い出していた。懸命に右手が口元を押さえる。

「そう、大丈夫って言ってましたもんね…」

誰にも聞きとれなかった。その必要があるとは思えないが。



「本当、先生さぁ。何やってんだよ…。あぁ、先生か…」

呆れた表情で、ミリアが間抜けな言葉を吐いている。




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レイス、心配かけてすまない。


経緯はともかく、俺は大丈夫だ。

親切な人間に拾われた。

助けた礼に格闘を教えろと言われ、

逃げ出す事も難しそうなので、

急いで色々な事を覚えてもらっている。


覚えはいい。

そう先にならず、帰れると思う。


この手紙もその人間に頼んだものだ。

1通でも届いて欲しいと、切に願う。


怒らないでくれ。


レイス。

心配かけてすまない。


                     リューン


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昨晩届いた手紙は、特段特徴のない男が厨房に顔を出し、渡してほしい、と置いて行ったものだという

その翌朝、同じ手紙を持った小さな子供が宿に現れ、ルシアに手紙を渡して行った。





「あのさぁ、やっぱり先生はさ、一回殴った方がいいと思うんだよ」

「そうですね。幾らなんでもやり過ぎです。」

「泣かすしかねぇな」

「…はい」

人気のない食堂で、残り物で作った食事を食べながら二人が楽しそうに話している。


「そうだ、オルビアさんにも明日知らせに行かないと」

「オルビアって、この間来てたあいつだろ?私アイツ嫌いなんだけど」

「えぇ、あの人、すごいいい人ですよ」

「いやぁ…」



ルシアは胸を撫で下ろした。

金の事なんぞどうでもいい。

自分が懸念していた事がこんなに早く起きてしまうとは、と心を痛めていたのだ。

それは懸念に終わった。


そして帰ってきたリューンに、出来得る限りの罵声を浴びせる準備をする事を心に決めていた。


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