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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その2
36/262

遠い空03

翌日早朝に出発した俺達は、次の目的地である小さな街に到着した。

昨日発ったエルムスのようにはいかないが、それなりに重々しい雰囲気を醸し出している。

そんな事よりも。…既に昼を回っている。


「思っていたより時間を食っている」

とはオルビアの弁だが、実際にそうだ。

次の目的地の方が、推定される前線により近く、更にこの調子だと到着は夜である。

聞いていた予定だと、夕方にはそちらも発つ筈だった。


荷物の個数の確認を人に任せながら、オルビアが頭を掻いている。


「オルビア、次、明日にできないのか?」

「なんでこんなにかかるんだ、地図間違ってるんじゃないのか?正規軍がやり合ってるような所に、夜中に飛び込むなんてのは御免だ。だがなぁ…」


ぶつぶつと独り言を言いながら悩むオルビアを放っておき、荷物の積み下ろしを行う。

大型の荷馬車半分の荷物を下ろすのに、

護衛兼、荷降ろし係となっている、体力に余裕のある幾人かが一刻かけ、荷物を倉庫代わりの家屋に搬入した。

残念ながらそれに含まれている俺も、それなりの労働に額の汗を拭う。


「追加報酬だろこれは…」

座り込み、文句を垂れる男に苦笑いを見せ振り向くとオルビアは、まだ地図と格闘している。

決断しかねいているのだろう。

出発となった場合に備え、改めて荷物を背負いなおし、辺りを見渡した。



十字に大きめの通りが走り、俺たちはその中心の広場にいる。

通りには家屋が建ち並び、そのほとんどは民家で、二十数軒と言ったところか。

商店だったであろう家屋はその前面が悪い冗談の様に破壊されており、

一通りの略奪が吹き荒れた事を、その姿で教えていた。


ここはマルト聖王国の傘下だった街だ。

今回の一連の諍いで、傭兵団が押さえた拠点だと聞く。

現在は正規軍が駐留しているが、本来居たはずの住人は今の所一人も見当たらない。

中途半端に破壊された家屋を眺め、どんな凄惨な場面があったのか想像し、気分が悪くなる。



「よし、諦めた。明日出発にしよう」

気分の悪くなる想像を思考の隅に追いやった頃、オルビアの悔しそうな独り言が聞こえた。


この拠点の責任者に話を付けに、オルビアとギルドのもう1人が立ち去り、

なんとなく雰囲気を察した二十数人の烏合の衆は、各々ひと休みを始める。

俺も道の端に座り込み、この調子だと1日、いや2日は伸びるな、などと考えていた。

ぼんやりと、雲ひとつない抜けるような空を眺める。






その時だった。



東側の通りの先で爆発が起こった。

壊れた丸太の柵と、運悪くそこに居合わせてしまったのであろう兵士だった物の破片が、

ばらばらと空を舞う。

爆裂する火球の魔法だろう。

グラニスやスライが得意とする系統の魔法。

敵に回すと恐ろしい事を、俺は骨身に染みて知っている。


通りにいた兵士たちが東の門に詰め寄り、仮の防衛の陣形を取り始めた。

更に幾ばくかの間も開けず、そこかしこの家屋から、揃いの装備を身につけた正規兵が飛び出す。

正規の訓練を受けている者たちだ。初動は素晴らしいと内心驚く。

彼らは町の出口に向かい、集まった人数を見ながら陣形を変化させている。



突然慌ただしくなった町中に、烏合の衆が色めき立つが、指示を出す者がいない。

当然だ、オルビア達はまだ戻っていない。

一人残ったギルドの男も、通りの先をぽかんと眺めている。




突然現れた前線。


長槍を持った兵が前面に並ぶ。

ここからは見えないが、彼らの視線の先には騎兵が見えるのだろう。

その突入に備える彼らの目前で、再度爆発が起こる。


まずい。完全に相手のペースに見える。

あれでは、じきに突破されるだろう。

相手の規模によっては完全に拠点を奪われる勢いだ。


まだオルビア達は戻っていない。

みな浮足立っている。

支援に回るか、…とっとと逃げるか。


やむなく指示を出す。

「そっちのお前ら10人、西だ、西の門で退路を見張れ。敵が来たら戻ってこい。

お前たちはここでこのまま荷馬車を守れ。オルビア達が戻ったら西門に逃げろ」

戸惑う顔を見せる彼らにもう一度同じ事を説明し、この中で腕が立ちそうな者を見つくろう。


「お前とお前とお前、俺と一緒に来い。多分騎士階級が混じってる。 

そいつを潰して足を止める。このままこっちに来られたら全滅だ」

指さされた三人が、心底嫌そうな顔をしているが、無視して東の門へ走り出す。

所謂戦争であれば、大概は騎士の家の若者なんぞが武功の為に同行している。

奪還戦となれば尚更だ。

最悪人質にしてでも、逃げる時間くらいは稼ぎたい。

小手のベルトを締め直しながら走る。



俺たちの足が前線に届く直前、騎兵の突撃を受けた陣が大きく形を崩す。

しかしそのまま雪崩れ込まれるような状況ではないらしい。

残る敵も英雄譚のような単騎突入などはせず、歩兵同士の戦いとなるようだ。

互いに見合い、一瞬、戦線が停滞している。




…時間が止まった前線の敵の列から、濃紺の鉄板鎧と大型の盾、長剣をぶら下げた男が、

まるで散歩でもするようにこちらに向かって歩み出てくる。


敵も味方も、一種その異様な行動をただ眺め、誰しもが動かない。


男は、丁度中間に差しかかった所で歩みを止め、振り返る。

「おい、何やってんだ、行くぞっ」


その一言で正気に戻ったかのような敵兵の雄たけびが、停滞を打ち破る。

それに呼応するように、此方側の兵も戦いの声を上げ、乱戦が始まった。



振り返る。

まだオルビア達は戻っていないようだ。何をしている。



戦場に視線を戻す。

先程の男は、やはり散歩でもするように先頭を歩み、

立ちはだかる者を、事もなげに切り捨てている。

この乱戦の中の恐らく誰と比べても、極端に練度が違う。

それに鼓舞された敵兵が、奴の作った進路を拡張する。

やり手だ。自分の役所を分かっている。腕も立つ。


目標は定まった。

乱戦の中に飛び込む俺に、無理やり連れて来られた三人が続く。



正規兵の中に現れた異色の存在に、鎧の男の取り巻きが立ちはだかった。

付きだされる槍を受け流し、手首を蹴り上げる。

もう一方から突き出される槍を腰から引き出した剣が払いのける、筈だった。

腰から振り抜いた刀身は、事もなげに鉄の槍を切り落とし、わずかに逸れた軌道が俺を掠める。


「「はぁっ?」」

俺と槍の持ち主が同時に間抜けな声を上げ、顔を見合わせる。

見合わせた顔は若い。まだ少年と言ってもいい年頃だ。


一寸先に冷静さを取り戻した俺は、振り返す刀身で首を撥ねようとしていた。

しかし今の出来事で、ある種の覚悟が薄れてしまう。

何の躊躇もなく、手段を選ばず、相手を殺害する為の覚悟が。


手首を返し、その刀身の横腹が少年兵の横顔を打ち払い、戦いから退場させる。


俺が連れてきた三人の内、一人の首が舞った。

鎧の男が事もなげに長剣を翻す。

やってくれる。


俺は、使い慣れない中型剣で、鎧の男に切りかかった。

こいつの相手は俺がするべきだろう。


…しかし。

それは俺にとって、あまりに軽率な行動だった。

そして恐らく、オルビアを含む、輸送ギルドとその護衛の面々にとっては有意な事だった、と信じたい。



切りかかる剣と受け止める剣が重なり、火花を上げている。

相手の長剣も魔力を帯びているのだろう。

意外な程の腕力で押し返され、更に追い打ちの切り込みを受け止める。

うまく受け流す余裕がない鋭い切り込み。


言いたくはないが、アレンには感謝しないといけないだろう。

いつも使っていた中型剣では、受け止めた剣ごと切り殺されていた筈だ。


目の前にある大きな誤算の口元が笑っている。

戦うのが楽しいのだろうか。



数度切り結び、魔力を帯びた刀身同士が激しい火花を散らす。

先程一度、打ち込みを盾で防がれた。

その折にも同様に火花が散っている。

盾も、恐らく鎧も魔力を付与された物だろう。

隙間を狙うか、打撃で潰すか。

そんな余裕があるとは思えないが。


再度切りかかってくる剣を何とか受け流し、敢えて盾を狙って蹴り込む。

当たる直前に荷重を抜かれ、重心を崩した俺の首元を狙う軌道を跳ねあげ、受け流す。


深追いせず、一歩下がって構えなおす鎧の男。


「傭兵か?魔剣使い」

楽しそうな口元が問う。

「違うな。輸送ギルドの護衛だ」

傭兵という物にある種の嫌悪感を持つ俺は、それを否定する。


「護衛がこんな所で何をしている?」

「俺が聞きたい位だ」

「…そうか。心労痛み入るな」

「そりゃどうも」


再度切りかかり、派手な火花を散らしながら数合打ち合い、元の位置に戻った。

先程に続く異様な光景に、すぐ周りの兵が手を止め、こちらを見ている。


軽口は叩いてはいるが、そういった周りの状況を眺める余裕はない。

視線を逸らす事も出来ない。

相手もこちらから一切視線を逸らしていない。

状況は似たような物だろう。

…オルビアは逃げられただろうか。


「名を聞こうか」

「名乗るような

「俺はグレトナ・プレストウィップ。プレストウィップ家の三男だ」

先に名乗られ渋々名を告げる。

「…リューン・フライベルグだ」

「そうか、護衛のリューンよ。俺は楽しくて堪らない。こんな所でお前のような相手を見つけられるとは」

「戦闘狂かよ」

「似たようなもんだ」

「勘弁しろよ…」


俺が最後まで言い切る前に切り込んでくる剣を受け止め…切れない振りをして受け流し、

その剣を握る手首を狙って拳を突き出す。

…突き出した左の拳を、長剣が跳ねあげる。

やはり派手に火花が飛ぶ。

強化だけとはいえ、魔力が付与されていて助かった。

そうでなければ、今ので左腕を失っていただろう。


「おぉ、そっちもか。なんなんだお前、本当に何者だ?」

「だから名乗っただろ。本当にただの護衛だ。残念ながらな」


鎧の男が剣の間合いから一歩引く。

「逃げた方がいいんじゃねぇか?」

そういう口元が笑っている。

その距離感を信頼し、周りを見渡す。


今切り結んでいるこの周りだけが一種異様な空間で、俺達以外は動きを止めている。


しかし、その周りは。

もうこの拠点は取り返されるだろう。

正面の男。グレトナ。彼は敵国に略奪された街を救いに現れた騎士様といった所か。



…状況は絶望的だ。



俺が連れてきてしまった2人の顔色が悪い。

目の端に広場が見えるが、そこに荷馬車の姿は見えない。

オルビアは合流して、逃げ切ったのだろうか。


「そうしたいが。逃がしてくれるのか?」

「…残念ながらそうはいかないよなぁ」

少し考えるような間を開け、答えが返ってくる。

さっきから、なんだこいつは。


その軽口とは相反して、死の足音が迫る事実を受け止める。

たとえこいつを倒しても、うまく逃げ切れるとは到底思えない。

人質?この実力の相手を生かしたまま制圧できるのか?


「悪いがやはり無理だな。あきらめろ、リューン・フライベルグ」

再度構え、一歩前に出るグレトナ。

くそ。

どうすれば。

どうすれば帰れる。


考え込む間は与えてくれないようだ。

目の前の誤算から二度、三度と、先程よりも更に重い剣激が降り注ぐ。

何とか受け止め、いなしながら活路を探る。


二度の叩きつけるような打ち込みを受け止める。

態勢を変え、右肩の高さで突いてくる剣の軌道を、火花を散らしながら逸らした。


反射的に右足を跳ねあげ、腹から胸にかかる辺りを狙い、蹴り込む。

それなりの手ごたえがあった。


このまま間合いを詰めて組み打ちで引き倒し、人質になって貰う。筈だった。


意にも介さず、再度振り下ろされる剣激を、前に出ようとしていた俺は受け止めきれず、バランスを大きく崩す。

なんとか右足がその倒れそうな先の地を踏み、倒れる事は回避した。


その俺の目の前に、華麗な装飾が施された、大型の盾が迫っていた。


直後、俺は顔面に勢いよく突き出された盾をもろに貰い。

そのまま仰向けに倒れた。




雲ひとつない、青い空が広がっている。

そういえば以前、こんな空を見ながらレイスに余計な事を聞いて悲しませた事があった。

あの時は話を切り上げたが、いずれ余裕が出来たら彼女の故郷の国にでも行ってみたい。

ぼんやりと考える。


…次第に明瞭になる頭が、現在置かれた状況を思い出させた。

違う、何をしている、立ち上がれ。


重い体を懸命に起こす。

視界が回る中、地に両手を付く。

震える足が体を押し上げ、顔を正面に向ける。

少し驚いた顔の騎士。

確か、グレトナと名乗った。

その顔が視界から外れ、代わりに地面が見えた。



そのまま地に伏した俺の意識は。


そこで途切れた。


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