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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その2
35/262

遠い空02

養成所の入り口の階段に腰掛けてレイスが出てくるのを待つ。


オルビアの誘いは有難かった。

金が無い時に小競り合いが始まってしまえば、傭兵として前線で戦う以外に生きる術が無くなるからだ。

短期間で終わればいい。

しかしだらだらと小競り合いを続け、双方悪戯に消耗して自然消滅。

そんな事は過去何度もあった筈だ。


堪らないのは戦場の中の拠点となる村や町だろう。

所属している国家の軍は戦争だという名目で略奪し、

相手の軍は有無を言わさず略奪する。

何れにせよ、被害を受けるのは弱い者達だ。


不愉快な思考を止め、仕事として考える。


備品輸送の護衛。

基本的に前線に対し、背後から補給物資を届ける。

理屈から言えば安全だ。

ただ、長い前線には前も後ろも曖昧な事が多々ある。


それでも最初から前線で戦う前提より、生存率は圧倒的に高い。


…何の事はない、最初から決まっている。

どういった理屈でレイスに納得してもらうか、という問題なのかもしれない。




「すみません、お待たせしました」

当の本人の声がかかる。

「大丈夫、今来たところだ」

立ち上がり、馴染みとなりつつある食堂に向かった。


食事を頼み、まずは先程オルビアとミリアに会った事を話す。

あからさまに不機嫌な顔になる彼女に保身の為、ミリアは元気そうであることとオルビアが気持ち悪かった事をしっかりと説明した。

…オルビアの真似をしようかとも思ったが、恐らくレイスに頭の心配をされそうだったので、それはやめた。



「戦争になるかもしれない」

彼女の動きが一度止まり、途中で止めた手をやはりそのまま口に運んだ。

「でも、行かないんですよね?」

飲み込んだ彼女がこちらを伺うようにして聞く。


「オルビアの所で輸送を受けるらしい。来て欲しい、と」

「…そうですか」

「どうせその間、普通の仕事は無くなる。前線に立つよりは安全だ。オルビアには恩もある」

一通りの理由を告げる。


「受けるつもりだ」

やはり一度止まったフォークが、今度は皿に戻る。


「危険じゃないんですか?」

「危険だろうな。だが、傭兵業よりはよっぽどましだ」

「…もう決めてから話していません?」

不満そうな顔を隠しもせずこちらを見る彼女に、少し悪びれながら答える。

「あぁ、実際の所そうだな。ごめん」

はぁ、と溜息をつき、レイスは無言で食事を再開する。

そのまま皿を片付け終えるまで彼女の沈黙は続いた。


「わかりました。でも、本当に無理はしないで下さいね?」

「あぁ、いつも無理な事は避けてるからな。大丈夫だ」

「大丈夫だ、なんて簡単に言わないで下さい。危ない事があったら1人でもちゃんと逃げるって、約束して下さい」

「それは…できるだけ逃げるようにするよ」

「…はぁ」


浮かない顔の彼女と養成所に戻り、再び俺は1人になった。

その間にオルビアのギルドを訪問し意向を伝える。







結局、そんな話をしていた数日後には王都から派遣されたのであろう兵士が散見され始めた。

10日後にはギルドの依頼の殆どが撤去され、代わりに傭兵の募集が始まり、

国境で小競り合いが始まったのは、20日後の事だった。








「それじゃあ行ってくる」

パドルア近郊での依頼を受ける時と幾らも変わらない態度に、レイスが不機嫌さを露にする。

なだめる様に頭を撫で、もう一度言う。

「行ってくる」

「本当に、気をつけて下さいね」

「わかった、大丈夫だ。本当に無理はしないって」

「だから、大丈夫なんて簡単に言わないで下さい…」

空いたほうの手を握る彼女の手を握り返し、彼女の髪を撫でる手を下ろす。

「…行ってらっしゃい」

「あぁ、行ってくる」

彼女の心配そうな顔に後ろ髪を引かれながら、背中で戸が閉まる音を聞いた。







早朝のパドルアの東門。

既に多数の護衛が集まっている。

その数、二十数人。

通常の依頼として出る護衛の仕事では有り得ない人数だ。

遠くでオルビアが同じギルドの人間と話し込んでいる。

概ね予定通りの人数は抑えられたようだ。

そこかしこに知った顔もある。


「リューンさん」

肩から胸にかけて覆う鉄板鎧を着た青年が話しかけてくる。

「あぁ、悪い。…誰だっけ?」

「以前護衛の任務の折に同行させて貰ったノイスですよ」

彼は…そう、以前王都との往復の復路、友人の魔術師の少女が死亡した折に泣き喚いていた青年だ。


「あの子は残念だったな。お前、続けていたのか?」

「お墓、ありがとうございました。どこかで会えれば、と思っていたんですが。

あの後、主に護衛を受けながらずっと訓練してましたよ。今度は少しは戦力になれると思います」

「そうか。まぁ無理しないことだ。自分が死んでしまったら元も子もない」

「そうですね…。でも、あなたのように周りの人間を助けられれば、と思ってます」

「別に助けちゃいない。敵が一緒だからっていう結果論だろ」

「それでもいいんですよ。俺、頑張りますから」

彼の首元に小さく輝くネックレスが見える。

恐らく、死んだ魔術師の少女が見につけていたものだろう。


その時オルビアが馬車の上に立ち、大声を張り上げるのが見えた。

「出発する。パドルアを出て、まずは東に向かい、拠点のエルムスに向かう。

そこで荷物の半分を下ろす。その後、周辺の拠点を回り、残りの半分も下ろす。

帰り道は負傷兵と一緒だ。危険もあるだろう。働きに期待している。頼んだぞ」

言い終えたオルビアと、丁度目が合う。

彼女はにやりと笑って馬車の荷台から飛び降り、ゆっくりと出発を告げた。

「オルビアさん、美人ですよねぇ…」

ぼんやりと口走るノイスに心の中で、喋らなければな、と付け加える。




目的地となる拠点の町エルムスは、パドルアから東に3日程の場所にある。

国境間際のこの町は、平常時であれば双方を行き来する商人などで賑わう。

しかし今は別の理由で賑わっていた。

クラスト王国正規兵、傭兵団、臨時で傭兵行を行う冒険者。

それらが集まり、この付近の拠点へと振り分けられる。

厄介な客に、住民は内心ではうんざりしているだろう。


その周辺、拠点となった村や小さな町では既に結構な被害が出ているという。

…別に防衛戦を行っている訳ではない。

クラスト王国側も、相手国であるマルト聖王国の傘下に入っている町や村を襲撃し、略奪する。

傭兵団が比較的安い契約金で動いている訳。

略奪による金品、食料、人間の収穫があるからである。

正規兵による占領の場合は幾らかはマシなのだが。

何れにせよ、招かれざる客だ。




パドルアを出て3日目の夕方。

招かれざる客の一部である俺達は、結局何があるでもなくエルムスに到着した。


町の入り口は戦時下らしく兵が詰めている。

オルビアが馬車から降り番兵に何か説明すると門扉代わりの丸太で組まれた格子が開く。

無事、約半分の荷物を納品し、今日はここで一泊する事となった。


接収という、体のいい略奪で押さえられた民家が数軒あてがわれ、

みな思い思いの場所で横になり、話し込み、食事を取る。




「リューン、どう思う?」

「何となく、長期戦って感じはしないな。どうも正規兵も含め緊張感がない様に感じる」

「そうか。そう何度も往復する事もないかもな」

ぼんやりと暗い空を眺めながらオルビアが言う。

その隣で、俺は腰に縛り付けてある剣の具合を確かめる。


あてがわれた民家。

一番左端の民家が女性用となりそこを使うオルビア、その隣の家をあてがわれた俺。

その他大勢が、同じ民家で眠るのだ。狭苦しくて眠れず、軒先に出た所でたまたま顔を合わせた。



「なんだ、結局使うのか?」

取り出した剣の刀身を見たオルビアが苦笑いする。

…先日、アレンから押し付けられた出所不明の剣。その青白い刀身だけをいつも使っていた鞘・柄に組みなおしたのだ。

何のことは無い、出発の前日にいつものように身につける物の確認をしていた所、

いつも使っていた中型剣の刀身に亀裂を見つけた。

交換する物を探せる時間でもなく、やむなく刀身だけ移したのだ。


「何もないんじゃ不安だからな。不本意ながら有効活用させてもらってる」

「この分じゃ使わずに済みそうじゃないか。よかったな」

「ありがたい話だけどな。しかしこれ、絶対普通の剣じゃないだろ…」

その刀身は青白く、普通の鋼がこの様な色であることは有り得ない。

明らかに何かしらの魔力がこめられているが、それについての解説は無かった。

どうせ人間相手なら殆ど素手で乗り切るつもりだった俺は、あまり気にもしなかったが。


「戻ったら鑑定にでも出したらどうだ?暫く働かなくていいくらいの金になるかもしれないぞ?」

「高価だと分かったら、それこそ返しに行くだろう。どの道面倒な話だ。全く」

「だから気にせず貰えばいいと言ったじゃないか」

「そういう問題じゃないだろ…」


近くで燃え盛る松明がぱちりと一際高い音を立てる。


「気が進まないが寝るか…」

オルビアが面倒くさそうに立ち上がる。

「あぁ、そうだ、あと何件だって?」

「明日2件、明後日2件、それで一度戻りだ。この雰囲気ならば気楽だな。レイスと留守番していればよかったんじゃないか?」

「お前が来いって言ったんだろうが」

俺も立ち上がり、自分が寝る予定の民家に足を向ける。


「じゃ、また明日」

「あぁ、じゃあな」


面倒くさそうに寝床に向かうオルビアに手を上げ、

自分も寝床に向かう。


玄関に入ってすぐの床で1人の青年が眠っているのを見て眩暈を感じながら、平らな場所を探す。

結局、階段を降りきった所の床で横になり、降りてきた僧侶に踏みつけられて一度目が覚めたりもしながら眠った。





気楽な雰囲気。

この後俺は、大きな誤算を幾つか抱える事となる。



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