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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その1
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ミリアとセイム07

暫く歩くと、それは拍子抜けするほどあっさりと見つかった。

当たり前だ、窓に板が打ち付けられている空き家の並びで、

1軒だけその板の隙間から、光が漏れている。


10人程度が住めるであろう、そこそこ大きな家だ。

それなりの人数を覚悟する。




悩む時間も惜しいとは言え、何も考えず入り口から入るのは考え物だ。

グラニスはこの場合、戦力として考える訳にはいかないだろう。

しかし、窓には板が打ち付けられ、少なくとも、ここから見る限り、入り口は玄関しかなさそうだ。


「…俺が正面から入る。その間に周りを見て回って、フォローが出来そうならば頼む。これしかないかもな」

気が進まないが、この程度しか案が浮かばない。

スライも同意見だったようだ。


「悪いが、お前の言う通り、正面を任せたい。そっちに気が向くだろうから、出来るところで補助に入る。

…作戦て程の話じゃねえなこりゃ。」

後半のぼやきに心の中で同意し、俺は正面の玄関に向かう。



ドアノブを握る。

何かで戸は固定されているようだ。


「誰だ」

暫く遅れて中から声が聞こえる。

蹴破るか一瞬考え、まず話す事にした。


「セイムに用がある。出せ」

「誰だ?」

答えに思案しつつ、しかしあまり間を開けるわけにもいかず、適当な答えを吐き出した。


「身内だ。約束どおり引き取りに来た」

大きめの声で答え、扉に耳を当てて中の会話を聞く。


「身内ってさっきの女じゃねぇの?」

「ちょっと聞いてくる」

……迷う必要がないという結論に至るのに、時間は必要なかった。


一歩下がり、全体重を乗せた蹴りでドアノブ辺りを蹴りぬく。

先程のノブの感触から言って、簡易なかんぬきで扉は固定されている。更に振れ幅から言って、かんぬきは扉の左右を横断していない。

……破壊するのは容易いだろう。最悪、破壊できなければ剣で扉を完全に破壊する。


過度の心配の必要もなく、薄ぺらな扉はその用を成さなくなった。その間口から、頭を下げて進入する。

若そうな男が2人ソファに腰掛けたまま驚きの表情をこちらに向けており、もう1人は予想以上に壊れた扉の破片がもろに当たったらしく脛を押さえている。


脛を抑えていた男の顔を蹴り上げた。男はその姿勢のまま、遊んでいるかのようにひっくり返った。


残る2人がソファから立ち上がり小型のナイフを取り出すが、悠長に相手をしている時間などない。扉を壊した音は、この屋敷の何処に居ても聞こえた筈だ。


鞘に収まり、更にぼろ布で包まれた剣を腰から引き抜き、そのまま手前の一人を殴り倒す。

それを見たもう1人は1階の奥手に逃げ……角を曲がったところで、跳ね飛ばされるようにひっくり返った。

その角からスライが、スタッフで肩をとんとんやりながら出てくる。


1階はただの広い1部屋だ。

奥に通路があり、恐らくその先は便所や流し、そしてスライが入ってきた裏口だけの筈だ。


「上だな」

そういうスライに無言で頷き、2階への階段を駆け上がる。

廊下の片側に3枚扉が並び、奥は突き当たりだ。

考える暇などない。


1番手前の扉のドアノブ当たりに、両手で構えた剣を叩きつけ、蹴破る。

空室。


2番目の部屋をスライが蹴飛ばしこじ開けるの代わり、同様に剣を叩きつける。

空室…というかゴミ溜めだ。


3番目の扉を蹴破ろうとして走る。その俺の目の前で、開けようとした扉は向こうから開いた。

中から下半身を露出した醜い豚が、何か声を発しながら鉈で切りかかってくる。跳ね除け、その小汚い股間を蹴り上げた所で前のめりになった豚の後頭部に、剣の柄を叩き込んだ。


息もつかず、部屋に飛び込む。






ぼろ雑巾のような、金髪の少年が転がっている。恐らくセイムだろう。

意識はあるようで、こちらを見て目を見開き、口元が何か動いている。


その他に小汚い豚が4匹。こちらを見て、その手に小枝や屑鉄を拾い始める。醜い豚め。

薄汚れた床。

対照的に何も覆うものがない白い曲線と、波紋様に広がる長い金髪。

空ろな目。視線が合い、その目は大きく開かれ……顔を背けた。





背中から頭の上に抜けるような熱が走り、目の前が赤くなるような錯覚を感じた。

色々な意味で面倒事を避ける為の鞘から刀身を抜き、ぼろ布ごと鞘を放り投げる。

押さえ切れない怒りが、家畜を屠殺し始めんとした。


「何やってんだゴラァッ!」

スライが俺の横をすり抜け、手近な豚の顔面に、長柄の杖を肩の高さで景気良く叩き込む。

派手にひっくり返る豚。

その隣の豚がスライに襲いかかろうとするが……その時には大袈裟な声で、冷静さを取り戻していた。


抜き身の剣を壁に突き刺し、白い模様に一番近い豚の顔を蹴り抜く。

スライがもう一匹の豚の足元を杖で払い、倒れたその醜い顔面に振り下ろす。


ぼろ雑巾のようなセイムに近づく残る一匹の豚は、打ち付けてあった窓ごと部屋から放り出した。





部屋には、うめき声だけが流れている。

鞘に巻いてあったぼろ布をめくり、ミリアに被せた。ミリアは体を小さく横に丸め、こちらに顔を合わさない。

震える体から、嗚咽が聞こえる。



「せうせい…」

セイムが呻くように俺を呼ぶ。


「遅くなった。すまない」

……吐き出すような声しか出ない。


スライが忌々しげに豚共を睨みつけているが、暫くは立ち上がる事もないだろう。


「スライ、見張りいいか?」

「おう」

不愉快そうな返事を聞き流しつつセイムを立ち上がらせ、先程の1番の部屋に運ぶ。

全く足が、膝が立っていない。


部屋にある蝋燭を一本拝借し、1番目の部屋に最低限の明かりを灯した。

セイムがまともに喋れない口で俺を呼ぶ。

何を言っているか分からない。その目から涙がぼろぼろと流れ落ちている。


「悪いな。ちょっと待ってろ」

部屋に彼を残し、姉の方を回収に向かう。

再び3番目の不愉快な空間に戻り、ミリアを抱き上げた。

力なく抱き上げられながらも背けたその顔は、殴られた跡と涙、何かよくわからない物でひどく汚れている。


「……見ないで」

消え入るような声に返すべき言葉が見当たらず、ただ少し深い呼吸を感じていた。

彼女を弟と同じ部屋に運び、残った豚の措置を考える。





豚共は1階に蹴落とした。

俺は階段に転がるこいつらを見張り、スライはグラニスに声をかけて2人の移送手段を用意する。

セイムもさることながら、ミリアをあのまま運ぶ事は出来ない。

簡単な馬車を用意する。スライが近くに住む知り合いが居ると言って出て行った。




その時だった。


扉から出たスライが、振り向いて戻ってくる。

「ヤバイやばいヤバイ、リューン、アレはヤバイぞ」

間抜けな台詞を吐きながら俺の後ろまで戻り、杖を構え直す。

明らかに異常なその態度に、念のため刀身を再度引き抜いてそれが現れるのに備えた……が、階段の下に現れたのは、出来れば二度と会いたくないと思っていた男だった。


「一体何のつもりだ?何故こんな所にいる」

若干の驚きを含む鋭い視線と、感情のこもらない声。


「それは……こっちの台詞だ」

口の中が乾く。

その男とは、以前王都でコーネリアの屋敷で会っている。


確か、アレンと言った。

コーネリアの側近。雰囲気だけで戦闘意欲を失う。スライも明らかにそれを察している様子だ。

どうする、どうやって2人を連れて逃げる?使い慣れない剣で戦うか?


「リューン・フライベルグ。質問している。答えろ」

有難くない事に、しっかりと名前を覚えられているようだ。


「おいっ、お前知り合いかよっ!」

スライは完全に混乱している。……とは言え、こちらも大差ないが。


頭の中、混沌とした状況が凄まじい速さで回り続けていた。


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