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08

どれほどの時間の後だろうか。

レイスは心地よいものではない部類の深い眠りから目を覚ました。未だぼんやりとする感覚の中、夜空を見上げながら記憶を整理する。――ゆっくりとした二息程の間で思い起こされた記憶に、思わず立ち上がった。


最後の場面。突然覆い被さる体と激しい衝撃。

立ち上がり見渡す視界に、記憶の最後に自分を加護していた大柄な体は見当たらない。

辺りに見えるのは焚火とその周りで座り込む背中。自分にかけてあったのであろう厚い布切れが落ちるばさりという小さな音。炎の陰となっているものの恐らくは見慣れている細い2人分のそれが慌てて立ち上がり、こちらへ駆け寄ってくる。その一人がライネであることがはっきりとしたあたりで思わず開こうとした自分の口、それより早く彼女の言葉が被せられる。


「レイスさん、急に立ち上がっちゃだめですよ。スライさんを呼んでくるから少し待っていてください」

……リューンが言うところのあの金髪。経緯を考えれば心底申し訳ないものの、自分が探しているのは彼ではない。


「あの。すみません、私。それで――」

「ごめんなさい、オルビアさんがいるので……」

「オルビアさん? 待ってください。あの人は?」

その問いを発する前に振り返り早足で立ち去った彼女は、振り向かなかった。

その姿を同じように見送ったもう一人の人影、オルビアが首を傾げて見せながらゆっくりとこちらへと歩いてくる。


「オルビアさん」

「よう、とりあえず座れ。喉渇いてないか?」

「えぇと。大丈夫です。それでその――」

「あいつら、戻ってきてからいろいろ話し合ってる。だからスライを呼びに行っただろ? で、本当にいらないか?」

オルビアは手に持っていた器を差し出し、しかし即座に引っ込める。


「間違えた。酒は飲ますなってあいつが……」

「?」

引っ込められた手から視線を上げた先。オルビアは眉間に軽くしわを寄せている。


「オルビアさん?」

「ライネが言っていた。とりあえず頭かどこか派手にぶつけて気絶していただけだと。どこか痛むか?」

「私は大丈夫です。それでその……」

「戻っていない」

「は?」

「リューンは戻ってきていない。被害は5人。私ら以外の被害は確認中だ」

いつかのように体の芯が冷たくなるような感覚を覚え、言葉の最後まで聞くことなく再び立ち上がりかけたところで右肩を掴まれた。


「オルビアさん。」

「最後まで聞けって。あいつは生きてる。大体、一人で何するつもりだ?」

「私は――」

「いいから待ってろ!」

思わず上ずる声と、それに被せられた半ば怒鳴るのに近いような彼女の声に、近くで別の火を囲み休憩していた何人からが振り返り……皆たいした興味もなさそうにその視線は再び彼らの円の中へと戻る。

そんな様を眺めながら、しかしふと下した視線の先の右手はきつく握りしめられていた。


「また。一人でどこかへ?」

「まぁそんなところだ。全く」

「体は、怪我は? ……敵? 捕虜にでも?」

「怪我? 全然だ。後でスライからも話があるだろうが、聞いた話じゃあんまり殴りすぎて手が大丈夫かって所だと。あと、捕虜とかそんなんじゃない。この場合の敵はあいつが皆殺しにしたって言ってたぞ」

その身に懸念がないという話に少し落ち着きを取り戻しつつ。それでは何をしに一人で隊から離れる?

別の不安に見上げたオルビアは、再び涼しい顔をして器の中身を煽っている。

続かない言葉に思考だけが巡る。その思案がやがて彼の狂化へと行きついた頃。スライさんが歩いてくるのが見えた。




「レイスちゃん。もう大丈夫か?」

「……はい。あの」

「取りあえず今の状況を説明しておく。あの後。お前さん方が馬から落っこちた後の話だ」

続けかけた質問を片手で遮ったスライさんが、記憶の抜け落ちている間の事をゆっくりと話し始める。

いつか対峙した、狂化の魔術を受けたらしきものと戦闘になったこと。彼がそれを次々と屠ったこと。その最中、生き残りを誘導したが……彼がアルメさんを半ば殺しかけ、森の中へ立ち去ったこと。そして。


「……。」

「そういう事で。とりあえず、あいつは生きてる。とても手に負えない状況だが」

「私が――」

「んなこたわかってる。けどな、誰がお前さんを守ってあいつの所まで連れていく? あぁ一人でも行くとか言うなよ?」

「一人でも行きます」

それは、駄目だと言われてそうですかと返すような内容ではない。しかしその言葉にスライさんは全く表情を変えなかった。


「だめだって言ってんだろ。大体、あれを止めるにぁレイスちゃんに居てもらわなきゃならねぇ。一人でのこのこ出て行かれて何かあったらどうすんだよ」

「……。」

「その調子じゃあどっかに縛り付けとかねぇとだめか?」

「いえ。ではどうするんですか。あの人を放って引き返すと?」

「レイスちゃんの気持ちはわかる。けどな、そもそもの目的や周りの人間のことを考えろ」

そもそもの目的。商人たちの護衛。国境付近でオレンブルグ側を発った者たちと接触して引き返す。要するに……彼のことと比較すれば自分にとっては吐き捨てる程度にどうでもいい事であり、しかし切れ端程度の理性はそれを口には出させなかった。


「こんなこと言いたくはねぇけどな、結局お前さんが何かで死んじまって、手の付けられないあれが野放しなんて問題だろうが。俺だってそんなのは嫌だわな」

「……。」

「んでどうする、って話だ。レイスちゃんはわからねぇかもしれねぇが、少なくともあれを見た連中は出来れば一緒に行きたくねぇだろ。例えばあいつらが正規兵で、戦略としての足止めでぶつけろってんならありだが、ここはそういう場じゃねぇしな。増して残念ながら自殺願望者でもねぇ。そこへ来て。目的地へ向かえば多分どこかであいつと遭遇する。……手詰まりだ」

「……スライさん?」

「しかし、仕事以外の部分もあって戻りたいような連中がいるなら話は別だ。さっき村の人間やらと一緒に逃げてきたって言っただろ? で、その村の人間以外にも合流してるのがいる。おい、ちょっとこっち来い」


スライさんが手をひらひらとさせる。その手が招く先。少し離れたところで待機していたらしい数人がぞろぞろとこちらへと歩いてくる。冒険者らしい統一感のないその顔触れには、しかし見覚えがある者はいない……筈だが。その中の1人、どうも辻褄の合わない顔が目を合わせた所で顔を横に振って見せる。


「何故あなた――」

「あぁいや、こまけえ事は後にさせてくれ。こいつらはオレンブルグの商隊の護衛の……案内役でいいんだよね? 俺らが遅いもんで様子見に先行してきたらしい。あの村で待つことしたところで、あれの襲撃を受けたと」

その中の一人。使い古された長剣を持つ男が口を開く。


「今の話の通りだ。出てくるんじゃあなかったと後悔しているのが本音だが……とりあえず、俺たちは本隊に戻りたい。要するに、利害が一致しているって訳だ」

「そういうこった。一応クラストの人間として、襲撃の時に村の人間を適当に指揮していてくれたという所にはさっき礼を言っておいた。こいつらの仲間も相当やられたらしいが」

「ああ。7人死んでいる。突然だったとは言え、為す術なくやられたよ。あれ……でいいのか? 彼には敵を討ってもらえたという点で感謝している。先の戦いで名を上げたフライベルクという人物らしいな。いつもああではないらしいが、あの調子じゃあ正規軍も敵わない訳だ」

距離感を縮めようとする意図を感じる後半の軽い口調に、しかし見覚えのある1人は表情を硬くしたままこちらを見つめていた。

彼女の存在は気がかりではあるが。しかし彼らの名前も彼女の意図も、全てが自分の目的からすれば些細な事だった。必要なのは、彼のもとにたどり着けるか。そして、再び彼が正気を取り戻せるか。

後者のために彼らの実力を探るような不躾な視線を泳がせる。少なくともこの長剣の男は普通の相手には引けは取らないだろう。そして神官は一人、若い男だった。


「私はこの方たちと一緒に向かえばいいんですね」

「……レイスちゃんの意思を尊重するのならそれしかねぇだろうな」

「あなたは、正気を取り戻させるような癒しは使用できますか?」

予想外だったのであろう突然の問いに軽く目を見開いた男は、遠慮がちに「それくらいならば問題ないが、深い傷などは手に余る」という十分な答えを返した。


「私は魔術で彼を拘束することができます。その間にそういった奇跡を行うことで彼もまた正気を取り戻せると見込んでいます。それが一度で収まるかはわかりませんが……お願いします」

見込み通りにならなかった場合。それを口に出す必要はないだろう。その場合、自分にも彼にも先などないのだから。ついでに言えば、すべての同行者にも。

刹那よぎるのは、見慣れた広めの大きなテーブルに一人座るミリアの姿。何の感情も表情も浮かべていない俯いた顔。……腹の奥底から喚きたくなるのをこらえながら頭を下げた。


スライさんが軽く手を叩く音で正気を取り脅し、急いで頭を上げる。


「よし、話はまとまった。出発は明日の朝だ。取りあえず、寝ろ」

「……。」

「気持ちはわかるって言ってるだろ。けどな?」

「違います。ありがとうございます。リューンさ……彼もいつもあなたに――」

「礼はいいから休んどけ」


兎も角、目的を遂げねばならない。どんな犠牲を払おうとも。

とは言え今は他にやりようもなく諦めて横になり再び夜空を見上げる。体中の血がざわつく様な感覚を噛み殺しながらしかし。昂った感情を抑え切った理性或いは愛情は、自分とリューンが置かれた状況とこの後いかに立ち回るかを朝まで懸命に思案し続けた。



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