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04

「す、すみません。お待たせしました」

慌てた様子で戻ったレイスは、先ほどまで身に着けていた少しよれよれな寝間着から普段着に着替えている。流石に客前に出る訳にはいかなかっただろうが、それよりも。

その申し訳なさそうなその顔に手を伸ばし、口の端のよだれのあとをごしごしとしてやる。無言で眉の端を下げて情けないような顔をして見せる彼女に頷いて見せ、戸に手をかけた。




「お待たせしてすみません。お久しぶりです」

「いえいえ、こちらこそ突然来てしまいすみません……」

立ち上がり丁寧に頭を下げて見せる冒険者ギルド長のヴェツラ、その前にゆっくりと腰掛ける。いい仕立ての長椅子へ体が沈み込む感触に少しの苛立ちを感じながら口を開いた。


「すみません、このところ顔も出さず」

「お忙しいことは承知でしたし、突飛な出来事が起こっているでもありませんでしたので私の方で適当に処理していたのですが。念のためご報告させていただくべきと思われることがあり、足を運ばせていただきました」

「……それは厄介な荒事、などといった話でしょうか」

先程自分が口に出しかけた、災厄じみた言葉に心の中で悪態をつく。その悪態が顔にまで出ていたのだろうか。隣のレイスのつま先が俺の足にそっと触れた。




ヴェツラが話すところによると。

北のオレンブルグへの交易が再開され久しいが、その便が増えるに従い、襲撃される被害が出ているという。オレンブルグへ持ち込まれる品には魔力を帯びた武具の類も多い。当然それらは比較的高価だが、それらの行方が分からなくなり、修理や整備、売却を依頼したものと、それを仲介したもの、そしてそれを運ぶもの、それらの間での諍いが増えているという。確か、懇意にしている武器商も似たような事を口にしていた。


「そうすると……オルビア、いや。輸送ギルドの連中も大変ですね。護衛の依頼が増えて冒険者の数が足らないと、とかそういったお話でしょうか。」

「輸送ギルドの方とは護衛に係る報酬について少し相談をしているところです」

「……?」

違和感も何もないただの報告じみた話に、場の終わりを感じつつあったのだが。


「ギルドもそうですが、小規模な行商でも行方不明の報告がありまして。当然、どちらも最低限の護衛は雇っていました」

「でしょうね。ひとりで馬車に乗ってオレンブルグを目指すような者はいないでしょう」

「はい。しかし襲撃を受けたもの、その全てで護衛を含めた全員が行方不明になっています」

「全員? 逃げ帰った者がいない?」

「はい。その結果、問題として認識されるのが遅れた状況です。……このあたりからが本題でして。先日、調査の依頼を受けた数名が、恐らくはその行商の一行だったのであろう遺品を発見しました」

「不謹慎ではありますが、不幸中の幸い、といったところでしょうか?」

少し緊張感のない感想を述べつつ、彼がここに出張ってきている理由を未だ聞いていないことに気付く。

そしてその少しの間に沈黙を返していたヴェツラが改めて口を開く。


「確かにそうかもしれませんが……なにも盗られていなかったようなのです」

「……。」

「遺体はひどい損壊だったと報告を受けており、魔物の類を疑っていました」

「確かに。以前、オレンブルグとやりあった時には相当数の魔物があの辺りにいた筈です。あいつらは荷物になど興味がない」

大柄な魔物たち、たとえば人喰鬼(オーガ)やワイバーンと称される低位の飛竜。ああいった類のものとやりあって敗れた場合、死体は相当に悲惨な状況な筈だ。


「そうですね。物も取らず、死体はひどい有様。魔物がやったことであれば納得でした。以後も続くようであれば討伐隊を出して対応する。手に負えない魔物であれば正規軍に対応を打診。これで済むはずだったのですが」

「筈だった?」

「恐らくは、遺体は食い荒らされていません。ああいや。結局のところ遺体は損壊していました。しかし恐らくは、死体になってから野犬か何かに食われた様子で、魔物の類が口を付けた様子はない、との事です。魔物の思考など理解しかねますが、喰うのでもなく皆殺しにして回るというのは理解に苦しみます。何しろ襲撃された場合には必ず全員が行方不明で……恐らくは生きてはいないでしょうが。そしてこんな事は言ってはいけませんが、手に負えない魔物と遭遇したなら、護衛など放り出して逃げる者が幾人かは居てもおかしくないでしょう」

実際にその場で何が起きたかはわからない。しかし動機は何だ。

圧倒的な力、若しくは数の魔物に蹂躙された、とだけ仮定する。魔物の動機など考慮に値しないだろう。ではそれ以外だとして。

見せしめ? しかし物を取らない道理がない。場合にもよるが、単純に皆殺しにするだけでは誰にも気づかれない可能性だってある。事実、ほかの行方不明者は見つかっていない様子だ。


「……確かにわかりませんね。何かしらの怨恨でしょうか? 襲われた者たちに何か共通点が?」

「おっしゃる通りです。実はそれについても当たっています。しかし、把握に手を焼いている状況で、恐らくは行商というだけでそれ以上は何もないでしょう。要するに、護衛も含めて戻らなかったという点以外、私たちは把握ができていない」

「それを調べろ、と?」

「いえ。今はここまでの中間報告に来た次第です。ただこの後の調査で何もわからなくとも、何かしらの手を打たねばならないと考えています。相手もその居場所もわかりませんが。打診はしますが、この程度の被害では正規軍も動かないでしょう」

「確かにそうかもしれませんね」

「行商達は独自の集まりを作っており、私たちからすれば彼らはお客様です。しかし私たちは輸送ギルドとも縁が深い。彼らは決して商売敵ではありませんが、そこには色々とありまして。その上で、私が聞いて回れる範囲で結論がつけばよいのですが。フライベルグさんには正規非正規を問わない伝手も多いと伺っています。何か聞き及ぶことがあれば、情報をいただきたいのが本音です」





ヴェツラを見送り、改めてテーブルをはさんでレイスと向かい合っていた。昼食として用意されたものの冷めて硬くなったベーコンと油を口に放り込む。……ミリアはまだ眠っているらしいが、有難いところではあった。


「あんな顔しちゃだめですよ?」

「さっきな、暫くは大人しくしていようと云々、なんて独り言を口にしかけていた。駄目だ、これは」

「それは駄目ですねぇ……」

「否定してくれよ」

仕様もない抗議に、彼女が可笑しそうに口の端を上げて返す。


「じゃあ、オルビアさんの所へ聞き込みにでも行かれますか?」

「ついでにアレンの所にも寄って……いや、どうするか」

「何と言うか。今回はあの人たちの関わりもなさそうですね」

冷めた油で少し眉間にしわを寄せるレイスが皿をこちらに寄せる。無言でそこに残った2枚にフォークを突き立てて口に運んだ。


「一応、顔くらいは出してくることにする。グラニスさんの所へ?」

「まだ読み終えていない本もありますし、ミリアと一緒に留守番ですね」

「そうだな。そうして欲しい」

「夕食には戻りますよね?」

「オルビアの所で変につかまったりしなければ。ついでにこの間の文句も言ってくる」

「それは……大丈夫ですよ?」

こみ上げるものとの戦いで洗面器から離れられなかった、つい先日の事を思い出したのだろうか。顔を歪めて見せるレイスに苦笑いを見せながら立ち上がる。

ヴェツラには流石に呆れられてしまいそうだが、こちらが本命の用件かもしれない。そんな軽口を叩きながら、俺は久々にオルビアの家への道を歩き出した。


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