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01

先日の祝い事から数日が過ぎていた。


諸々の経緯から、俺は冒険者ギルドを経由し、久々に訓練場を目指して一人で歩いている。

以前レイスと通っていた頃。ミリアやその弟と出会った頃。あの頃とは経路も違うが、以前と風景が違う場所が出てきている。そこに何か驚嘆するとかそういった事がある訳ではないが、足が遠のいていた時間を感じずにはいられなかった。そして、それにも増して変わった自分の境遇の違いを思い出し、ここを歩いている理由を忘れて小さく浮かぶ苦笑いを噛み殺す。




人の多い通りを抜け、訓練場が収まる閑散とした区画に差し掛かった所で、向かいから既視感のある2人組が歩いてくるのが目に入る。

一人は先日の祝い事の最中、とんでもないことを口走ってしまった、とでも言うような顔を浮かべていた青年。確かにその内容はひどく厄介な話で、俺が今ここに来ている理由の大半はその所為だ。そしてその隣、何か手を広げて説明している風な女。こっちはその折に、言っちゃったもんはしょうがないじゃないの、などと口走っていたような気がする。……確かにその通りなのだが。

そんなことを考えている内にその青年の方――ミデルがこちらに気づいたらしく、小さく頭を下げるのが見え、それに軽く手を挙げて返した。


「よう。どうした、こんな所で」

「べーつにあんたにゃ関係な――」

「ちょっとアルメ! えぇと。実は暫くここに居座ろうかと思っていて」

「そうか。まぁあちこちで生活するのはいい経験だろ。パドルアは、俺が仕事受けていた頃は依頼がそう途切れることもなかったし、大概のものは手に入るし、悪いところじゃないと思う。……で、なんでこんな所へ? 散歩か?」

「あぁ、そっちですね。冒険者の登録をしようと思ったら、どうも訓練がただで受けられるって事だったので、とりあえず様子を見に来ました」

それなりに昔に思える記憶。初級の冒険者は費用をギルド持ちで訓練が受けられる、という話を聞いてレイスをここに連れてきた時のことを思い出し、何となく魔術の訓練場の方へを振り返る。

当たり前だが。かつてよく座り込んだ石の階段に、見覚えのある人物がちょうど佇んでいることもない。感傷じみたため息を吐き出しながら再び2人の方へと振り返る。


「そうだ。そう言えばそんな決まりがあった。……しかしお前ら、今から初級の訓練を受けるような口か? 特にお前は」

先ほどミデルに悪態を遮られ、不満気なままの小娘が再び口を開く。


「別に私はここで何か習うつもりなんて無いってば。なんだか、ここで剣術のほかに、体術?を教えてる奴がいたって聞いたから、どんなもんかなって。そんくらいの話」

「……。」

「ちょっと。何笑ってんのよ」

「いや、あのな。それは結構昔の話だと思うぞ」

「はぁ?」

思わず再び視線を逸らす。そして視線を背けた先の剣術の訓練場には、かつてミリアやセイムも繰り返したのであろう鈍らをただ上段から振り下ろすという、まずは武器の重さになれるという程度の基本練習を行っている若者達の姿が見える。




「はー。期待して損した」

「逆にここで済んだんだから、っていう考え方もあるよね? 僕はちょっと基礎からやり直した方がいいかな……」

「あんたはそうやってさぁ」

剣術の訓練場。久々にその入り口に座り込み、相変わらずなやり取りをしている2人に苦笑いを浮かべて見せる。


「残念だったな。当面、俺は講師の手伝いをする予定もない。」

「別にいい。あんたから何か教わるってのも癪だし」

「言うほど上達でもしたか?」

「何それ。私、別に負けてないし」

「白目剥いて気絶してたのは誰だよ……」

「そんなの知らない」

そりゃあ、気絶していた当人は知らないかもしれないが。

かつて南を目指していた折。山道でこいつらと対峙し、左腕に絡みついたこいつを力任せに地面へ叩きつけた事を思い出す。縛り上げた挙句に結局は解放したが、その折に大振りが過ぎるとか長小物がどうだとか、そんな説教をしたような気もする。


「……まぁ、生き残っている訳だしな」

戦闘能力は大切だが、実際の目的はそれだ。敵を倒すというのは手段であり、そこに過信や乱用があるべきではない。その辺りの主張は兎も角、結果的にこいつらは生き残っている。


「何よその感想。いつまでも自分が勝つなんて思ってたら大間違いだっつの」

「そうか。じゃあ次はせいぜい頑張れ。また白目見せるなよ?」

「むっかつく……。」

そんな挑発じみた声を適当に流しつつ、本来の目的である剣術の訓練場へと顔を向ける。明らかに相手にされていない小娘の方は、憮然とした表情を浮かべているが。


「毎朝。体が鈍らないように体を動かしている。その時間帯に家までくれば遊んでやる。俺も毎日丸太が相手じゃあ飽きるしな」

「ふぅん。奥さんの前で泣かされる覚悟ができてるってこと?」

「あのなぁ。あいつら、その時間は寝てるぞ」

「あ。……なんか悪いこと聞いちゃった?」

「毎朝、丸太殴りつける姿を見せるため起こしたりしないだろ。というか、お前こそ痛い痛いとか泣くなよ? 近所に変な噂が立つ」

「明日にでもあんたの泣き顔が見たくなったわ」

「アルメ……」

困ったような、諫めるような、そんな声の方へと再び向き直る。


「ところお前ら、暫くここにいるって言ったな? 帰りの旅費が出ないとかそういう話か?」

「ああいや。何となく、です」

「……何となくってなんだよ」

再び苦笑いを浮かべていた。まぁ色々と目的もあるのだろう。であればもう少しましな言い訳を――


「あんたの監視だってば。で、暫くしたら帰る」

「えぇっ!?」

「……。」

欠伸交じりに言ってのけるアルメ、その横顔をひどい表情で見るミデル。そしてそれを見上げる俺は。


「まぁそんな所だろ。ラール……様には順調にやっているとでも伝えてくれ。大それたことをするつもりはない。静かにしていたいのが本音だ。というか、少しは隠せよな」

「だってさぁ。監視もなにも、子供生まれるんでしょあんた? 報告しなきゃならないような事なんて子供の性別くらいしか無さそうだし、さっさと帰ろうって言ってんのに。それにさ、どうせこいつ絶対どこかで話しちゃうもん」

「そんな事ないってば。一応、目的は内密にって言われていたじゃないか……」

再び何とも言えない表情を浮かべる青年を眺めつつ、小さなため息で脱力感を吐き出す。


「ある程度の時間をかけなきゃ相手の実際の様子だってわからないだろうが。子供ができれば意識が変わる奴もいるかもしれない。大体、お前はもう少し堪え性を……まぁいいか」

「なにその適当な話。いったい何?」

「何と言うか。どうも進展もなさそうだが、堪え性の無さをそっちに向けろよ」

「最悪」

「進展?」

「ほんと最悪。」




別れ際に今日一番の嫌そうな顔を向けられつつ――本来の目的のため、剣術の訓練場の戸に手をかけた。

ここへ来たそもそもの目的は当然、立ち去った不満顔の小娘と困り顔の青年、二人と立ち話をする為などではない。

その辺り、俺がここに来た理由を確認するに至らないのは……うまく煙に巻けたということだろうか。

別に陰謀めいたことをしている訳でもなく、ただ説明する相手が増えるのが面倒だっただけなのだが。


そして俺の目的は。ここである程度の訓練を終えた者たちが、どの程度の技術にまで至っているのか。そしてそれがどこまで対人戦寄りであるのか。気は進まないが……それを知りたかった。

先日の話がどこまで現実的なのかはわからない。もし現実になるとしても、その時までには時間がある筈だ。それがどれだけ先の事かもわからないが、だからと言って事が起こるのをただ待つ訳にもいかないだろう。

単純な話だ。クラスト全体などではなく、ここパドルアの戦力を少しは育てておきたい。

中央の都合でこの場を離れるかもしれない正規軍。戦でもない状況でここに留まらせる訳にもいかない傭兵。

増強すべきはそれ以外の戦力だ。常時は小口の依頼を受けて自活し、戦争のような事態になれば急ごしらえでもそれなりに戦える人間、そういった者の数を増やし、質を上げておきたい。いつかのように、頭数とランクだけを取り揃えるような話ではなく。

そんな、少し形の定まらない話が目的だった。


見覚えのある受付の女性に責任者を呼び出すよう頼み、手近な椅子に腰かける。

程なくして現れたのは日焼け顔が印象的な……彼はランジと言った。以前は講師としてここに居た筈だったが、いつの間にかここの責任者にまで昇格していたらしい。

久々の挨拶、互いの出世具合に自虐めいた談笑を交わしつつ、簡単に目的と希望を伝える。


「なるほど。ところで、そんな動機まで私に話してもいいんですか?」

「国防を気に掛ける騎士殿、という事で問題ない……と思う」

「まぁ確かにそうかもしれません。問題にならない範囲で集団戦闘に重きを置いて欲しい、という理解で?」

「あとは基本的な心得だとか。座学だけでもやらないよりは余程いい。」

「座学は……人気ないんですよねぇ」

苦笑いを浮かべる日焼け顔に、そりゃあ確かに、などと笑って返す。

とは言え以前の恩もありますし、などと言いランジはそのように取り計らってくれることを約束してくれた。結果は期待するな、という頼もしい条件付きではあったが。




軽く空を見上げる。ゆっくりと流れる雲は、初めてここを訪れた頃と幾分も変わりがない。

そうだ。別に目的など変わっていない。生き残るための手段はいくらでも講ずるべきだ。これが功を奏した、などという状況にならないように立ち回らなければならない。


見慣れた石段を振り返る。あの頃とは内容が違うが、どうも悩んでいるという点からは解放されていない事実に、再び軽い溜息を吐き出した俺は。

今度こそ振り返らずに家へと向かう道を歩き始めた。

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