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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
ミリア・フライベルグの日常
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新日常パート06(休憩)

早朝の裏庭で、「丸太が攻撃して来ればいい」などと思ったのは何日前だっただろうか。

浅はかな願望はあっさりと叶えられた。新たな問題はその丸太が強すぎるという……何とも言えない今の状況だろうか。


「グレトナ、練習なんだから肘はやめろ。下手すると死ぬ」

「そんな余裕ねぇだろ! もういけると思ったのによ」

「ふざけるなよ、素手でも負けたら俺の勝てる所なくなるだろうが」

「その予定だったのによ。……もう一回な?」

とは言え、今まで延々と築き上げたものは辛うじてその優位を保っており、ぎりぎりの線で俺が地に伏せるのを抑え――否。地に伏せる回数をグレトナのそれより少なくしていた。


緩んでいた顔を引き締め、刹那距離を詰めてくる大男。その視線が一瞬下に逸れるのを見逃さなかった。

目の前で大振りな拳を翻らせた巨躯が視界から突然見切れるが、そこへ流石に加減した膝を繰り出す。しかし予定外に軽い感触は、その膝が肩口辺りで受け止められていたからだった。

そのまま足を掴まれるように土の上に押し倒されつつ、制圧すべく跨ろうとしているその右手を掴む。……それを起点に跳ね上げた足を右腕へ絡みつかせ、力任せに引き延ばした。


「がっででででっ!」

早朝の庭に響く、色気も何もない男の悲鳴。それを下から見上げ降参の声を待っている俺の視界が……浮き上がる。


「冗談だろ!?」

冗談でも何でもなく。俺の体ごと右腕を振り上げたグレトナに、この態勢ではあるまじき苦笑いを浮かべながらも慌てて絡めていた足を緩め、ついでにその横面を蹴っ飛ばし……。


再び俺達は土の上で対峙する事となった。

くっそ、という悪態から大きく一歩下がる。


「くそ、はこっちの台詞だ。あんな力任せなのあるか」

「まあな。実戦だったらもう俺の腕は折れてるって事だもんな」

「逆に腕にしがみつかれて、やっぱり同じようにそのまま地面に叩きつけたことがある。その時は高位の治癒魔術を使えるのが連れにいて、折られて治癒するところまでは前提だった」

「本当かよ。滅茶苦茶だな」

「いやお前。同じことやろうとしてただろ」


日の出直後から続く一連の流れ。

もう続ける気にもなれずその場で座り込むと、手ごわすぎる丸太も同じように座り込み、そのまま両手を広げて地面にひっくり返った。




久々に全力を出し切った感がある。

最初は訓練用の木刀なんぞを使ってみたが、勝ち目などまるで無く欠伸まで見せられ、こんな物より素手という希望も出され早々にそれは切り上げたのだが。

時折どちらかが殴り倒され休憩を挟みつつ、という端から見れば狂人同士の馴れ合い。……流石にもういいだろう。何しろ隣でひっくり返っている大男も俺も、どこかで喧嘩に負けたような顔面になっている。


「しっかしお前も大きく出たよな。いきなり女2人に、子供までこしらえてるとはね」

「大きくも何もない。お前こそ色々と……どうするんだよ」

そう言った話題については、本当は昨晩にでも話し込むべきだったのだが。当てがった部屋でグレトナは早々にいびきをかき始めたらしく、この調子の英雄にも疲れはあるものだ、などと変に納得したところだった。


「どうすんだろうなぁ」

「おいおい」

「色々不味いからよ、逃げようかと思った事もある」

「難しいだろ。家も国も、お前をむざむざ放り出したりしないだろうし」

まるで力の籠らない声に苦笑いしながら、俺も地面に両手を広げて横になる。


「そうなんだよな。見合いの話とかちょくちょく来やがるからよ、前線回っていた方が気が楽だった」

「貴族様は大変だよな。ロシェルはそれも知ってるのか?」

「当然。そうそう、前に訪ねて来た何とかって家の娘が、可愛い妹さんね、良かったらお友達になってね、何て言いやがった時は大変だった。なんでか俺が謝りに行く羽目になってよぉ……」

「そりゃあ……」

謝りに行かざるを得ない程度の罵詈雑言。それは丁寧にレースに包まれリボンで結ばれていたのかもしれないが。


「で。昨日の机とか並べてって、本番はいつだ?」

「明後日」

「おお、本当に丁度いいな」

「本当に悪いな、こんな所まで。……丁度いい?」

そんなやり取りをしながら巡らす視線。その視界の大半は青空で、軽く視界に入った俺の家。……その窓の端、眉間にしわを寄せるロシェルの顔が見えた。


「グレト――アークリーだったっけか?」

「面倒くせぇからどっちでもいい」

「自分で言ったんだろ。とにかく起きて飯に行こう。視線が痛い」

「視線?」

起き上がったグレトナが視線を巡らし、直後苦笑いを浮かべるのを見ながら立ち上がった。


予想外の来客は……嬉しい物である。何しろその目的は祝福の為であり、そうでなくとも心底友人だと思える相手であり、ついでに飽きの来ていた鍛錬にも彩りを与えてくれる。

とは言え。直後に控えた諸々から、俺達がそう暇を持て余している訳でもなかった。






朝食を取り終え暫く経った頃。


「ごしゅじーん!?」

家中に響く適当な声に、厨房へ顔を出すと少し慌てた様子のベルタが大きな体でいそいそとこちらへ出て来た。


「あぁフライベルグさん、ごめんね。こらアンナ!こんな所から大声で呼び出すんじゃあないよ」

「いや、色々仕込みも頼んでて忙しいと思う。何か足りないから買ってくる、とかそういう話でいいのかな」

「大丈夫だよ、後であれに買いに行かせるから」

「本当に大丈夫だって。で、何を買って来ればいい?」


「さっすがごしゅじんっすね。買ってくるの忘れたのが――」

「足りないんじゃなくて忘れたのかよ……」

完全に口から漏れていた本音で、厨房の奥手のエステラが吹き出しながらこちらに振り返った。そこにあーあー!などとアンナが手を振って見せ、その後ろでベルタが大きくため息をつく。そんな平和な様を眺めつつ、厨房を後にした。




レイスもミリアも準備で忙しく、それではと声を掛けた英雄とその妹もどこかへ出かけていた。仲間の所にでも戻っているのだろう。結局一人で買い物に出掛ける事になった俺は、いつもと変わらない風景が見切れていく様を眺めながら歩いていた。

その風景の一部がこちらに駆け寄ってきた所で、そんな平和な時間も終いだったのだが。


「ちょっとちょっと! 本当にいた!」

どうも既視感のある、人を小馬鹿にしたような声。


「本当にってさ。そんな嘘ついてどうするの?」

こちらも同じく。その女の言葉への呆れたような感想。

随分といい加減な声達に振り向くと、そこにいたのはやはり既視感のある二人組だった。


「でもさ、騎士階級とかそういう感じやっぱり無いんだけど」

「だからさぁ――」

「だからさ、は俺が言う言葉だろ。お前ら……こんな所で何やってんだ?」

あれからどの程度の時間が経っただろうか。

若い男女。男の方は魔法剣などというあまり見慣れない技術を持っていた。女の方は……先程グレトナとの話の中にも出て来ていた。俺の腕関節を極めつつも、そのまま地面に叩きつけられて手足を広げて気絶していた姿を思い出す。こいつらの名前は――。


「えぇと。なんだっけ?」

「あんたね、人の名前忘れた時はもう少し非礼が無いように探るもんでしょ?」

「アルメ。結局答えてないよね」

「そう、アルメだ。相変わらずだな。で、えぇと……」


「ミデルですよ。ラールさんの使いで訪ねて来て、家を探していた所だったので……正直、丁度良かったですね」

「ラール?」

その名前を一瞬考え込み、目の前の二人と同行した折の事を懸命に思い出す。


流石に目の前に人物がいれば当時の事は思い出すが、しかし彼らがそのラールと関係していただろうか。

そもそも、こいつらは西のスノアの人間だ。ラールはこの国にあって主流派とは言えないが、それでもクラストの人間である。


「ですよね。あの時、あなたが先に町を出て、その後すぐにラールさんから接触があったんです。命の危険も感じましたが――」

往来の中、平気で話し続けるミデルに苦笑しつつ、取り敢えず道の端に寄りながら続きを聞く。




彼らはラールの情報源の一つとなったようで、とは言え逆にクラスト国内の情報も含め互いにやり取りをしているのだという。こんな所で俺にすんなりと話す事だとは到底思えないが。

その感想が正しい証拠に、隣の女も呆れ顔を浮かべている。


「あぁちょっと待て。じゃあなんだ、ラールの所の使いってのは?」

「使い? あぁ僕らがその使いですよ。それ以外にも色々と――」

「ミデル! もうあんたね、こんな所で何でもべらべら喋るんじゃないの!」

「え、あぁそうだよね。リューンさん、少し落ち着いたら相談する時間を貰えませんか?」

西から自費でこんな所まで旅をしてくるなど現実的ではない。俺自身、以前そんな事を考えた事もあったが。恐らく此処までの旅費もラールが支給しているのだろう。


「相談? 気性の荒い女に付き纏われてる話か?」

「あんたねぇ」

「付き纏われる?誰にですか? とりあえず、お祝い以外にも色々と言伝があるので。……あ。忘れてました、おめでとうございます」

「何て言うか。こんなに有り難くないのは初めてだ」


「こんな所まで来てんのよ? 逆に礼を言われたいっての。大体ね、あんたも否定しなさいよ!?」

「否定? 何を?」

「……もういい」

そんな相変わらずなやり取りを眺めつつ――俺が今ここにいたそもそもの目的を思い出した。


「忘れてた。にんにくと黒胡椒だ」

「はぁ?」

「買い物の途中なのを忘れていた」

「いやいや。あんたさ、騎士なんじゃないの?」


「暇なのは俺だけなもんでな。式は明後日だから相談はその後なら。祝いの話は兎も角、折角だから食事だけでも食べに来るといい」

「いやすみません、ちゃんと出席させて貰います。散々お世話になりましたし」

「渡すものも預かってるし。近くに宿取ってるけど、当日でいいでしょ? 明後日だよね?」

「そう、明後日だ。祝いの品も何だか知らないが当日でいい。それくらいの方がこっちも気が楽で助かる」

色々と気になる点もあるが、取り敢えずはそれを苦笑いで飲み込む。


「じゃあな。一応お前らは他所の国の人間だ、派手な事はするなよ?」

「分かってるってば。ほらミデル、顔も拝んだしさっさと行くよ」

「え、うん。それじゃあ……」

頭を下げて去っていく後姿。

自分の住処が国境を軽々しく超えて集まる場となる事に、若干の不安じみたものを感じつつ……当初の目的を済ますべく、再び俺は歩き始めた。


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