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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
ミリア・フライベルグの日常
229/262

新日常パート05(休憩)

さすがに見慣れた広間。ここを狭いと思った事はないのだが。

先日ミリアが読み上げた、当日ここを訪れる予定の人数。それが記された通りに揃ったとして。

あまり考え込む事もなかったのだが、広間で食事でも振る舞えばいいのだろう、などと簡単に考えていた。しかしその予定通りに事が運んだとした場合、この広間は収容所か何かの様相を呈すだろう。


そんな俺の浅慮とは裏腹に、庭に並ぶべき机と椅子、不足する食器の類も含めて既に手配の済んでいたそれらが運び込まれた様をぼんやりと眺めていた。

手配を誰がしたか。そこについては……言及するまでもないだろう。


「あぁ先生。こんなもんかな? どう?」

「……こんなもんだろ」

庭に響くよく通る声。少し疲れたような声。勿論……後者は俺の物である。


「やっぱり当日は誰かに手伝ってもらわないと間に合いそうもないね」

「まさか俺1人でやる予定だったのか。これ」

「いやあ。物さえあれば何とかなるかなって」

「流石に無理だろ。セイムあたりに頼むか……」

正直なところ大した重さではない。言い訳がましいが、その寸法のせいで恐ろしく持ちづらいのだ。

そのぼやきじみた声をどこまで聞いているのかもわからないが、その宛先であるミリアは玄関に立ち、次は逆にテーブルの隙間から眺め、一人頷いてみたりしている。


「これ。一回片付けるんだよな?」

「そうだねぇ」

流石に少し申し訳なさそうな顔に苦笑いして見せながら裏庭に一度引っ込んだ、その時だった。


「ごしゅじーん?! どこっすかー?」

背後から聞こえてきたのは、少し裏返った赤髪の声。相変わらず言葉はいい加減だが……どうも良くないことでも起きている様子だ。

軽く首を傾げたミリアに、一応家の中に入っていろなどと声を掛けて振り返る。

正直、もう面倒事は当面の間は勘弁して欲しい気分だった。今度は一体何だ、などとその気持ちが小さく口から漏れるのを聞きながら小走りで門扉の辺りへと向かう。


そこには、アンナが声を裏返らせる理由が納得できなくもない光景、というかそういった雰囲気を纏った人物が立っているのが見えた。そして俺はその光景に、赤髪とはまた少し違った高ぶりを感じつつ……足は自然と早まる。






「よう! 祝いに来たぜ」

そこに立つ大柄な男はこちらに背を向けた赤髪の、恐らくは精いっぱいの威嚇じみた空気をまるで意にも介さず、片手をあげてこちらに笑い顔を向けている。そしてそのひどく軽い声と同時に、男の後ろに立つ女が思い切り呆れた顔をするのが目に入った。


「よう、じゃないだろ。お前こんな所で一体何して……違う。いや、違わないか?」

「何言ってんだかわからねぇけど、まぁなんだ。歓迎しろよ」

「そりゃあ分かったけれど……取り敢えず聞きたい事が多すぎる」

こちらも女に負けない程度であろう呆れ顔を浮かべている所で、隣の赤髪の助けを求めるような視線に気付く。


「あぁ悪いな。こいつはグレト――」

「いやちょっと待て、俺の名前はアークリー、だ」

「……何だそりゃ」

「こっちはフラム。宜しくな?」

「お久しぶりです。突然の来訪、ご迷惑をおかけします」

「いや迷惑じゃあない。ないんだが……ちょっと待ってもらっていいか?」

相変わらず楽しそうに笑顔を浮かべているのは、隣国のプレストウィップ家のグレトナ、確かそういった人物だった筈だが。


偽名は兎も角、こいつの立場で普通に入国などと言う事はあるまい。こいつはこの国で言う所の、ヴァンゼル家の筆頭の息子の一人だ。

であれば……きな臭い話でもまた立ち上がっているのだろうか。

丁度今回の一連でミネルヴもここへ来る。そういった話は他所でして欲しい所ではあるが。


何れにせよ。

古い友人などという適当な説明と、先程家の中に入ったミリア、そして恐らくは昼寝でもしているレイスに声を掛けるよう赤髪に伝え、意外過ぎる来客を俺自身も久々な応接間へと先導する。


「なんだよお前、さっきから考え込むような顔しやがって」

「考え込むに決まってる。一体何事だ」

「だから言っただろ?祝いに来たって」

「体裁はいい。伝わっている通りで少しあいつらと一緒に居ようと思ってる。当面、揉め事は勘弁して欲しい」

座りなれない椅子たち、その奥手の来客用の席にどかりと座り込んだグレトナが楽しそうに言葉を続ける。その隣、静かに座ったロシェルは相変わらず眉間に座を寄せているが。


「体裁? あぁ名前か? 流石に本名で名乗って回るのは――」

「兄様。違います」

「何だよ? ロシェ――違う、フラムにも色々言われたんだけどな? 結局着いて来たんだぜ?」

「だから兄様! 本当にその為だけに来た、などとは普通考えません、って言ってるんです。来る前にも言いましたよね!?」


「……。」

「……。」

「何度も言いましたよね?」

「……お、おう」

沈黙の流れる応接間。ロシェルは既に立ち上がっている。もしかすると座り心地が気に召さなかったのだろうか。座り心地はそう悪くはないと思うのだが。

こちらに助け船を求めるようなグレトナの困り顔と、そこへ更に突き刺さるロシェルの視線。目の前で広がる茶番劇は兎も角。

要するに。本当にこいつは他所の国に偽名まで使って忍び込んできたという事だ。俺達の祝い事、それだけの為に。


「……冗談だろ?」

「冗談にも程があります! だから私は言ったんです。大体、迷惑じゃあないですか!」

「あぁいや、別に迷惑だなんて事はないんだ」

「ほらロシェル、あいつ、迷惑じゃないって言ってるだろ?」

その何の気なしの言葉に、薄赤い色のローブの女の怒りの視線はあろう事かこちらへと矛先を変えた。


「いや、ちょっと待てって……」

慌てて視線を少しほっとした表情のグレトナへと逸らす。そのグレトナは、ロシェルが口を開く前に少し早口で喋り始めた。


「部屋、空いてるか? 無けりゃ安全な宿を紹介してくれ」

「ある。ちょっと狭いかもしれないけれど――」

つられて少し早口の俺を見ながら、しぶしぶと言った表情のロシェルが椅子に座った時だった。

背後で扉の開く音が聞こえる。


「えぇと?」

「あれ……え、何で? ロシェルさん?」

疑問符の付いた二人の声に、取り敢えず座る様に促す。


「えぇと。レイスだ。紹介は要らないよな。で、こっちはミリアだ」

状況が呑み込めず、引きつった笑みを浮かべるミリアが軽く頭を下げて見せた。そのミリアがこちらに視線を泳がせながら長椅子に座ったのを確認し、言葉を続ける。


「で。こっちがグレトナ・プレストウィップ、隣がロシェルだ」

「おいおい。一応今はフラムと……なんだっけか?」

「兄様。アークリーです」

「そうだ、今はアークリーだ。宜しくな」

相変わらず続く茶番劇。ミリアの顔は思い切り引きつっているが、その泳ぐ目は恐らく自分の知識と記憶を懸命に回転させていたのだろう。一瞬の後。


「え。どういう事?」

思考が知識と繋がったらしく今度は口を半開きにしたミリアと、流石に答えを求めるようなレイスの視線。それに苦笑いしながら、この人物がここに居る理由を説明する。

しかしその単純な理由で更に口が広がったミリアと、軽く吹き出すレイス。そしてロシェルが再び不満げな顔を浮かべたのを察し、俺は立ち上がった。


「グレトナ。丁度いい所に来た」

「おう、どうした?」

「来て早々こんな話で悪いんだけれどな……表の机を片付けたい」

「おう、そりゃあ手伝わねぇとな? 早くしねぇと日が暮れちまう!」

当然、一国の大貴族に手伝わせるような事ではないだろう。ついでに言うと、まだ昼下がりといった所だ。

そんな事は兎も角、しかしグレトナは少し慌てるよう即座に立ち上がった。当然何か言いたげなロシェルの顔を見ないようにレイスとミリアへと向き直る。


「すまない、ちょっと行って来る」

「えぇっ!? ちょっと先生!?」

「わかりました。じゃあ、ロシェルさんにミリアの事を紹介しています」

笑いを噛み殺すレイスと、未だ状況が呑み込めないミリアを残し、俺達は未だ見慣れない応接間を出た。






「なんだお前、ありゃ随分美人だな。どこで引っ掛けた?」

「引っ掛けたとか言うな。色々あったんだ。そっち持ってくれ」

「おう。で、俺はお前がハーレム作る為に貴族に推したんじゃねぇぞ?」

「やめろよそういう言い方。身に余ると思って、それなりの決意なんかがあった」


「そういうもんか。で、これ、ひっくり返すんだろ?」

「返して重ねる。せぇの……。お前こそロシェルとはどうなんだ?」

「どうもこうもねぇよ。色々と忙しすぎてな」

「忙しい奴はこんなところ来ちゃ駄目だろ」


「暫くの間って言って全部兄貴に押し付けて来たから大丈夫だ。こっちも動かすんだよな? なぁ、これ一人で出したのか?」

「この家、俺しか男手無いからな。そんな事より、全然進展してないのか?」

「全然って事はねぇんだけどな」

「なんだよ歯切れ悪いな。どこまでだ?」


「まぁ……なんだ。一応、な」

「……。」

言葉にするのが恥ずかしいのだろうか。目の前で机の端を持ったまま視線を泳がせる大男は……正直気持ち悪い。


「対外的には?」

「まだ誰にも言ってねぇ。その辺りを相談するのもあって連れたちと別れて二人でここに来た」

「連れ? あぁ流石に護衛無しって訳にもいかないよな」

「護衛ってほどでもねぇけどな。あと4人だ。あぁそうだ、ビュートも来てる」

その名前に、華奢な少年兵の姿を思い出す。先日ここを訪れた時にはしなやかな逞しさを身につけていた。彼は、彼女は。その目的へと少しでも近づいたのだろうか。


「そうか。来た時に色々と話を聞かせて貰う事にする。……それで最後だな」

「おう。さっさと片付けようぜ。そろそろ戻らねぇとまた怒られる」

「違いない。しかし前よりもきつくなってないか?」

「お前もそう思うだろ? 言ってやってくれよ」

「それは……勘弁してくれ」

再び困ったような笑みを浮かべるグレトナ――今はアークリーなどと名乗っていたが。

何れにせよその懸念は正しく、あっさりと打ち解けたらしいミリアも含めた3人から「こんな所に少人数で、しかも非公式に来てしまうのは流石におかしい」という結論を述べられ、俺の英雄は再び困り顔を浮かべていた。



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