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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
ミリア・フライベルグの日常
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新日常パート02(休憩)

寝心地のいいベッドの上で目を開いた。

暗色のカーテンと窓の隙間から差し込む弱々しい光の中、ゆっくりと体を起こす。めくれ上がってしまった毛布。小さな寝息を立てている傷だらけの体。その控えめな曲線を眺めながら薄い毛布を肩にかけてやり、ベッドから降りた。

気を張っていればしっかりと早朝に目が覚める程度には錆付いてはいないらしい。問題はこの後だが。

ベッドの上を眺めながらそこいらに散らかった服を身につけ、なお薄暗い部屋の戸に手を掛けた。






早朝の少し澄んだ空気を思い切り吸い込む。少し寝不足だが、昨日まで続いていた怠惰な空気に今日も埋もれるよりは余程いい。

目の前に突き刺さっている丸太は少し表面が汚れているが、朝食前には一皮剥けるだろう。


腕を回す事から始め、固まりつつあった体をほぐしていく。体の中に流れ込む冷たい空気で明瞭になる思考に、固まりつつあったのが体だけではないような錯覚さえ覚えつつ。

言葉にならない溜息じみた始まりを小さく告げ、久々に振るう右腕を丸太に叩きつけた。




軽く上がる息。ごすごすという重い音を立てる丸太。拳から少し血が滲んでいる。脛が軽く痛む。

下げた姿勢で後ろ脚が地面を蹴った。懐に入り込んで肘を振り上げるように打ち付ける。少し重い音と、肘から伝わる重い手応え。一歩下がり大きく息を吐いた。

先日のような破壊や殺戮への衝動が突き上げてくる事もない。少なくとも一人で訓練しているだけならば大丈夫らしい。その事実が確認できただけでも十分な上、久し振りにしてはいい時間だろう。


安堵しつつ息を整えながら近くの長椅子に座り込み、流れる汗を感じながら丸太を眺めていた。その汗が流れる感覚に――それは安堵からくる府抜けた話かもしれないが――昨晩レイスに覆い被さっていた折の事を思い出してしまい、頭を振る。


金があり暇があり、更に自分を愛してくれる人間がいる。そしてやるべき事は特にない。爛れた生活を送る事だって出来るし、男としてそこに魅力を感じない訳などない。

いや。正直に言えば、数日は爛れたとも言えなくもない生活を送っていた。一昨日か、一昨昨日の夜半の折のミリアの事を考え……再び大きく頭を振る。

気持ちを切り替える為に立ち上がった所で、武器店の店主から預かった物の事を思い出した。






「えぇと。こうだよな」

確認するように聞く者のいない言葉をぶつぶつと述べながら、手首に革の帯を巻き付ける。

昨晩も確認した。板ばねが仕込まれており、拳についた金物に衝撃が加わると杭が飛び出す仕組みになっている。クロスボウにも似たようなその仕組みにもう一瞥し、再び相棒である丸太の前で軽く構えた。


未だ朝の空気を纏った街並みに響くのは、金属同士がぶつかる不躾な音と、大工仕事のような派手な音。そして。

「で、これどうするんだ?」

再び誰も聞く者のいない声。


勢い良く突き出された2本の杭は、武器店の店主の思惑通り深々と丸太に突き刺さり……そのままになった。

ばねの力については申し分ないようだ。が、この後はどうするのだろうか。



「……。」

無言で右手を引く俺の腕に、革の帯がぎりぎりと食い込む。そして深く突き刺さった杭はびくともしない。

丸太に左手を掛けて歯を食いしばる。しかし変わらない状況に、俺は無言でそのがらくたを腕から取り外した。


一歩下がった俺の前に立つのは、肩口辺りに妙な杭を打ち込まれた丸太。これでは訓練の相棒としては不適だろう。主な問題点は絵面だが。

溜息をつきながら再びその杭を両手で握り、まるで動かないその感触に丸太に右足を掛ける。

腕の筋肉が膨れ上がり、無理な姿勢の右足がぶるぶると震える。それを見て、更に左足を丸太に掛けた。

ここでの問題は俺の絵面だろうか。何しろ、この早朝から庭の丸太に不細工な旗のようにしがみついているのだ。

食いしばった歯が軋む。背中が軋む。指が軋む。声にならない、くそ、という声。

その瞬間。

俺は引き抜けたがらくたを握ったまま、若干仰け反り気味の横っ飛びを披露する羽目になった。




「くっそ……」

土の上に寝転びながら、空を見上げていた。

自分に掛ける言葉がない程度には仕様もない行動であり、誰かの前で披露してしまわなかっただけ良かったというべきだろうか。

何れにせよ。このまま寝転がっている訳にもいかず、右の掌を土に着いた時だった。


2階の窓からこちらを見下ろす引きつった顔。見慣れた右目は今までにない程に見開かれている。……ついでに口も。


「おい、ちょっ――」

聞こえる筈も無いだろうが、つい出てしまう間抜けな声。それを言い切るよりも先に、薄い毛布を纏っていた細い人影は、部屋の奥へと消えた。




大きくため息をつきながら立ち上がる。別に隠す必要もないが。ない筈なのだが。……そんな事より、俺は一体何をやっているのだろうか。

それもこれも、無理矢理に何もしないなどという行動がいけなかったのだろうか。


「何もしたくない、なんて言ってたのにな」

「……先生?」

「うわっ!」

「わっ! なに!?」

慌てて振り向いた先。裏口の近くにミリアが座り込んでいた。……今の大声で驚いて半立ちになっているが。


「脅かすなよ」

「えぇ? 脅かしてなんかないよ。さっきから独り言、多いね」

「……何時からそこに?」

「出てきたら、先生が横っ飛びしてた」


「……。」

「……。」

「見てたのか?」

「えぇと。朝から元気だなって思ってたけど」

誰彼の前で披露しなくて良かった。そんな事を考えていたのは何時だろうか。






「でね。レイス、あの時の先生の顔ったらさ――」

今朝方の出来事をレイスに楽しそうに説明するミリア。当のレイスは時折こちらを伺いつつ「そ、そうなんだ」などと苦しそうに返事をしているが。


「もういいだろ……」

「えー。どうしよっかな」

わざとらしく考え込むミリアに、脱力しながら言葉を続ける。


「そんな事より。ドレス、直し終わるって言ってたのはどうした?」

「今日、確認に行って来る。あ。先生は来ちゃだめだよ?」

「なんでだよ。前に俺も来ないとおかしいなんて言ってただろ」


「いいの! レイス、実はこの間おまけもお願いしといたんだ。おまけだけでも先に取りいこ?」

「おまけってなに?」

「いいのいいの。気に入るかはわからないけど、端切れで作ってくれるって言ってたからさ」

「ええぇ……」


「で。先生は、改めてお友達の所に行ってきてね」

「そう件数もない。すぐに終わるな」

「じゃあ、あれ」

ミリアが指さす先にあるのは、一抱え程の紙の束だった。内容については概ね目を通してくれたらしいのだが、あの束にひたすら自分の名前を書きこむ必要がある。


「……。」

「先生、頑張って!」

「あ……私、戻ったら手伝いますから」

「レイスはいいの。大丈夫だって!」

「……。」




結局。2人と一緒に家を出た俺は数人ほどの家を周り、昼前には家へと戻った。

溜息をつきながら見渡す視界で、嫌という程その存在を主張する書類の束。気は進まないものの、それをテーブルの上へと移動する。……やる事がない、などとぼやいていた事を考えれば贅沢を言うべきではないのだが。


それは、幾らも目を通していない書類に名前を書き始めた5枚目あたりの事だった。束の肩口あたりに向きを変えた紙が一枚挟まっているのに気が付いた。

何か重要な連絡でも混じっていたのだろうか。少し気になり、そこで紙の束を持ち上げる。

……何の事はない。そこから下にある全ての書類に、既に俺の名前が記されていた。俺とは比べ物にならない、形の整った読みやすい文字。誰がそれを書き連ねたかは明らかだった。


未だ戻らない2人の事をぼんやりと考えつつ、中身を幾らも減らす事のなかったインクつぼを部屋に片付ける。

相当期間この家に留まっていたのであろう書類が収まった箱を抱え、俺は少し久々であるギルドへと足を運ぶ事にした。

帰りに再び書類を持ち帰ることになるとは思っていなかったのだが……まぁ、いい。

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