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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
ミリア・フライベルグの日常
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ミリア・フライベルグの日常05

数刻の後。


事を終えた俺は、薄暗くなりつつある道を家へと向かっていた。その後ろからひたひたと赤髪が着いてくる。


「そういえば」

「?」

「……買い物、どうした?」

「さっきの店でどさくさに紛れてかっぱらって、いや。貰ってきたんで大丈夫っす。です」

「さっきから何だよ、その喋りかた……」

何れにせよ。結果的に誰を殺害した訳でもなかった。理解して貰う過程で少し痛い目に遭っては貰ったが。

とは言え、危ない所ではあった。そう気にも留めていなかったが……加減をするのが難しくなっている。やはり先日の戦いの折の影響が出ているのだろう。これ以外も含め、色々な意味で少し休むべきだ。


まぁいい。それよりも早く家に帰りたい。いや、先程指摘された事を鑑みれば。

どうも調子が狂うが……2人の顔を早く見たかった。そして当面は無為な日常を過ごす。身重のミリアをあまり不安にさせるべきではないし、レイスも相当疲れている。約束事も果たしていない。


そもそも、俺は命のやり取りをせずともある程度不自由なく生きられる程度、の状況を望んでいた。爵位や名声にはどうも食指も働かないし、今回の事を考えればそれが尚更邪魔なのがはっきりしただけだ。

尤も、そのミリアから以前軽い警告を受けていた訳であり、少し迂闊だったのかもしれない。


そんな結論と共に見慣れた通りに差し掛かったところで、流石に大きな欠伸が漏れた。



◇◇◇◇◇



時間は少し遡る。




先生が出て行った部屋の扉をぼんやりと眺めていた。


「ねぇレイス。色々ありがとう」

「お礼を言われる事なんてしてないよ。色々と考え込むのは分かるけど、私はミリアが居てくれてよかったっていつも思うよ?」

「……はぁ。敵わないなぁ」

レイスはくすくすと笑い、その笑みが欠伸に流される。


「でも、少し眠い」

「あぁ、ご飯の支度ができるまで昼寝する? でも先生一人で大丈夫かなぁ」

「多分、心配する事ないと思う。……あれ」

「どうしたの?」

「……ううん。何でもない」

「そっか」


「あと、寝たら多分朝まで起きないと思う。下に降りよう? きっとみんな心配してるよ?」

「そうだよね……。そうだ。折角作って貰ったご飯、食べなかったから謝らなきゃいけないんだ」

それを聞きながら、少し気だるそうにベッドから降りるレイス。後を追いベッドから降り、辺りに散乱した服を適当に引き出しの中へと片付ける。

その中に混じるお気に入りに苦笑いしつつ……その中の明らかに自分のものでは無いそれをいそいそと畳む。


「あ。ミリア? リューン様、その服、前に探してたよ?」

「え。いやぁ、ばれちゃったか。……返した方がいいかな」

「うーん。もう大丈夫だと思うけど」

「内緒だよ?」

「わかったけど何に……あ。何でもない。内緒にしとくね」

「ちょ、何か勘違いしてない?」

一瞬、顔がひどく強張っていたけれど。


「わかるよ。私も昔貰った物とか、一緒に寝てるもん」

「いやいや、一緒には寝ない……あ。」

「……。」

先程よりも更にひどく強張った顔が慌てて視線を逸らす。


「だ、大丈夫。内緒にしとくから!」

「……うん」

お互いにその先を掘り下げるのはやめ、静かに待つレイスを後ろに感じながら片づけを続ける。


「ねぇ。下から2番目、閉まってないよ?」

「いいのいいの。さ、降りよ」

「ええぇ……。もう。」




一日振りに一階へと降りる。

テーブルに並び始めているのはいつもより少し豪華な食事……の準備。

少し柔らかそうなパンとナプキン、ナイフやフォークがテーブルの上に居所無げに並ぶ。


小さく「まだ結構かかるかなぁ」などと口にしながら座り込んだレイス。そのままテーブルの上に一瞥すると、日が落ち始めた外へと視線を向けた。

それを横目で見つつ、私はまだがたがたと音が鳴り響く厨房へと早足で向かう。




そこで準備が進められているのは焼かれた肉と魚。湯気を上げるスープ。そして、こちらに気付いたベルタが軽く目を見開きながら振り向いた。


「あれ。……大丈夫かい?」

「うん。あの、すみませんでした」

「いやいや、奥さん。こっちこそあまり考えなしな事しちゃってごめんなさいね」

「そんな事ないよ。間違いなくあの時一緒に居て貰って助かったし、その後もせっかく作って貰った物も手を付けなかったり……あれ。アンナは?」


「あの子、足りないもの買いに行って貰たんだけどまだ帰ってこないんだよ。フライベルグさんは?」

「先生ももう少しかかると思うから……ごめんなさい、準備、ゆっくりで大丈夫そうです」

「そりゃ助かるね。ちょっと焦った方がいいかなって思ってたんだ。あの子も料理は全然だけど居ないと手が足りないからね。じゃあ有り難くゆっくりやらせて貰うよ」

「あ、あの。いつもありがとう」

そんな言葉に少しひきつったウインクをして再び厨房の奥へと入って行くベルタ。一度こちらを振り向いたエステラまでもがこちらに軽く笑って見せる。

要するに、割と心配されていたのだろう。


「ほんと私って……」

独り言を漏らしつつ、レイスの元へと足を進める。




「まだ先生戻ってこなそうだし、ゆっくりでお願いします、って言ってきた」

「流石に帰ってこない、なんて事はないと思うんだけど……」

「それはないよって言えない所がおっかないねぇ」

「そうだよね……」

そんな話をしながらも少し心配になり、窓の外を眺めながらそっと椅子に腰かける。

隣に座るレイスも同じなのだろうか。やはり窓の外を見詰めていた。


静かに響き続ける厨房の音。そして隣のレイスの静かな寝息。

座ったままうつらうつらとしているその姿をしばらく眺め、暗くなってきた窓の外へと再び視線を泳がせた時の事だった。


「あ。帰ってきた」

「は……へ?」

隣で上がる間抜けな声。その右手が満足に目をこするのを待って立ち上がった。




開けた扉。そこに立っていたのは先生……とアンナ。

その取り合わせに一瞬湧き上がる小さな疑念は、少し疲れた笑顔を浮かべた先生の言葉で霧散した。


「ミリア。もう大丈夫だと思う」

「……。」

先程は出来なかったが今なら。

少し気だるい体を一歩前に進ませる。それに答えるように手を広げたそこに飛びついた。







結局、ゆっくりで大丈夫だという先生の言葉も聞かず、少し急ぎで準備された豪華な夕食。

時折あくびを混ぜる2人の顔を眺めつつそれを終え、湯が張られたという声に先生は席を外した。

色々と気になる事はあるのだけれど。疲れた顔の先生に、いますべて説明して欲しい、などと言う気には流石にならなかった。それにきっと、あの人が大丈夫だというのならそうなのだろう。


目の前で再び大欠伸をするレイス。その姿に軽く笑っていた所に、アンナが温かい飲み物を持って現れた。


「ありがとう。あ、そうだ」

「なんすか? さっきの事なら、ご主人が用がある店の近くに私も用があったんで……」

「まだ何も聞いてないじゃん……」

「確かにそっすね……」

どうも調子が振るわない様子のアンナは、普通に困ったような顔をして見せている。


「どうかしたの? 先生が用があるって所に行ったのとか見てた?」

「いやいや、良くわからないっす」

「アンナが色々とやってきたのは知ってるよ? 一緒に行ったの?」

「……道案内だけっすね」

かまを掛けるようで悪いのだけれど。返った言葉に内心では首を傾げていた。道案内? 先生の弁では、何か伝手がある、という話だった。


「アンナ? もう普通に戻ってきたから心配なかったのかもしれないけれど……先生、大丈夫そうだった?」

「ご主人? 全然大丈夫っすよ。どっちかって言うと相手がやばかったっすね」

想像がついてしまった。さきほど先生が出掛けた先というのは相談相手などではなく、恐らくは当人たちの所だ。

それを踏まえた上でもう大丈夫、というのは――


「……殺してはいないんだよね?」

隣のレイスは眉一つ動かさずに話を聞いている。


「いやいやミリアさん、流石に街中でそれはないっすよ。でも……」

「でも?」

「ご主人、怒らせるとおっかないっす」

「……。」

何時も比較的おとなしい先生の怒った姿。

あの時。顔を背けた背中でも感じた怒気。確かにあんなものを当てつけられたら堪ったものではない。


「落ち着いた感じだったんで大丈夫だと思ってたんすけど、とんでもなかったっす。……あ。私が言ったって言わないで欲しいっす」

「そんな事は言わないけどさ」

話しているうちに調子が戻ったらしいアンナは、しかし先生が浴室から帰ってくる気配で入れ替わるように雲隠れした。




「やっぱり体を流すとだいぶ調子いいな。あぁ先入らせて貰って……どうかしたか?」

「大丈夫ですよ。あ、ミリア、お先にどうぞ」

「え? あぁ……」


「えぇと。何だ、もう少し戻ってこない方が良かったか?」

「そんな事ないよ。じゃあお先にー」

「うん。いってらっしゃい」

そういつもと変わらない様子のレイスの言葉に素直に従い、先生とすれ違う。






再びベッドの上に腰かけていた。

隣で穏やかな表情を浮かべる先生は、先程アンナから聞いた話から想像できる内容と、概ね変わらない説明を静かに話し続けている。


結局、彼らの居場所が分かったので最初からそこに行った事。

それなりに脅し、その過程で多少の実力行使をした事。

殺す気はなかったが、しつこければそうしない理由もなかった事。

彼らの仲間には、また別の手が既に回っていた事。

そして。


「悪かった。お前からそういうのも気を付けろって言われていた」

「いや先生、本当にそもそも私が悪いんだから――」

何度目かのやり取りに、先生の顔が大きく笑みを浮かべた。それにつられ、思わずこちらも顔が緩んでしまう。


「兎も角、何もなくてよかった。」

「……うん」

「俺は、お前を守るって言った。だから無理しないで素直に守らせろ。次に何かあっても必ず助けに行くから、それまで何とかやり過ごしてくれ」

「何それ」

「あまり茶化すなよ。真面目に話してる」

相変わらず笑みを浮かべる先生の手が肩にかかるのを感じつつ。

私は、久々に一人ではない夜を迎えた。


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