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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その1
22/262

ミリアとセイム03

養成所に向かう道を歩いている。

俺の軽い足取りとは対照的に、後ろを歩くレイスの足は重い。朝食時から先程から度々欠伸をしている彼女に、出発前にも聞いたことを繰り返す。


「大丈夫か?やっぱり、今日は休んでもいいんじゃないのか」

「いえ、大丈夫です。昨晩なかなか寝付けなかっただけなんです……」

何か悩みでもあるのだろうか、と的外れな事を考えている間に魔術師の養成所に到着した。


「じゃあ、行ってくる。また昼にな」

「はい。気をつけて下さい」

目が二重になっている彼女の後ろ姿を見送った。





程なく剣技の養成所に到着し、受付を通り抜けて訓練場に向かう。

途中、例の姉弟の弟の方とすれ違った。


「先生、おはよう」

「おはようございます」

正しい挨拶が出来たのはセイムとよく一緒にいる頼りなげな風貌の少年の方で、確か名前はロランと言った筈だ。


「おはよう。そういう呼び方の場合は、おはようございます、だろ」

セイムの方を見ながら面倒くさそうに返す。ロランがそのやり取りを見ながら笑っている。

全く毛色が違うように見えるが、2人はどうも相性が良いようで、楽しそうに話しながら歩いているのを見かけたことがある。

頼りなげな雰囲気は拭えないが努力を惜しまない性格のようで、それはうまくないと教えた事は次に見るときには徹底的に矯正されている。一度見かけた彼の手は豆だらけだった。

きっと、それなりの成果を得るだろう。




養成所においては、基本午前は座学の時間だ。

実地訓練の手伝いを、と頼まれている俺は特段やる事もなく訓練場の端で基本の型の練習を繰り返す。

……とはいえ、10種類程の繰り返し動作にいい加減飽き、少し休憩しようとしていたのだが。


「先生さ、よく飽きないね」

軽く息をつく俺の数歩後ろに、姉弟の姉の方が仏頂面で立っていた。

再び視線を前に戻し、1つ目の動作に戻って繰り返す。


「飽きるに決まってる。今やめようかと思っていた所だが……やめるのを、やめた」

「なんだよそれは……」

「なんですか、だろ。講義はどうした?」

「休憩だよ。どこで休んでいてもいいだろ?」

自分が吐く息の音と刀身が空を切る音。それらに混じる椅子を動かす音。姉の方がそこに腰かけでもするのだろう。

回転する動作。流れる視界の中、だらしなく椅子に座り込むミリアが映り込む。

切り上げた鈍らが体の前に引き戻され、動作を終えた所で、こちらを眺めるミリアに向き直った。


「お前さ」

「なんだよ」

「もう少し、訓練するなりの格好をして来い」

眉間に皺を寄せる彼女の服装は、膝丈のズボンとだらしなく伸びたタンクトップだ。彼女は……発育がいいのだろう。だらしないシャツの胸元から、胸の谷間が必要以上に見えている。


「あぁ……見たいなら言ってくれればいいのに」

下を向いて自分の服装を確認し、にやりとする。その動作を無視して8つ目の動作を始めた。


「先生はさ、ああいう子が好きなのか?」

「何が」

「この間、来てたひらひらしたカッコの子だよ。訳ありっぽいけど」

肩の高さで水平に突く。


「訳ありだと思うなら聞くな、そういうのは」

「あぁ、そうか。確かに」

右上に切り上げ、再度左から右に薙ぐ。

妙に納得した風に、腕を組んだミリアは黙り込んだ。


「あのさぁ……」

「あぁ」

面倒になりもはや言葉にならない相槌を返しながら、右肩から左下へ力任せに振り下ろした。

俺が知る限りの基本動作10種が十数回終了し、大きく息をつく。




「強いって、なんだろうね」

質問の意味を計りかね、振り向く。


「そういうのは、本当に強い奴に聞いてくれ。俺にはわからん」

「いや、先生は強いだろ、昨日弟が色々言ってたよ」

忘れてくれと言った筈だが、口から出た物を消し去ることは出来ようもない。


「あれは愚痴みたいなもんだから忘れろ。ついでに弟にも忘れろともう一回伝えてくれ」

「あはは、忘れろって言われて忘れられれば苦労しないよ」

「まぁそうだろうな」

大げさに笑ってみせる顔から視線を逸らし、ため息まじりに答えて話を終わらせようとしたのだが。視界の端、先程までにやにやとしていたその表情が真剣な眼差しを浮かべていた。


「私もさあ。強くなれるかな?」

「少なくとも、お前は弱い部類の人間じゃないだろ。腕っ節も強いしな。それに強いってのにも色々ある。周りの人間に優しくでもしてみたらどうだ。そういうのもあるだろ?」

「優しくねぇ……」

腕を組んだ考え込むような仕草。両腕で持ち上げられ強調される胸元が目に入り、思わず手の平を顔に当て、再び溜息をついた。


「先生はさ、多分、優しいんだろうね」

「はぁ?」

「おーい、姉貴、休憩終わりだぞー」

養成所の入り口から彼女の弟セイムが叫んでいる。


「先生ありがとう。昼に着替えてくるよ、気が散るだろ?」

にやりと笑い立ち上がる彼女に手をひらひらさせ、早く行けという仕草で答える。

振り向いて小走りに戻っていく後姿を見送った俺は、再び鈍らを振り回し始めた。






少し早めに練習を切り上げレイスを迎えに行くと、彼女は養成所前の階段に座り込んでいた。正確には眠っている、だろうか。目の前に立つ俺に気付きもせず、舟をこぐ彼女に声をかける。ぼんやりとした顔でこちらを見る彼女が、突然目を見開き立ち上がった。


「す、すみません、失礼しました、日当たりが良かったのでつい……」

「いやお前、本当に大丈夫か?」

「午後からは基本的な練習をするだけの予定なので大丈夫です」

「疲れたら無理しないでグラニスさんに言って、あっちの養成所で声をかけてくれ。俺も一緒に帰る」

「はい、すみません」




この所、いつも立ち寄っている食堂で簡単な食事を済ます。

焼いた鶏肉に付け合せの野菜とパン。鶏肉を一口大に刻んで皿を彼女の前に押しやる。


「今日は何を習っていたんだ?」

「魔術の体系ですね。氷にも色々あるみたいです。例えば吹雪を起こすのと氷の槍を飛ばすのは、魔術的な意味合いは結構違うんですよ」

「よくわからん。結果だけ考えれば違うのは分かるんだが」

「実の所、私も良く分からないんです」

と言いながらくすくすと笑う。食事を取り、少し目が覚めたようだ。


「さっきの繰り返しだけど無理はするなよ? 俺はそんな大事な理由で行っているんじゃない」

「わたし、大丈夫ですよ? 途中で調子が悪くなったらグラニスさんに頼んで休みにしてもらいます。これでいいですか?」

少し困ったような顔で確認する彼女と別れ、再びそれぞれの養成所に向かった。


彼女は時折、魔術の本を食い入るように読んでいる。以前俺が買った初等の本はとっくに無用となり……可愛らしい袋に入れられ戸棚に丁寧に仕舞われているのを見かけた。

彼女はその魔力もさることながら、その裏打ちとなりえる理論を理解しようとしている。高い素養に更に上乗せされる努力は。いつか実を結ぶのだろうか。そしてそれはどんな形だろうか。




いつも通りの挨拶を終え、午後の練習が基本の型から始まった。

初期の訓練はギルドが負担するという現在の状況の為か、生徒の数は多い。入れ替わりも多く、初めて剣を交える者も見かける。見なくなったものは仕事を請け、その命を金に変えているのだろうか。

剣術は剣術として練習する事という言いつけを守っているらしいミリアが、ランジに打ち負かされている。服は…着替えてきたようだ。先程俺も、セイムとその友人ロランの相手をしたが、まだ打ち負かされる心配は必要なさそうだ。


予定は順調に消化されて行き、一旦解散となった。この後、残る者に素手での技術を教える。

本来の予定に割り込ませるのもどうかと思い、時間がある時には解散後に教えられる事を教えている。

とはいえ残るのは3人。当然の如く残る姉弟とロランだけだ。

そもそも、武器を持った相手に素手で挑むのは自殺行為である。それを分かった上で参加するか、空いた時間に自分で剣術の練習をしろと言った所、3人しか残らなかった。確かにどう考えても非効率な戦い方なので仕方ない。


養成所の入り口を見てまだレイスたちが来ていない事を確認しつつ、今日は早めに切り上げた方がいい事を思い出す。


「すまない、今日は早めに上がらないといけない。1人だけで残る2人は適当にやってくれ」

そんな言い訳がましい説明を聞いた3人は話し込み結局、ミリアが俺の目の前に立った。


「今日こそいいの入れてやる」

代表として意気込む彼女は真顔である。




彼女の後ろ、セイムとロランは相手の突きを払い突き返す、という動作を交代で繰り返している。ロランの動きの正確さは特筆すべきか。恐らく、訓練場以外でも血の滲むような練習をしているはずだ。


「おいおい、どこ見てるんだよ」

構えたミリアが力任せに大振りな突きを振るう。半歩下がり、通り過ぎた拳が手元に戻った所を目掛けて蹴り込んだ。派手な音を立てて彼女の腕が足を受け止める。……受けた腕が赤い。

ミリアはかなりの速度で成長していた。その内にいい所まで行くだろう。素手同士という特殊な状況に限定されるが。

それを見越してこちらもそれなりに本気で対応していた。

受ける腕に執拗に蹴り込み、まともに拳が打てないようにしていく。眉をしかめる彼女の腕が下がる。


「腕、下がってるぞ」

「わかってるよ。くそ」

ミリアが悔しそうに一度さげた両腕をぶるぶると振ってみせる。その時、養成所の入り口にグラニスとレイスの姿が見えた。レイスは……また欠伸をしている。


「どこ見て――」

ミリアが一気に距離を詰め、突然姿勢を下げる。完全に対応が遅れた俺のわき腹辺りに肩をぶつけるようにして……そのまま片足を掴んで一気に押し倒された。


ミリアが両手を上げて勝利の声をあげ、振り向いてセイムとロランに拳を握って見せている。……俺の上に馬乗りのままで。


「いってて……とりあえず、降りろ」

跨られたままで不愉快そうにぼやく。遠くで、俺が先にと思っていたのになどとセイムが文句を垂れるのが聞こえた。


「えぇ、いいじゃん、たまには勝利に酔わせろよ」

そう言う彼女が下ろした腕を横に引き、体を反らせて体勢を入れ替える。

あっさりと上下が逆転し、俺が上になった。


「詰めが甘いな」

「そんな事より、なんかまずいんじゃねーの?」

口の端を上げるミリア。

彼女の視線の先に、眉間に皺を寄せているレイスが立っていた。……即座に立ち上がる。


「帰る。またな」

「あ、あぁ。じゃあな、先生」

背中に突き刺さる嘲笑の視線と、正面から突き刺さる抗議の眼差し。

恐ろしく深い溜息が出た。






欠伸の涙でぼやける視界の先で、リューンがこちらを見ている。直後、金髪の女がリューンを押し倒した。

レイスの眠たそうな右目が大きく開かれ、眉間に皺が寄る。

腕を掴み上下が入れ替わると、ますます皺の寄る眉間。


「ぶすり」

「なにか言ったか?」

振り返るグラニス。


「……いえ、なんでもありません」

眉間に皺を寄せたレイスが感情のこもらない声で返す。






適当に挨拶を済ませて訓練場の端で待つ2人の所へと戻った。


「すまない、待たせた。帰ろうか」

「……はい」

抑揚の薄い返答に、上手くない所を見せたかもしれない、などと思いながらグラニスの方へ振り替える。


「いつも悪いな、また頼む」

「それでは今日はこれで。また来ます」

不味いなどと考えていたのが表情に出ていたらしく、しかしそれを疲れか何かと勘違いしたらしい。

それにしてもこの雰囲気で「また頼む」という言葉はないんじゃないだろうか、などと心の中で悪態をつきながら養成所の表に出た。


「さあ、帰ろう」

「……。」

返事がない。振り返ると、口を尖らせて視線を逸らす彼女の顔を覗き込んだ。


「怒ってるか?」

「いえ、何も。楽しそうだなって思いました」

「そんな事ないって」

「ルシアさんに怒られますから早く帰りましょう」

先に歩き出すレイスの後をとぼとぼと着いていく。本来、別におかしな事をしている訳ではない筈なのだが。


それきり特に何を話すでもなく、いや、何と言っていいかわからずに宿に着いた。

話しかけづらい。机に腰を預け、荷物を片付ける彼女を眺めている俺に、荷物を片付けた彼女が意を決したようにこちらを向いた。


「……リューン様は胸の大きい女の人が好きなんですか?」

突然の発言に、机の脚が軋む。聞き間違いか?


「はぁ?何だ?」

「胸の、大きい、女の人が、好きなんですか?」

単語で区切るように刺さるような口調で言い直された。聞き間違いではなかったようだが。


「いや、特別そんな事はない……」

「そうですか」


沈黙。


「次はいつあの女に会うんですか?」

「レイス」

「なんですか?」

「あの女、とかそういう言葉使いは好きじゃない」

「リューン様。私は……」

「本当にそういうんじゃない。これからは気をつける」

「ちがっ、そんな!」

「なんて言うか。悪かった」

頭を下げる俺に歩み寄り下から見上げる右目。


「すみません。……我が侭を言い過ぎました。でも出来ればああいった事は……あまりしないで欲しいです」

「わかった。気を付ける」

姿勢を下げ、すっかり俯いた彼女の顔を覗き込んだ。


「……ごめんなさい」

「俺の方もだ、ごめんな」

大きく深呼吸をして顔を上げるレイス。


「リューン様、早く食べに行かないとまたルシアさんに怒られちゃいます」

そういう彼女の顔は、いつものように微笑んでいた。


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