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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その7-2
213/262

24

当然の如くこちらに駆け出してくる三人程のそれに視線を流しながら、改めてその重さに辟易しつつある大斧を構えなおす。


右端の一人に氷の槍が突き刺さり、その駆ける勢いのままで地面を転がりながら命を終わらせる。胸に突き刺さったそれが致命傷なのだろうが、飛来した三本の内二本を叩き落としていた。大したものだ。確かに自分もあの折には周りの動きがゆっくりと見えていた。

舌打ちしながら移す視線。その隣の鉄板鎧へと打ち出された氷の槍は小さく、しかしその数は数えきれないほどだ。それはこの場合、相手の体勢を崩す事が目的になるのだろう。

獣のようにこちらに駆けていたそれが体を大きく捩って躱す、そこに駆け寄りながら横殴りに大斧を叩きつけた。斧を受けようともせずこちらに剣を突き出す上半身が宙を舞う。その突き出した切っ先は俺の顔のすぐ横にあったが。

我に返ったようにそれを取り囲むよう散開する傭兵達を見ながら、予定通り正規兵達の戦う側へと歩み出した。


無意識に左手を額に当てていた。

予定通りの行動をこなす間にも続くのは、彼らの声に引きずられるよう湧いてくる衝動。

もう少しだ。同じような事を正規兵達の最中で数回繰り返せば俺の役目は終わりでいいだろう。

あのゲランドとかいうのが事も無げに奴らを切り倒して見せてくれればいいのだが……状況を見る限りその望みは薄い。とすればあと数回は同じような事をしないといけない。


彼女との距離は着かず離れず。かつて身に着けた俺達のやり方通り。ひどい頭痛の所為か。それとも想定よりも御しやすい相手に油断したのか。それは少なくともこの場合には適していなかった。それはあくまで、普通の人間や魔物を相手にする折のやり口だった。


狂戦士と化した彼らにどこまで理性が残っているのだろうか。

もしも自分が相手の立場だとすれば、この場合には真っ先に俺か彼女を潰しに来るだろう。もっと言えば……この場合潰しやすいのも、輪を掛けて厄介なのも魔術士だ。

迂闊だったとしか言いようがないのだが。横に視線を滑らせていた俺の予想外の方向、つまり上。胸に剣を2本も突き刺した狂戦士が正面で戦っている傭兵の肩口を踏み台にして、魔術士を目掛けて跳躍するのは残念ながら予想できる事だった。






◇◇◇◇◇◇◇





十歩ほど離れた先、見慣れた大きい背中に着いて歩く。

先程は上手くいった。一人目はそもそもこちらに気を向けていなかった上、次も予定通りの連携で片付いた。一歩間違えれば力任せに切り殺されるであろう相手との戦いをもう幾度か繰り返さねばならない。やり口を見せられ残された者達はその幾倍も繰り返す羽目になるかもしれないが……逃げる背中に襲い掛かられるよりはいい筈だ。


そんな事より、その大きな背中が気掛かりで仕方がない。

先程から軽く頭を振ったり左手で頭を握るようにしているその姿に、少なくともこのまま戦いを継続させるべきではないと考えてしまう。

しかしその場合、下手をすれば彼の言葉通りこちらの軍は敗走しかねない。さらに言えば、狂戦士と化した敵兵がパドルア近郊をうろつく事になる。本音を言えばそんな事さえどうでもいいのだが……彼は聞かないだろう。

であればそれが上手く行くように立ち回る。いつもそうしていた。いつも通りの距離。そしていつもとは違う余計な思考。彼の指示通りに動いている事が多かった上、こんな頭数の多い状況での戦いは経験も浅い。それは仕方がなかったのかもしれないが。

突然振り向いた彼の声で我に返る。


「レイス!」

「……え?」

前線を形成していた傭兵達の頭の上。胴体に剣を突き刺したままの青年が宙を舞う姿が目に入った。やたらとゆっくりに見えるその姿に、慌てて掲げる右腕がのろのろと視界に入り込んでくる。

腕の先に浮かび上がる氷と、迫って来る憤怒の表情。

間に合いそうもなかったが。この状況にして脳裏に浮かぶのは、かつての彼の言葉だった。


『絶対に生き残れ』

分かっている。諦めるわけがない。


……諦めると言えば。かつて遺書じみた書き置きを用意しかけていた事があった。あれはどこに仕舞っただろうか。もしも自分が命を落とした折には彼が最初に見つけてくれるだろうか。出来ればそう願いたい。

何しろそこに記された事といったら、恥ずかしげもなくただひたすらに想いを書き綴っているだけで、寝起きにでも読めば思わず枕に顔を埋めてしまいたくなるような代物だ。

書き直そうと思った事もあった。……結局やめたのだがどんな理由だっただろうか。


浮かび上がりつつある薄い氷の板で見切れる視界の端々に、口を半開きにして振り返る傭兵達の姿が見える。

一撃でも防ぎきれば日の目はある。彼がこの若者を弾き飛ばすだろう。

一撃でも防ぎきれば。周りに数えきれないほどの味方がいる。

一撃でも防ぎきれば。こんな所で死ぬ訳にはいかない。


誰が見てもその一撃を防ぎきれるとは思えないその氷の塊。しかしそこに集中する事はやめない。諦める事などあり得ない。

相変わらず緩慢に感じる世界で、少し大振りな刀身が目の前に浮かんだ氷を粉砕しながら迫る。

そして。




目の前から冗談のように吹き飛んでいく兵士の姿が、視界の右端へと消えた。


思わずへたりこんでしまった私の目の前に差し出される左手。

見上げた視界に映る彼の姿はいつも通りに見えた。

ただ大斧の柄の端を握り、軽々とそれを翻している。いつもとの違いはそれだけだ。






◇◇◇◇◇◇◇






断続的に浮かぶ欲求に頭を握るようにしながら、何時か考え込んだ事を思い出していた。確かあの折は彼女にその結論を遮られたが。


掛けられた魔術は精神支配の類で、腕力の向上や武器を軽くしてみせるような類のそれではないのだろう。理性などという枷を解き放ち、殺戮や単純な欲望に精神を沈めるような話だ。大斧を振り回した事や、素手で人間を殴り殺した――これは割といつも通りだが――ようなあの折の出来事に、その魔術は関連していないのではないか。であれば導き出されるのは簡単な結論だった。


俺はこの不愉快に重たい大斧を振り回せる。その後の体中の痛みから察するに、無意識にそれを行使していないだけで、切り抜けねばならない状況が来るのなら迷わずそれは使うべきだ。

ただし単純に身を任せれば、殺戮を繰り返し飽きたら近くにいる彼女を押し倒すなどという事になり兼ねない。そんな事を始めないようにだけ気を付ければ何の事は無い。


のろのろと回る思考は、既に毒されていた。

判断が鈍っていたのも或いはその結果だったのかもしれない。


叫び声の聞こえ方に違和感を感じ振り返った先。軽く歪む視界に見えたのは、今まさに考え込んでいた状況そのものだった。

戦場にあってどこか上の空に見える彼女の名前を叫ぶ。そこに迫る明確な死。

躊躇など、ただの一片でさえ存在しなかった。


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