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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その7-2
212/262

23

帰るべき所。

この場合にはここもまた戦場の一端ではあるのだが。


「お前、遅ぇんだよ!」

「悪かった。状況は?」

「イェーナの所だけ魔物の対応に当たらせてる。で?」

「もう始まる筈……いや」

言い訳じみた事を話す間もなく、先程まで俺達が混じっていた主力の部隊が突撃する地鳴りと怒号が耳に入る。

しかしその一翼でもあるこの部隊にはそれを静観する指示をだした。彼らが突破口を開くまで、出来る事もないのだ。強いて言えば魔物の片付けに加わる事ならできるが……この場合、それは適当ではないだろう。

突入できるようになってしまえば、その後はとにかく早く敵を殲滅する必要がある。そこに注力できる人間は多ければ多い方がいい。

有事の際、敵を防ぐ為の門。閉じられたそれをこじ開けようと叩きつけられる大型槌の音が響く。大した作りではないそれはじきに破壊されるだろう。

欠伸をしながらそれを眺める金髪に、何の事はないこいつに門を破壊させた方が余程早かったかもしれない、などと思いつつ。

しかし。その様を遠間に眺める俺達の視線の先、また別の音が響く。




いつか聞いた絶叫。

的の先である北門から、魔物の唸りとは明らかに違う雄叫びが響き始めた。ただの絶叫ならば気分が悪いだけだ。しかしその既視感のある声色。いつか自分の口からも吐き出したそれを聞き違える事などない。

一つ二つではなく重なり合ったそれに、反射的に身体が硬直してしまう。それが複数の人間から発せられているのも疑いようがなかった。


「これって……」

隣で慌てた様子でこちらを振り返るレイスの顔が霞んで見えた。

体中から一気に汗が吹き出す感覚。響く絶叫はひどく心地よく感じられ、しかしそちら側へと引き寄せられる精神を必死に抑え込む。間違いなく、あの折の魔術と同類だ。ぎりぎりと擦り減る理性の中、つい先日聞き出した事を思い出していた。


『多人数を使役するのは、少しでも抵抗する意思があるだけでも無理だと聞いている』

『私の知り得る限り試した事はない。元に戻らず、気が触れたように戦い続ける可能性があると言っていた』

元には戻らず、気が触れたように戦い続ける。

あの怒りの表情の中に、それを受け入れる者がいない筈などない。

この状況に、死ぬまで戦う事を決心する者がいない筈などない。


ある意味では当然でもある彼らの決断と結末。

恐らく、あの門は外からではなく内から開かれるだろう。そしてその門の内側から流れ出すのは。


「まずい。行くぞ」

「どうするんですか?」

「気狂いどもが普通に解き放たれたら門近くで片づけるのが難しくなる。さっさと合流してあの周りで対応する」

視界の先に背中が見えたグライツに声を掛ける。やむを得ない。少なくとも程度を知る俺はそちらに加わるべきだ。


「んじゃ、行くか」

「お前は来るな」

「んだよ。俺はここで待機か?」

「カッセルと一緒に南門の連中と連携して……魔術師を倒せ」


「それを俺にやらせんのかよ……」

「お前にしかできない。門を吹き飛ばして乗り込め」

「お前は?」

「あの調子で出てこられてみろ。気圧されて敗走しかねない」

その言葉の意味する所を察したのだろう。思い切り顔を歪める金髪。


「あの調子の奴らの相手するつもりか?」

「死なない相手じゃない。なら倒せるだろ」

「本気かよ。一応言っとくが、逃げたって誰も責めねぇからな」

「そう言うお前こそ無理だと思ったらさっさと逃げてくれ」

「わかったけどよぉ。人使い荒れぇなおい」

あたまをぼりぼりと搔きながら、カッセルの部隊の方へと早足で歩くスライの背中に一瞥し、不安げなレイスの背中を軽く叩く。

何か言いたげな彼女の表情から視線を外し、前進を告げる声を張り上げた。




遠間に見える門は予想通り派手な音と共に開かれ、そこから流れ出した狂戦士たちとクラストの正規兵達が衝突する。

先行できる繋ぎに『まともじゃないやつらが出てくるから最低でも三人以上で当たれ』という伝令は伝えた。どこまでそれが守られるのかはわからないが。事実、門の辺りに集合していた兵達は押し返されているように見える。そしてその中心から響く理想の欠片も感じられない絶叫に、相変わらずの不快感と頭痛を噛み殺しながらも足早にそこへと近づきつつあった。

もしも伝令通りに複数で対峙していれば、そこまで被害は膨らまないだろう。あの折の自分も身体能力は飛躍的に向上していたが、立ち回り方はおざなりだった。自らの言葉の繰り返しだが。死なない相手ではないならば倒せない事は無い。


そんな事を比較的冷静に判断しつつも、戦いへの欲求が時折甘美に響き続けている。痛みや不快感であればそれを堪えるのは比較的容易い。しかしそれがひどく甘美な物であればどうだろうか。それを嚙み潰そうと合わさる歯がぎりぎりと音を立てていた。






無理やり連れてこられた感のあるグライツの部隊が敵と接触する。初めて対峙するであろうあの調子の相手にどれだけ対応できるだろうか。

見る限り、予想が正しい事に安堵した。門から繰り出してくる狂戦士の数はそう多くはない。五十かそこらだろう。楽な相手だとは到底思わないが、敵の全てが狂戦士となっている訳ではない。すると敵の魔術の範囲に制限があるか、敵の全員が憤怒にその命を燃やしている訳ではないのだろう。

頭数を考えれば対応するのに必要十分な筈だ。となると事の成否を左右するのは士気。相手を倒して見せさえすれば、それは十分に挽回可能な筈。その為には。


門から飛び出した所で明らかに押されている正規軍。それを押し返すように散開しつつある狂戦士。包囲の輪は広がりつつある。皆、体中の怒りを充満させるように低い唸りを上げるそれを遠巻きに見詰めて戸惑っている。やむを得ない。そこへと切りかかるのは相当の勇気が必要だ。何しろその足元には、恐らく先程まで人の形だった筈のぐしゃぐしゃになった肉塊が何人分か転がっている。まともにやり合うべき相手だとは思わないだろう。

今すぐにでも解放したい力の奔流への欲求を堪えながら、不安げにこちらを見上げる右目に告げる。


「援護しろ」

「……大丈夫ですか?」

「危なくなってきたら逃げる。倒せる事だけ見せれば大丈夫だ」

その言葉に頷いた彼女から表情が消えさる。

心配ないだろう。……少なくとも彼女については。


傭兵達の間をすり抜け、その先頭へと辿り着く。満足げに絶叫を上げる狂戦士たちを眺めながら大きく息を吸い込んだ。


「囲んで一人ずつ潰せ! この頭数で負ける訳ないだろうが!」

半ば恫喝にも似た叫びに集まる視線。狂戦士たちも含めて。


当然の如くこちらに駆け出してくる三人程のそれに視線を流しながら、改めてその重さに辟易しつつある大斧を構えなおした。


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