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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その7-2
211/262

22

完全に日が落ちて一刻程だろうか。前線に並ぶ幾つかの炎を眺めていた。

それを望んではいないものの、始まらない戦闘に少し気が抜けつつある。

並ぶ3つの傭兵団。その中央に位置しているカッセルの部隊の中腹で本隊からの指示を待っていたのだが。


暇潰しがてらに酷い味の携帯食を口に放り込んで水で喉の奥へと流し込む。俺の隣、少し決意のこもったような顔で同じように携帯食を口に放り込むレイス。慌てて差し出されたその右手に水の器を渡した時だった。俺達の場所から見て左手。北門の正面に陣取っていたゲランドの部隊のあたりから歓声が上がる。一度そちらに視線をやっていたレイスの、少し涙を湛えるような右目がこちらに振り向いた。


「そんなに不味いか?」

「まだ慣れませんね。……一体どうしたんでしょうか」

「わからん。見てくるべきか迷っていた」

「私も行きます」

「……ちょっと待て」

グライツの所の前線にいた一人がこちらに走って来る。行動から考えれば彼がその答えを持っているのだろう。


「フライベルグさん? あれ、一応見といたほうがいいんじゃないすか」

「何事なんだ?」

「悪いんすけど。たぶん、自分で見て貰った方がいいっす」

そう言いながら、自分の首に掌をとんとんと当てて見せる。

その仕草で思いつく事などただ一つだ。挑発するとは聞いていたが流石にそこまではしないだろうと思っていた。……ルカネが指示したのだろうか。

念の為腰の後ろの剣を確認し、足元に転がっていた大斧を担ぎあげる。場を外すならばもう身に着けておくべきだろう。


「おいおい、どこ行くんだお前ら」

そちらに向かおうとした背中にかかるスライの声。


「一応見てくる。悪いが動きが出るようなら指示は任せた」

「ふざっけんな。……さっさと帰って来いよな」

ふざけるなとは言いながらも、その当人も腑に落ちないのであろう言葉。軽く頷き、レイスと早足で歩きだした。






傭兵達の部隊を出た所でそれはすぐに目に入った。

本隊の最前列の更に前、幾つかの炎で浮かび上がるのは馬車の荷台の上に設けられた簡単なやぐら。……そこに数人の人間がぶら下がっている。


挑発。

それには幾らでも方法があるが、恐らくはその中でも最低の方法がそこに展開されていた。

縛られた両腕を掲げるよう吊り下がるのは、先日俺達が捕えた捕虜だった。ぶら下がった3人のうち1人は既にその命を終えている。先程の歓声はその瞬間だったのだろうか。その足元の土を流れ出たばかりの血が黒く染めていた。


捕虜ではなく死体となった者を吊る縄が切り離され、それはどさりという何の感慨もない音を立てて地面に転がった。ゲランドは不愉快そうな顔でこちらに一瞥をくれた後、それに唾を吐き掛けて北門の方へと振り向くと大きく息を吸い込む。


「出てこい腰抜けども!」

通りの良い大声が静かな戦場に響く。再び振り向いたゲランドが残るもう一人の脇腹を殴りつけた。くの字になったその体が大きく揺れ、くつわの奥から苦痛の声が漏れる。そして再び上がる歓声。

……聞き覚えのある苦痛の声。その姿にも見覚えがあった。未だ体を捩じるように低く苦痛の声を上げるそれは、先日俺が蹴り倒した女騎士だ。

隣にぶら下がったもう一人の捕虜にも同じように拳がめり込んだところで俺の足は、もう駆け足になっていた。遠間に見える北門の上、こちらを覗いていた兵士たちの表情が憎しみに燃えていた。




「お前……何をしている」

「ルカネ様から聞かれていませんかね。腰抜け共に穴蔵からひり出て貰おうかと思ったんでさぁ」

「もう十分だろ。降ろしてやれ。ルカネは?」

「隊長様は後方にお控えだ。何かあるならそっちに言って貰ってよろしいですかね騎士様」

ぶら下がった敵軍の捕虜の目の前で述べられる相変わらずな口調。


目的だけ考えれば効果的な方法だろう。もし俺も強い目的で動いているのなら同じことをするのかもしれない。実際の所、既にこいつらを生かしておく理由はないのだ。ヒルダやラヴァルを含めて多数の人間が死んでいる。

しかしそれは動機がある人間がやって初めて成り立つ理屈だ。出世欲だとか、俺にとってそんな安っぽいものは理由になり得なかった。何より既に彼らの死で事が終わりを迎えるのもわかっている。

……何か深い恨みでもなくこんな事をするような奴と並んで戦える筈など。

『意識して心を落ち着かせて――』

しかし数日前に聞いた金髪の言葉を思い出し、大きく息を吸い込んだ。

そう。実際の所、目的はこいつと一緒なのだ。


「こいつらに何か個人的な恨みが?」

「はぁ?恨み?なに言ってんだあんた」

「蛇足だったな。わかったから一度やめろ。おいそこのお前、今すぐにルカネ様を呼んで来い。……命令だ、俺の方が役位は上だろ」

手近でにやついていた兵士に声を掛け、面倒くさそうに振り返るその背中を眺めていた。




「騎士殿。お陰で作戦は失敗しそうですがぁ?」

「今ので意味がないなら続けたって結果は一緒だろ。こんなやり口、ルカネ……様は嫌がると思うぞ。分かってるか? 俺達は一応正規軍だ」

尤もであろう聞こえのいい理由を述べながら吊り下げられた捕虜2人を眺める。目隠しとくつわを噛まされ、ただぶら下がるその姿。せめて降ろすべきだろうがこの馬鹿は素直にそれをさせるだろうか。

そんな俺を見るゲランドは腰の剣の鞘をかちゃかちゃと言わせ、びくりとする2人を見て馬鹿にしたような笑いを浮かべている。

それを軽く睨みつける俺の背中に華奢な掌が押し当てられた。幾分か冷静になり、目的の北門の方へと視線を泳がせた。


「それで。……ここまでやって出てこなかったらどうするつもりだ?」

「はぁ? 門壊すに決まってんだろ?」

「槌は?」

「用意してるに決まってんだろうが。いい斧持ってるじゃねぇの。邪魔したんだからあんたも手伝えよ」


「もういい。黙ってろ」

「なんだぁ? 結局全員ぶっ殺すんだから一緒だろ?」

「一緒じゃない。黙れ」

「ちっ……」

こちらに向けた挑発も相手にされないとわかり、舌打ちと共に視線を明後日へやるその不愉快な姿。それを視線の外へと外し、数歩距離を取る。あまり近くにいると手を出してしまいそうだった。




「大丈夫ですか?」

「ああ。やっぱり待ってて貰うんだった」

「私は平気です。……すごく怖い顔になってます」

「平気だって。けど残念だが言ってる事は間違ってない」

「そんな事――」

「あるって。好き嫌いは別として。……早く戻って湯に浸かりたい」

「えぇっ? なんで今そんな事」

ひどく適当な言葉に、一瞬の躊躇の後に少し目尻を下げる見慣れた右目。


「さっさと片付けよう。ルカネはまだか?」

「そうですね……。あぁ、あと。えぇと。私がついてるから大丈夫、です」

「はぁ?」

「この間オルビアさんが、困ってそうな時に言ってやれって……」

この場面でそれはどうかとは思うが。顔を真っ赤にしている彼女に自然と笑みが浮かんでくる。

少なくとも俺にはその自覚などなかったが……それは危ない橋の上に立っていた俺の精神を、一歩後ずさりさせていたのだと思う。




「おいおい、随分と気楽なもんだな?」

久し振りにも聞こえるゲランドの声。


「ルカネはまだか?」

「なぁいい趣味してんじゃねぇか。なんなら反対の腕も――」

「黙れ。今ここで殺すぞ」

「へぇ騎士様。そういう脅しはさぁ、もっと仲間の多い所でやった方がいいんじゃねぇの?」

「いいから黙ってろ間抜け」

「へっ」


やがて兵達の間から、ルカネの一団がこちらへと進んでくるのが見えた。それにゲランドが再び舌打ちするのを見て、やはり勝手にやっていた事なのだと確信しつつ。

しかし、これではこの馬鹿の言う通りになりそうだった。援護しつつ突撃して槌で門を破壊。これ以上なく単純なやり方はそれなりの犠牲を伴う。くたばるのがこの馬鹿だけならば気にもしないが。


狼狽するルカネに、残る捕虜を後ろに下げるよう進言する。不満気なゲランドにしかしルカネは毅然とした態度を見せた。


「我々は正規軍だ。敵兵とは言え、このような畜生に劣るような行為は二度とするな」

「へい……すんませんでした。少しでも犠牲が少なくできればと――」

「それ以前の問題だ!こんなのは絶対に認めない!」

「……。」

「挑発と言っていたが他にやり口が? ないなら突撃しかない。一刻後だ。いいか?」

「へい。おっしゃるとおりに……」

隠しきれていない嫌気の籠った返答と無表情な顔。青年はそれに少し気圧されながらも全て言い切り、取り巻きに捕虜を運ばせる段取りをしている。


「じゃあ一刻後だ。まぁ月並みだがあんたに掛かってるから上手くやってくれ」

自分でも驚くほど感情の籠らない声でゲランドに告げる。

金髪にも早く戻れと言われていた。吊り下げられていた捕虜は地面に降ろされ自分の中でのある程度の折り合いもつき、戦いのやり口も決まった。

……もうここに用はない。そんな時だった。




軍が配置されている背後に、低く魔物の声が響く。

唸り声が響く範囲を考えれば今までの襲撃のようなちょっとした数ではない。持てる魔力を吐き出してかき集めでもしたのだろうか。対応にはそれなりの頭数が必要だ。


「一刻後なんて言ってられないな。おい馬鹿。すぐに動けるのか?」

「当たり前だろうが」

「ルカネ様は後方の部隊で魔物の対応を。うちの部隊も1つ送ります」

「おいてめぇ、仕切るんじゃねぇよ」

「ゲランド、それでいい。2部隊を一度後ろに振り向ける。すぐにそちらの応援に向かわせるから無理をするな」

「……へいへい」

相変わらず不愉快な返事を聞きながらも、ルカネと一度視線を合わせて踵を返す。早く戻らないと本当にあの金髪に殴られかねない。


その開始を自ら早めた感もあるが。

気の進まない戦いに備え、本来いるべき場所へと歩き始めた。


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