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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その7-2
206/262

17

暗い空の下、ゆっくりとこちらに向かってくる馬車たち。

遠目に見える斥候の人間の困り果てた様子と、先頭の馬車の手綱を引く人間の引きつった顔。それに大きく手を振り、声を張り上げた。


「傭兵部隊のフライベルグだ! 止まれ! 何でこんな夜に強行軍している!?」

その言葉で馬車たちが足を止めたのを見て軽く考え込む。バレスティに何か吹き込んだ奴らの刺客だろうか。それにしては数が少なくも見える上に、俺の名前で立ち止まる必要もない。

しかしそんな思考や言う事を聞かないという触れ込み、その理由はすぐに判明した。


2台目の馬車からゆっくりと降りる人影。

薄い月明かりの下で一度軽く首を傾げ、こちらに歩いてくるその姿を眺めていた……と言うよりも。硬直していたというのが正しいのかもしれない。その固まった空気を最初に破ったのはレイスだった。


「オルビアさん!」

駆け出す彼女の後ろ姿。そしてその視線の先。長い金髪。体の線が出るような細い服。自信に溢れたような表情。いずれにせよ。その女の名はオルビアと言った。

そこに纏わりつきかけたレイスが直前で足を止め、並んでこちらに歩いてくる。



「お前。なんでここにいる」

「何でとはなんだ。あぁ違う、お前に貰った手紙が――」

「手紙なんかよりお前その傷……」

「あぁこれか?」

言いながら、左の首元の大きな傷跡に軽く触れて見せる。


「流石に無傷って訳にもいかなくてな。狼頭に引っかかれて死にかけた。膓はみ出して痛くてなぁ。レイスには後で見せてやるよ」

「お前……」

「オルビアさん!」

「うわっ!」

我慢していたのだろう泣き出したレイスに抱きつかれ、初めて聞くような悲鳴を上げるオルビア。困ったように笑いながらレイスの髪を撫でるその顔は少しやつれている。それは帰る道のりが決して平坦な物ではなかった事を教えていた。


「ウルム、逃げ出せたんだな」

「あんな所でくたばってたまるか。実際には危ない所だったが。まぁ戻ってボスに報告して色々聞いた。お前も出掛けてるって話で。なぁレイス、もう離せって。あ、忘れてた……」

後ろを振り向いたオルビアが後列の馬車に手を振ると、こちらも久々な白いローブを着たライネが降りてくるのが見える。幸い彼女も生き延びたらしい。

感慨深い再会のやり取りをしながらも、追いついたカッセルに問題ない旨を話しているスライの声で我に返った。

夜も更ける。仕事をまず片付ける為、先頭の男に荷物を降ろすべき場所を指示し始めた。







ライネには到着早々、深手を負った兵の治療に当たって貰った。戦う事が出来ない傷を負った彼らは予定ではパドルアへ戻れるはずだったが、このまま同行する事となる。どちらが幸運なのかはわからないが。

更に荷物の受け入れ、バレスティが連れていた奴隷たちの輸送の説明を済ませた頃には、すっかり夜は更けていたが……再び小さな焚火を囲む。

かつての護衛の折に野営をしていたようなとは良く言った物で、そこにオルビアとライネが加わるとそれはどうも既視感のある集まりとなった。



「オルビア。どうやって戻った?」

「お前に貰っていた手紙、まずはその礼だ。荷下ろし積み込みもすごい人数が手伝いに来た。コネってのは大事だな」

「なんの話だよ……」

「で、さっさと出ようとしていた所で北門が騒がしくなってきて。流石に死ぬかと思ったぞ」

「襲撃の中で出て来たのか?」


「出ようという所で騒ぎが始まった。ラヴァルの爺さん、無理やり門開けて送り出してくれたよ。結局派手に襲撃されて最初は貧乏くじかと思ったが……途中でやられる奴もいたが半分くらいは生き残ったと思う。あそこに残っていた奴は駄目だったろうな。」

先程までの柔らかい空気は微塵も残っていない。


「ライネ……いや、アレンの所は?」

「どういう訳だか何人か一緒に出る話になっていた。ライネは同じ馬車で出て来たんだ。彼女がいなけりゃ私は膓垂れ流して途中で死んでいたな。他にも沢山いたがすぐに散り散りになって……最悪だった」

少しの沈黙に、スライの隣に腰かけたライネが口を開く。


「ヒルダは……恐らく生きてはいないでしょう。追われる状況になって、足止めするのに馬車から降りたんです。あの状況で生きている訳がない」

「……。」

「止めはしたんです。でも彼女がああしなければ、私もオルビアさんも死んでいた。彼女だけじゃない。他にも沢山の人が同じように死にました。彼らのお陰で私たちは生きていて……戦う力もない私が生き残ってしまった」

少し震える声でそこまで言い切ったライネは静かに視線を落とす。


小さな炎の周りに流れる沈黙。

見知った人間が命を落とす事も覚悟はしていた。それがなくなればいいなどと言ったのは何時だったろうか。

再びざらつく心を振り払うように、振り絞るような相槌を打つ。再びオルビアが口を開いた。


「結局、私達も馬車は乗り捨てた。街道を外れてひどい遠回りだったせいで行き倒れるかと思ったが……丁度通りかかった正規軍に拾われてな、繋ぎと一緒にパドルアまで戻らせて貰ったんだ。……あいつら、一体何だ? 魔物だぞ? あんなごちゃ混ぜで襲撃かける魔物の群れなんて聞いた事ない。オーガや犬頭、北門の方じゃワイバーンなんかも見たって話だ」

「そういった指向性を植え付ける魔術を使えるらしい。捕虜からも確認した」

捕虜という言葉にライネが軽く目を見開き、若干泳いでいる視線を地に落とす。生まれた復讐心や殺意に戸惑いでも感じているのだろうか。追われる立場になった者なら当然の事だろう。

そこから視線を外し、こちらも自分の知る事をざっくりと話していく。




「――で。東の正規軍の状況はどうだ」

「苦戦しているらしい。何しろパドルア中の殆どの冒険者が駆り出されてる。アレンさんの所も何かしている様子だ」

「……私もあちらに駆り出されるものだと思っていましたが」

オルビアの言葉に相槌を打つライネ。


「正規軍の加勢に行く必要が?」

「いや、それは大丈夫らしい。ここに連絡書があってな?」

わざとらしい程に明るい表情のオルビアがひらひらとさせるその手紙。沈んだ空気に、どうかとは思うがそれに乗る事にした俺も笑いを浮かべてそこに文句を垂れる。


「そういうのは最初に出せよ……」

「再会を喜ぶのが先だろうが」

「お前が言うと安っぽく感じるな」

「これ燃やしていいんだったか?」

「いい訳ないだろうが。せめて一回読ませろ」

手紙に目を通す間にも、沈んだ空気を振り払うようオルビアが疲れた表情で言葉を続ける。


「しかし傷がへそのあたりまでざっくりで本当に死んだと思った。ライネがいてくれて本当に助かった」

「いえ。一人でも多く助けられたのは幸いでした」

「レイス、聞いてくれよ。傷が塞がったのは良かったんだがな、服がぼろぼろで軍に見つけて貰って時にゃあ、もうどうしようもない恰好でなぁ」

「えぇ……」

「流石の私も恥ずかしかった」

「お前も恥ずかしいとか――」

「先行していた部隊がまともな連中だったから良かったけど、仕様もない冒険者なんかに見つけられなくて本当に良かった」

あっさりと言葉を遮られ顔を歪めるスライがこちらに視線を寄越す。それに文書の内容で答えた。




「王都から援軍が出ている。俺達はこのまま北まで押し返せ、だそうだ。ここで負けてたらどうするつもりだったのかは知らないが。ウルム周辺を目指すらしいから途中で会うかもな。運が良ければ俺達の仕事は無くなるかもしれない」

「予定通り北上だな」

「それはそうだが……普通に話が回ったにしては動きが早い。しかし織り込み済みの話なら遅いな」

「毎度なにやってんだ。どうせ碌な話じゃねぇんだろうが」

概ねスライの言葉通りであろう事を皆が考えている雰囲気の中、オルビアが沈黙を破る。


「じゃあ、疲れたから私は寝る」

「お前なぁ……。確かにもう遅いけど」

「そうだろ? あぁ私も疲れているのに夜更けまで歩いて届けてやったんだ、食い物は大事にしろ」

「そりゃ分かったが制止にはちゃんと従えよ。攻撃されかねないだろうが」


俺の言葉を無視するようにオルビアはその場で横になり始める。かつて護衛で同行していた折とまるで変わらない空気。それに苦笑いを浮かべる左隣のレイスが続いて横になるのを確認し、俺もその場で土の上に寝転んだ。

視線の端。スライとライネが静かに話し込んでいるが……その内容に聞き耳を立てる程に悪趣味ではない。





暗い空を眺め、ぼんやりと考えていた。


ヒルダは今際の時、同じように空を眺めたりしたのだろうか。そんな暇もなく意識を無くしたのだろうか。知りようもない小さな疑問の中、彼女がヴォルフと笑いながら話し込んでいた姿を思い出す。彼女には小さな子がいると聞いていた。彼女は死の瞬間、子の事を考えたのだろうか。自分も何かあれば今際にそれを思い出すのだろうか。


ラヴァルはあの場に居た事を後悔したのだろうか。俺を推薦までしてくれたあの老騎士はあの炎の中に居た筈だ。ウルムは一般市民の居住も始まり、復活を遂げていく筈だった。現地に居るのが戦闘部隊だけであれば単純に拠点の放棄も出来たかもしれない。しかし彼らを守るために戦い、敗れ、死んでいったのだろうか。目的も果たせずに。


死んでいった名前も知らない者達。戦闘員ではなくあの町での新たな生活を望んでパドルアを発った者もいた筈だ。どこかですれ違った者もいたかもしれない。彼らはその家族にまでも迫る死に、自らの判断を悔いただろうか。


一領主の復権の為の栄誉。そんな事で命を落とした者達。

見知った人間が命を落とす。そんなのは慣れっこでいつまでも引き摺る事などない。まして他人など。

しかし自分の命に代えても守りたい家族という存在は死んだ人間の想い人や家族へと思いを至らせてしまい、慌ててその暗い考えを頭の外へと放り出す。

軽く吐こうとした息はひどく長いため息にしかならず、それにもうんざりしながら目を閉じた。


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