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◇◇◇◇◇
グライツという銀髪の青年と馬車の方へと歩き出した、浮かない表情であろう彼の背中を眺める。
残されたのはイェーナという傭兵団長の女。盛り上がった筋肉と日に焼けた顔は……ある種自分とは対極のような姿と雰囲気だった。正直な所あまり得意な種類の人間ではないそれが、こちらに視線を落とす。
「なぁ。あんたさあ」
「……?」
「二人しかいないんだからあんたに決まってるだろ。あんた、あれのお気に入りかなんか?」
確かに……客観的に見ればそういう関係の方が分かりやすいかもしれない。しかしその言葉面に嘲笑にも似たようなものを感じ、やるせない感覚に少し顔が強張る。
「あぁごめん、そういう意味じゃなくて。私らみたいな傭兵団なら奴隷連れてたりするけどさ、なんかそういう雰囲気でもないし」
「……あの人はそんな事しません」
「……ぷっ。わははは」
豪快に笑いだしたその姿は間違いなく私とは対極だ。
「ごめん、悪かったよ。そう眉間に皺寄せるなって。腕とか目、あいつがやったんじゃないんだ?」
「そんな事する訳ないじゃないですか」
「ごめんな? そういう趣味なのかと思ってた。戦のごたごたで分からないように逃がしてやろうと思っただけでさ」
成程。そう悪意のこもった話ではなかったらしい。
「初めて会った時から私は……変わりません。気持ちは有り難いですが――」
「わかったってば。ふぅん、魔術師だよね?」
「はい。まだまだですが」
「そうかい。ありゃもう少し出世しそうだ。良かったね」
「出世?」
「裏切が出た状況でも生き残っただろ? 運のない奴はそういう所で普通に命を落とす。生き残ってる奴ってのは運でも腕でも頭でも、まぁ何か持ってるって事さ。戦って生き残り続けりゃ、そりゃあ出世もするだろ?」
「……そうですか」
「あれ。褒めてるんだけど?」
「今の生活を維持できれば十分なのに面倒な話ばかり舞い込むって、いつもみんなで文句言ってますから」
「わはは。でもその生活の為にも働かないと。何もしないで飯だけ食えるなんてのは、私からすりゃ死んでんのと同じだよ。飼い犬か何かじゃないんだからさ」
「犬……」
「例えだってば。まぁいいや、悪かったね余計なこと言って」
北門のあたりで手を振る人間が見える。彼女の傭兵団の人間だろうか。
「いえ。……ありがとうございます」
「いやいや、私も一応女だからね。そんくらいは気にするよ。何かあったら言ってきな」
言いながら立ち去る大きな背中に、軽く頭を下げた。
◇◇◇◇◇
後ろを着いてくるグライツを確認しながら、馬車へと重い足を運ぶ。
彼らを引き連れてきたのはカッセルとその部下たちだ。スライもそちらに同行してもらっている。彼らに手を挙げて見せた。
「悪かったな。バレスティは?」
「一緒に放り込んであります。傷は浅くはありませんが死ぬような怪我じゃありません。喋れます」
カッセルはそう言いながら、俺の後ろについて来ているグライツに視線を向ける。
「気にするな。取り敢えず、色々と聞きたい事がある。馬車をもう一度村の外まで出してくれ」
「……わかりました」
その言葉の意図するところを理解しているのだろう。やはりカッセルの表情は浮かない物だった。
馬車から引きずり出され、地面に座ったバレスティを見下ろす。後ろ手に縛られ、更に傷口の止血であろう適当な包帯に巻かれ、こちらを見上げる視線にはあまり感情も見つけられない。先程は剣を引き抜く姿を見たが、あの折に腹は括っていたのだろう。右目の上の大きな傷跡を見ながらぶっきらぼうに質問を始めた。
「で。裏切った理由は?」
「……想像つくだろ。オレンブルグで騎士階級が貰えるはずだった。その筈だったんだがなぁ」
「最初からその予定だったのか?」
「そりゃそうだ。武器持って向かい合ってからそんな話するとでも思ってんのか?」
「国内の人間か?」
面倒くさそうに空を見上げるその顔を蹴り倒す。派手にひっくり返ったその髪を掴み、体を引き起こした。
「クラストの関係者から接触があったのかと聞いている。答えろ」
「だったらどうするんだい? 言えば見逃して貰えんのか?」
「いや。苦しまないように殺してやる」
「あんた冒険者出身だろ? 騎士になれる話が出た時どうだった? 願ったりかなったりだったろ?」
「そうでもないな。何しろお前みたいなやつを相手にする羽目になった。で、答えは?」
「へっ……」
薄ら笑いで答えるその顔を再び殴り倒し、腰の後ろから安物の剣を引き抜いた。流石に曇るその表情を眺めながら、その雑に整えられた刀身を太ももに突き立てる。苦痛に上がる絶叫を聞きながら刀身の血のりを振り飛ばし、それを元あった位置に収めた。
「質問に答えろ」
「ぐっ……俺達が連れてた女たち、あいつらは……どうなる?」
「娼館行きか、ぎゃあぎゃあ言うなら死ぬ。処理はギルドに投げる。最後の言葉はそれか?」
「俺達は戦死したって言やぁ大人しく従う。良くしてやってくれ。お気に入りもいるもんでな。くそっ痛え……早く殺せ」
「カッセル。あいつらに何か話したか?」
「いえ。不安はあるようですが、今のところ静かなもんですね」
「……。」
正直な所、意外だった。奴隷など消耗品としてしか扱わないであろう傭兵にして、そんな心配をこの状況で吐くとは。しかしそれを理由に助命する事はない。その上、自分で弱点を晒してどうするつもりなのだろうか。
「それなら。その連れ達の命と引き換えに……」
しかしそこまで口にした所で、不安げな表情で馬車の中に納まっているであろう女たちの姿を想像してしまう。その先の言葉は続かなかった。こいつが喋らなかった場合、その女共を片端から切り殺す羽目になる。無抵抗の女たちを切り殺して回るのは、流石に先日の折の自分でも躊躇するだろう。
途中で言葉を止めて考え込んでいる俺を見て、バレスティが苦しそうにこちらを見上げる。
「さっさと殺せ。悪いが繋ぎをつけてきた人間以外は知らねぇ」
残念ながらそれは事実だろう。そして、ある種の救いの言葉でもあった。
少し離れた所でこちらを見ていたグライツに視線を向ける。目を合わせた銀髪の青年が、腰に吊った剣を引き抜きながら歩いてくるのを眺めていた。一度確認するようにこちらに向けられた目に、再びバレスティへと視線を落とす。
その顔がにやりと笑い、頼むぜなどと小さく口走るのを見て俺はグライツに頷いて見せた。直後、振り下ろされるグライツの右手。
握られた片手剣は聞き慣れた嫌な音を発すると、あっさりと彼を終わらせた。




