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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その7-2
199/262

10

翌日の夜。森の淵にほど近いあたり。多めの見張りを出させつつ、皆に集まって貰った。

いつもの皆に加え、疲れた顔のイェーナとグライツが今日はそこに加わっている。


「お疲れ様だった。お陰で背中から刺されるような事はなさそうだ」

「追加で貰わないと割に合わないね」

「同感だ」

心底疲れた、と言った様子のイェーナと、相変わらず不愉快そうな顔のグライツ。……こいつはこういうのが普通なのだろうか。


「極力そうなるように働きかけてみる。約束はできないが多少の上乗せなら出来るだろ」

幾分か穏やかになる2人から視線を逸らし、皆の顔を見渡す。


「やっと相手が見えてきた。まぁ、出るか待つかだ。期間が長いようなら相手の補給を絶つことも考える。だが、頭数があまり変わらなそうな上に、相手は魔物を呼び寄せられるかもしれない。……どうするべきだと思う?」

皆の顔をゆっくりと見渡す。まぁ、この場合作戦も何もない。手を出すか、手を出してくるのを待つか、それだけなのだが。一応、皆の意見も聞いておきたかった。



「私は様子を見たいね。構えてる所に突っ込むのはどうかと思う。もしやるなら夜だね」

「俺は待つ方がいいと思う。こっちの被害も少ないし……客の前で何だが、日数が長い方が実入りは多い」

「散開して夜襲でどうですか。森が退路になるので幾分か手を残すべきかと思いますが」

「じゃあ今晩にでも叩きましょうや。毎日欠伸して待つのも癪でね」


聞いてはみたものの。正直な所、さっさと追い払ってしまいたかった。

敵の増援や、状況が分からないパドルアを発った正規軍の首尾。こちらを早く片付ける事に、悪い点などないのだ。

左右に座る二人に視線を移すと、見慣れた右目は俺に任せると首を左右に振って見せた。反対の金髪の魔術師が頭を掻きながら口を開く。

「俺も任せる。頭数も変わんねぇ。追い払うのも待つのも、どっちも一長一短だ」

それを聞きながら、考えていた方針を確定させた。


「明日の晩、夜襲を仕掛ける。イェーナ。グライツ。悪いが昼の間に迂回して北上だ。夜になったら正面の2部隊で取っ掛かりを作る。後ろから攻撃してくれ。一方的に行けるならそれでいい。厳しければ素直に引いて、森まで戻る。相手は長物を取り揃えていた。追撃されても森の中ならこちらの方が強い」

其々の思いが浮き出た表情が頷くのを確認して 立ち上がる。


「もう目と鼻の先だが、少しでも休んでくれ。見張りは怠らない事と、相手の斥候だの偵察だのには気を付けろ。ここまで来てるのが知れるのは仕方ない。だが、東西に展開しているのが見つかったら、夜襲も含めて意味がない」

「分かってるって。今まで苦労したんだから今度は後ろから殴る役をやらせてもらうよ」

「大きく迂回する。これ以上貧乏くじ引きたくないんでね」

自分勝手な事を言いながら去っていく2人を見送り、残るバレスティとカッセルに声を掛ける。


「一応、撤退に備えて森に少し手勢を残したい。割けるか?」

「うちはみんなそういうのは苦手でね。そっちから出して貰ってもいいかい?」

「苦手って。まぁ分かりました。じゃあ30人程は残しておきます」

「待ってるのは性に合わねえんだ。その分、現地じゃ働くからよ」


「カッセル、悪いな。なるべく機転が利く奴を残してくれ」

「そうですね。考えておきます」

「へへ。わりぃな」

「いえ。その分、戦いの方をお願いします」

「おう。任せとけって」

ひどい温度差のやり取りを交わす、残る2人が戻って行くのを見送った。




「……上手くいくでしょうか」

「裏から攻撃して貰う2人に掛かっていると思う。俺もあっちに行くべきだったか」

「後ろから見てるだけだって言ったじゃないですか。駄目ですよ」

「そう言えばそうだった。森から指示を出すべきか?」


「いやいや。お前は主力と一緒に前進しろよ。多分、その方が安全だろ。包囲されるとも思えねぇ」

「……。」

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもない」

なんと言うか。ままならないとはこういう事を言うのだろうか。最前線に出たい訳ではないのだが、行動が制限されているようでどうもやりづらい。とはいえ陳腐な言葉だが、最終的に勝たなければ意味がないのだ。

籠っていても全体が見渡せる訳でもないこの地形では、スライの言う通り頭数の多いバレスティとカッセルの部隊に同行すべきだろう。


方針が決まった所で控えめな焚火から薪を引き抜き、更に小さくなった炎。それに軽く目を細め、明日に備えて早めに眠りにつく事とした。









空を見上げていた。

日没からまだ如何程も経っていないが、月は相変わらず細く、空はひどく暗い。

先程バレスティとカッセルからは準備は整っている旨の報告を受けたが、流石にまだ早いだろう。日没と共に眠る程には相手も惚けていない筈だ。

それから太めの薪が燃え尽きる程の、欠伸が出る時間の後。

静かに出発を告げた。


薄い月夜の中で静かに動き出す群れが、村を囲むような野営地を目指して早足で動き出す。

遮蔽物のないなだらかな丘陵地帯。目的は遠くからでも見渡せた。

歩きながら腰の後ろの剣の柄を一度握り、次いで出発前に袋をかぶせておいた長柄の大斧の先端を確認する。目論見通り、光は漏れていない。


やがて、左手に陣取っていたバレスティの部隊が駆けだした。相手に動きが見えたのだろう。それに応じて、カッセルの部隊も速度が上がる。

攻撃開始を知らせる火矢が暗い空に上がり、目的の村からは敵襲を知らせる怒号が聞こえる。

その背後から、残る2部隊も遅れて攻撃を仕掛けるだろう。


「リューン様。本当にお願いしますよ?」

「分かってるって」

隣を歩いていたレイスが一度こちらに視線をやり、軽い駆け足になった俺の後ろに続く。


分かってる。

確かに俺はそう答えたし、本心からそう思っていた。









飛び交う怒号。金属のぶつかり合う音。誰かの断末魔。痛みにあげる絶叫。

突き進むカッセルの部下たちの中から、それらを眺めていた。


村近くにまで肉薄し、出遅れた敵の槍兵たちを切り分けるように進んで行く。

所謂正規軍において恐らく抜きんでているであろうグレトナの所の出身である彼らの練度は、恐ろしく高い。見る限りほぼ一方的に相手を打ち倒して進んでいる。

左に大きく逸れるように突っ込んでいったバレスティの部隊は大丈夫だろうか。こう調子よくはいかないだろう。中央で突っ込み過ぎるのも考えものだが、各個撃破されるのは当然ありがたくない。


狙い撃ちは避けたかったので、馬は持ってきていない。低い視線の中で懸命に辺りを見渡して状況の把握に努める。

その隣、スライが手の中にこさえた火球を明後日の方向に放った。それは緩やかな弧を描き、カッセル達が進む方向とまた違った先で大きな爆発を起こす。


耳を澄ますが、左手で交戦しているであろうバレスティの部隊の音は聞こえてこない。代わりに聞こえてきたのは、聞きたくもないオーガの咆哮だった。


「くそ。何処かにいたらしい。あっちはイェーナの部隊の方だ」

「読まれてたんじゃねぇか?」

「反対のグライツの方が来た所でもう一度考える。頭数じゃ似たようなもんだろ」

「そうだな。少なくともこっちは……」

「?」

途中で言葉を止めたスライの顔が大きく歪んでいる。慌てて振り返り、視線の先を追った。

その視線の先にあるもの。それは。


黒い甲冑。先日、一発殴ってやろうなどと考えていた当人。

だが、問題はその隣にいた人物だ。ニヤ着いた顔のバレスティが黒い甲冑の隣に立っている。

まさか世間話でもしている訳ではないだろう。


「……最悪だ」

「二本だ、早く!」

スライが近くの兵から、撤退を知らせるための火矢を受け取っている。

そこに響く軽薄な声。


「隊長どの! 降伏すれば命は保証するそうですよー!」

半ば笑いの含まれたその語尾。周りにいるカッセル達も異変に気付いたらしい。当たり前だ。さっきまで同行していた仲間が、敵と並んで遠巻きにこちらを眺めているのだ。


よく考えればその兆候は確かに有った。

守る側にあって見付からない相手の斥候。森に仲間を残したくないという申し出。長期に渡るとは思えない戦闘で、奴隷たちまで連れて来ている。

もっと言えば。そもそも明らかに戦闘が起こらない場所に、魔物の相手も禄にしないという傭兵団がいる事。


「どうします?」

カッセルの上ずった声で我に返ったが、その言葉はどう逃げるかといった意味なのだろう、などと間抜けな事を考えていた。

この場だけを端的に考えれば、味方の半数が敵になったという状況だ。普通にやれば勝ち目などある訳がない。うまく森に逃げ込む事ができてもだ。

既に問題は、どうやってこの場を切り抜けるのか、という事になっている。


「今なら連れのお気に入りも生かしておきますよー!」

続くバレスティの声。恐らくはそのお気に入りと評されたのであろうレイスが、顔を強張らせている。

その肩を軽く叩いた。


「口先で少しだけ時間を稼ぐ。走れるか?」

「走れません」

この状況にあって不満そうな顔で即座に返る答え。こちらはそれに苦笑を浮かべる余裕も無い。

説得を諦めてカッセルに向き直る。


「逃げるぞ。森まで逃げればまだやりようはある」

「分かりました。援護します」

「少しだけ稼ぐから全体の向き変えろ」

「はい。出がけに火矢2本を3回ですね」

冷静な受け答えだった。しかし、動揺が広がりつつあるカッセルの部隊も包囲されつつある。

完全に包囲されたら終いだ。イェーナとグライツの部隊も、準備の整った部隊に迎撃されているだろう。特に前者は既に魔物と遭遇している筈だ。

時間は無い。

目の前の本来の敵である正規軍をいなしながら、逃げる方向へ陣形を変更しつつあるカッセルたち。それを押しのけ部隊の西端、バレスティ達に見える位置に早足で歩み出た。


「どういうつもりだ!」

「隊長どのー!諦めて下さいよ!」

「真っ当な仕事なんて無くなるぞ!?」

そんな事は分かっているだろう。馬鹿にしたような答えが返る筈だがそれでいい。大声で間抜けなやり取りをしている間は、向こうも突き進んではこないだろう。あと2,3回のやり取りに付き合ってくれれば十分だ。

少しだけ時間を稼ぎ、一気に森へと駆け出す。

……しかし、答えは返らなかった。


俺の視線に映るのは、隣の黒い甲冑、更にその先に無言で視線をやるバレスティの姿だった。無意識にそれを追う視線。黒いローブ。その深いフードを上げる女と目が合う。

黒い甲冑とローブ。仲がいい事だ。次はどんな話をするべきか、などと考える俺の視線の先。その口が何かを呟く。



その瞬間。軽い目眩と共に、懸命に回っていた思考は動きを止めていた。左手を伸ばし、背中から抱えるようにレイスの控えめな胸に手を回す。


「は……えっ!?」

見開いた右目が、明らかに場違いな行動に驚いた声を上げる。

手に伝わる柔らかさ。そして、目の前の敵の存在。

薄く笑いながら、狼狽した顔の彼女から手を離す。


「いや、後にしよう」

そう。後でいい。先にあっちだ。


体を流れる血が沸騰するような。仇を見つけ全身が震えるような。

始まろうとしている闘争の喜びに、身体が燃えるようだった。

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