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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
日常パート3
194/262

03 動機とかそういった所の整理の話

テーブルにつき、目の前に並び始めた夕食を眺めていた。


2人は目が少しはれていて、一体何事かというような雰囲気ではあるが。

先程夕食の準備で忙しい3人に、改めて説明をしておいた。予想の範疇ではあるのだが、エステラ以外の2人はミリアの様子に気付いていたようで、予定通りであろう驚いた顔をして見せる。唯一エステラだけが驚いた顔と共に戸惑うような仕草も見せていた。どんな顔をすればいいのかわからないといった様子で、明らかに挙動も少しおかしいのだが……まぁいい。自分たちの形成している世界が少し歪な事くらい、百も承知だ。


先程声を掛け、じきに降りてくるであろうヴォルフとティア。

彼らにも伝えるべきだろう。黙っておくほど遠い仲だとは思っていないし、本音を言えばこういった事を話すのは、少しうれしかった。




レイスは口を尖らせ、先日俺が一人で走り回った折の事を懸命に説明している。それに、大げさに驚いたような顔をするミリア。

その様子を眺め、苦笑いを浮かべていた。

それはいつだったか。紆余曲折を経て、今や彼女たちが自分の家族であるという事実を改めて認識した。それが今となっては。俺は、父になるというのだ。

ギルド付の中級騎士。使用人を3人も抱えた屋敷。俺の事を心から思ってくれる上に、勿体ないほどよくできた家族。

かつて自分が立っていた場所を一瞬だが遥か彼方にも感じつつ。しかしもはや極彩色に染められつつある世界を、守らねばならないという事を改めて思い出す。


テーブルの何もない場所をぼんやりと眺めていた。

ミリアの状況を考えれば、ここから逃げ出すという選択肢は難しいだろう。あまりよくはわからないが、長旅など身体に差し障りがない筈がない。

それに……子を見せたい相手も沢山いる。




「――せい?」

「――様?」

聞き慣れた呼び声に顔を上げると、呆れ顔の2人がこちらを見ていた。


「悪い。考え事してた」

「そんな事見ればわかるってば。それで何も考えてなかったら私、あたま引っ叩くもん」

「おっかないな。じゃあ今回は叩くなよ?」

「先生、違うってば」

更に呆れた顔をしているミリアが、俺の右を指さす。

振り向いた先。テーブルの脇に立っているヴォルフまでもが呆れ顔を浮かべていた。


「悪い、気付かなかった。大丈夫か?」

「大丈夫とは何の話だ。私はお前が大丈夫かと考えていたぞ?」

いつの間にやら軽い語り口を身に着けたヴォルフに笑って見せる。


「実は。夕食の前にちょっと報告というか。話があって」

「なんだ?」

「子供ができた。」

「……ほう」

流石に少し驚いた顔のヴォルフと、いつも通りの薄い笑みを浮かべたティア。彼女に関して言えば、もしかすると先程3人で話していた折、既に筒抜けだったのかもしれないが。


「一応、その話だった。こういう状況だ。次に会う時には生まれているかもしれない」

「そうか。尚更お前の目的は重くなるな」

「目的? なんの話だ?」

「争いが無くなるように戦っているのだろう?」

口に運んだ水を吹き出しそうになった。


「俺はお伽噺の勇者様じゃない。そんな気狂いだと思ってたのか?」

「ティアから聞いたぞ?」

一体なんだという俺の視線に、困惑した表情のティアが無言でレイスを見る。


「え。ええっ? わたしそんな事言ってないですよ」

ティアの視線の先を追った俺に、慌てて手を振って見せるレイス。

少し困ったような顔のティアが、控えめに口を開く。


「お店が沢山ある所に行った時です。どこに行くにも命の危険がないような世の中になればいい、と」

「……あ。」

相変わらず言葉の足りない説明と、レイスの何か思い出したような間抜けな声。そちらに視線をやると焦った顔が目に入る。

「違います、そういう意味じゃないんですよぉ」

懸命にやり取りを説明するレイスと、訝しげな表情のヴォルフ。さっさと理解したのかどうでもいいのか、再び笑みを浮かべるティア。そのやり取りを、目の前のミリアと一緒に苦笑いで眺めていた。

どうやら以前、争い事が無くなればいい、などと話したのを拡大解釈されていたらしい。




「何か勘違いさせてしまってすみません」

がっくりと肩を落とすレイス。そこから視線を外し、隣に座ったヴォルフへと顔を向ける。


「間抜けな話に聞こえるかもしれないが。やられたからやり返す。やり返しに来るから守ってまたやり返す。お前が言う所の人間はそれを繰り返してる。権力だとか金だとか、色々な思惑もあるけど。みな仲良くなんてのは絵空事だろうな」

「……。」

「今回も理由はその辺りかもしれないし、他に何かあるのかもしれない」

「ではお前は何のために戦っている? どうもそういった物には興味もない様だが」


「2人を不自由なく出来れば安全に生活させてやりたいってだけで、そんな大それた話じゃない」

「……家族を養う為だと?」

「言葉にするとどうもな。でも、それ以外だってある。友達とか仲間とか。立場が良くなって守れる範囲も広がった。だからそいつらも守りたい」

「なるほど」

軽く笑みを浮かべるヴォルフ。


「馬鹿にしてるのか?」

「いや。そこに至る道は違うが、答えは最初と変わらないと思ってな」

「そうかぁ?だいぶ違うような気がするぞ」

「もういい。十分だ」

「なんだよ……」

笑顔を浮かべたままのヴォルフに軽くため息をついて見せる。

皆、話を聞いていたのだろう。テーブルの上の料理はただ並ぶだけだ。


「まあいいか。取り敢えず、いただきます、だな」

言いながら、フォークを目の前の鶏肉に突き立てる。それを見て目の前の2人と、耳長2人も食事を始めた。






少し豪華だった食事を終えたテーブルの上。

準備があると言って耳長2人は部屋に戻り、再び3人で顔を合わせていた。丁度いい所だが、恐らく彼女達も話さねばいけないと思っていたのだろう。


最初に口を開いたのはミリアだった。


「先生さ。どうするの?」

少し心配そうな表情のミリアは、状況と恐らくは俺の考えている事も理解しているのだろう。

既に出ている結論も。


「先生。正規の軍だっているんだから――」

「無理とは言わないが難しいよな。ウルムだって落ちた」

「だからって先生が行く事ないじゃん」

「行かなかったとして。もし駄目だったらここを捨てて逃げるか?」

「……。」

逃げる、という言葉にミリアが沈黙する。家族や友人の事を考えているのだろう。

彼女の周りの人間全員をどこかへ連れて行くのは難しい。それに、その人間の更に周りの人間はどうなる。それはこの町を守るのと結局、同意だ。

俺が行く事はないというのには一理ある。しかし、それで少しでも状況がましになるなら、行かないという選択肢は選べない。それで駄目だったなら……きっと死ぬ程後悔する。



「戦争に行くなら辞める、って言っていましたよね?」

視線をこちらに向けないまま口を開くレイスの言葉が沈黙を破る。


「そのつもりだったんだけどな……」

「何度も言っていましたよね? 私達も、お金も何も無くて構わないって言いました」

確かに言った。しかし住んでいる町ごと無くなってしまっては元も子もないだろう。

再び沈黙が流れるテーブルに、それを気にしないらしい赤髪が3人分の飲み物を並べて去っていく。


「その気持ちは本当にありがたい。でもな?」

「いえ。あなたが決めたのなら、それでいいんです」


手のひらを反すようなその言葉に、隣のミリアが信じられないと言った表情でレイスの方へ向き直る。それに笑って見せるレイス。

「私もみんなの事を守りたい。ミリアの家族だってそう。ベルタさん達だって……オルビアさんだって」

未だ行方の分からない彼女の存在は、それ以外の人間がそうなる事への強い恐怖を抱かせているのだろう。

……俺もそちらに舵を切っていて、自らに戦う力がある事。それらは彼女を奮い立たせるのに十分だったのかもしれない。

本音を言えば彼女にはここに残って欲しいが。残念ながら、今の俺には彼女の力は必要だ。



「そんなのさぁ……」

諦めきれない様子のミリアが唇を噛んで俯く。


「ギルドで傭兵達の指揮をしてくれって頼まれた。後方で指示を出すって役割だ」

「……。」

「いつもより安全なくらいだ。多分、剣を抜く事もない」


引き抜く筈の剣はへし折れてしまっているが……今言うべきではないだろう。

「ウルムで指揮をしていた人は大丈夫だったの?」

「それは……。けどな――」

「大丈夫じゃないでしょ? ……レイスだってそう。ずるいよそんなの」

「え……」

「これじゃ私だけわがまま言ってるみたいじゃん。死んじゃったらどうするの? それは先生がやらなきゃいけないの? そんなにおかしいこと言ってる!?」


その目に少し涙を浮かべたミリアが、再び静かに話し始める。

「言ってる事だってわかるよ。この町を守らないといけない。先生はそういうのだってきっとすごく上手で、行けばきっと他の誰よりもうまく戦うんだと思う。レイスだってきっとそう。でも……怖いんだよ」

「わかってる。俺もお前達を失うのは怖い。でも、帰る場所が無くなるのも怖い」

「……。」


「なぁミリア。ワイバーンに追い掛けられていた時の事、覚えてるか?」

「……覚えてるよ」

「ちょっと前だが。ウルムにお前が向かった時の事。セイムを助けに行った時の事。覚えてるか?」

「覚えてる。忘れる訳なんてない」

「あの時だって、綱渡りもいい所だった」

「そうかもしれないけど。それで今までと変わらないって言うの?」

「ちょっと違うな。要するに……お前を助けたり守ったりする話なら、俺は失敗しないと思う」

ミリアが、思い切り顔を歪めている。


「なんだよ」

「先生、恥ずかしくないの?」

「俺は真面目に話してるんだって」


指摘通り、確かに少し恥ずかしいが。赤面しているであろう俺を見るミリアが大きくため息をついた。

「わかった。わかったよ」

「……。」

「先生。……私を守って」

「任せろ。何とかする」

「怪我、しないでよね」

「悪いな」

「もういいってば。レイスも、お願いだよ?」


頷くレイスと、再び溜息をつくミリア。2人を見ながら立ち上がった。

「寝よう。急いではいるが、一日くらいは家で寝たい」

「はぁ。これが終わったら少し休めるよね?」

「そうする。追い払う以上の事はする気もない。そうはかからないと思う」

「あーやめて。もうそれ聞きたくない」

「……ごめんな」

「もういいって。さ、寝よ」




以前もこういう事があった。やたらと柔らかい腕の中に抱きすくめられる感触。

ふと目が覚めたベッドの上、ゆっくりとそれを振りほどく。蹴り飛ばされた毛布を彼女に掛けなおし、今度はそれを腕の中へと収めた。

意識は再び、あと少しの休息へと沈み込んでいく。


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