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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その7-1
190/262

06

あれから少しの休憩をはさみ、夜明けとともに5人とは別れた。


ただひたすらウルムを目指して歩く道は街道などとは言い難い。時折馬から降り、幾らも長さの残っていない剣を振り回して雑木を切り開く事もある。

しかしボルナを出る前に見た地図の記憶では、結構な距離を進むか戻るかしないと大きな街道には当たらない。北に逸れるのは有り得ないとして、南もかなりの遠回りである。状況からしてその選択肢は選べなかった。

幸いにも耳長の1人が方向感覚に優れており、距離だけで言えば間違いなく近道の筈だ。


「にしたってこれじゃあな……」

今日2回目の伐採作業は予想より早く片付いた。光を失った中型剣……だったものを鞘に納めた。

先日の交戦の折。冷静なつもりだったが、間違いなく修理など効かない折られた剣を握り締めて走っていた。それなりに焦っていたのだろう。

とは言え、今これがあるのは有り難かった。今回、流石に鉈など持っていないし、荷物の都合で斧も持ってきていない。


「なぁ。どう思う?」

「知りません」

「……。」

相変わらず機嫌の悪い同乗者はまともな返事をしない。溜息をつきながら、先頭を行くヴォルフの背中を眺める。

少し幅の広がった道に、後ろを歩いていたスライの馬が隣に並んだ。


「なぁスライ。あとどんなもんだと思う?」

「5日もあれば着くんじゃねぇか?距離感よくわかんねぇけど」

「近道にしたって荒れすぎだ。獣道に近いとは思っていたが」

「まぁ使われねぇ道なんざこんなもんだろうよ」

道幅が狭くなるのを見て、再びスライが後ろへと下がった。

再びヴォルフの背中を眺めながら馬に揺られている。腕の中の魔術師の顔はここからでは見えないが……相変わらず不満顔を浮かべているのだろう。


「なぁレイス。もう許してくれよ。あのままパドルアまで突っ込まれるのは勘弁だろ?」

「分かっていますし別に怒っていません。ちょっとだけです」

「怒ってるじゃないか……」

「これきりにしてくださいね」

「わかった。そうするから」

「ミリアにも言いつけます」

「……わかった」

相変わらず不満そうな顔が振り向き、憂鬱であろう俺の表情を確認して再び前へと振り返る。表情の見えない口から流れてくる言葉。


「あなたが死んでしまったら、私達はどうすればいいんですか」

「最良の方法と思ってはいたが、周りから見たら危なっかしいのもわかる。本当に悪かった」

「いえ。きっと間違ってはいないんです。私もあなたの立場でしたら、同じ事を考えていたかもしれません」

「そう言って貰えるのは光栄だけどな。……しかしなんでこう、毎回予定通りにいかない」

再びこちらに振り向く伺うような視線に、苦笑いして見せる。


「ミリアも私も、お金なんてなくても気にしませんよ?」

「ああ。じゃあ、戦争行けって言われたら辞める」

「そうですね。そんな話にならないといいんですが。あ、戦争の話です」

「……そうだな」


やっと機嫌を直してくれつつある魔術師の右手が、俺の右腕に添えられる。

肘の少し上あたりにそっと触れるその感触はいつも通りで、先程の怒った様子が嘘のようだ。


「あの。すみませんでした」

「なんだ?」

「生意気な事を言いました」

「いや、本当の事だろ。思いつかないが、もう少しうまいやり口もあった。魔物の事だって確認しないでもよかった。命の安売りはやめたつもりなんだけどな」

「……次はせめて私も一緒に連れて行って下さい」

「もうやらないって言ってるだろ……」

そんな考え方こそ問題だろうと考えながら見上げる空。もうじきに日も暮れるだろう。

先頭のヴォルフに声を掛け、今日は少し早めの休憩となった。




日が落ちた狭い道の脇、小さなたき火を囲んでいた。

じきにこれも消せば誰彼に発見される事もないだろう。


自分の見張り番を終え、傍らで眠っているレイスを起こす。月明かりの中、口の周りを確認するようごしごしと拭く彼女から視線を逸らし、木に寄りかかり座ったまま眠るティアの肩を叩きに向かった。

レイスが起きている事を確認した所でもう一度振り返ると、ティアは薄い表情ながら少し考え込むような顔を浮かべていた。


「……なんだ?」

俺の問いに軽く視線を動かし、レイスが未だしっかりと目覚めていないことを確認した彼女が口を開く。


「確信ではないのですが。沢山の憎しみと恐怖を感じるような気がします」

「やめてくれよ。縁起でもない」

「周りの感情を感じ取る力があります。でも間違っている事もよくあるんです」

「……。」

「だから、あまり期待しないでください」

それはどっちの話だろうか。

レイスが体を伸ばす折の浅い溜息を背中で聞きながら、わかった。などと一応の相槌を打った。


火はとっくに消したが、満月に近い月のお陰であまり暗く感じない。

再びレイスが座り込む近くで横になり目を閉じた……のだが。視線を感じて目を開くと、こちらを見降ろしていたレイスと目が合う。慌てて目を逸らすそれに一応の文句を述べ、再び目を閉じた。


閉じられた暗い視界の中で考える。

先程のティアの言葉。言われなくとも、最悪の事態を考えていない訳ではなかった。

正規軍が出張っている話だ。今向かっている先のウルムに何もないとは言い切れない。しかし復興に際して、国境警備隊と兼ねた正規軍がいる。国境を東に超えれば、良好な関係のマルト王国の都市もある。

ただ悪戯に消耗したいのでなければ、本気で仕掛けてくる道理など思いつかなかった。


やがて眠りに落ちた暗い底の意識。

それは短い夢だった。見覚えのある家。ここはオルビアの家だろう。無意識に動かす手が何か手紙のような物を書き連ねている。それを受け取る見慣れた輸送ギルドの女。心底嫌そうな顔が口を開く。


「あそこだけはやめておけ」


意識が瞬時に引き戻された。

交代を終えたのだろうレイスがすぐ近くで眠っている。物音で振り向いたヴォルフが訝し気な顔でこちらへと振り返った。


「ヴォルフ。日はまだ上らないか?」

「もうじきだ」

「日が出た所で出発しよう。急がないと」

「わかった。どうした?」

「何でもないんだ。けど、行くなら早い方がいい。そんな気がする」

「太陽の頭が見えた所で起こす。もう少し休んでおけ」

「……わかった。悪いな。大変だがもう少し付き合ってくれ」




言葉通り、まだ低い朝日の中を先へと進む。

一度振り返った先、ティアの表情はあまり芳しくないように見えた。


「ヴォルフ。もう少し急げるか?」

「分かっているが、そう焦るな」

そのやり取りに、腕の中のレイスが振り返る。


「どうかしたんですか?」

「大丈夫だとは思うんだが」

「えぇと。何です?」

「オルビアが、俺達と同じ日にウルムに出発すると言っていた」

「……本当ですか」

見開かれた彼女の目に、前を向くよう促しながら簡単な私見を述べる。

それは私見というより、濃くなる嫌な予感に対して誰かに安心できる言葉を吐きたいというだけだったのかもしれない。


「あいつもしぶとい」

「はい」

「着いてみたら何もなくて、普通に酒飲んで寝てるかもしれない」

「はい」

「……急ぎたい」

「……はい」




俺達が目的地に辿り着いたのは、その日の夜遅くの事だった。

いや。それは表現として正しくない。

俺達はその日の深夜、ウルムの方角を眺めていた。


燃え盛る炎で赤く染まる空。

……ウルムが既に炎に包まれている事実。それをただ、眺めていた。


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