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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その7-1
189/262

05

黒い甲冑に向かう一歩目を踏み出していた。


黒い甲冑は、半歩を踏み出しながらその右手で長剣を掛け金から解き放つ。

予想以上の速さで振り出されるそれを、腰から引き出した青白い刀身が受け止めた。


予想以上ではある物の、それは想定の範囲内ではあった。

こんな長物を、振り回す事も出来ずに帯びる理由などない。であれば逆に、通常の剣と同じように振り出してくるだろう。……思っていたより早く、重かったが。

しかしワイバーンなどという大型の魔物と対峙した経験は、人間以上の重さの打撃に対する体の動かし方を俺に教えていた。

地面への加重を抜き、体は固定したまま足を滑らせる。

その一撃で半歩程地面を滑った足が止まり、長剣の胸元辺りをしっかりと受け止めた。


目の前で剣同士の魔力が拮抗し、今まで見た事もないような激しい火花が散っている。

両腕でこちらに押し付けられるそれを受ける中型剣。その背に左手を添え、それを押し留める。


軽く視線を巡らす。

相手の一団は、遠巻きにこれを見ながらもこちらへと足を進めてはいない。仲間たちも動いてはいないという事だろう。

それでいい。目の前で火花を上げるそれを受け流し、色々な意味で足止めとなる手筈を整えて逃げる。その為に、まずは目の前のこれを押しのける事が必要だ。

火花を上げる剣の背に、更に力を籠めた。


今でこそ激しい火花を放っているが、何もない折には静かに青白い光を放つ刀身。そこには”帰還”の願いが込められているという。背に彫り込まれた歯の浮くような愛の言葉たちにも見慣れ、もうその内容を見返す事もなかった。

そして。それは俺が今まで発現を見た事のない、帰還の願いが込められたその剣の本当の力だったのかもしれない。


背中を冷たいものが通り抜けるような感覚に、思わず姿勢を下げる。

火花を散らしていた刀身が、ぼん、という音を立てながら砕けるのと同時に、姿勢を下げた俺の頭の上を物干竿が通り抜けた。


完全に命拾いだった。

気にせず更に押し返していれば、あのまま首を斬り飛ばされていた。仮にそれを回避できていたとして、仰け反るような状況であれば、次の一撃で同じような結果を迎えていただろう。

しかし逆を言えば。

ただ姿勢を下げ、どうとでも動ける俺は。恐らくは逃げを打つと思ったのであろう黒い甲冑に、肉薄していた。


体を抉り、無理矢理な姿勢で帰ってくる物干竿の軌道を、やはり火花を上げる小手が逸らす。それを見る黒い甲冑がそのままそれを放り投げ、腰の小型剣を掴むのを見て俺は最高の結果を確信した。

最高の結果とは。目の前の相手を倒す事ではなく、双方無傷に近い形で相手だけを足止めできる事。

振り出される小型剣の一撃が伸ばした俺の右腕を弾く。それを見ながら俺は振り向き、仲間の元へと駆けだした。

あの獲物の長さでは逃げる背中を斬りつける事など出来ない。長物を拾い直してもやはりもう一度斬りつけるのは間に合わないだろう。


視界の端、輝きを失った中型剣の破片が道に転がっているのを見ながら、足は全力で地面を蹴っている。

恐らく4歩目あたり。目隠しに立っていたのであろう大斧使いが一歩移動し、その後ろで手に火球をこしらえたスライが見えた。その口が何か口汚く罵っているが、もうどうでもいい。早くそれを放って欲しかった。

その隣、やはり何かを口走っているレイス。やはり……怒られるだろう。このまま逃げ切る事ができれば、だが。


「スライ!早くしろ!」

走りながら叫ぶのと、その手から破壊が放たれるのはほぼ同時だっただろう。


そしてそれも同時だった。

相手に土魔術の高位の使い手がいるのだろう、火球を防ぐ為、そして俺の逃走を防ぐ為の土壁。恐らくその想定以上の速さで駆けた俺は、足元の土が盛り上がるような感覚に更に土を蹴る。

背後で盛り上がっているのであろう土壁を確認もせず走る俺の少し脇を、スライが放った火球が通り過ぎる。それは大柄な樹木に直撃し、凄まじい爆音を立てた。しかし想定していた爆風は全く感じない。

走りながら目を動かすと、表情を消したレイスがこちらに掌を向けていた。恐らく、俺の背後に氷の壁か何かができているのだろう。


予想以上の出来に仕上げを忘れかけていた。慌てて立ち止まって振り返る。

収まりつつある土の壁と、スライの火球が巻き上げた凄まじい砂埃。それに向かい、相手にも聞こえるように叫ぶ。

「2番で迎え撃つ! 散るぞ!」


再び振り返る俺の視線の先。

スライが阿保か、とでもいうような顔をしている。……そんな事はどうでも良かった。

その隣に、泣き出しそうな表情のレイスがいたからだ。




元来た道を、馬が全力で駆けていた。

先程から文句を言おうとするレイスに、舌を噛むから後にしろ、などと言って抑え込みながらボルタへの道を急ぐ。それを台無しにするように、金髪が寄ってきて話しかけてくる。


「2番ってどこだよ騎士様!」

「知るか!」

「ははははっ!」

未だ逃走中であり緊張は続くが、極度のそれから解放されたせいか少し興奮気味らしい。笑い声をあげるそれを、手でしっしっとやって追い払う。


綱渡りは無事終えられた。

ただ逃げれば追い回されただろう。戦えば全滅しただろう。あのまま打ち倒せば、下手をすれば戦の発端を引いた当人となっただろう。

しかし、結果はこの状況に於いてはほぼ最高だった筈だ。


破壊力の高い魔法の使い手を擁しており、迎え撃つ準備ができている事を匂わせた。騎士道精神に頭が沸いているのでなければ、戦闘速度では進軍出来ない筈だ。

魔物が多い理由も彼らは知っており、恐らくは彼らの何らかの方法での差し金だろう。それも確認できた。

問題点を強いて上げるとすれば。慣れた相棒をへし折られた礼で一発殴っておきたかった事と……腕の中の魔術師がひどく怒っている事だろうか。

それは兎も角。あとは、これからどうするか、だった。





ボルナに戻る三日の道のりは、無休で進むには少し遠い。

道から逸れ、気の進まない携帯食を口に放り込みながら休憩を取る。もう深夜と言って差し支えない時間帯だった。とんでもない事に巻き込まれつつある護衛達には少し休んでもらい、身内を集めて話し込む。

余談だが……レイスは口をきいてくれない。


「で、騎士様。どうすんだ?」

「ボルナに戻るのと、ウルムに正規軍呼びに行くのとで別れよう。あれが先陣で続いて突っ込まれたらパドルア辺りまで来られかねない。後で袋叩きにできたとしてもそれは勘弁だ」

「だよなぁ。あーくそ。あいつら馬鹿じゃねぇの。折角最近平和だったのによぉ」

「押し返せばいつもの小競り合いだろ。そのいつもので済ます為にもさっさと帰って貰おう」


気が進まない様子で首を回すスライから視線を外す。そして、逃げている折からずっと考え込んでいるような耳長2人に声を掛けた。

「悪いがこんな状況だ。お前たちはポルナ経由で戻ってくれ」

「恐らく、追いかけられてはいません。日が暮れる前、鳥たちの雰囲気はそういった物ではありませんでした」

「そのウルムというのはどれくらいなんだ?」

「だから――」


「助けを呼びに行くんだろう?付き合うぞ?」

「お前な。本当に戦争になるかもしれない話だ。勿論そうはさせないつもりだが。その過程で危険な事だってある。今までみたいな、腕で何とかなる話じゃない場合だってある」

「それならティアの力は大いに役立つだろう? この中に私より弓が上手い者がいるか?」

「だから何だ。大体お前ら死なせたら、なんて謝りに行けばいいんだよ。生き残ってもそこで殺されるだろうが」


「リューンフライベルグ。まぁ好きな人間だ。だから助ける。それでいいか?」

「こういう時に真似するんじゃねぇ……」

だらしない言葉を吐きながら、前のめりになっていた。

そして……そこへと更にかかる声。


「リューン様。自分が人の話を全っ然聞かないのに、周りの人が言う事聞くわけないじゃないですか」

思わぬ言葉に振り返る。口を尖らせたレイスはまだ怒り顔だった。少し泣き顔に近いそれに思わず、ごめんな、などと謝ってしまう。

スライは吹き出し、ティアもいつものように穏やかに笑っていた。それを見ながらヴォルフが立ち上がる。

「人間。急ぐのだろう。そのウルムというのはどっちだ?」


頭を抱えたい状況に、思わず思い切り溜息をついていた。

そして、皆の視線を受けながら一度大きく息を吸い込む。

「わかった。もう勝手にしろ。丁度5人で半分だ。彼らにはポルナに戻って貰う。俺達はウルムを目指す。……いいな?」


皆が頷くのを確認した俺は、あまり顔色の良くない護衛達の元へと歩き出した。


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