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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その7-1
188/262

04

町の東から昇る朝日を眺めていた。


昨晩。

未だ日が昇るのに時間があるであろう深夜に目を覚ました。あちこち痛む体を軽くほぐしながら、中央の広場で詰めているスライの所へと向かい、舟を漕ぐ金髪の背中を叩いてその役を代わったのだが。

それは有り難いことながら、結局は襲撃も何もなく朝を迎えようとしている。

屋根の向こうに見える光を見ながら立ち上がり、ゆっくりと背筋を伸ばす。時折現れる見張りの交代に簡単な自己紹介をしつつ、朝出発だと言った面子が集まるのを待っていた。


「じゃあ出発すっか……」

そう言いながらも大欠伸をする金髪を見て、レイスがくすくすと笑っている。

出発に備えていた所に早々と現れたレイスとティア。……レイスは欠伸どころではなく、半ば眠ったまま歩いてきた。

そんな事は兎も角。結局、総員10名での出発となった。

幸い馬の数には余裕があり探索距離も伸ばせる。それ自体が曖昧ではあるものの、出来れば国境近くまで行く。

……つもりだった。




先頭を歩いていた若い剣士が、少し華奢な体格のゴブリンの首をはねる。1撃目を盾で受け止められるもその体勢を押し崩し、再度振り上げた一撃によるものだった。

視線を巡らす。

斧使いが、受け止めようとした錆の浮く小剣ごとその体を叩き潰す。

その背に飛び掛かろうとした大柄のそれの脇腹に、やはり中型の剣を扱う青年が刃を突き立てた。


スライの言っていた通りだった。

腕の分からない面子の実力を確認したい事もあり、暫くは後ろで控えさせて貰うなどと言っていたのだが。悪くない集まりではあるものの、逆に特別優れているとも思わない。

要するに。何かあれば自分たちも前に出る必要があるだろう。


とは言え、申し訳ないがそのまま露払いを任せ、切り倒される魔物を懸命に観察していた。

初日に受けた2度の襲撃で、難なく絶命させられていく彼らの姿。

2日目の早朝、茂みの中から喚きながら襲い掛かってきた彼らを見て、少しの疑問は確信へと変わる。


4匹のうち、明らかに小柄な2匹の体格。それは、所謂子供と言うやつだった。

嫌な顔をしながら斧の紫色の汚れを拭き取る大斧使いからの視線を受けつつ、考える側になった俺達はその私見を交換し合う。


「あんな小型のゴブリンまで殺す気で襲い掛かってくる。もう自殺なのも恐れずにだ。おかしいだろ?」

「けどよぉ。前のウルムん時の死体みてぇな訳じゃねぇんだよなぁ」

「明らかに生きていて、明確な殺意を持って襲い掛かってくる。そこには作戦や待ち伏せとか、そういった概念はない。要するに――」

「操られてるってのか?」


「そういう魔法とかないのか?」

「あるけどよ、一人で一人操るのがいいとこだ。あんなばらばら操ってなんぞいられねぇって」

「じゃあもっと大まかな、死ぬ気で人間を殺したくなる呪いとか」

「呪いってお前よぉ。魔法だって万能じゃねぇんだぞ?」

しかし、少なくともあんな小型のゴブリンと戦った事はない。

……逃げる背中に刃を突き立てた事ならあるが。

あまり気分の良くない思い出を頭から追い出しながら、耳長の片割れに一応意見を聞く。


「ティア。あいつら、おかしかったか?」

「憎しみは感じました。……戦うなら真っ当な物だと思います」

「そうか……」

端的ながら要点を得た答えは、しかしこの状況の説明にはならなかった。

今の情報で判断する事を諦め、再び歩みを進める。


……よくわからないので引き返す。

その選択肢を取る事は、いつでもできた。そうしなった事は、きっと良かったのだと思いたい。




3日目の夕方だった。

時折の足止めにも慣れつつあり、恐らく明日には目的地の国境付近に達する見通しだった。


先頭を行く斧使いが馬の足を止める。背の高い木立に囲まれて長く伸びる細めの道の先、こちらへ向かう一団が見えてきたのだ。

恐らく向こうもこちらに気付いたのだろう、先頭の人間が列を止めて振り向き、駆け出す姿が見える。

振り替える護衛達。金髪の馬がこちらに足早に寄ってくる。


「おい。あれ正規軍だろ」

「そうだよな。冗談じゃないぞ……」

旗など見せびらかしてはいない。しかし遠間の観察ながら、並ぶ者達の装備にポールウェポンが多く含まれる事や、軽装とは言えその鎧が皆揃いの物に見える事、それらはそう判断するに十分な理由だった。


「あれ、オレンブルグの奴らだろ。おいリューン、逃げようぜ」

「逃げるに決まってる。……くそ」

そう言いながらも、必死に回る思考。

明らかにこちらを上回るその数。恐らくはそれなりの水準で高いであろう戦闘能力。戦うという選択肢はあり得なかった。

しかし、狐狩りは勘弁願いたかった。……特に狐の役は。

もっと言えば。狐狩りがてら、恐らくは彼らの目的地であるボルナへの足を早められるのは非常に有り難くない。ここで踵を返しても、俺達と彼らがあそこに辿り着くのにかかる時間はあまり変わらないだろう。

そしてその先にある物。そこに彼らの手が至るのは、絶対に御免だ。


あまり考える時間は無かった。

それが始まってしまう前に、腕の中のレイスに声を掛けながら馬から飛び降りる。恐らくこういった事は彼女より、スライの方が上手く回す筈だ。


「レイス。スライの指示に従え」

「えっ?どうするんですか!?」

「逃げるんだよ。けど、追いかけまわされるのは勘弁だ。スライ、頼むぞ」

「リューン様!駄目です!私も一緒に――」

「お前はスライの指示に従え。援護は任せる。信頼してるぞ」

「なに言ってるんですか!もう勝手に一人で――」

心配を通り越し、少し怒るような声のレイスから視線を逸らし、皆の顔を見渡した。

気が進まねぇ、などとぼやくスライの声を掻き消すよう、一度皆に告げる。

「スライの指示に従え。ちょっと行ってくる。そのまま待って、スライの指示で逃げろ」


こちらに駆け寄ろうとするレイスをスライが遮る。

本当に気をつけろよお前、などという言葉に頷いて見せ、少し下唇を噛みながら一人歩き出す。

この状況では一人で出向くしかなかった。相手も二人以上となれば、逃げを打つのも難しくなる。


間に合ったとは言え、それはぎりぎりだった。

視線の先、こちらを叩き潰す為に馬に乗りこもうとする数名が見える。彼らに見えるよう、大きく手を振りながら歩く。

一人でのこのこ歩み出る俺を見て、馬に乗り込む者達の動きが止まった。そしてその後ろから、黒い甲冑を身に着けた者がゆっくりと歩み出てくるのが見える。

有り難い事に、問答無用で襲い掛かってくるような事はやめてくれたらしい。正規軍らしいある種の作法を守ったその行動で、自分の選択が正しかった事に内心胸を撫で下ろした。

しかし……禄でもない綱渡りは始まったばかりだ。




早足で歩く俺を眺めるよう、一団から数十歩歩み出た所で、黒い甲冑は歩みを止める。何かあっても対応ができる最大限の距離なのだろう。

部下に守られたままそこから一歩も出てこない腰抜けでないという事。それは当人の自信の表れでもある。しかしその甲冑は、面までが黒く覆われておりその表情を伺い知ることはできない。

腰に吊られた長剣、いや、物干し竿。それは遠目から見ても明らかに長く、刃の部分だけで俺の身長以上の長さがあるように見える。普通の膂力ではとても振り回せまい。

そしてもう一本腰に吊られている小型の剣は、柄があまり汚れていない。恐らく間合いを詰められた時に使用する予備だろう。

外観から得られる情報をもとに、大まかなやり口をいくつか考えていく。その最後は全て、逃げるという言葉で締めくくられるが。





やがて。

遠間に背中を見詰める視線を感じながら、それと対峙する寸前。

戻ったらレイスはひどく怒るだろう、などと間違いなく今考えるべきではない事が頭を掠め、少し顔を歪める。それを見ていたのであろう、黒い甲冑が声を発した。


「なにを笑っている。……死に場所でも探していたのか?」

恐らくは若い女の声だった。


「いや。悪かった。オレンブルグの者か?こっちはクラスト、パドルアの冒険者ギルド発注の一団だ。この南にある町の防衛中だが……魔物が多い理由を知らないか?」

それに、軽く笑うような声で返す黒い甲冑。


「冒険者が何をしている。何れにせよ、生かして返すつもりもないが」

「それなら、こんな茶番に付き合うお前は馬鹿だな」

答えは返らなかった。


黒い甲冑の右手が腰の物干し竿に伸びるのを見ながら、俺の足は黒い甲冑に向かう一歩目を踏み出していた。


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