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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その7-1
187/262

03

目的地である町ボルナが見えてきたのは、もうじきに夕闇に飲まれる頃だった。


遠間から町の状況を確認する。

数軒の家から細く立ち昇る煙は、そこに人が生きている事を示していた。


「なんか大丈夫そうだな。急ぐことなかったぜ」

大斧使いの呑気な言葉に反対する理由は見当たらない。強いて言えば、北のオレンブルグにでも占領されているならあるいは、といった所だが。

指示を求める視線に若干考え込み、口を開いた。


「一応、逃げる準備だけはしておいてくれ。幸い全員馬だ。まずかったらさっさと逃げよう」

騎士にあるまじき情けない言葉に、数人が変な顔をしながら再び町の方へと振り向く。

腕の中でこちらに振り向くレイスがわざとらしく不満そうな顔をして見せ、一応警戒はするだろ、などと言う俺に笑って見せた。


「大丈夫みたいですね。……良かった」

「まだわからないだろ。大体、それなら何で戻ってこない。一応気を抜くなよ」

「大丈夫です。そう習ってます」

再び笑って見せ、前に振り向くレイス。

いずれにせよ、目的地は目の前だった。





近づくにつれ、町の入り口に数人の男が立っているのが見えて来た。

割としっかりした塀に囲まれ、門も閉じることができる。正規兵に攻め込まれればひとたまりもないだろうが、数匹の魔物に恐れをなす必要など感じられない。

尚更の疑問に考え込んでいるうちに近づく町。門扉の連中もこちらに気付いたらしい。

少し驚いたような顔を浮かべ、近くの一人に声を掛けて何やら伝令に走って行った。もう一人がこちらへと走ってくる。


「パドルアのギルドの方ですか?」

答えに迷っているのかこちらに振り向く先頭の剣士。その隣へと馬を進めた。


「仕事受けた連中が帰ってこないから迎えに来たんだ。まだ居るか?」

「本当に来た……」

改めて驚きの声を上げる男が町を指さす。


「先日来て頂いた人たちはまだ町の警護をして貰っています。詳しい話はあの人たちから聞いて貰った方が――」

「やっぱり無事か。ちょっと会わせて貰いたい。どこにいる?」




日が落ち薄暗くなった町の中をその中央へと向かう。

やがて見えてくる広場と数個の焚火。簡単な武器を持った、恐らくはこの町の者であろう若者たち。

その中央で座り込む見慣れた金髪の魔術師がこちらを見つけ、軽く手を振っている。……反対の手には串に刺さった肉が握られているが。


「おいスライ。これ、どういう事だ」

言いながら馬から飛び降り、レイスに手を貸してやる。

その様を眺めるスライがゆっくりと立ち上がった。


「どうって。みりゃ分かんだろ? 町の防衛だ」

「なんだか休日でも過ごしているように見えるのは気のせいか?」

「そんな事ねぇって。まぁ食えよ」

差し出される串を受け取り、味の薄いその肉を頬張る。


「固いな」

「しょうがねぇだろ。人が足らなくて繋ぎもままならねぇんだ」

「……で、状況は?」

「いま説明するっての。ほら、言った通り来ただろ?」

近くで同じく串をかじっていた青年が、すみません、などと謝っている。


俺の連れて来た護衛兼戦闘員たちに一旦の寝床を案内するよう、スライが手近な若者に指示を出す。一応の確認のようにこちらに視線を送る彼らに、取り敢えず一旦休んでくれ、などと言ってそれを送り出した。

振り返ったスライがやっと少し真顔になる。


「来る途中、遭ったか?」

「4回、いや5回だな。なんだよあれ」

「おかしいだろ? 町の周りも同じ状況だ。たまに10匹近いのが来ることがあって町の人間だけじゃとても処理しきれねぇ。交代で見張りしながら、戦える奴は中央に置いてる。夜中もだ。繋ぎの連絡に出すと交代の人数が足りねぇ」

「それじゃ援護の来ない籠城じゃないかよ」


「来たじゃねぇか。どうせお前が駆り出されるって思って待ってた。意外な面子だけどな」

「お前なぁ。……そんなに心配もしていなかったから別にいいか」

「心配しろよ!」

「リーザ達にも何も言ってない。留守って聞いた後にこの話を聞いて翌朝出発だ。結果的には良かったがさっさと帰ってやれよ。いや、難しいか」

「俺帰ったら、みんな帰るだろ。一応、追加報酬の話はしたけどよ、ギルド通してねぇからなぁ」

俺より余程騎士らしいその判断。しかしそこで串肉のお代わりを貰いに行くのはどうなんだろうか。余計に持って来たらしく、差し出す串を受け取ってやはり固い肉を頬張りながら考えた。


「で。一体どうなってるんだ?」

「知らねぇよ。だから来るの待ってたんだ。どうもあいつら、見てる限り殆どが北の方から来てる。少し様子を見に行きてぇ。このままここに住む訳にもいかねぇし」

「もう住めばいいだろ。帰ったら、放っておいて大丈夫だ、って報告しとくからな」

「ひでぇ……」

焚火に照らされながら、ひどく歪んだ顔を見せるスライ。


「見に行くか?」

「丁度人間が倍だかんな。行かない理由がねぇ。明日の朝出発でもいいか?」

「わかった。取り敢えず、寝るか」

「本気か。少し代わるとかしろよ」


「これでも急いできたんだ。大体お前の代わりって言われてもどうすればいいのかわからん」

「ここに詰めていてだな――」

「説明しなくていいって」

「お前は本当に冷てぇよな」


言いながら立ち上がり、再び近くにいる若者に指示を出す。

「宿が足りねぇんだ。空き家借りてて男と女を家で分けてる。男はまぁ、雑魚寝だ。騎士様も特別扱いはしねぇからな」


文句を言いながらも案内され、レイス達と分かれた。

体格のいい若者に案内された2階建てで大きめの、少し年季の入った……ぼろ家。


「すみません、大きな場所が取れるのがここしかないんです」

「ああ、いや。屋根と壁があるだけで充分だ」

決して褒めてはいないその言葉に、申し訳なさそうに若者が去って行くのを眺めた。


中を覗く。そこかしこに横たわる、死体のような男たち。

恐らく、2階も似たような状況だろう。

そこに置いてある水差しの水を2人分取り、溜息をつきながら表の数段しかない階段に腰かけた。

俺に続いて中を覗き込んだヴォルフが俺の隣に座り込む。まぁ真っ当であろう反応を見せるヴォルフに、手に持った器を差し出した。


「ヴォルフ。さっきの話通り明日はここから出掛ける」

「ああ。聞いていた」

「もう止めないけどな。ここで待機でも構わないから好きにしてくれ」

「分かった。そうさせて貰おう。……少し聞いていいか?」

「なんだよ改まって」

「リューンフライベルグ。お前は彼が好きではないのか?」

思わず、口の中の水を吹き出しかけた。


「どういう話だよ」

「言葉通りだ。仲間を助けに来たと思えば放っておく。仕事だから来たのか?」

「仕事だからって訳じゃないんだが。何て言えばいいんだ。友達って言えばいいのか、いやそれも仲間というべきか。……逆に昔の方が同業の仲間っていう感じが強かったかもしれない」

「小難しいな」

「少し気持ち悪いが、まぁ好きな人間だ。この立場じゃなくても助けに来ていたと思う。これでいいか?」

その言葉に、軽く首を傾げるヴォルフ。


「人間てのはお前達エルフみたいに皆で共存って訳にもいかないもんでな。大事な相手とどうでもいい相手の差が激しいって言えばいいのか?相手によって扱いが全然違う」

「エルフにもそれくらいはある。妻と子は大切だ」

「子!? お前子供いるのか?」

「ああ。それがどうした?」

「まさか孫が居るとか言わないよな?」

「いる訳ないだろう。私はまだ80だぞ」

「お前……いや。なんでもない」




結局、ヴォルフは階段の少し脇で座り込み、壁に寄りかかって眠っている。

俺も仕方なく再度家の中を見渡し、階段の下が空いているのを見つけた。しかしどうも誰かしらに踏まれる印象が拭えないそれをやめ、結局、階段の脇の土の上で空を眺める事となった。


仲間や友人、家族、恋人。人との関係を表す言葉は多様だが、改めて聞かれるとその距離感を説明するのは難しい。では他人でない2人はどうか。少し暖かい気持ちになるその問いに、一人軽く笑みを浮かべる。

そして思い出す、先程の串を差し出すスライの顔。浮かぶ言葉は……心配した損した、といった所だろうか。



疲労があるのは事実だった。

少しだけ眠る事にした俺は、その場であらためて目を閉じた。


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