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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その7-1
186/262

02

2日の道のりを何事もなく過ごし、夜の野営準備を行っていた。

昨日に引き続きかなりの夜更けである。事の流れ上、日暮れにさっさと足を止めて休むという気には到底なれない。とは言え人数が多い分見張りの交代に事欠かない為、休憩時間は多少短くても少人数の折のそれよりは余程ましだった。それに参加しない俺が簡単に言うべき事ではないかもしれないが。

見張りを2人立てた森の中での野営。……勿論、護衛される側である俺の順番はない。

同様にそれを免除されたレイスと耳長2人が共に座り込んでいた。

不味い食事を終えたヴォルフが、鬱陶しそうに帽子の位置を直している。


「悪いけど、それ取らないでくれよな。また面倒な話になる」

「分かっている。お前が私たちの国に来た時には、逆に耳を引いておく事にしよう」

それを聞いたレイスが、わざとらしく俺の耳へと手を伸ばす。


「そんな伸びるかって。いや、今度会ったらクレイルの耳引っ張ってみよう」

「ええぇ……」

「ティア。レイスを手伝ってやってくれ。左右で引っ張れば幾らかは伸びるだろ」

仕様もない冗談に、もう一方の耳長が無言で微笑んで見せた。しかし世の大半の男性を魅了するであろうその笑顔を瞬時に消し去り立ち上がる。


「おい、なんだ?」

「何か来ます。2本の足で歩いている。多分……2人以上です」

耳が長いと良く聞こえるという事だろうか。しかし俺と同じような反応をしているヴォルフを見るに、そうでもないらしい。

何れにせよ疑問は後回しにしてティアが見詰める方角、つまりは俺達が行く先に視線を向けながら見張りの肩を叩きに向かった。

「おい。何か見えるか?」

「はい? いや、何にも……あれ?」


それは夜襲というにはあまりにも適当な、むしろ何も考えていないと判断せざるを得ない光景。

闇に紛れていたのであろう、道の先から緑色の体色をしたゴブリンが小走りに駆けて来ていた。


「起きろ!仕事だぞ!」

一度振り向き、眠りこける護衛達に大声を上げた。再び魔物の方へと向き直りつつ腰の剣を確認し……そこには何もぶら下がっていない事に気が付く。

先程座り込んでいた場所で待っていたレイスが、慌てて足元のその剣を拾い上げた。


「レイス、いいから周りに警戒しろ。囮かもしれない!」

それは、彼女にというよりは眠そうに目をこすりながら起き上がった残りの護衛達に向けた言葉だった。

立ち上がった見張りの剣士はそこそこに腕が立ちそうだ。彼を連れ、こちらへ駆けてくる4匹へこちらも一歩を踏み出す。




それは決して長い時間ではなかった。

目の前に転がる、頭を叩き潰された魔物の死体。少し離れたところで倒れる切り殺された死体。もう消え失せているが、氷の槍3本が先程まで突き刺さっていた死体。

それらに一瞥し、振り返る。


「魔物が多いって聞いていましたけど、この調子なら大丈夫そうですね」

どの調子だろうか。普通に考えれば、10人以上に対して4匹ばかりで襲い掛かってくる訳などないだろう。彼らにも意思があり、その程度はわからないが待ち伏せをするくらいの知能もある。自殺したいのであれば正しいやり口だろうが。

何も言い返さない俺へ振り向く若い剣士に、そうだな、などという気の乗らない返事を返しながら辺りに気を配る。しかし、何も聞こえない。

確認のため、未だ焚火の近くに立つティアへと視線を向けるが、こちらの視線に気付いた彼女はゆっくりと首を振って見せた。恐らく、もう何も感じないのだろう。


「まぁいい。見張りに戻るぞ」

「わかりました」

不機嫌そうに見えたのだろう、少し丁重な雰囲気のその言葉を聞きながら元居た場所へと歩き出した。




結局その晩、これ以上の何かが起きる事は無かった。

朝もやの中で少し寝不足の頭を軽く振りながら辺りを見渡す。見張りの魔術師がこちらに気付き頭を下げるのに、軽く手を挙げて返した。

鳥の囀りと、焚火の残り火だけが小さく響いている。


強行軍に近かった上、昨晩の妙な襲撃せいか皆眠りが浅かったのだろう。まだ眠りこけている彼らを起こすのは少しためらわれたが、取り敢えず俺の隣で眠っていたレイスの肩を静かに揺する。

寝ぼけてここが何処かなどと言い出す事もなく、ゆっくりと開く目。彼女が起き上がるのを待って、ヴォルフとティアを順に起こす。その物音で、敏感になっている皆も目覚め始めた。

まだ早朝だった。先程馬と向かい合っていたティアが何か言いたげだったが、気付かない振りをして馬に跨る。

彼女に言われるまでもなく嫌そうな雰囲気を放つ馬。それを察しつつ胴を蹴った。






道行は順調とは言い難かった。午前中に2度も昨晩のような襲撃に遭ったのだ。

今度はその立場を守り馬上で彼らが一方的な勝利を収めるのを眺めるが、戦い自体にそう違和感は感じない。


猫をひどく不細工にしたような声で威嚇するゴブリン。

斧使いの一撃を受け止めきれず、錆の浮いた剣ごと叩き潰された。

剣士の一撃をやはり錆の浮いた盾で器用に受け流し、切り返そうとするところで雷撃に打たれ程よく焼きあがる。

腕に差のある者同士がぶつかり合う自然な先頭の光景に、しかし昨晩の疑問は拭えなかった。

襲撃の度に辺りに気を配るが、彼らを囮にした伏兵の気配も感じない。叩き潰され切り殺される彼らは、ただの自殺願望者にしか見えなかった。


「何かおかしい」

「そうですね。歓迎しませんが、まとまって来れば彼らにも少しは日の目があると思います」

不安げに振り返る彼女に、嘘をつく気にもなれなかった。ゴブリンを一撃で叩き潰した大斧使いも、こちらを見て顔を歪めている。


「なんだよその顔」

「変な顔がもっと変になった、とか言うのか?」

「自虐趣味なんてあったか? ……おかしいよな」

「楽でいいけどな。でもこんな調子で夜通し来られちゃたまんねぇ」

その言葉と今の状況から少し考える。弱い戦力で誘い込み、纏めて叩き潰す。四六時中攻撃を仕掛け、疲労を誘う。

どちらにせよ、死を厭わない兵士とそれを操る指揮官が必要だ。

……魔物に指揮官など。


広がる疑問と不安を打ち消すように声を張り上げる。


「夕方には目的地に着く。足止めされるよりはさっさと済ませて帰りたいだろ。行くぞ」

返るのは士気の少し下がった声だったが、それを追い散らすように再び馬の腹を蹴飛ばした。




その後も数匹の魔物による2度の襲撃を受けた。それを片付け、再び疑問の表情を浮かべる皆の尻を叩いて馬を進ませる。

そんな事を繰り返しながらも、俺達の足は目的地である町ボルナへと近づいていた。


度々の足止めに遅れ、じきに夕闇に飲まれる頃だった。


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