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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
2人の、新しい日常
17/262

変わり始めた日常11

依頼者には悪いが、同じ生業の者に死者が出た事のほうが、俺たちには重く感じられた。

いつか自分を助けてくれるかもしれない仲間だ。


同行しているもう1人の女僧侶によると、彼女は身寄りも無く、共同墓地に埋葬されるだけだという。

俺たちは少し話し合い、まるで人間の形をしていない肉塊を、ここで埋葬した。

彼女が手にしていた、使い込まれた大型の杖を墓標とし、二度と会う事の無い者に簡便に祈りを捧げ、帰途につく。


人間の形をしていないという点では同様だが、依頼者の遺体は持ち帰ることとなった。

当然嫌がったが、大斧使いが止血した遺体を背負う。

残りの”部品”は俺が右手にぶら下げて歩いている。

ついでに、この被害が出た原因のオーガの切れ端もだ。




「しかし。死ぬかと思った。俺の脚で逃げ切れるとも思えなかったしな」

前を歩くスライがぼやく。

「あぁ、あんな物で殴られたら一発で墓場行きだ」

ユーリが話に乗る。

「一発殴られて死体担いでる奴もいるけどな…」

「あいつは墓場が逃げ出したんだろ」

「墓担いで歩いてそうだもんな」

死者への冒涜のような冗談を言い合う2人を、女僧侶が冷たい目で一瞥する。

先程までの緊張と、生き残ったある種の達成感のようなもので、少し浮き足立っているようだ。

仕方ない。予想外の不意打ち、予想外の敵。ついでに俺達は依頼者の死体を担いで歩いている。普通で居ろというのも気が引ける。

「あぁ俺もうやめようかな。あんな死に方したくねぇ」

ユーリがぼやいている。あんな死に方、はどちらの事だろうか。



それにしても、運が良かったと言える。

手順が少し間違っていれば、全滅していた可能性も否定できない。

スライが目の前のオーガを後回しにし、俺たちを足止めしていたゴブリンを狙った事。

悪い事をしたと思うが、潰された僧侶と依頼者の若い騎士が、結果的にオーガを、一振り二振りの時間とはいえ、足止めした事。

そして、俺までがオーガの一撃を貰わなかった事。

俺も倒されていたら、無傷で近接戦闘ができる人間は残っていない。

オーガは残ったスライやヒルダを仕留めた後で、動けない俺達を、順番に頭から食っていただろう。

戦闘が終わった後で、もし、の想定は意味がないが、後で思い返せる立場を続けたい、と心から思う。




騎士が跨っていた馬を引き止めてあった場所まで辿り着いた。

その背に、来る時と同じ主人を乗せた馬を引いて歩く。


「早く帰りたくなるな」

ぼんやりと口に出した言葉を聞き逃さなかったヒルダがすかさず

「やっぱ女か。貢いでるのかぁ?」

と、食いついた。

「お前、本当どうしたんだ?」

スライが振り向きながら俺の顔を覗き込む。

何も答えず、黙って歩けと言わんばかりに顔を振り、会話を終わらせた。


自分でも気付かなかったが、居心地は悪くなかったという事か。

パドルアの小さな宿。3番目の部屋。

自分の無意識下の心境の変化に少し驚きつつ、だが永遠ではないであろうそれに心を奪われないよう、釘を刺す。

今ここで右手にぶら下げた、死そのものの重さが気になり始めていた。





途中、長めの休憩を挟み、俺たちは帰還した。





パドルアの北門で使いを頼むと、若くして命を落とした騎士の家の者が、大急ぎで遺体を回収に来た。

彼の勇敢さと自分達の不甲斐なさの詫びを述べ、遺体を受け渡し、その足でギルドに完了の旨の報告に向かう。

状況を説明し、ひとしきり待たされた後、予定していた報酬の全額を支払う旨の回答を貰った。

「え、全額出るの?」

ヒルダが声を裏返している。

依頼者が死んだ事はマイナスだが、予定外のオーガの出現がプラスに働いた。

死亡した僧侶の件は、ギルドから彼女が所属していた教会に伝える、という報告、それだけだった。


「じゃあまたな」

「お疲れさん」

皆、野良仕事の終わりのように解散していく中、声を掛けられる。

「おい、リューン」

スライが真面目な顔をして杖で石畳をこんこんと突いている。

「なんだ、改まって」

訝しげな表情の俺を心配そうな顔で覗き込み、

「変な女に捕まってんじゃないのか?相談しろよ?」

と続ける。

的外れな心配に、思わずはぁ?と答える。

お前の師匠の言っていた女の子を養っている、と言ったらどんな顔をしただろうか。

「お前はさぁ、そうやって何か溜め込んでる事多いよな。無理すんなよ?」

口調は軽いが心配されているようだ。

「ありがとう。気持ちは素直に受け取った」

口の右端をあげて笑って見せる。

「まぁいいけどよ…」

左手を振りながら分かれるスライの言葉に、溜め込むという点では確信をついている、と心の中で軽く驚嘆しながら別れの言葉を掛け、

次いで心の中で感謝の気持ちを述べた。





宿までは歩いてもうすぐだ。太陽は傾き始めている。

暗くなる前に、正確に言うとレイスが帰ってくる前に荷物を片付けておこう、などと考えながら歩いていると突然、後ろから左手を掴まれた。

振り返ると、嬉しそうな顔をしたレイスの右手が、俺の左手を握っていた。

彼女の肩から滑り落ち、ひじの辺りで揺れる手提げ鞄を、持ってやり…右手でさっきまで人間の一部をぶら下げていたことを思い出し、慌てて左手に持ち変える。

「どうした、まだ時間が早いんじゃないか?」

「今日は思っていたより色々とうまくできました。それと、グラニスさんが、多分今日には帰ってくるだろうから、早く帰れと言って下さったんです」

「なんだあの人、ギルドの依頼も見てるのか」

「たまに見ている、と言っていました。リューン様が一昨日出発したお話をしたのでそれで覗いていたのかも…」

気遣いされている事を理解し、明日は特段の用事もない事から、礼くらいは言いに行かないと、と考えているうちに、夕食の準備が進む宿に辿り着いた。



入り口をくぐった所でレイスが、あ、と口にだしそうな顔をし、厨房の方に駆けていく。

その姿を見ながら階段の前で待つ。

厨房でルシアに顔を赤くしながら何か説明し終え、俯いたままゆっくりと振り返る彼女は、階段で待つ俺に気付くと慌てた様子でまた小走りで戻ってくる。

「おいおい、何を焦ってんだ、苦手な物でも出そうなのか?」

「…何でもありません」

俯いて先に階段を上り始める彼女の後を追う。


部屋に入り荷物を下ろす。明日、整備に出すつもりの中型剣を机の脇に立て掛けると、雑多な片づけを始める。

その姿を、ベッドに座ったレイスが嬉しそうに眺めている。

余程1人が寂しかったのだろうか。急いで荷物を片付け終え、振り返ると、その姿を見て、レイスもベッドから立ち上がる。

「取り敢えず、食事だな」

という俺に、嬉しそうに返事をする彼女を連れて再び食堂に降りる。

厨房のルシアと目が合い、今持って行く、というような仕草をされ、ルシアは再び厨房の作業に没頭している。

丁度込み合う忙しい時間帯だ。我侭は言わず、向こうのペースで食事を出してもらえるのを待つ。


「さっき、思っていたよりもうまく、って言っていたけど。何がうまくできたんだ?」

レイスが少し得意げな顔になる。

「氷の槍を、うまく飛ばせるようになってきました」

魔力で氷の槍を作り出し、その槍を魔力で放つ。

2種類の魔法の組み合わせで成り立ち、術者の技量で大きく命中率や効果が上下するが、一つだけ不変な物がある。

太さはどうであれ、実際に槍で貫かれているのと同様であり、当たり所によっては一撃で致命傷だ。

「すごいな…。これからは迂闊な事を言ったらブスリか…」

絶望したような顔をして見せる。

「リューン様、そうですよ。ぶすりです。気をつけて下さい」

嬉しそうにこちらに掌を向けて見せる。

「明日、俺も見に行ってもいいか?グラニスさんにも礼を言いたい」

「…朝から一緒に行って頂けるんですか?」

「あぁ、そうしよう。ただ…朝、起きなかったらちょっと起こしてくれるか?」

笑顔で大きく頷く彼女を眺める俺の前に、いつも通り、彼女の分の料理が運ばれてくる。

それを切り分け、彼女の前に差し出してやり、フォークを渡す。

「…ありがとうございます」

嬉しそうに微笑むレイスを見ながら、ある疑問が浮かぶ。


いつも通り?ここ何日か、どうしてたんだ?

顔に疑問が浮かべる俺の前に、ルシアが俺の分の料理を運んでくる。

俺の顔を見て、疑問を浮かべている事に気付いたルシアは大げさに溜息をついてみせ、

「全く。あんた見てると、この子が不憫でならないよ…」

と言いながら厨房に帰っていく。

「え、何だって?」

聞き直すが、首を傾げながら厨房に戻って行ってしまった。

「リューン様、お料理、冷めますよ?」

レイスの声で正面に向き直る。

「…いただきます」

彼女は小さな声で言うと、先程俺が刻んだ薄焼きの牛肉に、愛おしそうにゆっくりとフォークを突き刺し、口に運ぶ。



俺がいない間、食事を片手で取るにはどうすればいいか。

簡単だ、厨房で皿に盛り付ける前に、切っておいて貰えばいい。大した手間ではない。

もっと言えば、俺がいない間、に限定する必要だってない。

先程ここに戻ってきた折の彼女の行動、先程のルシアの言葉、そして今の表情でようやっと理解した俺は。

ひどく心が落ち着く事に気がついた。


「あの…リューン様、どうされたんですか?」

食事を口に運ぶ姿を見詰められている事に気付き、彼女が少し困ったような表情で聞く。

「あぁ、いや、なんでもない」

慌てて自分の食事を片付け始める。





ゆったりとした快い時間が横たわっている。

「このお肉、おいしいですね」

「あぁ、そうだな」

心からの笑顔を向けられ目のやり場に困り、悟られないよう、目の前の肉にフォークを突き立てた。




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