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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その6
167/262

16

レイスが階段を早足で昇っていく。

それを追いかけるよう、冒険者ギルドの大きな扉をくぐった。


見慣れないギルド内を見渡す俺の目の前で、レイスが突然立ち止まりその背中にぶつかりそうになる。

「なんだ、どうかしたか?」

「……リューン様。あれって」

彼女が小さく建物の奥を指さすその先を視線が辿る。

依頼の用紙であろう紙がばらばらと張り付けられている壁。

それを眺める2人組で、その視線は止まった。


「おいおい……」

「やっぱり。そうですよね」

「あいつらスノアの人間って言ってなかったか?」

「はい。なんでこんな所に……」

言いながら、レイスが思い出したように焦りだす。


「リューン様、隠れましょう」

「え? あぁ……なんでだ?」

「もしかしたら密偵とかそういうものかも」

「……少なくとも俺ならあれは密偵には使わないな」

確かミデルと名乗った、隙だらけの顔を思い出す。

その言葉が聞こえた訳ではないのだろうが。

その隙だらけの顔がこちらの方を向き、目を見開いた。


「それに。もう見付かった」

「ええぇぇ……」

「流石にここで殴り倒すわけにもいかない。一応、話を聞くか」

「スライさんたちを呼びに行きましょうか?」

「待ってくれよ。お前がいなきゃあ俺が殴り倒されるかもしれないだろ」

その真意を計りかねるよう、俺の顔をのぞき込むレイス。

まず負ける事などないだろうが、しかし先日は油断していたものの、一瞬で組みつかれ関節を極められた事を思い出していた。

一応な、などと言いながらベルトの護身用ナイフを確認しつつ、2つ並んだ阿呆面の元へ歩みを進める。


とは言え、実際のところあまり心配はしていなかった。

その理由はいくつかある。

流石にこんな所で突然戦いを挑むほど馬鹿ではないだろう。

それに……2人揃ってのあんな阿保面など、やろうとしてできるものではない。




理由は兎も角。

場所を変え、俺は再び彼らの前に立つこととなった。


「こんな所で何をしている。折角助かったのに――」

「リューン・フライベルグさん!」

突然ギルドの中に響く、俺の名前。

まるで神の助けを見つけたように目を輝かせるミデルに、思わず顔が歪んでいた。


「おま、やめろ!なんだいきなり?」

「絶対に見つからないと思っていました。アルメ!見つかったよ!」

興奮気味のミデルの声は、相変わらず大きい。


その場の全員の奇異の視線にようやく我に返ったらしいミデルが頭を掻く。


「ちょっと落ち着きなよ。馬鹿みたいだってば」

「だってさ、アルメだって諦めてたでしょ?」

「諦めるっていうか……そりゃそうだけど」

その言葉に、複雑な表情を浮かべているが。

目の前で先日振りに展開される茶番劇。

しかしそれは、少なくとも俺にとっては比較的どうでもいい事であり。

思わず出るため息を隠しもせず、俺は再び口を開いた。


「なぁ。何してるって聞いてるだろ? 仲がいいのはわかったから少しは俺の話も聞けよ」

「あぁ、すみません。あなたを探していたんです。居場所、わかりましたよ」

「……ちょっと待て。居場所?なんだ? 取り敢えずな、なんでお前がこんな所にいるかを聞かせろよ」

などと言いつつ一度周りを見渡す。

残念ながら、ここはあまり込み入った話をするには向いていない場所だろう。


「そうですね、すみません。えぇと。実はあの後――」

しかし改めて要望通りの話を始めようとするミデルを再び手で制して黙らせ、ギルドの外へと出た。

勝手の分からない町ながらも先程歩いて来た道すがらに簡単な飲食店があったのを思い出し、彼らを案内するよう、そこへと歩き出した。




頭を下げるミデルの前に、店員が運んできた温かい飲み物が置かれる。

「で。あの後どうしたって?」

「ありがとうございます。ご馳走になってしまって」

「居場所がわかったなんて言っていたな。それが本当なら聞きたい所だが……出来れば順に話してくれ」

そう言う俺に、ミデルは軽く深呼吸すると改めてここへ至った経緯を説明し始めた。






「そうか。まずは……死なずに済んでよかったな。言い方は悪いが、俺もそんな事をしなかった甲斐があった」

「あなたは、警備兵などではないでしょう?クラストの人にこんなことをお願いするのはおかしいかもしれませんが。出来ればこの話を然る所にして頂けませんか?」

「なんだかわからない相手に頼む事かよ……」

呆れた顔をする俺に、更にミデルが続ける。


「こんなのはおかしい。でも僕には、それを正す力がありません。だから誰かにって――」

真剣なその表情。

そこに何かを隠しているような雰囲気は微塵も感じない。

隣の跳ね返りも、話の推移をじっと聞いているだけで、そこに割って入ったりはしなかった。


彼らの事を信用するのなら。

わからない事だらけの中で一つの情報が手に入った、という状況に違いはなかった。

その思考は今の自分の目的に至り、端的な所要がある今晩へと至る。

軽く眺める空の日はだいぶ落ちてきていた。じきに会食という体の探り合いに呼び出される時間だろう。


「わかった。取り敢えず、その居場所とお前たちが詰めている場所を教えてくれ」

「はい。場所は――」

「まぁ待て。あのな。こういう時は相手を、この場合つまり俺の事だが。何者なのか少しは探ってから話せ。余計な事を余計な人間に話すな。じきに何かの拍子に殺されるぞ?」

「……。」

「まぁ、今回は何話しても俺がお前らを狙う理由はない。今のところはな」

「……はい」

一度少し考え込んだミデルからその場所を聞いた俺は、ゆっくりと立ち上がる。

気は進まないが、もう迎えも来た頃だろう。


「あの……」

「明日か明後日、迎えに行く。それ以上現れなかったら念の為、宿を移せ」

「はい。わかりました」

「レイス。宿までは一度一緒に戻ろう。そこで別れて俺はラール何とかって奴のところに行ってくる。その間にスライたちに話をしておいてくれ。」

「わかりました。何とかって……」


しかし、その場を去ろうとする俺たちを呼び止める声がかかる。

確かこっちはアルメといった。

「ちょっと」

「……なんだ?」

「結局、あんた何者? 自分で確認しろなんて言ったくせに」

「面倒くさい。後で話す。……そんな事より、ちゃんと連れの手綱を握っといてやれ。こいつ早死にするぞ」

「はあぁ?」

思い切り顔を歪めるアルメ。

それを見て軽く微笑むレイスと俺は、言葉通りスライ達が待つ宿へと歩き始めた。







迎えは既に来ていたらしい。

スライにひどく文句を言われながら再び宿を出発し、俺は一人ラール何とかの屋敷の前に立っていた。


明らかに場違いな格好の俺に訝し気な顔をする門番に用件を伝え、怪しむ視線を無視して屋敷を眺めていた。屋敷の形状を出来うる範囲でも把握しておくのは、脱出する必要ができた折には重要な事だ。

……残念ながらそのような事になるとはまるで思わないので、あくまで暇潰しなのだが。

しかしそれは。

そんな事でもしていないと殊更に憂鬱な気分で座り込みたくなってしまうからだった。

勿論、会食はその理由ではない。

先程ミデルたちから聞き取った事や諸々を考えれば考える程、そこからは陰鬱な結果しか俺の中には浮び上がらなかった。

ただ流れる時間が結局そこへと思考を戻らせる少し前。


戻った門番が相変わらず訝し気な顔のまま、俺を門の中へと案内した。


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