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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その6
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空を見上げていた。


漂う雲を見詰めながら巡る思考。

今日の夕飯は何だろうか。昨日は鶏肉だった。

少なくとも目の前の女が発した言葉は、俺に余計な考えを巡らせるに十分な内容だったが、しかし容赦のない一言が俺を現実に引き戻す。


「どうですか。返事を聞かせて下さい。何か所用があるのなら、差し支えなければその理由も」

「あぁ……理由は兎も角。明日の朝でも一緒でしょう。どの道、眠らない訳にはいかない」

「確かに。それでは明日の早朝、迎えを寄越します。同行してください」

失敗した、などと考えていた。

俺が一旦拒否するのを見越した、落とし所を用意した話し方だった。


「いやちょっと待って下さい。一体どこへ行くんです?どういう話ですかそれは?」

「行先はヴァイデンです。そこを経由して再び南へ行って頂きます。細かい経緯を今話してよければそうしますが、一緒に来て頂く結果は一緒です。行く道で話した方がいいでしょう」

グラニスのところへ寄った上での話であれば、レイスから事の次第も伝わっている筈だ。

結果は一緒と言うのも事実だろう。


しかしうろ覚えの記憶では、ヴァイデンは王都を西に超えた隣国スノアとの国境付近、このパドルアと同じような立地の大都市だった筈。

そんな所を経由するなどという碌でもない理由など、聞きたくもない気分だった。


「……わかりました。馬と同行者は?」

「手配しています。同行者も一緒です。他に何かありますか?」

「……。」

矢張りそもそも明日の早朝という事で動いていたことを暗示するその言葉に、流石に顔を歪める。

やむなくそれを渋々ながら了承し、本来忠誠などというものを誓って然るべき盟主を無礼は承知の上で玄関で追い返した。






「仕方ないですね」

不満顔のミリアを見ながら、先に戻っていたレイスが困ったように笑っていた。


「それってどっちの仕方ないなの?」

「両方だよ。多分。」

行き掛かり上、行くしかないという事。

俺たちを包むこの状況下にあってそれでもこの場を離れざるを得ない立場。

それらを否定するでもなく、しかしひどく陰鬱な表情のミリアが答える。


「私は。……こんな調子でいつかどこかで先生もレイスも死んじゃうんじゃないかって心配なんだよ」

「大丈夫。私が絶対にそんな事はさせない」

その表情を打ち消すよう、即座に断言するレイスの言葉。


俺とミリアが浮かべていた懸念。

レイスは本当にそれでいいのか?


彼女は恐らく。

俺の最強の武器であると同時に、恐らくは最強の盾であろうとしている。

それが自身の存在意義だとでも考えているのだろうか。

ただ傍に居てくれればいいという希望は過去何度か口にしていた筈だ。

しかし、それはいまここで再び口にする事ではないだろう。

一度こちらへと視線を寄越したミリア。

その口から絞り出すよう発された、わかったよという相槌で、この話は言葉少なに締めくくられた。


相変わらず不機嫌な顔のミリアをなだめつつ。

出発に備えた簡単な準備を済ませた俺は、早々に床に就いた。








翌早朝。

先日の出発の折と同じく、そっと抱き合う彼女達を眺めていた。


「レイス。先生をお願いね。でも……私はあなたの事も待ってるんだよ?」

「うん。ちゃんと帰って来るから心配しないで大丈夫」

静かに頷き合う2人。

昨日のメニルの言葉通り、懸念は今のところは杞憂だと思いたい。


そしてミネルヴがいう所の使いである金髪の魔術師と褐色の弓使い、そしてやはり金髪の神官。

早く着きすぎてしまった彼らを気にして、それじゃあな、などと言って済ませようとする俺の首元に回される白い両腕。

「気を付けてよ。本当にさ」

いつもより少し静かに発せられたその言葉に、分かってる、悪いな、などと照れながら言う俺の首元を一層強く締め付けるその両腕。

そこから解放された俺を待っていたのは、少しにやけた顔の三人だった。


同行しているレイスに遠慮する事もない冷やかしの声に辟易しつつ、西門を目指す。

愛されてるねぇ、などとしつこくからかうヒルダをライネが黙らせる頃、やっと西門に到着した。

そこで合流するミネルヴとその護衛達。

護衛の中、昨日よりは余程しっかりとした表情を浮かべたクレイルがこちらを見て変な顔をしていた。


何れにせよ。

2夜を過ごしただけでパドルアを再び出発した俺達は、不機嫌な顔を浮かべながら西へと出発した。








パドルアを出て半日。

馬上の俺に、ミネルヴから声がかかった。

馬車に乗り込んでくる俺に少しほっとした表情を浮かべるレイス。

その隣に座り込んだ。


「で。一体どういう話なんですか?こんなに急ぐ何かが?」

「……まずは謝らないといけません。大変危ない橋を渡らせてしまい、本当に申し訳ない事をしました」

「ちょ、ちょっとやめて下さい。本当に状況が分からないんですが?」

ごとごとと音を立てる馬車のなか、俺とレイスの前で頭を下げようとするミネルヴを焦って制止する。


「無事でよかった。情けない話ですが、実は――」

顔を上げたミネルヴが現在の状況を語る。



現在、スノアと実際に戦争を行うに至るべきか、中央でも意見が分かれている。

疲弊した状況下だが、東の隣国であるマルト聖王国との関係が良好な今を好機とする者。

その隣国をどこまで信用できるかわからないと主張する者。

ミネルヴは、小競り合いが時折起こるままに任せ、大掛かりな話は未だ時期尚早だと主張していた。


地盤を固める為の使い、つまりは俺達を南に差し向けている最中の事だった。

西のヴァイデンの事実上の太守であるラール・ゲルリッツはこの件に関しては慎重派であり利害が一致する。

しかしスノアの人間と必要以上に繋がっているという噂を探る中、50人程の傭兵団を南の国境へ派遣したという情報を入手した。

今そんな事をする動機は兎も角、国境に傭兵団を送るなどと言うのは、略奪して叩き潰して来いという指示に他ならない。

略奪の直後に講和の文書を持って現れる使いなど、その命を使って彼らを逆上させる以外の役割がない。

場合によってはその場で皆殺しにされてもおかしくない状況だった。


しかし焦って戻ったミネルヴが耳にしたのは、俺達が見聞きしてきた出来過ぎた筋書きだった。

クラストが放った傭兵達が調達してきたエルフを、何故かスノアで売買しようとしていた状況。

ごく一部が捕縛されあっさりと依頼主を吐き、そのまま行方も分からない傭兵達。

突如の強襲とはいえ、その人数も辻褄が合わない。


結局。

正確な事はわからないが、直接本人の元へ行って問いただす。

そしてその場でエルフ達への対応も決める、という事だった。


「対応? 手と組む以外の案が?」

「スノアと繋がるなら……先に潰すしかないだろう」

「本気ですか? それに問いただすって。聞けば答えるものですか?」

「答えなければ脅す。あれを罷免する事くらいはできる」

「罷免? 正当な理由もなくそんな事を?」

「それなりの痛手だ。後で足を掴む奴が出てくるだろう。しかし……私の邪魔はさせない」

だが自らに言い聞かせるようなその語尾は、聞き逃しそうになる程に小さな声。

更に口を飛び出そうとする疑問は、しかしその小さな声に飲み込まれそのまま車輪の音に流されて行った。







再び馬上に戻った俺は護衛の列の間をすり抜け、最後尾で欠伸をするスライの隣へ並ぶ。

そして面倒くさそうな顔をする金髪に、半ば無理矢理に先程の話を聞かせた。


「おっかねぇなおい。折角会ってきたのにあいつら片っ端から潰すってのもありか?」

「あり得ない話じゃないだろ」

「ラールってのがスノアと繋がってんなら尚更だ。最悪なのは戦争を後にして一緒に食い荒らしましょう、って所か」

「そうなったら……救われない話だな」

「捕まえた分も間違いなく高く売れる。やるってなりゃ手を上げる奴、幾らでもいんだろ」

そんな事を吐き捨てるように言うスライは、目を細めて馬車を見詰めていた。


「なぁスライ。ミネルヴはそんな事をすると思うか?」

「いや。あいつはもっと……なんつったらいいか」

「……そうか」

「ああ」

スライは、それきり無言のままだった。




そのまま同じ話題を上らせる事も無く、順調に進む馬の脚。

その脚は王都を超え、更に西へと進む。

ミネルヴの護衛を合わせれば10人以上の戦闘員を抱えた俺達に降りかかる火の粉も無く。


パドルアを出た俺達の少し急ぐ足は10日程を掛け、西の都市ヴァイデンへと至りつつあった。


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