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冒険者と奴隷少女の日常  作者: 超青鳥
行く果てを語る上での蛇足 その6
163/262

13

ひどく深く眠っていた。


そこから何者かの声で引き戻されるような感覚。

頬に触れるしなやかな指。

凛とした声と額に触れる柔らかな感触。


幾許かの後。

軽い呻き声を漏らしながら明瞭になる意識が目を開かせた。




ベッドに腰かけ、ミリアが微笑みながらこちらを見下ろしている。


「いつまで寝てんの? そろそろ起きて欲しいなぁ」

それに曖昧に答えを返しながら、見慣れない部屋を見回してゆっくりと起き上がる。


「悪かった。朝もう食べたか?」

「何言ってんの。もうじき昼になるよ?」

「……本当に寝過ぎだ」

他人事のように呟きつつ両手をゆっくりと伸ばし、ベッドから立ち上がる。

それを見て寄り添うように立ち上がるミリア。


「ねぇ。次出掛けるのって流石に今日じゃないでしょ?」

「あぁ、今日はないだろうな」

「じゃあさ、ちょっと行きたい所があるんだ。一緒に来てよ」

「? 養成所か?」

「……ええと。流石にその回答は想定してなかったよ。先生」

まだ寝ぼけたような仕様もない回答に、ミリアが思い切り顔を歪ませている。

そのミリアをしていつもと変わらないと評される、そのいつもと変わらない服装へと着替える。


恐らくは気遣いなのであろう、レイスはグラニスの所へと今回の顛末を話しに朝から出掛けたという。

厨房で朝食の残り物を少し腹に入れさせて貰うと、俺達は頂点に至ろうとする太陽の元へと、やっと家を出た。





整った石畳の上を歩いている。


「で。どこに行きたいって?」

「えっとねぇ……」

何のことはない。

先日彼女の荷物持ちに同行した服屋に顔を出したいだけで、それ以外の用事は別にないらしい。

流石に、俺が一緒に行く必要ないだろう? などという言葉を吐く程に俺は気遣いが出来ない訳ではない。


中々それが日常にならないとはいえ、何となく彼女が隣にいる事にも慣れてしまった感覚。

幾つかの、彼女にとって非日常である場面を共に歩いた俺たちは。

恐らくは気を回してここに居ない隻腕の少女も同じではあるが。

今や夫婦なのである。その形は多少、歪ではあるのかもしれないが。


この場に居ない彼女をして、見せて欲しいと請われた生きる果て。

通りですれ違う、幼子を抱いて歩く母親に視線を落とす。

いつか。

隣を歩くミリアはその腕に子を抱き、微笑んで見せるのだろうか。


何となく実感の湧かないその場面を想像しながら彼女の横顔を眺める。

ミリアはその整った顔立ちを崩さない事など決してなく、むしろころころと表情を変えて見せる。

昨晩彼女は怒らせたが、エルフ達の浮世離れしたような美しさと表情の乏しさはなんというか。

分かりやすく言えば、あまり好みではないと評するべきだろう。


そんな事は兎も角。

眺める横顔が、訝しげな顔を貼り付けてこちらへと振り返った。

「なに? 顔に何かついてる?」

昨日の出来事を踏襲して答える。

「いや、何でもない。美人だなと思って」


……脇腹に拳をめり込まされた。

どうやら間違いだったらしい。その顔は真っ赤だが。

軽い呻き声を吐き出しつつ、理由は違えど彼女と同じ赤い顔をしながら、再び前へと向き直った。




久々の服屋の扉をくぐる。

何故か先に入らされたが、しかし店の中の年配の女性はこちらを見て少し驚くような顔をして見せる。

確か名前はメニルといった。

ミリアの母親の古い友人という事だったが。


「あら、珍しいお客様」

「ご無沙汰してます。今日もミリアの付き合いで……」

先日一度顔を合わせただけの俺を覚えていたらしい。

大したものだ。

しかしその用件を聞いていない俺は店の中で振り返り、誤魔化すように主役を前に押し出す。


「メニルさん、こんにちは。実は相談があって――」

主役は店主と話し込み始め、特に必要もない俺は店の窓から表の通りをぼんやりと眺めていた。

一本裏に入ったこの通りの人通りは少ない。

左右に並ぶ店も少し高価なあつらえ物を出すような店構えだ。

少なくとも、俺のようななりの人間がうろうろする所ではないだろう。

彼女との関係がなければ、一生縁が無かった筈だ。


そんな事を考えぼんやりとしていた所で、名前を呼ばれて振り返る。

「先生。体の寸法測って貰ってよ」

「一体なんだ?」

「服作るんだよ。この間みたいにおかしくないやつ」

この間の、とは彼女の家に挨拶に向かった折の物だろうか。確かに至急でこしらえたあの服は見るもの全員におかしな顔をされたが。


「何時着るんだよ。大体お前――」

「いいからいいから。服作るのは後でもいいでしょ。取り敢えず測って貰ってよ」

店主の手前あまり嫌な顔をするのもどうかと思いつつ、背中を押すミリアに店の奥へと押し込まれた。

楽しそうに軽く手を振って扉を閉めるミリア。

そして少し困ったように笑う店主メニル。


「じゃあ、お得意様のお願いだから協力してくださいな」

「それは全く構わないのですが……」

指示に従い、薄手の上着を脱ぐ。


「聞きましたよ。ミリアちゃんの面倒、見て下さるそうですね」

「面倒を見るだなんて。叱られてばかりですよ」

メニルは慣れた手つきで巻尺を俺の体に当てながらゆっくりと話し始めた。


「この間いらした時にお願いした事、覚えていますか?」

「えぇ。力になってやって欲しい。正しい方向へ導いてほしい、と」

「そうね。でも、こんな話になるとは思ってなかったわ」

喉の奥でくくく、と含み笑いのような声を漏らす。


「さんざん悩んだ結果ですけどね。……レイスの事は?」

「もう一人の子の事? 聞いてるわ。片腕なんですってね。さぞ大変だったでしょうに」

色々と相談していたらしい。


「えぇ。いま取り敢えずの懸念は彼女たちがうまくやってくれる事ですね」

「大変ね、貴族様は」

「そんなんじゃありませんよ」

「冗談よ。少なくともそれを心配しているうちは大丈夫なんじゃないかしら」


「そういうもんですかね」

「心配事って心配しているうちは大丈夫な事が多いものね。でもね」

「……はい」

「出来ればあの子は泣かさないでやって欲しいわ。いい所、沢山あるのよ?」

「分かってます。後悔なんてさせません」

「あらあら。随分と男らしい。この間来た時とはずいぶん印象が違うわね」

その言葉の真意を計りかね、軽く振り向く先。

メニルが軽く微笑みながら作業の終わりを告げた。


店を出た俺達は、再び通りを歩いている。

「いろいろ相談してたんだな」

「多少ね。先生、周りの人間を頼りにしろって言ったじゃん」

「あぁ確かに言った。……意外だな」

「意外?何が?」


「ものの考え方や立ち回り方はそうそう変わるもんじゃない」

「あのね」

「なんだ?」

「先生のいう事なら聞くよ。言ったでしょ?」

少し恥ずかしそうに、そしてそれを誤魔化すように笑いながら言う彼女は。

その頭を少しがしゃがしゃと撫でてやりながら、そうか、とだけ答えた。




特に用は無いなどと言いながらも。

道の左右に立ち並ぶ店を眺めつつ、気になるものがあればそれを見に行くミリア。

強いて言えば、この目的のない散歩じみた行為が目的なのだろう。

だらだらとそんな事を続け、何に使うのかわからない花瓶じみた物を彼女が買った所で昼食を取る事にした。


居心地が悪いなどと言っていた店も、これだけ通えば慣れるものだ。

遅い昼食を取る俺達以外の客は少なく、席は比較的余裕がある。人の少ないデッキの席を見回し、先日と同じ周りの席が空いている所へと座り込んだ。


簡単な食事をさっさと終え、未だ目の前の料理を片付ける彼女から視線を逸らし道を行く人の流れを眺めるが。

どうも子連れが目についてしまい、苦笑いするように正面に向き直ると、正面で変な顔をしているミリアと目が合った。


「先生。頭ぶつけたっけ? 私、殴ってないよね?」

「ぶつけてない。思い出し笑いだから気にしないでくれ」

「……子連れ?」

「見てたなら言えよ……」

がっくりとうな垂れるような俺を前に、彼女が少し神妙な顔で口を開く。


「あのさ。もしそういう風になって。それでさ……レイスはそれでいいのかな」

「……自分でそうして欲しいと言っていた。他にも色々と」

「うーん。前に私にもそういう風に言っていたけど」

その当人が居なければ答えなどわかる訳もない話に暫しの沈黙が流れる。

レイスはあの時、嘘や偽りを口にしている風では無かった。

そこに至った経緯に思うところはあるが、言葉は真意だろう。


そしてもう一つの懸念。

目の前のミリアは、自分はその為にここに居られる、などと思っていないだろうか。

空いた食器を重ねながら口を開く。


「どうであれ俺は。お前もレイスもずっと一緒に居て欲しいんだ。……いいだろ?」

「先生、そんな事いう柄だったっけ? 欲張りになったねぇ」

「欲張りってなんだよ……」

重なる皿にフォークを乗せるミリアが笑いを浮かべて答えた。

皿を持とうとした俺を制し、ミリアが重ねた皿を片付けにカウンターへと向かう。

俺はその背中を眺めながら、先程買った妙な花瓶を小脇に抱えた。




ゆっくりとした半日程の時間を終え、家への道を歩いていた。

「ねぇ。明日はレイスも一緒に散歩に行こうよ」

「そうだな。まだ出発の日程もわからないし、少しゆっくりするか」

「そうだよ。いっつもよくわからない事に巻き込まれてるんだからさ」

そんなやり取りをしつつ。

俺の右腕を抱え込むようにするミリアに歩きづらい、などと文句を言いながら夕暮れ近くの家へと辿り着いた時の事だった。


塀越しに見える、空を仰ぎたくなる光景。

玄関前に見覚えのある数名が立っているのが見えた。

見覚えというか、なんというか。ミネルヴとその連れたちが、玄関でベルタと話している。


隣のミリアが立ち止まり、あぁーあ、などという気の抜けた声を出している。

ゆっくりと離れていく右腕を抱えていた掌を捕まえ、そこへと歩く。

恐らくは、わざとこちらに視線を寄越さないでいたらしいベルタに笑って見せ、後ろから声を掛けた。


「ミネルヴさん。戻りました」

振り返るミネルヴ。

不機嫌そうに視線を逸らすミリア。

しかしミネルヴは、そのミリアをさらに不機嫌にさせるような言葉を躊躇なく口にした。


「リューンさん。グラニスさんからも概ねの経緯は聞きました。細かい説明は後にします。今から出発できますか?」

隣のミリアがさらに不機嫌そうな顔になる。


先程、空を仰ぎたくなる風景、などと評したが。

その欲望に忠実に、俺は空を見上げていた。


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