12
再び場面をリューン達の元へ戻す。
先日来た道を、今度はひたすら戻っていた。
一度通った道であり勝手はわかっているが、先行きに気は重い。
何しろこの道のりをもう一度往復するのが分かっている。
……ミリアは怒り出すだろうか。
結局彼女は家を移るでもなく、落ち着くのを待っている状況だ。あまり引き延ばすのは酷だろう。
まして今回はただの使いだと言っていた筈が、今やすっかり泥沼へ足を突っ込んでいる。
彼女ばかりではなく、俺も2人が並んで食事を取る姿を眺めるのを気に入っていた。
このような落ち着かない状況が延々続くとは思わないが、いつになったらその風景は日常や普通と言える物になるのだろうか。
そんな事を考え、自然と大きなため息をついていた。
それを見る隣の馬上からかかる、少し意味合いの違った慰めの声。
「気を落とすなよ。お前がそれなりの権力者ならあの場で適当にやりとりすりゃよかったんだろうけど」
「確かにこれじゃ結局子供の使いだ。……なぁスライ。そういう権力とか、欲しくなかったのか?」
「権力ってのはよぉ。責任ってのがおまけでついてくる。そっちが要らねぇ。ま、それだけじゃねぇけどな」
俺の隣、面倒くさそうに欠伸をする馬上の金髪。
「余計な事だった。悪いな」
「んな事より、あいつ大丈夫か?」
スライが先頭を行く若い騎士を指さす。
「あぁ……」
「普通の相手なら面白れぇからほっとくんだけどよぉ」
「普通じゃないだろ。何か言ってやれよ」
「まぁ。普通じゃねぇけど、ほっとくか」
「……。」
あまり惚けられても困るが、そんな調子で命を落とされる訳にもいかない。
気分を切り替えられるような、気の利いた助言もすぐには思い浮かばない。
とは言え。その日の午後から先頭を代わった。
そんな締まらない空気の中。
先日命を奪う事もなく開放した2人組が再び死の淵に立っていた事など知る由もなく。
来た時より幾らか短い日数を経て、俺たち子供の使いはパドルアへと帰着した。
パドルアの南門をくぐり、その足でグラニスの家を目指す。
しかし。
「至急の連絡があり一度王都へ向かうがすぐに戻る。お前たちがこの伝言を聞いてくれる事を祈っている」
ミネルヴからの伝言を読み上げたグラニスは、ほっとした顔で続ける。
「お前たちが危険になるような事が起きているかもしれないと言っていた。心配していたぞ。何れにせよ少し待っていてほしい、と言っていた」
「心当たりがありますね。何れにせよ待っている旨を伝えて頂いてよろしいですか?」
「あぁ勿論だ。しかし長旅でご苦労だった。会えたのか?」
「ええ。あまり歓迎されませんでしたけどね」
「すごいな。私も若い頃、南へと行った事がある。しかし彼らの足跡1つ見つけられなかった」
「海に出るまで下った挙句、矢を突きつけられましたが」
「そりゃあ……大変だったな」
困った顔をして見せる俺に同情しつつも、しかし興味が隠せない顔のグラニスに改めてその話をする約束をしつつ。屋敷の前で解散する事となった。
借り物の馬と馬車の返却、そして親分への言伝をヒルダとライネに預け、2人と別れる。
「じゃあ、俺も帰るわ。あいつ戻って来たら呼べよな?」
「そうさせて貰う。悪いな付き合わせて」
いつものようにやめろよ、などと言うスライを見送った。
そして。
「クレイル?」
「えぇ。取り敢えずグラニスさんの所へ詰めさせて貰うので大丈夫です」
「いや、そっちじゃない。大丈夫かよ」
「……駄目ですね。頭から離れないんですよ」
「確かに美人だったけどな。また会えるだろうから一回忘れろって」
「会えますかね?」
この所の惚けた顔を忘れるような真剣な眼差し。
蹴飛ばそうかとも思ったが。
終始この調子では困りものだ、などと自分の事は棚に上げて考えていた。
とは言え、別に人の思いを踏みにじりたい訳でもなく。
「まぁ、次も同行して貰うだろうから会えるだろ。だがその時までにその緩んだ顔を引き締めてきてくれ。その調子でトカゲの餌になられても困る。それに、そんなみっともない顔で会うのか?」
必要以上に引き締まった顔で強く頷くクレイルを残し。
俺達は未だ帰るという表現が少し馴染まない、家へと歩き出した。
丁寧なつくりの石畳を歩いていた。
何事もなく戻ってこられてよかった。
素直にそう思うと同時に、下手をすると俺よりも命の危険に晒される金髪の少女の事を思い浮かべた。
「……取り敢えず。一回戻ったら行ってくる」
「そうですね。まずは無事の帰還を知らせるべきでしょう」
そして。
再度出掛ける旨を説明する事を思い出し、少し気が重くなる。
「もう一回って言ったら怒ると思うか?」
「どうでしょうか。怒るというよりは――」
少し考え込むようなレイス。
その時だった。
背後から駆け寄ってくる足音に気付く。
反射的に、隣を歩く彼女を庇うように振り向いた。
直後、予想以上の速度で駆け寄ってきていた足音の持ち主が、そのままの速度で首元に飛び掛かってくる。
そして確かに覚えのあるその重さを受け止めた。
完全に姿勢を崩してよろけたが。
「お前、危ないだろうが」
「先生!いつ戻ってきたの?」
「この恰好見ろよ、まだ帰り道だ」
「……いつもとあまり変わらないじゃん」
まぁ、確かに。
だがこの荷物は目に入らないのだろうか。
もっと言えば。
人通りがあまりない区画とは言え、首元に抱きつかれたままの俺の姿にレイスが再び額に掌を当てている。
「ミリア。取り敢えず……」
「あぁ、そうだね」
少し赤い顔で首に回した手をほどきながら満面の笑みを浮かべるミリア。
「お帰り。レイス。先生」
「ああ、ただい――」
「ただいま」
順番が逆だろうなどと思いつつ、更にその返事にまで被せられながら。
「……ただいま」
「お帰り、先生」
胸に延ばされる彼女のしなやかな左手。
そっと撫でるように動くその掌を握ってやる。
「帰るか」
その言葉に返る2人分の小さな返事。
1人増えた俺達は、再び帰り道を歩き出す。
久々に自分の家の戸を開く。
ノックもなく開かれた扉の音が家の中へ響き、呼応するように聞こえてくるどたどたという足音。
広間への扉を握ろうとしたところで、向こうからその扉を開かれた。
その扉の向こう、少し驚いた顔をした巨大なエプロンがフライパンを持って立っている。
「あぁ、ベルタさん。脅かしてすみません。戻りました」
「え、あぁ……。えぇと。おかえりなさいませ」
「留守番、ありがとうございます」
少し困った顔で首を傾げるベルタに苦笑いして見せながら扉を潜り抜ける。
そして思い出したように言葉遣いが戻った声がかかった。
「結構長かったね。南まで行ったって本当かい?」
「本当ですね。もう一回行かなきゃならない風で今から気が滅入って――」
「えぇっ?」
迂闊な発言に、後ろのミリアが驚いたような返事を寄越す。
レイスは、困ったような顔をして窓の外を眺めていた。
まずかった、などと思いつつ飲み物をベルタに頼む。
不満顔のミリアにちょっと待ってくれ、と掌を見せ荷物を自室に投げ込みに1度2階に上がった。
テーブルに飲み物を置いたまま厨房へ戻らずそこに立っている使用人3人に軽く視線を泳がせながら。
ゆっくりと座った俺は旅の簡単な経緯を話しはじめた。
確かに興味深い話かもしれないが。
南へエルフに会いに行くという半ば冗談のようである本題は兎も角。
それ以外のよくわからない面倒事をいま全員に話す訳にもいかず、ただひたすら冗長な旅を続ける話となった。
が、そんな事よりも。
「エルフっていうのは絵本なんかに書かれたまま、本当に美人で――」
俺は気付かなかったが。
ミリアの目が少し細くなっていた。
「順番を間違えた。最初に釣りをしようなんて話になって。それに付き合った時に――」
かしゃん。
レイスが飲み物の器を少し乱暴に置く。
ごめんなさいなどと言う彼女に視線をやりつつも、彼女の少し焦ったような視線を意に介さなかった俺は。
「川の上流で水浴びしてるところに出くわしてしまって。またそれが――」
「先生?」
「なんだ?」
「わざわざそんな所まで覗きに行ってた話するわけ?」
「……確かに。結局その後も彼らの姿は見つけられず――」
「それになんだろう。さっきから美人美人って、何度も言っているような気がするなぁ」
「……。」
不機嫌そうに口を尖らせ視線を窓の外へ泳がすミリア。
言わんこっちゃない、とばかりにこちらも視線を逸らすレイス。
これ見よがしに用事を思い出したような顔をして去っていく使用人たち。
戻った解放感もあったとはいえ、迂闊な発言とそれを気付かせようとしたレイスの視線にも気づかず、自ら首を絞めた俺は。
夕飯を食べる頃になってなお戻らないミリアの機嫌。
それを素知らぬ顔でやり過ごすレイス。
荷物は増えているものの、未だ正式に生活基盤を移していないミリアが不貞腐れた顔で家に帰ろうとするのを慌てて呼び止める。
先日彼女の家で挨拶までも済ませたばかりで、仕事とは言え直後に出掛け、挙句戻ってくるなり土産話があの調子では……機嫌を損なうのも無理はないだろう。
結局。
遅くまで気遣いのなさをさんざ謝りながら歯の浮くような言葉を囁く事になり、やはりその足りない気遣いの部分を責め上げられ。
とは言え最終的には機嫌を直した彼女は今だかつて、通り端で突然抱きついて来るような事があっただろうか。
本当はちょっと寂しかった、などと目を逸らして笑う彼女の肩を強く抱き寄せた。
相変わらず物は多いものの、以前と比べ随分と片付いた彼女の部屋に響く、その後の顛末を改めて語る声。
途中助けた2人組のこと。
訳のわからない状況。
エルフたちの事。
そして、初めて見た海の事。
それらに一つ一つ大袈裟な程の相槌を打つ彼女の嬉しそうな顔。
それに悪かったな、などと内心で再度謝りつつ。
しかし思っていた以上に疲れていたらしい俺は彼女の仕方ないなぁ、とでも言いだしそうな表情の顔を見たのを最後に、すっかりと眠りこけていた。
この屋敷のどこでも未だ見慣れないとは言え、尚更見慣れないその部屋の天井。
それを眺めた記憶さえもなかった。




